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第十六話



○登場人物


  稲田景勝・いなだかげかつ(現代文担当、1組担任、35歳、冷静だが心の中は熱い)


  福山蓮子・ふくやまれんこ(数学担当、1・2組副担任、24歳、損得勘定で物事を考える)


  武中健吾・たけなかけんご(生物地学担当、2組担任、35歳、沈着で大人な人間)


  森繁八重子・もりしげやえこ(日本史担当、44歳、3組担任、学年主任で頼りがいがある)


  四島嘉津男・よしまかつお(古文担当、45歳、4組担任、生徒と同年代の娘がいる)


  井之脇壇・いのわきだん(世界史担当、27歳、3・4組副担任、四島の弟分的存在)


  北澄昌明・きたずみまさあき(体育担当、48歳、5組担任、独身でまだ好機を窺っている)


  田蔵麻綾・たくらまあや(英語担当、22歳、5・6組副担任、新人ながらしっかりしてる)


  鶴賀あかり・つるがあかり(物理化学担当、6組担任、29歳、結婚に対して執着がある)




  渥美衣代・あつみいよ(帰宅部、遅刻・早退・欠席の常習)


  安東菊恵・あんどうきくえ(バレー部、セッターで気が強い)


  一場太志・いちばたいし(サッカー部、運動も勉強も学年トップクラス)


  伊東紗和・いとうさわ(学級委員長、クラスをまとめるしっかり者で信頼もある)


  岩瀬浩二・いわせこうじ(陸上部、駅伝メンバーで自分を強く持っている)


  梶田希・かじたのぞみ(美術部、デザインに興味があって進路に悩んでいる)


  北橋泰子・きたはしやすこ(バスケ部、万年補欠でセンスがない)


  小林洋・こばやしよう(サッカー部・エースの座を一場と競う)


  佐土原宏之・さどはらひろゆき(野球部、エース候補だが我が強い)


  塩崎拓也・しおざきたくや(帰宅部、野方文和の親友で良き理解者)


  篠永梢・しのながこずえ(手芸部、ロリータファッションをこよなく愛する)


  高品悟・たかしなさとる(水泳部、自由形を専門にしている)


  長岡純平・ながおかじゅんぺい(柔道部、体格はいいが気は弱い)


  沼本香苗・ぬまもとかなえ(放送部、ラジオDJを夢見る)


  野方文和・のがたふみかず(帰宅部、生まれつき体が弱く欠席も多い)


  野口七海・のぐちななみ(合唱部、ピアノ担当でしっかり者)


  蓮井新・はすいしん(帰宅部、松田佳彦とつるんでる不良)


  林愛莉・はやしあいり(テニス部、ミスコンにも選ばれる美少女)


  原本力・はらもとつとむ(野球部、捕手で体格も腕もいい)


  藤井初音・ふじいはつね(合唱部、ソプラノ担当でマイペース)


  古橋健太・ふるはしけんた(バスケ部、センターガードでスタメンをはる)


  益子エミリ・ますこえみり(バスケ部、清楚でスレンダーなギャル系)


  松田佳彦・まつだよしひこ(帰宅部、不良で世の中に執着が薄い)


  松浦ひばり・まつうらひばり(バレー部、長身アタッカーだが気が弱い)


  三池繁・みいけしげる(副学級委員長、草食系で優しいアイドル好き)


  水橋範子・みずはしのりこ(漫画愛好会、少女マンガ大好きで自作してる)


  宮里辰則・みやざとたつのり(学年一の秀才、何事もやってのける逸材)


  桃田未絵・ももたみえ(帰宅部、転校生で心を開かない)


  山口裕也・やまぐちゆうや(帰宅部、単位ギリギリで危ない)


  吉澤麗子・よしざわれいこ(陸上部、駅伝メンバーで仲間意識が強い)





 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 12月に突入し、世間は年末へのカウントダウンを押し進めるようにどこもかしこも

