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第八話



○登場人物


  稲田景勝・いなだかげかつ(現代文担当、1組担任、35歳、冷静だが心の中は熱い)


  福山蓮子・ふくやまれんこ(数学担当、1・2組副担任、24歳、損得勘定で物事を考える)


  武中健吾・たけなかけんご(生物地学担当、2組担任、35歳、沈着で大人な人間)


  森繁八重子・もりしげやえこ(日本史担当、44歳、3組担任、学年主任で頼りがいがある)


  四島嘉津男・よしまかつお(古文担当、45歳、4組担任、生徒と同年代の娘がいる)


  井之脇壇・いのわきだん(世界史担当、27歳、3・4組副担任、四島の弟分的存在)


  北澄昌明・きたずみまさあき(体育担当、48歳、5組担任、独身でまだ好機を窺っている)


  田蔵麻綾・たくらまあや(英語担当、22歳、5・6組副担任、新人ながらしっかりしてる)


  鶴賀あかり・つるがあかり(物理化学担当、6組担任、29歳、結婚に対して執着がある)




  渥美衣代・あつみいよ(帰宅部、遅刻・早退・欠席の常習)


  安東菊恵・あんどうきくえ(バレー部、セッターで気が強い)


  一場太志・いちばたいし(サッカー部、運動も勉強も学年トップクラス)


  伊東紗和・いとうさわ(学級委員長、クラスをまとめるしっかり者で信頼もある)


  岩瀬浩二・いわせこうじ(陸上部、駅伝メンバーで自分を強く持っている)


  梶田希・かじたのぞみ(美術部、デザインに興味があって進路に悩んでいる)


  北橋泰子・きたはしやすこ(バスケ部、万年補欠でセンスがない)


  小林洋・こばやしよう(サッカー部・エースの座を一場と競う)


  佐土原宏之・さどはらひろゆき(野球部、エース候補だが我が強い)


  塩崎拓也・しおざきたくや(帰宅部、野方文和の親友で良き理解者)


  篠永梢・しのながこずえ(手芸部、ロリータファッションをこよなく愛する)


  高品悟・たかしなさとる(水泳部、自由形を専門にしている)


  長岡純平・ながおかじゅんぺい(柔道部、体格はいいが気は弱い)


  沼本香苗・ぬまもとかなえ(放送部、ラジオDJを夢見る)


  野方文和・のがたふみかず(帰宅部、生まれつき体が弱く欠席も多い)


  野口七海・のぐちななみ(合唱部、ピアノ担当でしっかり者)


  蓮井新・はすいしん(帰宅部、松田佳彦とつるんでる不良)


  林愛莉・はやしあいり(テニス部、ミスコンにも選ばれる美少女)


  原本力・はらもとつとむ(野球部、捕手で体格も腕もいい)


  藤井初音・ふじいはつね(合唱部、ソプラノ担当でマイペース)


  古橋健太・ふるはしけんた(バスケ部、センターガードでスタメンをはる)


  益子エミリ・ますこえみり(バスケ部、清楚でスレンダーなギャル系)


  松田佳彦・まつだよしひこ(帰宅部、不良で世の中に執着が薄い)


  松浦ひばり・まつうらひばり(バレー部、長身アタッカーだが気が弱い)


  三池繁・みいけしげる(副学級委員長、草食系で優しいアイドル好き)


  水橋範子・みずはしのりこ(漫画愛好会、少女マンガ大好きで自作してる)


  宮里辰則・みやざとたつのり(学年一の秀才、何事もやってのける逸材)


  桃田未絵・ももたみえ(帰宅部、転校生で心を開かない)


  山口裕也・やまぐちゆうや(帰宅部、単位ギリギリで危ない)


  吉澤麗子・よしざわれいこ(陸上部、駅伝メンバーで仲間意識が強い)





 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 7月も中旬に入って、梅雨明けの夏本番。ジメジメもいいけど暑すぎるのもちょっと。

