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第二話


○登場人物


  稲田景勝・いなだかげかつ(現代文担当、1組担任、35歳、冷静だが心の中は熱い)


  福山蓮子・ふくやまれんこ(数学担当、1・2組副担任、24歳、損得勘定で物事を考える)


  武中健吾・たけなかけんご(生物地学担当、2組担任、35歳、沈着で大人な人間)


  森繁八重子・もりしげやえこ(日本史担当、44歳、3組担任、学年主任で頼りがいがある)


  四島嘉津男・よしまかつお(古文担当、45歳、4組担任、生徒と同年代の娘がいる)


  井之脇壇・いのわきだん(世界史担当、27歳、3・4組副担任、四島の弟分的存在)


  北澄昌明・きたずみまさあき(体育担当、48歳、5組担任、独身でまだ好機を窺っている)


  田蔵麻綾・たくらまあや(英語担当、22歳、5・6組副担任、新人ながらしっかりしてる)


  鶴賀あかり・つるがあかり(物理化学担当、6組担任、29歳、結婚に対して執着がある)




  渥美衣代・あつみいよ(帰宅部、遅刻・早退・欠席の常習)


  安東菊恵・あんどうきくえ(バレー部、セッターで気が強い)


  一場太志・いちばたいし(サッカー部、運動も勉強も学年トップクラス)


  伊東紗和・いとうさわ(学級委員長、クラスをまとめるしっかり者で信頼もある)


  岩瀬浩二・いわせこうじ(陸上部、駅伝メンバーで自分を強く持っている)


  梶田希・かじたのぞみ(美術部、デザインに興味があって進路に悩んでいる)


  北橋泰子・きたはしやすこ(バスケ部、万年補欠でセンスがない)


  小林洋・こばやしよう(サッカー部・エースの座を一場と競う)


  佐土原宏之・さどはらひろゆき(野球部、エース候補だが我が強い)


  塩崎拓也・しおざきたくや(帰宅部、野方文和の親友で良き理解者)


  篠永梢・しのながこずえ(手芸部、ロリータファッションをこよなく愛する)


  高品悟・たかしなさとる(水泳部、自由形を専門にしている)


  長岡純平・ながおかじゅんぺい(柔道部、体格はいいが気は弱い)


  沼本香苗・ぬまもとかなえ(放送部、ラジオDJを夢見る)


  野方文和・のがたふみかず(帰宅部、生まれつき体が弱く欠席も多い)


  野口七海・のぐちななみ(合唱部、ピアノ担当でしっかり者)


  蓮井新・はすいしん(帰宅部、松田佳彦とつるんでる不良)


  林愛莉・はやしあいり(テニス部、ミスコンにも選ばれる美少女)


  原本力・はらもとつとむ(野球部、捕手で体格も腕もいい)


  藤井初音・ふじいはつね(合唱部、ソプラノ担当でマイペース)


  古橋健太・ふるはしけんた(バスケ部、センターガードでスタメンをはる)


  益子エミリ・ますこえみり(バスケ部、清楚でスレンダーなギャル系)


  松田佳彦・まつだよしひこ(帰宅部、不良で世の中に執着が薄い)


  松浦ひばり・まつうらひばり(バレー部、長身アタッカーだが気が弱い)


  三池繁・みいけしげる(副学級委員長、草食系で優しいアイドル好き)


  水橋範子・みずはしのりこ(漫画愛好会、少女マンガ大好きで自作してる)


  宮里辰則・みやざとたつのり(学年一の秀才、何事もやってのける逸材)


  桃田未絵・ももたみえ(帰宅部、転校生で心を開かない)


  山口裕也・やまぐちゆうや(帰宅部、単位ギリギリで危ない)


  吉澤麗子・よしざわれいこ(陸上部、駅伝メンバーで仲間意識が強い)





 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 10分の休憩時間が終わり、職員室を後にする。歩きながら、窓の外から見下ろす景