クリスマス仕様の飾りつけが為されていきます。街は明るくなり、イルミネーションで

彩られる雰囲気には心が洗われます。この様子は毎年楽しみにしてるし、とても好きな

ものです。今年は彼氏さんと迎えられそうなので楽しみは倍だし、今から待ち遠しいか

ぎり。

 ただ、この寒さはどうにかならないものかと悪戦苦闘中。同じ気温だとしても秋から

冬に向かう時と冬から春に向かう時では体感が違うもので、寒さに慣れてない分だけ余

計に寒く感じてしまうんですよね。もう、外に出る時には上から下まで洋服で重装備を

しないと耐えられません。スカートの丈を短くしてる女子生徒を一人ずつ褒めてあげた

いです。

 その生徒たちは完全に受験モードへと入ってきています。学校では友達と話したり、

遊んだり、気を抜ける場所になってるようだけど、授業中は結構な真剣さ。それを是非、

1年生の時からやっていただけたらと言いたくなるぐらい。まぁ、言いませんけどね。

学校外でも塾や予備校に行ったり、自宅でも勉強に励んだり、ピリピリしたものを抱え

てる子も多いだろうから。

 皆もそれぞれの志望校を決めてきていて、模擬試験の結果にそれぞれの心を明暗させ

ている。この高校の先を一人一人が決断していこうとしている。巣立ちの時期は確実に

近づいている。

 3年1組からは29人が大学進学を希望。梶田さんは両親を説得してデザインの専門

学校への進学を志望、先月に合格が決まりました。進路決定の1人目が出たことに稲田

先生も私も生徒たちも喜びがありました。勉強漬けの日々を過ごす皆の後押しになった

んじゃないでしょうか。当の本人は「皆の代わりにいっぱい出掛けて、いっぱい遊んで、

年末年始はだらけまくっといてあげるから」と宣言し、わざと反感を買ってましたが。

それ以外に、沼本さん、高品くん、小林くん、古橋くん、佐土原くん、原本くん、北橋

さん、松浦さん、安東さん、益子さんの10人がこれまでに推薦入試での合格を決めて

います。一般入試などに臨む19人はこれからが勝負。今はきついでしょうが、きっと

笑顔になれるはず。




 稲田景勝、3年1組担任。

 朝のホームルーム、出席を取り終わった後にドアの開く音が静まった教室内に響く。

後方のドアから教室に入ってきたのは塩崎と野方だった。こっちへ軽く頭を下げ、ゆっ

くりと席へ向かっていく。生徒たちは一応に振り向くが、彼らの姿を確認すると向きを

直す。この流れは恒例化されていると言っても過言じゃあない。この数ヶ月の間に何度

あったかは数えきれないだろう。

 野方は軽度の障害を持っている。障害といっても、そこまで思い悩む必要のあるもの

ではない。現に、こうして普通の高校でも極端な不自由はなく今まで過ごしてこれたの

だから。

 先天的なもので、学習能力や運動能力において多少の問題を伴うらしい。単純に表現

すれば、他の生徒たちよりもそれが低い。学習面においては通常の授業の速さでは理解

が追いつけないことがあり、よく教師へ質問する姿を目にしている。運動面においては

同級生と同じ瞬発力は発せられないため、よく取り残されてしまっている姿を目にする。

ただ、クラスメイトも協力的でいてくれてるので、体育の授業ではなるべく彼に参加を

させてやれる環境を作っている。球技なら彼に対してはわざと速度を緩めてあげたり、

マラソンなら周回遅れで擦れ違う際に声を掛けてあげたり。それでも、野方のためだけ

に他の29人が毎度合わせるというのは難しいため、基本的には通常の速度での生活を

強いてしまっている。野方にしても、自分のせいで全員の生活を遅らせてしまうことは

心苦しいだろうし。

 クラスメイトの協力は大きい。この状況なら中には冷たい対応をする人間もいる確率

はあるが、1組にはその人間はいなかった。特に仲間意識の強い学級でもないが、どこ

かしら繋がったものはあると感じている。

 体も強くなく、一度体調を崩すと長く休んでしまうことが多い。出席日数はボーダー

ラインとまではいかないが、決してスルー出来る範囲ではない。ただでさえ遅れ気味に

なる授業内容が欠けていくのだから。

 その状況を支えてくれているのが塩崎だ。小学校に入学した頃からの友人で、高校も

同じところという前提で海浜総合を受けたようだ。2人はほとんどの時間を2人でいる。

野方の体を考え、登校も学校内の移動も下校も塩崎は付き添いのように行動を共にして

いる。長年の関係のせいか、おしどりというよりは慣れという方が当て嵌めやすい間柄

に見える。




 伊東紗和、出席番号4番。

 「♪♪♪」

 気持ち程度の鼻歌を鳴らしながら歩を進めていく。歩くのをスキップに変えたいぐら

いに今日は終日気分が良かった。昨日返ってきた全国模試の結果が良く、志望校の合否