何もしなくてもバテてくるし、日焼けも避けては通れない。水泳部の顧問っていうのが

せめてもの救い。でも、目の前にプールがあるからこそ余計に働くものもある。いっそ、

このままダイブしてしまいたいのが本音だもん。楽園がすぐそこにあるのに私だけ入れ

ないなんて、氷水を置かれて「飲んじゃダメ」っておあずけされてるような感覚じゃん。

まっ、そこは理性で抑えるしかないけど。

 校庭を眺めると、運動部の活発な姿が目につく。その中でも、特筆するのはサッカー

部だろう。数ある運動部の中でも最も厳しい環境におかれる一つ。これだけの暑さの中

であれだけ走り回るなんて、それだけで敬意に値します。でも、野球部とかも守備の時

にボール来なければ止まってるのが逆にきついかも。陽射しがジリジリ来るのが余計に

肌で感じられそう。

 何気なく目線を配らせると、本棟と別棟を繋ぐ渡り廊下にいる稲田先生を発見した。

なにやら、校庭の方を見ている。何を見てるんだろう。あっ、野球部か。学生時代は野

球やってたって言ってたし。気になっちゃうんだろうな。そういう人って、この時期に

なると。

 しっかし、甲子園に行ったって凄いなぁ。どのぐらいまで勝ち上がってたんだろう。

まさか、優勝してたりとか。ないない、さすがに全国制覇なんてしてたら自慢しちゃう

でしょ。いや、稲田先生ならしないかも。まさかのまさか、ベンチで試合には出てない

とか、応援要員でベンチにも入ってないとか。まぁ、今度聞いてみよう。

 でも、そこまでの選手だったとしたら指導側もやってみればいいのに。確かに、北澄

先生がいるから代わりにくいだろうけど、良い監督になれるかもしんないし。北澄先生

が結構厳しめだから、静と動で逆になりそう。それはそれで面白くなるかも、って完全

に他人事の勢いまっしぐら。けど、ウチの野球部は強いから指導側もやりがいあるんじ

ゃないかな。




 原本力、出席番号19番。

 甲子園の県予選の当日、心躍る衝動を胸に手を当てて確かめる。春季や秋季の大会も

あるけれど、夏の大会はそれとは一味も二味も違う。毎日の厳しい練習も全てはこの時

のため、と言い切れるほどに球児にとっては特別だ。演者が舞台本番初日に幕が上がる

のを待つような心内。

 海浜総合高校はシード権を得てるので、2回戦からの登場になった。春季の県大会で

ベスト4まで勝ち上がったウチの高校は県内ではそれなりに名が通っている。ベスト8

ぐらいまでは平均的に毎年行けるだろう、ってレベル。だから、そこまでに負けるわけ

にはいかないし、それ以上は挑戦の領域に入ってくる。甲子園の出場経験は十数年前に

2回、目標はもちろんそこだ。

 海浜総合高校の先発マウンドに上がったのは佐土原ではなく、5組の馬服だった。今

までの練習試合の内容からして当然の結果といえる。監督の判断に不服はない。暴走を

しても自らの投球に走る佐土原よりも着実な投球をして結果を残してきた馬服を先発に

選ぶのは当たり前のことだ。不満があるとすれば、佐土原と先発バッテリーを組めなか

ったという現実。

 佐土原はライトの守備に入っている。監督からリリーフを告げられた事に納得はして

ないだろうが、全ては自分のピッチングによって決まったものだからと感情を抑えた。

今はもう迷走する時じゃない。それぞれがそれぞれの役割を果たして、チームのために

勝利へと邁進する。

 試合が始まると、馬服が危なげない投球を続けていく。球威も安定してるし、コント

ロールも大きく乱れることがない。打線の援護も充分すぎるほど重なっていく。本塁打

こそなかったけど、安打がこれでもかと繋がり、ほぼ毎回得点でスコアボードに数字を

刻んでいった。

 試合は9回を待たずに終了。結果は10対0、5回コールド勝ち。攻撃も守備も口の