色に情感が湧いてくる。春の花は一つ一つ姿を消して、季節の移ろいの始まりを告げて

いってる。春は出会いの季節、と誰かが言う。それは正しいだろうし、ケチつける気も

ない。

 「ヘックシッ」

 ただ、出会いたくなかったのがこの花粉症。春は好きだったのに、一気に憂鬱な季節

になってしまった。くしゃみは出るし、鼻水は出るし、目は痒いし、鼻はムズムズする

し、仕事に身が入らないよ。いち早い特効薬の完成を希望。

 「まだ、花粉続いてますか」

 右横から稲田先生カットイン。

 「はい。多分、来月の連休明けぐらいまでは」

 「そうですか。辛いですね」

 いやいや、分かってないでしょ。もう一度、言わせていただきます。花粉症じゃない

人にこの切実さは伝わりません。気持ちを察してくれるんなら、ぜひ一度こっちの世界

へいらしてみては。

 着任してから約2週間、稲田先生の勤務態度は真面目そのもの。曲がった事もなく、

正論を並べ、堅実に仕事をこなしてる。実につまらない。もっと楽しく面白くいきませ

んか、と助言したくなる。そんなに真っすぐだと息が詰まりますよ、と。まぁ、大きな

お世話なんでしょうけど。

 でも、この前の長岡くんの時の事は違った。親身になって、解決させて、なんか頼り

がいある感じだった。こういうところあるんじゃんって思ったけど、あれ以来また元に

逆戻り中。

 3階まで階段を上ると、稲田先生と別れて授業のある1組の教室へ。散らばってる生

徒たちを座らせて、伊東さんの号令。出席簿を開いて出欠の確認。一時限目が欠席にな

ってる渥美さんと山口くんの席は二時限目もまだ空の状態。またか、遅刻と欠席と早退

の常習犯。




 渥美衣代、出席番号1番。

 只今、二時限目の途中。私は学校に続く緩やかな坂道を上がってく途中。そう、遅刻

街道まっしぐら。ここまでいったら、もう余裕ぶっこくしかないっしょ。人間、諦める

のも大事。まっ、後付けにすぎないけど。

 『私、もうすぐ学校に着くところ。そっちはどこ』

 メール送信。

 ってか、天気いいなぁ。こんな日に学校こもって勉強なんかしてないで、皆で砂浜ま

で行って遊んだ方がいいって。ビール片手にバーベキューとか最高じゃん。なのに、や

れ勉強、やれ受験。大人は融通のきかない石頭ばっかで困るねぇ。あぁあ、ずっとこの

まま高校生がいいや。

 メール受信。開封。

 『今、起きた』

 今頃かよ。どんだけ寝んのが好きなんだよ。なんだ、近くだったら一緒に登校しよう

と思ってたのに。しょうがない、一人で行きますか。

 学校に到着。もち、皆さん教室だから誰の姿もなし。でも、なんだかこの静かな感じ

は心地良い。ここ全部私のもんなんじゃないの、って錯覚に陥れる。まぁ、実際そうじ

ゃあないから教室までは先生に会わないようにこそこそ行くんだけど。

 教室に到着。入る前に10秒の静止。外側から内側の現在の様子を音を伝いに探る。

一応、中がどんな空気なのかを確認。それによって、こっちの出方も変わってくるし。

どうやら、数式の問題を出すところみたいだ。説明なしにチョークを黒板になぞるのが

証拠。

 「じゃあ、この問題を解いてくれる人」

 福山先生の言葉が切れるのと同時にドアを開ける。

 「はーい、分かりませーん」

 ベストタイミング。教室中から笑いが起こってく。この瞬間、快感。もう、みんなの

中で遅刻なんて帳消し。あとは先生を丸め込むだけ。

 「渥美さん、また遅刻」

 「すいません、毎度毎度」

 下手に出ておけば楽。本気で申し訳ないなんて思っちゃないけど、下になっておく方

が逆に有利。

 「どうして遅れたの」

 「なんかぁ、道端でお婆ちゃんが足くじいちゃってて。荷物を持ってあげてました」

 すかさず、「嘘つけ」って言葉がどっかから飛んでくる。それに、また教室に笑いが

起こる。

 「もういい。座って」

 「はぁい」

 丸め込み、成功。福山先生はなるべくトラブルは避けたい人だから物分かりがいい。

遅刻ぐらい言葉だけで注意しとけばいい、悪いのは本人、後で困るのも本人、って人。

こういう大人ばっかならいいのに。




 山口裕也、出席番号29番。

 『今、起きた』

 メール送信。

