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A.G.O.  作者: エシナ
Ⅰ.Encounter and departure
10/37

1-9 示された道筋

 盗賊のひとりが、美しい宝飾品を鷲掴みにして薄く笑う。

 それから、逃げ遅れたゆえ自分に捕まり目の前に座り込んでいる女性に、ねっとりと絡み付くような視線を向けた。

「あ、あぁ……」

 エスニックな格好をした宝石商のその女性、サーシャは、煤けた剣を喉元に突きつけられても為す術無く震えている。

 見目の美しい彼女は、盗賊に略奪の対象と見なされてしまったのだ。

 盗賊に略奪された女性の末路は総じて、彼らに好きなように蹂躙され、飽きられれば打ち捨てられるという悲惨なものでしかない。

 目の前にある盗賊の下卑た顔。

 逃げられないという現実。

 ゆえに自分の末路を予想したサーシャの心中は、恐怖と絶望という色に染め上げられていった。

 しかし。

 彼女と盗賊の間に何かが滑り込んできたかと思うと、パァン、という小気味の良い音が響き、同時に盗賊が数メートルも上空に吹っ飛んだ。

 弧を描くようにして吹っ飛んだ盗賊は彼女からだいぶ離れた位置に落ち、ぴくりとも動かなくなる。

 白目を剥いてはいるが痙攣しているため、辛うじて死んではいないようだった。

「あーあー、こりゃあだいぶ手加減しないと息の根止まっちゃうなぁ……流石に殺人はまずいよなぁ」

 彼女と盗賊の間に滑り込んできたものが……滑り込んできた人物が、ぽりぽりと後頭部を掻きながらひとりごちる。

 目を見開いたまま盗賊の軌道を追っていたサーシャは、次に、目の前に立つその人物へと視線を向けた。

 殊更驚愕し、彼女は限界まで目を見開く。

「あ、あんた、昨日の……!」

「あれ? 宝石商のお姉さん?」

 サーシャの声で振り返ったその人物に、彼女は見覚えがあった。

 昨日言葉を交わし、自分の商品を買って貰ったばかりの少女であったのだ。

 華奈というその名までは、サーシャには判らなかったが。

 盗賊が吹っ飛んだ原因は、一瞬にして盗賊と自分との間に滑り込んできた華奈が繰り出した掌底による一撃だったようだ。

 サーシャにとって、俄かには信じ難い話である。

 見た目はか弱そうな自分よりも幼い少女が、筋骨隆々とした大の男を掌底一発で吹き飛ばしてしまっただなど……

「おい、ハルナ! 何をしている!」

 突如聞こえてきた怒声で、サーシャは我に返る。

 華奈はあからさまに不機嫌そうに眉を寄せ、怒声のした方向を睨み付けた。

「人助けに決まってんでしょ! 今戻るってば!」

 華奈が怒声を返した先にいる人物にも、サーシャは見覚えがある。

 昨日この目の前の少女と一緒にいた、彼氏らしき男性だ。

 尤も、少女は思い切り否定していたが……と、そんなことはどうでも良く。

 視線の先のその男性は、盗賊が複数人で襲い掛かってきているというのに、まるで相手にならないといった風にあしらっている。

 目にも留まらぬ速さで、しかも的確に一撃で盗賊を気絶させているのにも関わらず、こちらの様子を気にする余裕まであるということがサーシャには信じられなかった。

「ところでお姉さん、あいつら何なの?」

 サーシャが呆然としていると、自らがぶっ飛ばした盗賊を指差しながら華奈が尋ねてくる。

「あ……あいつらは、街の周辺に根を張ってる盗賊集団だよ。腕が立つ奴らだとかで、保安官も手を焼いてる……」

「ふぅん。じゃああたしは行ってくるから、お姉さんは避難してね」

「なっ! ちょっと、行くって何しに行くんだい!」