挟みようのないスタートを切れたが、喜びきれないところも同時にある。馬服は4回を

投げ、5回は2年生の抑え投手が締めたため、佐土原の登板がなかった。きっと、今日

に照準を合わせてきたであろう体と心のバランスに悪い変化が起こらなければいいこと

を願うほかない。




 佐土原宏之、出席番号9番。

 県予選の3回戦、出番は予想してなかった場面に訪れた。6回裏、この大会で初めて

のマウンドに上がる。やっと来たかという意気の高揚と現実を把握しているだけにある

失意に心境は複雑だ。

 試合は4回裏までを馬服が抑え、打線も5回表までに10点を取り、5回裏を守れば

コールドゲームという2回戦と同じ展開になった。ただ、登板した2年生の抑え投手が

四球で出した走者を二塁へ送られ、ワンヒットで失点してしまう。続行となった6回表

に2点を取り、あとは裏をしのげばというところで投手交代。正直、表のうちに監督に

裏のマウンドへの登板を聞かされた時は嬉しさもあったが、よくよく思ってみれば登板

機会のない自分への慰めのようなものだなと解釈できた。現に、5回で試合が終わって

いれば、そのまま外野だけだったわけだから。

 そうとなっても、マウンドに上がれば感情が揺らいでようが関係ない。自分のベスト

のピッチングを見せる、それだけだ。馬服の几帳面な投球とは逆に、思い切りの一球を

原本のミットに目掛けて投げ込んでいく。空振り三振、三塁ゴロ、空振り三振、結果は

三者凡退で試合終了。

 内容には満足できたけど、現状には満足していない。馬服との先発争いに敗れ、リリ

ーフに降格。試合もコールドで終わるから中継ぎとしての出番も少ない。当然、チーム

の調子が良い事には喜びはある。馬服の好投ぶりも良い事だ。けど、それは自分の登板

機会が自動的に少なくなるということ。素直に喜びきれるはずはない。こんなはずじゃ

なかったのに、俺は誰かの後ろで投げるピッチャーじゃないのに、とどうにもなれない

葛藤を続けていく。

 『お前の悔しさは分かる。俺も悔しい。けど、投げれなくなったわけじゃない。なら、

多少短いとしても登板した時には最高のピッチングが出来るようにしよう。クサんじゃ

ねぇぞ』

 監督から中継ぎ転向を告げられた日に原本から届いたメールだ。悔しさが苛立ちへ変

わると、これを見るようにしてる。同じ思いを抱えてる人間とだから分かり合えるもの。

それを糧に、今は自らを奮い立たせている。




 稲田景勝、3年1組担任。

 県予選の4回戦、試合が週末だったので観戦に来る事が出来た。吹奏楽部の活気の湧

く演奏の中、福山先生や生徒たちも声を送っていく。1組の原本と佐土原がスタメンで

出てるため、応援のし甲斐もあるようだ。

 原本は4番でキャッチャーとして出ているが、佐土原は6番でライトとして出ている。

佐土原のメインがピッチャーであることは1組の誰もが知っている。そして、腕のある

好投手ということも。

 去年は先発の3年生投手を引き継ぐリリーフとして出場していたらしいが、今年は先

発に起用されるのが濃厚だという話は聞いていた。だが、蓋を開けてみると、先発は5

組の馬服で、佐土原は今年もリリーフを受け持つことになっていた。佐土原にとっては

苦しい現実だっただろう。

 野球部の練習を何度か見てきたが、佐土原に特に悪い点は見当たらない。もちろん、

去年の彼のピッチングを目にしていないから比較は出来ない上で。馬服も良い投手だと

思うが、取り立てて何かが秀でてるようには感じれない。おそらく、俺が監督だったら

佐土原を使ってるだろう。北澄先生も学生時代は甲子園球児と聞いたが、県大会の初戦

敗退が常の高校の外野手だったらしい。安全策を取ったんだろう。パワー重視の佐土原