 衣代からのメールでようやく目を覚ます。正確には、なんとなく起きてたけど体を起

こす決定的な後押しがなくてだらだらしてた。何だろう、この倦怠感。やる気もないし、

気力も起こらない。高校3年生っていうのに、こんな状態でいいんだろうか。その思い

はあるけれど、具体的に何をしようということもしていない。

 体を起こすと、用を足し、顔を洗い、リビングへ行く。テーブルには母親の用意した

朝食にラップが包んであった。そういえば、今日は近所の主婦同士で出掛けると言って

いた。冷蔵庫からおかずになるものを適当に取り出し、それを食べる。一人の食事は気

に留めるものがなくていい。

 学校に着いたのは、もう四時限目だった。さすがに、この時間にもなれば通学中に制

服を着た人間に会うことは少ない。たまに、早退の奴と会うぐらいだ。

 教室のドアを開けると、全員の注目がこっちに向く。これだけは気分のいいもんじゃ

ない。まぁ、「見んなよ」って言い散らせる立場じゃないからしないけど。そんなこと

はお構いなしに自分の席へと進む。衣代に目を向ける。言葉はなしに「おはよう」って

口を動かしてたから頷いておいた。

 「おい、今何時だと思ってんだ」

 強めの声が教壇から飛んできた。生物化学教師の武中は沈着で面倒くさい。

 「すいません、遅れました」

 「お前は受験生なんだぞ。自覚あるのか」

 「はい。すいません」

 本当は自覚なんかない。自分は受験生ということを知ってるだけ。周りがだんだんと

勉強を始めてるのは知ってるけど、どうしてもここという一歩を踏み出せない。これか

ら一年近くも続いてく事なんだから、一つの区切りがないと行けそうにない。これまで

勉強してこなかった自分のようなタイプには尚更。このままじゃ、一体いつになるのか

分かったもんじゃないけど。




 稲田景勝、3年1組担任。

 四時限目終わり、職員室に戻ると1組の授業から帰ってきた武中先生から出席簿を差

し出された。

 「山口、来ましたよ」

 「あっ、来ましたか」

 「一度、厳しく言っておいた方がいいんじゃないですか。受験生としての意識が全く

ない」

 武中先生からの強い言葉に、「はい」と萎縮ぎみに答えるしかなかった。確かに、生

徒の自主性を重んじる校風ではあるが、それと気ままにしかやらないのは違う。言葉の

通りだった。

 「なんで、渥美さんと山口くんは遅刻するんでしょうね。そんなに起きれない理由が

あるわけないのに」

 隣から福山先生が入ってくる。

 「理由はないようなもんです。起きようと思っていれば、人間起きれるもんだから。

武中先生の言うように意識が少ないだけです」

 「山口くんなんか、2年生の時も進級ギリギリで。渥美さんはそこまでじゃないけど、

他の生徒と比べれば歴然です。もう、ホントどうしたもんかと」

 「早退や欠席も多いんですよね、2人は」

 「はい。遅刻よりは全然少ないですけど、気分が乗らないからって帰られたり、休ま

れても困りますよね」

 自己管理の無さから作られてしまった性質。逸れてしまった道は修正されることなく

軌道を曲がらせ続けていった。一つの妥協が次を生み、無数のものへと繋がり、それが

通常となってしまった。

 「やっぱり、渥美さんと山口くんには一回言っておく必要があると思います」

 「そうですね。そうするつもりです」




 北橋泰子、出席番号7番。

 昼休み、四時限目が終わると体育館へ急いで向かう。時間が経つと体育館が混んでし

まうので、昼食を摂らずに。この時間なら、体育館には生徒の姿はほぼない。なんなら、

四時限目に体育の授業で使ってた人たちの片付けがまだやっているぐらい。この静かな

空間はたまらなく好きだ。

 人も音も少ない体育館でシュート練習。ゴールを1人で独占できる優越感はなんとも

言えない。有意義な時間を過ごしてる実感に浸れる。バスケットボールの感触、弾む音、

この手からゴールへ飛んでいく軌道、どれも良い。

 その時、体育館の外の廊下を流れていく人たちの中に違和感を持った。大勢の歩いて

いく人たちの中でポツンと佇んでる1人。こっちに視線を向けているけど、視線が合う

と歩き出してしまった。

 「エミリっ」