 ちょっとそこまでお出掛けしてくる、といった風の軽い口調で言いながら立ち去ろうとする華奈を、サーシャは思わず引き止めた。

 華奈は振り返り、にんまりと笑う。

「ちょっくら盗賊さん達を退治しに、ね」

 少女らしい、可愛らしい笑顔を残して立ち去ってしまった華奈を、サーシャは今度こそ引き止めることが出来なかった。




 突如として現れ、目で追いきれぬような身のこなしで盗賊仲間を次々と倒してゆく若者達。

 そのひとりと対峙した盗賊は、半ばやけくそのように剣を振りかざした。

 が、次の瞬間に盗賊の意識は闇に落ちる。

 鳩尾への一撃を喰らって昏倒したなどということは、知る由もなく。

 盗賊をまたひとり昏倒させたカイリは、無様に地面へ転がっている盗賊を見下ろして小さく息を吐き出した。

「勝敗は見えたでしょう。逃げた方が賢明だと思いますよ」

 呆れ笑いを浮かべながらそう言ったカイリの周囲には、10名ほどの盗賊が得物を構えてにじり寄ってきている。

 散々目の前の青年の実力を見せ付けられても彼らをそうさせるのは、人々を恐れ慄かせる自分達がこんな若者に馬鹿にされてなどいられないという、もはや意地でしかない。

 腕が立つとはいえ他者と自分の実力の差を測れるほどの強者は、盗賊達の中にはいないようだった。

 聞き苦しい雄叫びや怒声を発しながら一斉にカイリへと向かっていく盗賊達。

 カイリは再び小さく息を吐き出し、体勢を低く構える。

 盗賊達の振り下ろした得物はカイリを捕らえたかのように見えたが、ばたばたと次々に倒れていったのは、カイリではなく盗賊達の方だった。

 先程の盗賊同様、自分が何をされたのかも判らぬままに。

「凄いね」

 一息ついたカイリに、声が掛かる。

 声の主は誰もが見惚れてしまいそうな程の柔らかい笑みを湛えつつ、鉄球付き巨大トンファーを構えた環だった。

 彼女の構える得物はもはや気にしないようにしたらしいカイリの頬に、瞬時に朱が走る。

「いや、タマキさんの方が凄いですよ」

「本当にね……」

 カイリの言葉に、周囲の盗賊をあらかた倒し終えて合流してきた華奈が同意した。

 華奈の遠くを見るような視線は、石畳の地面に出来上がったクレーターのような陥没跡に向けられている。

 言わずもがなそれは環が得物を地面に叩き付けた時に出来上がったもので、陥没跡の周囲にはその時の衝撃で吹っ飛ばされて昏倒した盗賊達が転がっていた。

 しかも環は微笑を崩さぬまま得物を振り回していたのだから、恐ろしいことこの上ない。

「だが、殆ど片付いたようだな」

 言いながら、華奈と同様視界に入った盗賊を倒し終えたパルスが合流してきた。

 華奈は頷こうとするが、遠くの方からまだ剣を交えるような金属音が聞こえてくる。

 面倒臭そうに、華奈はため息を吐き出した。

「全く、何処から湧いて出てくるやら」

「数だけは達者なようだな」

 渋々といった風に、華奈とパルスはそう言って音の聞こえてきた方向へと駆け出すが、微妙に楽しそうな雰囲気は隠しきれていない。

「全く、気が合うのか合わないのか」

「本当だね」

 そんな2人にカイリと環は苦笑を漏らし、同じ方向へと駆けていった。




 怒声にも似た掛け声を上げながら、剣による猛攻を繰り出す盗賊のひとり。

 長剣によるその猛攻を刃渡りが長剣の3分の1程度のダガーで軽々といなしているのは、深冬である。

 仲間をことごとく倒された盗賊は、一矢報いてやろうと主に街人の避難誘導をしていた深冬に襲い掛かった訳なのだが、一撃で地に伏す筈だったか細いその少女が思いの他強く、盗賊の焦りと苛立ちは頂点に達していた。