よりもコース重視の馬服。納得しきれなかったが、北澄先生を責めることはできない。

そっちの方が良い結果を生む可能性は充分ある。

 試合はこれまでの海浜総合高校の勢いを映し出すものにはならなかった。前半の3回

を終え、2対0と安心しきれないリード。仕方ない。上に行くほど相手も手強くなって

くる。

 5回裏に2点を追加したが、直後の6回表に山を迎える。馬服が二死を取るまでに四

球を2つ出し、一塁二塁と自らピンチを招くと、センター前ヒットを浴びて失点してし

まう。ここで、監督は崩れきる前に馬服から佐土原へのピッチャー交代を告げた。マウ

ンドへ上がった佐土原は原本と言葉を交わし、投球練習へ入っていく。球の勢いはこれ

まで投げていた馬服より上だ。先発候補からの降格にも心を腐らせることなく、それを

発奮材料にして己を勇ませる。投球スタイルと違い、背けたくなる現実を意外なほど冷

静に受け取っている。

 しかし、作りきれていない立ち上がりの球をライト前へ運ばれて失点を許してしまう。

いきなりの一打を浴び、佐土原は空を見上げて息をつく。ここが勝負どころ。どう自分

をコントロールできるか。抑える実力はある。その力を発揮できるかが鍵。

 これまでの佐土原は崩れると崩れきる傾向があったようだが、この日は違った。後続

を打ち取ると、7回と8回も封じ込めていく。終盤に味方からの援護もあり、9回表は

抑えの2年生投手が役割を果たした。7対2、コールドとはいかないが山場を踏ん張り

きれた海浜総合高校がベスト8へと駒を進めた。




 高品悟、出席番号12番。

 今日は水泳部の練習が休日だったから、野球部の応援に球場まで先生やクラスメイト

と行った。試合は佐土原や原本の活躍もあって、順当にベスト8入り。こうやって仲間

の頑張る姿を目にすると、こっちの士気も自然と高まっていく。高校総体の県予選は目

下に迫ってきている。

 試合が終わった後の帰り道、球場から電車に乗るまでは全員行動をしたが、そこから

は帰宅する者や寄り道する者の各自の行動に任された。俺は仲のいいメンバーでファミ

レスに行こうって話に乗っかり、学校の最寄り駅から繁華街へと流れていく。

 それなりにいろんな店が並んでるし、夏休みに入ったっていうのもあって繁華街には

若者の姿がいつもより多かった。その様を何気なしに見送っていると、見覚えのある顔

が視界に捉えられる。ウチのクラスの桃田未絵が男と歩いていた。私服姿で結構に印象

が変わる彼女の姿とともに、その斜め前にいる見知らぬ男にも興味が向かう。海浜総合

高校の生徒だろうか。ただ、学校では目にしたことのない顔に思える。じゃあ、他校の

生徒ということか。でも、それはそれで疑問が浮かぶ。4月に転校してきたばかりの桃

田が他校の生徒と係わる機会がそうあるだろうか。他県から越してきたわけだから、以

前の同級生ってことも考えにくい。可能性が低いだけであるといえばある、と言われる

とそうとしか返せないけれど。

 「おい、何してんだよ」

 「あぁ、ごめん」

 仲間に声を掛けられ、彼らと距離が開いていたことに気づいた。追いつこうと早歩き

になる中、一度だけ振り向いてみたが桃田と男の姿はもう無かった。息をつき、仲間の

輪へと戻る。

 一体、あそこで何をしてたんだろうか。一緒にいた男は誰なんだろうか。気になり、

心が複雑になる。仲間内に飛び交う会話もどこか上の空でしか聞き取れず、意識は別の

ところへ飛んでいた。




 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 準々決勝の当日、天気は朝から曇り模様。まぁ、暑苦しい中で観戦しなくていいから