 呼び掛けると、エミリは一度こっちへ顔を向けた。でも、またそのまま歩いていって

しまった。そこに生じた様々な思いが募って、息をつく。

 ゴールから距離をとり、フリースローの位置から投じていく。10本を投げ、入った

のは3本。エミリだったら、この倍かそれ以上は入れるだろう。どうして・・・・・・

こうなっちゃったんだろう。

 「北橋さん」

 その言葉に後ろを振り返ると部活のメンバーが5人ほど立っていた。周りも見てみる

と、いつのまにか昼食を食べ終わった生徒たちが多く集まっている。どうやら、自分の

世界に入ってしまっていたらしい。

 「ここのゴール、使ってもいいかな」

 「あっ、もちろん」

 「一緒にやろうか」

 「うぅん、私はいいから使って」

 そう譲り、ボールを元に戻して体育館を後にする。ああなったら、私に居場所はない。

おとなしく引っ込んでおくのが正しい選択だ。そう自らに言いつけ、教室に帰って昼食

を食べた。




 山口裕也、出席番号29番。

 放課後、伊東を伝いにして稲田に呼ばれ、衣代と会議室へ行った。なんとなく言われ

そうなことは察しがついてたから、そんなに気負いはしていない。衣代にもそういるよ

うに言った。

 会議室の扉を開くと、稲田は既にそこにいた。座るように言われ、稲田から2つ間隔

を空けた席に座る。こうやって、ちゃんと構えて話すのは初めてだ。稲田は真面目な印

象な分、こういうところになるとこっちも構えてしまう。

 「悪いな、放課後に呼び出して」

 「いや、別に何があるってわけじゃないから」

 部活にも入ってないし、バイトもしてないし、放課後にやることってなったら大概は

衣代と時間を潰すぐらいだ。金もそんなにないから、ファーストフードで駄弁ってるの

が多い。

 「話は、自分でも分かってると思うけど遅刻や早退や欠席が多すぎるって事だ」

 もちろん、その話だと思ってた。

 「これ、なんとかならないか」

 「なんとか、って言われてもね。起きれないもんはしょうがないじゃん」

 「それはお前らの起きようって気が足りないだけだ」

 「そうだと思います。でも、体がそういう構造になっちゃってるんです」

 「じゃあ、直すしかないな」

 「先生、直せるんですか」

 「直すのは俺じゃない。お前ら自身がやらないとなんない」

 「それはどうかなぁ。俺、自分の操作が下手だし」

 そこで一回話が途切れた。稲田との視線は合わさったまま、どちらも外さない。次の

一手がどう来るか。

 「気づいてると思うが、遅刻や早退や欠席は内申書に響いてくる。それだけじゃない。

出席しなかった授業は遅れをとって、成績に反映されてくる。お前らにとって、損が多

くなるだけだ」

 「そのぐらい分かってますよ」

 「どっかで切り替えないと、進学の前に浪人か留年になるぞ」

 「まぁ、その時は就職しますよ」

 「なぁ」と右隣の衣代に振ると、「えっ」と驚いた顔をされた。なんだよ、完璧に稲

田の言葉に飲み込まれてるじゃねぇか。

 「言っとくが、人生そんな簡単なもんじゃない。他の奴らはそれを分かってるから勉

強してるんだ。ちゃんと勉強して、ちゃんと大学行って、ちゃんとした会社に行こうと

してるんだ」

 あぁっ。そういう説教くさいの、マジうざってぇ。そんなもん、こっちだって分かる

っつうんだよ。自分の理論ばっか押し付けやがって、何もかも分かったような口きいて

んな。

 「じゃあさ、俺らはどうすればいいわけ。教えてくれよ」

 「簡単だ。授業を休まず、真面目に勉強しろ。それだけだ」

 「あのさぁ、そんなことしか言えないわけ」

 「言えるよ、いくらでも。ただ、お前らはその「そんなこと」すら出来てないから言

ってるだけだ。大学に行くか行かないかは自分で決めればいい。でも、今お前らから勉

強を奪って何が残る。何か社会を生きていくうえで武器になるようなものがあるのか。

言ってみろ」

 喉元を突かれた気分だった。何も言わせない、そんなところに手を出された。反論の

余裕のない問いかけ。今、俺らに残されているもの。正直、何も思い当たらない。俺ら

には何も突出するところなんかない。稲田の言葉は正論だった。それがまた無性に腹が

立った。睨むような視線を向けてはいたけど、勝敗は明らかだ。顔は見ていないけど、