 そのうえ深冬が何やら難しい顔で盗賊の猛攻をいなすだけで反撃をしてこない為、余計に苛立つ。

 遊ばれているとしか思えないゆえだ。

「こんの女アァアァァ!!」

 ついに逆上した盗賊は、目の前の憎らしい女へ向けて渾身の力を込めた一撃を見舞おうと、己の得物を振り上げる。

 だがその刃は深冬へと届くことは無く、得物を振り上げたままの格好で白目を剥いた盗賊は、深冬の脇をすり抜けて地へ伏した。

「フラットさん」

 ぽつりと、深冬が呟く。

 盗賊の代わりに深冬の目の前に立っていたのは……先程の盗賊を沈めたのは、先程まで近くで別の盗賊の相手をしていた筈のフラットだったのだ。

「ありがとう。助かったかも」

「気にしなくて良いよ。ただ、1人で相手をするのが厳しいと思ったらすぐに助けを呼んだ方が良い」

 ぽんぽんと、深冬の頭を軽く叩きながら、彼は言う。

 深冬はきょとんとしてしばし彼を見上げていたが、傍目からでは苦戦しているように見えた自分を心配してくれていたのだということに気付いて、嬉しそうに微笑んだ。

「ん、判った。ありがとう。でも今のは、私の力でどうやったら一発で気絶させられるか考えてただけだから、大丈夫だよ」

「そうか。なら良いんだ」

 深冬の笑みを受けて、フラットも微笑み返す。

 すると、大通りの先の方から聞き覚えのある声が近付いてきた。

「深冬ー! フラットー! もしかしてもう片付いたー?」

 声を上げ、片手をぶんぶんと振りながら2人の方へと走り寄ってくるのは華奈で、すぐ後ろにパルス、環、カイリも続いているのが見える。

 深冬は華奈へ手を振り返し、続いて周囲へと視線を巡らせてみた。

 どうやらフラットが先程沈めた男を最後に盗賊は片付いていたようで、周囲に動いている盗賊らしき者の姿は見当たらない。

 代わりに、恐る恐るといった風に、避難していた商人や街人達が大通りへと顔を出し始めていた。

 ばたばたとその辺りに倒れている盗賊達の姿を認めた彼らの表情からは恐怖の色が消え去り、代わりに歓喜と興奮という色に染め上げられていく。

 何せ殆どが成人にも満たない若者達が、たったの6人で、しかも腕が立つと評判で保安官ですら手を焼いていた 盗賊達を軽々と倒してしまったのだから、人々が興奮するのも無理のない話だ。