好都合なんだけど。正直、刺すような日差しにはウンザリしてたからありがたい。夏に

涼しさを欲して、冬には温かさを欲する。振り幅が普通の枠を出てしまうと、人は普通

を求める。普通の枠に嵌るのを嫌がるのに実際はそこに行きたがる。あっ、哲学チック

になってしまった。

 今日の相手は春季大会でベスト8に勝ち上がっている実力校。って言っても、単純に

準々決勝なんだから順当なレベルではある。要は、ここまできたら楽観視できる試合は

ないってこと。

 海浜総合高校の先発は今日も馬服くん。ホームベースの奥でマスクを被るのが原本く

ん、ライトを守るのが佐土原くん。副担任としては1組の2人のバッテリーを見たいの

が本音だけど、こればっかりはしょうがない。北澄先生の方針に口を挟む気はないし、

挟めるだけの野球の知識もないし。私に出来る事は、この応援席から生徒の力になれる

ように声を送ること。

 試合は前半の3回を終えて0対0、投手戦の予感。どちらも走者は出すものの、好機

にまでは持っていけない。中盤に入ると、好機を作るもそれを得点にまで結びつけられ

ない。

 モヤモヤした展開が続く中、均衡を破ったのは4番の一振りだった。6回表、甘めに

なった外角低めのストレートを原本くんが振りぬくと、打球はこれまで目にしたことの

ない滞空時間を続けてレフトスタンドまで飛んでいった。今までの分を取り返すように

応援席は盛り上がり、してやったりにダイヤモンドを一周した原本くんはベンチで味方

から手荒い祝福を受ける。

 皆の笑顔が零れる横で稲田先生はすでに落ち着きを取り戻していた。ホームランの時

は同じように喜んでいたけれど、経験者だからか早くに冷静になっていた。もうこの後

を見据えてるんだろうか。

 ピンチが待っていたのは7回裏、内野安打と死球で出した走者をバントで進められて

一死二塁三塁。ワンヒットで逆転の場面で投手交代が告げられ、佐土原くんがいよいよ

登板。緊張感の募るマウンドを託され、表情もこれまで以上に引き締まっている。私は

遠目から好投を祈るのみ。相手は9番打者、佐土原くんと原本くんのバッテリーは強気

に攻めて空振り三振を奪う。次の1番打者にも同じように攻め、センターフライに打ち

取ってピンチを切り抜けた。

 8回裏は二死を取った後に4番打者に二塁打を浴びるも後続を抑えた。9回表の攻撃

はゼロ、依然として1対0。今日は相手投手の好投に打線が沈黙してしまった。つまり、

こっちも投手陣が生命線。打たれるわけにはいかない。9回裏、マウンドに上がったの

は佐土原くんだった。抑えの2年生投手ではなく、今の流れを続行させる事を北澄先生

は選択した。その采配に応えて、佐土原くんは力投を続ける。二死から安打を許すも、

最後は空振り三振で試合を締め括った。見事な継投での零封劇でベスト4進出を決め、

一塁側の選手や応援席は喜色に包まれていく。




 伊東紗和、出席番号4番。

 準決勝の当日、今日も球場へと応援に足を運んだ。部活にも入ってないから時間自体

はあって、なんだかんだで皆勤賞。まぁ、クラスメイトの頑張りは励みになるからいい

ってことで。

 応援席には試合を重ねるごとに観客が増えていく。一つずつ上に進むごとに注目度も

上がり、生徒や学校の近隣住民の人達や高校野球ファンの人達でスタンドは徐々に埋ま

っていく。ウチは県内でも名前の通ってるところだから、地元での応援の熱も結構高い

みたい。

 試合は海浜総合高校が佐土原くんのタイムリーなどで4点を先制。先発の馬服くんの

調子も良く、勝ちパターンの雰囲気が一塁側には流れていく。割と楽な気分で見ていら

れるなと思ってたけど、そんなに甘いレベルではなかった。

 馬服くんは5回を終えた時点で降板。疑問が浮かんだけど、稲田先生の「明日の決勝

を考えて、あまり長いイニングを投げさせないようにしたんじゃないか」って説明で納

得した。6回裏からは佐土原くんが登板。安心して声援を送っていたけれど、これが裏

目に出てしまう。二死を取った後に四球を与え、次の打者の内野ゴロを遊撃手がエラー。

走者を溜めてしまい、気を落ち着かせようと原本くんが大きな声をチームメイトに掛け

ていく。しかし、次の打者への初球を捉えられ、打球は快音とともに高々と飛んでいく。

右中間深くまで運ばれ、走者が2人とも還ってしまう。さらに、次の打者にもライト前

に安打を浴び、二塁ランナーが還っていく。4対3、余裕すらあった心は一転して不安

で轟く。結局、ここでピッチャーは再び馬服くんへと交代。1回も持たなかった佐土原

くんはライトへ下がり、空へ大きく息をついていた。

 馬服くんは次の打者を抑え、この回を切り抜けると7回と8回も危なげなく取った。