衣代はきっと表情にそれを出してることだろう。

 「じゃあ、先生の言うように勉強すればなんとかなんのかよ」

 「それはお前ら次第だ。他の奴らだって勉強してる。お前らはそれ以上に努力しない

と、あいつらは抜けない」

 そんなもん、気が遠くなるような話だろ。やってらんねぇし。けど、やんなきゃなん

ねぇみてぇだし。

 「勉強しても結果が出なかったら、マジで恨むぞ」

 「あぁ、勝手にしろ」

 捨て台詞を吐いて、会議室を後にする。大人の理論で巻かれたのが悔しくてたまらな

かった。だから、その大人の理論でもって反撃したくなった。俺はこれだけやってられ

んだぞ、ってのを見せてやるために。




 渥美衣代、出席番号1番。

 稲田先生からの話が終わった後、裕也と屋上へ行った。屋上には誰にもいない。この

時間なら、みんな部活に行ってる。帰宅部の怠け者ちゃんは帰ってるし、いるとしたら

帰宅部の不良系。まぁ、こっちもそれに近いものだけど。

 適当に角っこに座って、手すりにもたれる。裕也は「あぁっ」とか「ちっ」とかイラ

イラモード。私もちょっとはあったけど、裕也の加減に消されてく。空を眺めて、雲の

流れてく様子に気を落ち着けてみる。天気は相変わらず良い。

 「ねぇ」

 「何」

 2~3分してから声を掛けてみた。その間に会話はなし。気の落ち着き待ち。待ちき

ったわけじゃないけど、そろそろいいかなって探りも込めて開口してみた。雲は流れて

いく。

 「進路の事とか考えてる」

 「考えてねぇよ。やりたい事もないし」

 「そうだよね。私も」

 将来の事なんて漠然としすぎてて何も見えない。靄がかかってる感じ。なりたいもの

もないし、やりたいこともない。だから、今何をしていいのかも分からない。悪循環。

でも、しょうがないんだよ。無理して見つけるようなものじゃないし、そんなふうにし

て見つけたものなんて長続きしないだろうし。だからって、何もしなくていいわけじゃ

ないのも分かっててややこしい。無難に勉強やっとけばいいんだっていう人も多いだろ

うけど、結局そのまま最後まで無難で終わっちゃいそうで恐い。勉強、受験、大学、就

職、会社員、結婚、出産、家庭、チーン。それでいいのか、私。いや、よくない。

 それが嫌なら軌道を変えればいい。どうせ変えるんなら、最初から変えておいた方が

近道でいい。そんで、今悩んでる。どこに道を持ってけばいいかを迷ってる。雲は流れ

ていく。

 「裕也、勉強やるの」

 「あぁ。別に、将来のためになんて小せぇ理由じゃねぇぞ。あんなふうに言われて、

ムカついただけさ。あいつの鼻、へし折ってやる」

 裕也の意気は揚がってる。稲田先生への敵対心むき出し。そんな理由で勉強すんのも

どうかと思うけど。

 ただ、稲田先生の言ってる事は正論だ。だから、何も言い返せなかった。私たちの心

の不安を正面から突いてきて、こっちには反撃の余地もなかった。反撃をすればするほ

ど不細工になるだけだし。雲は流れていく。

 「明日から朝起こしてくれよ」

 「えっ、私なの」

 「俺、起きれないし」

 「いやいや、私もだし」

 雲は流れていく。




 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 「えっ、そんなこと言ったんですか」

 「はい。いけませんか」

 朝の職員室、起ききらない頭をなんとか回転させて一時限目の準備をしてると稲田先

生に話を掛けられた。昨日の放課後、渥美さんと山口くんに例の件の話をしたらしい。

ただ、引っ掛かる点が。

 「いけなくはないですけど、もっと優しめな言い方があったんじゃ」

 「いいんです、ああいう奴らにはあのぐらい言わないと。現実をはっきり分からせて

やることで本人に自覚が芽生えてきますから。生温く言ってたら、いつまでも適当に巻

くだけですよ」

 そりゃ、そうかもしんないけど。そんな強気に出て、もし生徒とトラブルにでもなっ

たりしたらどうすんの。最近はキレやすい生徒も多いっていうし、相応にやっておけば

いいのに。

 「それで、2人は納得してくれたんですか」

 「若干無理に、ってところですけど。でも、何にせよ始める事が大切なんです。やら