 華奈達の周囲から、喜びの声によるざわめきが沸き起こり始めた。

 しかし。


「ひいぃいいぃぃ!!」

 突如、悲鳴が上がったことで、人々の歓喜と興奮は一瞬にして再び恐怖へと塗り替えられていく。

 人々が視線を向ける先、悲鳴の上がった場所には、2人の人間がいた。

 ひとりは悲鳴を上げた主、街人であろう、ひ弱そうな老人。

 そしてもうひとりは、震え怯えるその老人の喉元へ鈍い光を放つ曲刀を突き付けた、盗賊の男だった。

 老人を人質とした盗賊は、華奈達を威嚇するかのように睨み付ける。

「テメェら、こいつを殺されたくなかったら動くんじゃねぇぞ……」

 そう言いながら、盗賊の男はじりじりと少しずつ後退していく。

 どうやら華奈達には敵わないと踏んだ彼は、老人を人質にして逃走するという策を選んだようだ。

 だが街人を人質に取られるという現状を目の前にしても、華奈達は僅かばかりも動じない。

 そのうえ……

「あらあら」

「まだ残ってるなんて、何ていうか生命力はゴキブリ並だね」

「状況というものも、理解出来ていないようですし」

「まあ冷静な判断が出来ないような状況だというのは、判らなくもないけど」

「そもそも、人質をか弱くて可愛い女性にしない辺りが根本的に間違ってるよね」

「いやそれはあまり関係ないと思うが」

 ……逆に盗賊を煽る始末である。

 無論それは、盗賊がどう動こうとも何とか出来るという自信が彼らにはあるゆえだ。

 尤も、盗賊にしてみれば腹が立つことこの上無いであろうが。

 案の定怒りが頂点に達した盗賊は、老人の喉元に突き付けた得物を握る手に力を込める。

 察した前線組4人は、すぐさま飛び出せるようにすぅっと腰を落とした。


 ……が、最も素早く行動を起こしたのは、深冬だった。

 彼女は上着の内側へ隠していたクナイのような飛び道具を取り出し、射抜くような鋭い視線をぶつけると共にそれを盗賊へ向かって投げ付ける。

 空気を切り裂く音を発しながらもの凄まじい勢いで盗賊の方へと向かっていったクナイは、華奈の頬をかすめ、盗賊の頬をかすめ、すぐ後ろの建物の壁へと突き刺さった。

 瞬間、壁に幾つもの亀裂が走り、壁の一部が損壊してばらばらと地に落ちる。

 突如として我が身を襲った恐怖により顔面を蒼白にした盗賊は、老人に突き付けた得物を取り落として気を失い、その場に倒れた。

 ついでによほど驚いたらしい人質の老人もご一緒に。

 盗賊が気を失ったことを確認した深冬は、先程までの鋭い視線はどこへやら、ぱぁっと可愛らしく表情を輝かせる。

「そっかぁ、こうすれば一発で気絶させられるんだね!」

 心底嬉しそうに、彼女はのたまった。


「はるちゃん、生きてる?」

 すぐに飛び出せるようにと構えた格好のまま動けずにいる華奈に、環が問い掛ける。

 だらだらと冷や汗を流した華奈は、渇いた笑いを発するのが精一杯だった。



-*-*-*-*-*-*-



「これで最後、かな」

 浅く息を吐き出しながら、フラットは縄を掛け終えた盗賊のひとりを地面へ放り投げる。

 華奈達がものの十数分で片付けてしまったおよそ50人の盗賊達は、街人や保安官の協力もあって一箇所に集められ、身動きが取れぬよう全員が縄で縛り上げられていた。

 ちらり、と、フラットは冷や汗を掻きながら斜め前方を見る。

 視界の先では、何とか持ち直したらしき華奈と、深冬と環の3人が、盗賊のひとりをやたら楽しそうに取り囲んでいるところだった。

 気絶したうえに縛り上げられて全く身動きの取れない盗賊は、哀れにも華奈達の遊び心の標的となっている。

「“私は愚かです”とかどうよ?」

「まあ、妥当だね」

 華奈の意見に環が同意すると、深冬が盗賊の頭にペンを走らせた。

 都合良く円形に肌が露出した……いや、華奈達の手によって円形に毛を剃られた盗賊(華奈達は“落ち武者”などと言って爆笑していたが、フラット達には意味が判らなかった)の頭頂部には、深冬の可愛らしい文字でしっかりと“私は愚かです”と書かれている。

 フラットとカイリは「幾ら何でもそれはあんまりなのでは……」と一応止めてみたのだが、華奈曰く、「人様に迷惑を掛けまくった盗賊共には当然の報い」なのだという。

 ついでに「毛根が無事な奴なら1ヶ月程度で落書きも見えなくなるって!」などと押し切られ、フラットは微弱に心を痛めつつも彼女達の行動を黙認することにしてみたのだった。

 毛根が無事でない奴は一体どうすれば良いのだろう、などとカイリは思ったのだが、それは口には出さずにおく。

 ついでにパルスはどうでも良いのか無視を決め込んでいる。

 ちなみにこの時に深冬が書いた落書きを見て、環とフラットは何故か自分達が見たことも聞いたこともない筈の第三世界の言語の読み書きをあまりにも自然に出来ているということに気付いたが、さしたる問題でも無いと決め込んで、それも口には出さなかった。