攻撃も8回表に原本くんのタイムリーで1点を追加。9回裏は抑えの2年生投手が締め、

5対3で海浜総合高校が決勝進出を決めた。喜びに沸く皆の中、佐土原くんだけは素直

にそれを出来ない様子に見えた。




 稲田景勝、3年1組担任。

 準決勝を観戦した後、予定にはなかったが学校に行った。どうしても今日中に話して

おきたくて、球場から帰ってきた野球部のミーティングが終わるのを待っていた。しば

らくするとポツポツと部室から部員の姿が見え、佐土原が出て来ると後ろを追って声を

掛ける。

 「今からちょっとだけ時間もらえないか」

 「はい。いいですけど」

 よく事態が飲み込めない様子の佐土原を連れ、向かったのは坂を下った先にある海岸

だった。学校帰りの生徒の視界にはあまり入らない辺りまで歩き、2人で砂浜に腰を下

ろす。17時過ぎだったため、暑さは幾らか落ち着き、海岸に接するように続く道路を

走る車の数も多くなっている。その車道から届いてくる音が静けさを取り払ってくれて

いた。

 「今日、見に行ったぞ。決勝、おめでとう」

 「はい。ありがとうございます」

 言葉と語調が合っていなかった。表情も浮いていない。やはり、今日のピッチングを

引きずっている。反省や後悔を抱くことは大事ではあるが、明日に決勝を控えてる今は

これ以上に尾を引くのは危険だ。明日にまで差し障るようじゃいけない。今日のうちに

なんとかしないと。

 「打たれたのなんか気にするな。誰だって、打たれる時は打たれるんだ。それより、

明日打たれない事を考えた方がいい」

 佐土原からの返答はない。どうせ自分の事情を察してない素人の慰め、と思ってるん

だろう。

 「2回のタイムリーはよかった。よくカーブを待って押っ付けたな。基本的に、お前

はボールが見えてる印象がある」

 その言葉に、佐土原の顔がこちらに向く。含めておいた言葉の中身を分かってくれた

ようだ。

 「先生、野球やってたんですか」

 「あぁ、学生の時にな」

 「へぇ。どこ守ってたんですか」

 「二塁手」

 「どうして二塁手を」

 「あんまり目立つポジションじゃなかったから」

 佐土原に笑みが浮かぶ。興味を持たせられたようだ。

 「そんな理由なんですか」

 「まぁ、そういう学生だったんだ。それなのに教師をやってるのも変な話だけどな」

 「確かに。でっ、高校の時はどこまで行ったんですか」

 「一応、甲子園に行った」

 思わず、「えっ」という声がした。高校球児からすれば、そこは聖地といえる場所だ

から。

 「嘘じゃないですよね」

 「悪いけど、そういう嘘はつかないタイプだ」

 「マジっすか。甲子園のどこまで行ったんですか」

 「初戦敗退。あっさり終わっちゃったよ」

 「へぇ。でも、凄い。プロから声は掛からなかったんですか」

 「残念ながら、そこまで何かに秀でた選手じゃなかった」

 話はそこで一旦途切れる。それでも、佐土原は何かを噛みしめてるようだった。今の

話で、おそらく俺に対する印象は大きく変わったのだろう。それ自体はどっちでもいい

けれど。

 「監督とかはやらないんですか」

 「前の学校ではやってた」

 「ウチではやらないんですか」

 「あぁ。それに、北澄先生がいるだろ」

 その言葉に、佐土原は「はい」と弱く呟く。そこに彼の心にこびりつく思いが集約さ

れていた。

 「不満か。今の起用法に」

 「いえ。元々、俺がダメだったせいでリリーフになっただけだから。不満なんて口に

する立場じゃありません。ただ、これまで先発としての心身をこの大会へ向けてきてた

から、登板機会が減ってモチベーションが保ちきれないんです。精神はなんとか我慢を

出来てるんですけど、体がそこに馴染めてないんです」

 佐土原の本音だった。自分の中では中継ぎとしての踏ん切りをつけてるつもりでも、

ここに合わせて調整してきた体はそう簡単には方向を転換しきれない。そして、それに

よって心内にも先発の座を失った無念が新たに生じてしまう。そこから抜け出したい。

なのに、そう出来ない。望まない葛藤の連鎖。

 中継ぎという立場は難しい。1回から自分でゲームを作っていける先発と違い、途中

からの既に作られてあるゲームに入っていかなければならない。さらに、チームの危機

の場面に回ってくる事も多い。登板すると、もうワンヒットで失点という場面。しかも、

投手は体が解れてなく、打者は試合の流れを分かっている。優劣の差に、嫌が応にも緊

張が生まれる。はっきり言って、それなりの強心臓でないと辛いものがある。特に、佐

土原のような状態の人間には厳しい。これまでは格下の高校との対戦で目立ってなかっ

たが、準決勝にまで来ると今日のような結果になってしまう。今、佐土原に必要なのは

決意だ。