なければ何も起こりませんから」

 やっぱ、この人は普通じゃない。どっかが違ってる。正しいこと言ってるけど、現代

社会でそんな真っすぐに進んでくのって逆に暑苦しいでしょ。もっと平和に穏便にいこ

うよ。

 「連休前に現代文の小テストをやるつもりです。そこで、まず最初の腕試しといきま

しょう」

 「はぁ」

 無理っぽいな、これ。

 一時限目は4組で授業。移動中、どうしても気になったんで1組の中をそっと覗き見。

渥美さんの席に渥美さん、山口くんの席に山口くん。うそっ、ちゃんと来てる。しかも、

2人とも机で寝てるし。これって、もしや・・・・・・稲田先生の暑苦しさが通じてる

ってことなの。

 「ヘックシッ」




 伊東紗和、出席番号4番。

 只今、一時限目の授業が開始。英語授業の田蔵先生が出席の確認中。なんだか、変な

感じ。

 「渥美衣代」

 「ふわぁい」

 渥美さん、あくび中。

 「伊東紗和」

 「はい」

 学級委員長らしく、シャープに返事。

 「山口裕也」

 「はぁい」

 山口くん、半分起床、半分就寝。

 変だ。これは一体、何がどうなってるんだろう。渥美さんと山口くんが先週から遅刻

していない。遅刻どころか早退もない。いつから、あの2人はこんな優秀になったんだ

ろう。いや、優秀って言葉は違うけど。でも、そう言いたいぐらいの出来事といえる。

この1週間、あの2人にどんな心境の変化があったんだろう。

 「ねぇ、伊東ちゃん」

 「んっ」

 授業終わり、渥美さんが私の前の席の椅子に後ろ座りして話し掛けてきた。こうして、

1対1で話すのは珍しいかも。渥美さんはギャルまではいかないけど、髪は染めてるし、

制服のスカートは危ないぐらい短くしちゃってるし、放課後は夜の街にでも繰り出して

そうな雰囲気。私は自分で言うのはなんだけど、勉強してる姿が似合ってしまう真面目

ちゃん。同じクラスにはなっても、同じグループになることはまずない。話すっていっ

たら、クラスの決め事とかについて聞かれるぐらい。つまり、私が学級委員でなければ

その会話もないことになる。

 「勉強ってさ、どうやんの」

 「えっ」

 「いやさ、勉強やろうと思ったんだけど集中できなくて。15分が限界なんだよね」

 それはあまりに意外な言葉だった。あの渥美さんが勉強の仕方を聞いてくるなんて。

明日は季節外れの雪が降るとか。でも、15分ってさすがに短くないの。

 「へぇ、受験勉強とか」

 「そんなんじゃないよ。なんかさ、裕也が稲田先生に吹っ掛けられて燃えちゃって。

特に目標もなしに突っ走っちゃってんだよね。私もやってんだけど、難しくて分かんな

いからすぐだらけちゃうの。良い方法ないかな」

 なるほど、それで最近ちゃんと学校に来てるのか。まぁ、良い事だから学級委員とし

ては嬉しいけど。

 「まずはね、勉強するってことから慣れさせた方がいいかもしんないよ。自分が分か

るレベルのところをやってくの。ほら、分かんないで悩んでるより、分かって解ける方

がやってて楽しいでしょ。そうやって、だんだん勉強する自分を沁み込ませていけばい

いよ。高1のとか、中学生のでもいいからやってみたら」

 「でもさ、今からそんなとこから始めてたら遅いんじゃないの」

 「そんなことないよ。まだ1年近くあるんだし、全然大丈夫だから。いつまでも分か

んないのやってるより、そっちの方が何倍も効果あるよ」

 「ふぅん。そっかぁ」

 一応、私なりの見解だけど納得できたみたいだ。私も、テストとかで分からない問題

にいつまでも苦戦してるより、どんどん次に切り替えていくようにしてるから。

 「分かった。ありがとね」

 「うん、頑張って」

 よかった。ちゃんとアドバイスできた。渥美さんに私の意見を聞いてもらえるのって

なんか気分いいかも。頼ってもらったのも初めてだし。

 それにしても、山口くんが稲田先生に勉強を吹っ掛けられたってどんな感じだったん

だろう。稲田先生、そういうのきちんと言う人だったんだ。やっぱ、薄味な人じゃない

んだな。




 稲田景勝、3年1組担任。

 授業終わり、予想通りに山口に呼び止められた。言いたいことは分かってる。さっき

返却した国語の小テストだろう。