 恐らくは、精霊の恩寵を多大に得た影響の一端なのであろう。

 別々の世界で生きてきた彼らが当然のように会話をすることが出来ていることも、然りだ。


「あの……」

 華奈達があまりにも落書きに夢中になっていたゆえか、控えめに声が掛けられる。

 6人共が声のした方へと視線を向けると、視線の先にいた声の主は、穏やかな雰囲気を纏った壮年の保安官であった。

 成る程、これならば盗賊に手が出なかったというのも頷けると、失礼ながらも華奈はそう思う。

「いやでも人は見掛けによらないとか言うしなー」

「何の話だ」

 ぼそりと呟かれた華奈の言葉にパルスが突っ込むが、2人の掛け合いはそれ以上は続かなかった。

「ありがとうございました。この盗賊達には前々から手を焼いておりまして……あぁ、本当に、何と言えば良いのか……」

 壮年の保安官は、華奈達へ向かって深々と頭を下げる。

 同時に、周囲に集まっていた街人や商人達からも、感謝の言葉が投げ掛けられた。

 それは徐々に、華奈達を褒め称える言葉と、拍手喝采の洪水になる。

 あまりの感謝のされっぷりと称えられっぷりに、深冬とカイリは照れまくって恐縮してしまった。

 華奈は照れながらこめかみをぽりぽりと掻きつつも控えめに手を振って応え、騎士ゆえこういった状況には慣れているのか、パルスとフラットは軽く頭を下げることで応える。

 環は「あらあら」などと呟きつつ口元に手を添え、穏やかに微笑んだ。

 やがて、周囲に出来上がった人垣の間から、2人の人間が華奈達の方へと進み出てくる。

 ひとりは保安官の制服を纏った青年で、もうひとりは街人らしき中年の男性だ。

 2人とも、手には何やら布袋と……中年の男性の方は、見覚えのある帽子を手にしている。

「これはせめてもの感謝の証です。どうか受け取ってください」

 壮年の保安官がそう言うと、保安官の青年の方が、目の前に立つフラットへと布袋を差し出してきた。

 受け取った際の感触で中身がお金だと……しかも相当な額のお金だと判ったフラットは、申し訳なさそうに壮年の保安官を見やる。

「私達は、これほどの謝礼を受け取れる程の行いをした訳ではありません。ですから……」

「いいや。盗賊達が街の周辺に巣食うようになって数年、我々では何とも出来ずにいたものを片付けてくださったのですから、これくらいは当然のことです。むしろ言葉などで謝意を表しきれはしません。どうか、受け取ってください」

 フラットが布袋を返そうとするのを片手で制しながら、壮年の保安官は再度深く頭を垂れた。

 そこまで言われては、返す理由も無い。

 今後の路銀にも困っていたゆえ、フラットはありがたく謝礼を受け取ることにした。

 フラットが保安官の布袋を受け取ると、今度は中年の街人の男が、彼の隣に立つパルスへと帽子を差し出す。

 その中にも、小銭を中心にお金が詰め込まれていた。

「こりゃあお前さん達が忘れて飛び出してった、お前さん達の見世物に対する稼ぎだ。だがそれ以上に、良いものを見させて貰った。ありがとうよ」

「こちらこそ、感謝する」

 豪快に笑う男に、パルスは軽く頭を下げて謝意を表す。

 そのやり取りを、華奈は不思議そうに首を傾げて見ていた。

「何だ」

 華奈の様子に気付いたパルスが、小声で囁く。

 中年の男とパルスが持った帽子を見比べながら、華奈は答えた。

「いや、慌てて飛び出してきたから稼ぎを放置してきたことなんて今思い出したんだけどさ。普通は路上にお金を放置なんてしてきたら、盗られても仕方ないでしょ? でも、さも当然のように持ってきてくれたから。ちょっと感動していた訳よ」