 「さっき、俺が海浜総合高校の野球部で監督はしないって言っただろ」

 「はい」

 「実は、それには理由があるんだ」

 そう一年前の記憶を呼び起こしていく。今も忘れられない、この先も忘れることの出

来ない記憶。

 「俺が前にいた学校もそこそこ名前のあるところで、毎年それ相応の結果を出してた

んだ。俺自身の方針としては、生徒の自主性や個性も重んじるけど、それ以上に試合の

勝敗を気に掛けていた。勝つ事がチームにとって一番のバロメーターになると思ってた

んだ」

 「去年の夏の大会、ウチの高校は県大会の決勝まで勝ち上がった。しかも、9回裏を

2点リードで迎え、そこも二死二塁まで漕ぎ着けた。あとワンアウトで甲子園、誰もが

勝利を信じていたと思う。次のバッターはその試合で当たってた4番、その次の5番は

ノーヒット。俺は迷わず敬遠のサインを出して、二死一塁二塁で5番との勝負を選んだ

んだ。その結果はあまりにも残酷だった。逆転ホームランでサヨナラ負け。考えもしな

かった結末にチーム全員が放心状態で立ち尽くす姿が今も忘れられない。きっと、この

先もだ」

 「自分の采配であいつらの夏を終わらせてしまった。甲子園の夢を消してしまった。

そう思うと、立ち直れなかった。俺は次の夏も同じように指揮を執る事ができるけど、

3年生は次の夏はない。そんなの不公平じゃないか、と思えていた。そんな時、転任の

話を貰えたんだ。環境を変えたいと思って異動の希望をしていたら、海浜総合高校から

誘いが掛かった。すぐにその話を受けて、同時に野球部の顧問から離れる決意をした」

 「ただ、野球部の動向はどうしても気に掛かっていた。海浜総合高校も前の学校と同

じぐらいのレベルだったから重なる部分もあったのかもしれない。その中で、チームで

くすぶってるお前の姿は印象が強かった。力はあるのに、勝ち気な分だけムラができて

くる。でも、それがうまくハマった時には予想以上のものになる」

 佐土原は話を真剣に聞いていた。指導者側としての意見は新鮮であり、経験者として

の信用もある。

 「自分を信じろ。お前には力がある。これが最後の大会なんだろ。いつ最後の試合が

来るかも分からないんだろ。投げた後にそれが最後の一球だったと気づく事だってある

んだ。だから、絶対に悔いの残らないようにしろ」

 言いながら、自分の心の奥にある悔いを突いた。俺は取り返しのつかない失敗をして

しまった。でも、佐土原はまだだ。そうならないよう、後悔のない終わり方をしてもら

いたい。




 原本力、出席番号19番。

 決勝戦の当日、緊張を隠せない様子のチームメイトを余所に、どこか肝が据わってる

感じだった。佐土原は輪から外れ、部屋の隅で精神統一をしている。おそらく、あいつ

も自分と同じ心持ちでいるはずだ。

 昨日の夜、佐土原から電話があった。今現在の状況に対する心身の状態、それに関し

ての素直な感情を口にしていった。弱味は基本的に表に出さないタイプなのにそうして

くれたことが嬉しくて、ここ最近薄くなりかけていたバッテリー間の絆を再確認するこ

とが出来た。

 その時、稲田先生の話も聞いた。学生時代に甲子園まで行った事、監督として負った

心の傷。その内容には驚いたが、同じ野球に強い情熱を注ぐ者として分かり得るところ

は少なくなかった。佐土原も話し方からいって、先生の話に影響を受けたのは間違いな

いだろう。自らの傷を包まずに話してくれた先生の姿を見て、自分もという気持ちで俺

に電話を掛けてきてくれたのだろう。

 心の中に仕舞い込んでた靄を取り払え、佐土原は良い顔で今日を迎えられた。決勝に

間に合ってよかった。これで本来のバッテリーに戻り、悔いのない試合を送れる。さぁ、

最高の舞台へ行こう。

 最高気温33度、快晴のグラウンドに立つ感覚は心地よかった。心も晴れ、絶対的な

自信がみなぎってくる。勝敗ではない、もっと根本的なもの。こっちの方が良い野球を

することが出来る、という自信。ライトに視線を向けてみる。佐土原が口角を上げて、

握り拳を作ってみせた。

 相手は春季大会のベスト4のチーム。しかも、優勝のチームを準決勝で破っての決勝

進出だ。ウチとは2年前の秋季大会で対戦して、5対8で負けている。その時は1年生

ながら2人とも出場していて悔しい思いをしたのを覚えている。2年越しでの雪辱でも

ある。

 しかし、試合はこちらの意気とは逆の展開になった。1回は3人で抑えた馬服が2回

に相手打線に捕まってしまう。四球を与えた後、連打を浴びて失点。バントで送られる

と、次の打者に四球を与えて一死満塁のピンチ。馬服の状態や球は悪くないが、大舞台

がゆえに慎重になりすぎている。警戒の大きさでボールが先行してしまい、その分だけ

ストライクにもブレが生じてしまってる。ただ、回の早さもあって交代なしの続投が選