 「おい。これ、どういうことだよ」

 「どうもこうもない。そこに書いてあるとおりだ」

 テスト結果、山口裕也24点。1組の30人のうち30位。

 「何でだよ。俺、ちゃんと勉強したぞ。なのに、全然じゃねぇかよ」

 「たった1週間から10日くらい勉強した程度じゃ結果なんて着いてこない。お前は

それを遥かに超えるだけ怠けてきたんだから。それが結果に出て、よかったじゃないか。

これで、一つ学べたんだぞ」

 山口は明らかに怒りを堪えていた。爆発しそうだが堪えている。その点数を取ったの

は紛れもない自分自身だから。

 「俺は今回、あえて捻りをきかせた問題を多く出した。要は応用問題だ。だが、基礎

がしっかりと出来ていれば、そう難しくはないはずのものだ。お前が出来なかったのは、

単に基礎が成ってないから。分かるな」

 基礎がないから応用に繋がらせられない。そういうことだ。折角やる気を出した生徒

に対しては酷な遣り方だが、折角に起こった気持ちだからこそ真剣なものにしてもらい

たかった。

 「どうした。もう勉強なんか止めてやる、ってところか」

 10日前の山口ならそう啖呵を切っていただろう。ただ、努力の後の悔しさを知った

今は違う。

 「次、見てろ。ぜってぇ、結果出してやるからな」

 そう言い捨て、山口は去っていった。




 山口裕也、出席番号29番。

 「あぁっ、くそっ」

 怒りはいつになっても治まらなかった。この怒り自体にムカつくぐらい、静まる気配

はない。いい加減、さっさと無くなってもらいたい。こんなことにいつまで熱くなんな

きゃいけないんだ。

 「ねぇ、もう機嫌直してよ」

 屋上でふてくされて寝転んでる俺を衣代は宥めてくれていた。今は三時限目、体育の

授業をサボってここに来てる。下を眺めれば1組の様子を校庭に見れるけど、そんな状

態じゃない。

 「今回はたまたまだって。裕也が一生懸命やってたのは分かってるから」

 「うっせぇな、お前には分かんねぇよ」

 テスト結果、渥美衣代38点。1組の30人のうち28位。

 「なによぉ、人が心配してあげてんのに」

 そう言い捨て、衣代は黙った。悪いけど、今は独りの世界に入らせてほしい。

 この1週間から10日、自分なりに勉強に励んだつもりだった。こんなに勉強した事

ないとまではいかないけど、集中力は並大抵じゃなかったはずだ。いつも試験前には一

夜漬けのように追い詰められるけど、そういう無理やりにやらされてる感じとは違った。

もっと、自発的な思いがあった。だから、結果が伴わなかった事が悔しい。このままで

終わるわけにはいかない。何の成果も無しに止めるのは逃げる事のような気がしてなら

なくて。

 「なぁ」

 「なによ」

 「明日からも朝起こして」

 「えっ、また私なの」




 森繁八重子、学年主任、3年3組担任。

 どういう風の吹き回しだろうか、これは。まるで、人が変わったみたいだ。1組の出

席簿を眺めながら異変を思う。あの渥美衣代と山口裕也がここ10日ほど遅刻も早退も

欠席もしていない。2日に1回は何かしらをしてきた問題児なのに、どうなってしまっ

たんだろうか。授業態度も真面目とはいわないが、きちんとこちらの話を聞くようにな

っている。

 「福山先生」

 「はい」

 「最近、1組の渥美さんと山口くんが真面目に登校してますね」

 「あっ、そうなんですよ。急に目覚めちゃったみたいで。ホント、助かってます」

 「何かあったんですか」

 「なんか、稲田先生が注意したみたいです。少し強めに言ったらしいんですけど、逆

に効果あって。もしかして、2人の性格まで見越した上であえてそうしたのかなぁって

思ってるんですけど」

 稲田先生が2人に。一体、何を言ったんだろう。これまで、誰が注意しても直らなか

ったのに。あえて強めに言ったって、あの2人にそんなリスクを冒すとはずいぶん強気

に出たんだな。冷静な人に見えるのに、たまにそうでない部分も覗かせてくる。ますま

す、稲田先生が分からなくなってきた。




全18話、本に換算すると444ページになる長篇です。

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