「まあ、それはそうかも知れないが……これが普通だろう」

 当然のように返ってきた言葉に、華奈は微かに目を見開く。

 それから、心底嬉しそうに。

 少女らしい可愛らしい微笑みを、その顔に浮かべた。

「そっか、普通か……そうだよね」

 微笑みは一瞬だったがゆえに。

 綺麗だなどと思ってしまったのは恐らく気のせいだと、パルスは思う。

 その証拠に、一瞬後には「何か儲けた気分~」などと言いながらはしゃいでいるし。

「やはり気のせいだな」

「? 何が?」

 パルスの小さな呟きにフラットが反応するが、パルスはため息を吐きながら「何でもない」と答えた。



-*-*-*-*-*-*-



 盗賊達の後始末は保安官と街人達に任せ、華奈達は喧騒を後にする。

 現在彼女達がいるのは、大通りから外れた細い路地だ。

 感謝されるのは嬉しいことだが、半時も揉まれていれば流石に疲れるというもの。

 宴を催すから是非参加して欲しい、などと言われたが、旅に出なければならないという理由を付けて丁重にお断りしてきた。

「でも、旅に出るとか言っても、どこに行けばいいのかさっぱりですな」

「地図も買い損ねちゃったし……」

「路銀は確保出来たんだけどね」

 6人全員が頭を悩ませる。

 情報収集で一応は異変らしきものが起きているという地名が挙がっているが、行ってみてハズレであったら相当な時間を無駄にしてしまうのだから安易に決めることは出来ないし、そもそも地図が無いゆえ地名だけ判っても場所が判らない。

 かと言って今から情報を集める為に大通りなどへ出てみようものなら、慌ただしく宴の準備をしている街人達に再度揉まれることは確定。

 街人達のテンションも更に上昇しているし、出て行くのなら決死の覚悟が必要だ。

 カイリに生贄になって貰うか、深冬の勘を頼りに進むか。

 そのような物騒な考えに何人かが行き着いた時。

 大通りから彼女達の方へ向かって何者かが走り寄ってくるのが見えた。

 人影は3人。

 その誰もに、華奈は見覚えがある。

 うち2人はカヴェリーラへ入る前にすれ違った中年の男性商人達で、残りの1人は、エキゾチックな格好をした宝石商のお姉さんだ。

「おぉ、お姉さん達どうした……」

 華奈が言い終える前に、走り寄ってきたお姉さん……サーシャは、正面から華奈を思い切り抱き締める。

 うおおぉぉ凄い感触だーなどと華奈が戸惑いつつもエロオヤジくさい思考を展開していると、サーシャは少しだけ身体を離して華奈の目元に軽いキスを落とした。

「さっきはありがとうね。本当に、もうお終いだと思ってたんだよ」

「い、いやいや、当然のことをしたまでですよお姉さん?」

 突然のことに華奈は驚くが、お姉さんなりの感謝の気持ちなのだろうと思うことにする。

 流石に顔が紅くなってしまうことは禁じ得なかったが。

「ハルちゃん、その人は?」

 華奈が顔を紅くするなどという珍しい光景を面白そうに見ていた深冬が、面白そうな笑みを湛えたまま首を傾げ、尋ねる。

 そういえば自分とパルス意外はお姉さんが何者か知らなかったという事実に、華奈は初めて気が付いた。

「いやらしい盗賊に狙われる美しいお姉さん。それを颯爽と助けるワタクシ」

「情報収集をしていた時に会った宝石商だ」

「サーシャだよ」

 無駄にきりっとした表情で言う華奈の補足として、パルスとサーシャ自身が言葉を続ける。

 むしろそちらの方がメインの説明であるような気がするが。

「どうしてもお礼が言いたくてさ。探したよ」

「それに、何か異変についての情報を聞きたがっていたんだろう? 足しになればという情報があるんだ」

 サーシャの後に、商人の男のひとりがそう続ける。

 6人全員が反応し、男の方を見た。

「……それは、どのような?」

 フラットが先を促す。

「ヴァレンティーネという街がある。水の都と呼ばれ、潤っていた街だったんだが……最近あれだけ湧き出ていた水が沸かなくなって、周囲の大地が干からびてきてしまっているらしい」