択された。次の打者は内野ゴロ、その間に走者が還って2点目が入る。さらに、次の打

者にはライトへフライぎみのヒットを許し、この回だけで4失点。ここ一番の波にのま

れてしまった馬服は2回で降板になった。一気に危機を迎えたにも関わらず、何故だか

体の中の自信はそう揺らいでなかったのは不思議だった。

 3回表、佐土原がマウンドに上がると、自然と互いに笑みが漏れた。久しぶりの感覚

だった。1年の頃、まだ雑用ばかりやっていた時に練習後に2人で居残りで投げ込みを

していた。まるで、あの頃のような新鮮さが湧いてくる。これだ。俺らが求めていたも

のはこれなんだ。そう確信に触れ、余裕ともいえるほどの感情に満ちていく。0対4の

ビハインドなんて大したことでないぐらい。事実、相手のクリーンアップからの好打順

を一塁ゴロ、空振り三振、空振り三振の三者凡退に切って取った。

 その後も、佐土原は完璧といえる投球を続けていく。マックス140を超えるストレ

ートを主体に、いつもならあまり投げたがらないスローカーブも効果的に多用していく。

馬服とは違うタイプの押しに押す投球術で相手を翻弄し、アウトの山を築いていく。味

方も4回と6回に得点を加え、8回にはヒットで出た佐土原を還して3対4の1点差に

まで詰め寄った。9回表には勢いそのままに、空振り、見逃し、空振りの三者連続三振

を奪う。佐土原は9回までに7回を投げ、被安打1、与四死球1、三振12と本領発揮

のピッチングを決勝の舞台でやってのけた。見たか、これが海浜総合高校の佐土原宏之

だぜ。




 佐土原宏之、出席番号9番。

 自信があった。目の前に次々と出てくる打者に負ける気がしなかった。自分自身に覆

い被さっていた現実に負ける気がしなかった。一球をキャッチャーミットに投げ込む事

がこんなに楽しいものだと久方ぶりに思い出した。

 幼稚園の時から野球が好きで、初めはとにかく家の壁にカラーボールを投げ続けてた。

小学生でリトルリーグに入ると、卒業までには地元のチームの中では名前の通る存在に

なっていた。中学では県大会で3年間エースとして投げ、チームを3年連続でベスト8、

3年生の時には準優勝にまで導いた。高校入学に際しては何校かからスカウトがあって、

地元にあった海浜総合高校に決めた。地元の強豪校だったから、小さい頃から個人的に

応援してたし、そこに入って自分が押し上げたい気持ちもあって。ただ、高校に入って

から気づかされた現実は厳しかった。小学校や中学校の時は自分の速球に着いてこれる

打者は少なかったけれど、高校になると力のある打者はいくらでもいる。自慢の速球を

打たれる場面も増えて、監督には変化球を覚えるように指摘された。元々、ストレート

を際立たせるためにスローカーブは投げていたけれど、それ以外の球種を身にする気は

更々なかった。スタイルを変えるつもりはない。力のある打者が来るんなら、そいつら

を抑え込めばいいだけ。その確固たる信念を持ち続け、女房役の原本もそれを納得して

くれていた。監督やチームメイトには度々チクチク言葉を投げられたけど、原本だけは

俺の速球を信じてくれた。

 自信があった。バッターボックスにいる原本がなんとかしてくれる、と根拠のない確

信があった。自分の事じゃないのにそう思えてならなかった。その数十秒後、バットの

芯に捉えた打球は金属の快音とともに空を高く翔けてレフトスタンドまで飛んでった。

逆転サヨナラの2ランホームラン。原本は右手を高々と上げ、ダイヤモンドを一周して

いく。3塁側のベンチと応援席は歓喜に沸き、実感のない甲子園への切符を手にした喜

びを噛みしめた。

 試合が終わり、学校へ戻るまでの道中も選手全員が一様に顔を綻ばせている。監督が

「まだまだこれからだぞ」と言おうが、誰も頭に記憶なんてしちゃいなかった。学校へ

着くと、多くの教師や生徒に祝福の言葉と拍手で迎えられる。正直、浮かれない方が無

理な話だと思う。人生最上の一日、それは間違いないだろう。

 校長先生へ報告をした後、部室でミーティングがあり、解散した頃には18時近くに

なっていた。原本と駅までの道を歩いてる間、今日までのあれこれを明るく話し合った。

いろいろあったけど、今では笑って話せるようになれてよかった。全てはこの成果のた

めにやってきたんだから。

 「お前ならやってくれると思ってたよ」

 「こっちのセリフだ」

 そう言い合い、2人で拳を合わせる。最高の相方のおかげで夢を叶えられた。その先

に何があるのか、今から明日が楽しみだ。



全18話、本に換算すると444ページになる長篇です。

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