 それは今まで聞いてきた情報の中で最も内容が明確なものだった。

 しかも“水”や“大地”といえば世界を統括する6大精霊の属性にあたるゆえ、信憑性も高い。


「ヴァレン、ティーネ……?」

 ぽつりと、深冬が呟く。

 神妙な面持ちゆえ環が声を掛けようとした、その瞬間。

 深冬は突然、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「ちょっ……深冬!」

「深冬ちゃん、どうしたの!?」

 サーシャの腕をやんわりと解いて、華奈は深冬の元へと駆け寄る。

 深冬は何かに耐えるようにしてしっかりと目を瞑り唇を引き結んでいたが、程なくして目を開くと、助け起こそうと差し出されたフラットの手に掴まりながら、ゆっくりと立ち上がった。

「ミフユ……?」

 助け起こしながら、フラットは心配そうに深冬の顔を覗き込む。

 深冬は申し訳なさそうに、苦笑を浮かべていた。

「突然ごめんね。でも……」

「でも?」

「そこに、行かなくちゃいけないような気がする。ううん、行かなくちゃいけないの。誰かが、私を呼んでる」

 確信めいた口調で、深冬はきっぱりとそう告げる。

 華奈達は神妙な面持ちで顔を見合わせ、小さく頷いた。

 深冬が何かの声を聞いたというのなら。

 それは深冬に加護を与える、精霊の誰かの声なのかも知れない。

 行き先、決定だ。


「あんた達、何なんだい? 身のこなしといい……ただの旅芸人じゃあないんだろう?」

 華奈達の様子を半ば呆然と見ていたサーシャが、ようやく我に返って口を開く。

 興味深々といった様子で答えを待つ彼女達に向かって、華奈達は言った。

「んー、強いて言うならちょっと腕が立つ一般人?」

「お前意外は一般人だな」

「何だとこの野郎」

「まあまあ、2人とも。痴話喧嘩は後にして」

「「痴話喧嘩なものか」」

「あれー? 旅芸人路線はどうするの?」

「……ま、まあ、そんな感じですので」

「あんまり気にしない方が良いと思いますよ」

 最後に環が締めると、サーシャ達は思わず苦笑を漏らす。

 彼女達の正体は気になるところだが、どうやら深く追求しない方が良いらしい。

「じゃあ、自称一般人さん。これはアタシからの感謝の印。どうぞ受け取っておくれ」

 苦笑もそのままに、サーシャは手に持っていた何かを華奈の首に掛ける。

 しゃらん、と澄んだ音を立てるそれは、3本の銀のチェーンが連なり、青い宝石達が散りばめられたデザインの、大層なお値段だった筈の首飾りだった。

 華奈は思わず焦る。

「んなっ、お姉さん、こんな高いの貰えませんって! 似合わないし!」

「そんなことはないさ。それに、感謝の気持ちは素直に受け取るもんだよ」

 首飾りを外そうとする華奈だが、サーシャは笑顔でそれを制した。

 貰っておくしか無さそうな雰囲気なので、華奈は素直に礼を述べておく。

 すると、その光景を笑顔で見ていた商人の男2人が、背負っていた大きな荷物を地面へ降ろした。

「さて、じゃあ俺達も……」

「えぇ!? このうえまた何かくれるとか言ったら流石に困りますよ!?」

「まさか。そんな訳はないだろう」

 もの凄く明るい口調で返され、華奈達は首を傾げる。

 男達はにんまりと、商売人の顔を浮かべた。

「あんた達、旅してるんだろう?」

「情報提供したお礼に、何か買うのは当然だよな?」


 少しの間の後、華奈達は総じて苦笑を浮かべる。

 第三世界の商人達は、なかなかに強者揃いのようだ。

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