の可能性も安全圏を確保していたから。まだ安心していいところじゃないのは充分に承

知してるけど、毎日の勉強勉強の中でこういう成果が来ると素直に嬉しい。報われてる

と分かれば、より頑張れる。

 放課後、塾があるので居残りはしないで下駄箱へ行く。上靴をスニーカーに履き替え

てると、名コンビがゆっくりと現れた。他人よりもちょっと動きが遅い野方くんとそれ

を見守る塩崎くん。小学校からの関係みたいで、塩崎くんはもう慣れとしてやっている

ようだけど。

 「どう、今日の調子は」

 「今日は良いよ。体育でも結構走れたし」

 「そう。よかった」

 野方くんのゆったりした雰囲気は癒やされるところがある。受験勉強で毎日あくせく

過ごしがちになってしまう中、彼の穏やかな性格には心を安らげてくれる柔らかなもの

がある。

 「お隣さんは調子はどう」

 「俺に聞いてどうすんだよ」

 「そうでした。失礼」

 対称的に、塩崎くんはつれない。野方くんの側にいる分、逆に反発するようになって

しまってるんだろう。慣れで一緒にいるけど、馴れ合いとは違う。違うというか、違う

ようにしてる。

 「そういえば、2人は同じ大学に行くつもりなの」

 「うん、そうする予定。成績も同じぐらいだし」

 「なるほど。じゃあ、大学も一緒なのか」

 「そう。伊東さんは一柱大学でしょ」

 「うん、その予定」

 「凄いなぁ。僕なんかじゃ全然手が届かないよ」

 「そんなことない。皆で頑張ろうよ」

 野方くんと共感し合う横で、塩崎くんは乗ってこなかった。対称的なんだからそれが

正解ではあるけれど、たまに定まらない表情を見かけることがある。もしかして、慣れ

を越えてしまうんじゃないかと心配になってしまう。




 野方文和、出席番号15番。

 初めての人と接する時、とても怖くなる。僕の体の事を知らない人は、よく僕の様子

を見て溜め息をつく。僕は僕なりにやってるんだけど、他の人はそれじゃ満足出来ない

らしい。初めての人は僕と接すると、二通りの態度に分かれる。僕の事を理解して安心

させてくれる人とそれを放して不安にさせる人。僕の周りには安心させてくれる人が多

くいて嬉しい。でも、不安にさせる人もたまにいて悲しい。なるべく、それは仕方ない

事なんだと思うようにしてる。

 僕は物心がついた頃からこうだった。近所の子たちと遊んでても、クラスの子たちと

遊んでても付いていけない。病気のせいだって思った事は何度あっただろう。だけど、

そう思うのは自分や皆を苦しめることにしかならない。こうなったのは、僕を含めた誰

のせいでもないんだから。だから、そう思ったって時間の無駄なんだって考えるように

してる。

 勉強も運動も、僕は他の人と同じようには出来ない。皆と授業を受けても、皆よりも

僕は分かっていない。皆と運動をしても、皆よりも動けていない。皆と同じ事をしてい

ても、皆と同じところにはいられない。だから、皆よりも頑張るようにしてる。皆より

勉強する時間を長くして、皆より運動する時間を長くしてる。それで、僕はやっと皆の

近くにいられるから。勉強は好きだ。運動も好きだ。好きな事をしてる時間は苦になら

ない。

 僕はいつも笑うようにしている。笑ってると気分が良いし、笑ってる僕を見てる他の

人にもそれが伝わる気がするから。皆には迷惑ばかり掛けてるから、せめて僕に出来る

ことをしたい。まぁ、授業中に笑ってたら怒られるし、怖い人たちの前で笑ってたら後

が恐ろしいから程々にだけど。この思いになったのは、拓也くんの存在が大きい。拓也

くんには昔からずっとお世話になってきた。小学校も、中学校も、高校も、予定だけど

大学でも。それなのに、僕は拓也くんに何もしてあげられない。そう悩んだ時に行き着

いたのが笑顔だった。僕に出来る事、それを一生懸命にやるのが僕に与えられた事だと

思ってる。

 はっきり言ってしまうけど、拓也くんはそんなに出来た人間じゃあない。もちろん、

良い人だ。ただ、愛想がなくてぶっきらぼう。他人への興味が少ない。自分がよければ

いいと思って動く。寝坊した時、僕が歩くのが遅いせいにして遅刻じゃなくする。勉強

が嫌いで、僕よりも成績が悪い。僕より悪いって事は相当勉強してないはず。運動が嫌

いで、部活に入った事は一度もない。ここでも、僕と下校しなきゃならないからって理

由にしてうまく逃げてる。全部まとめると結構おかしな人に映っちゃうけど、拓也くん

は良い人だ。




 塩崎拓也、出席番号10番。

 最近、ストレスが溜まってる。それが自分でも手に取るように分かる。なのに、そこ

から抜け出せない。ゴールのない迷路みたいだ。じゃあ、俺はそこでいつまでもがけば

いいんだ。そう思い悩む事が新しいストレスを生む。溜まり放題だ。ぶちまけてやりた

くなる。

 受験勉強を始めたのは夏あたりだった。その前から文和や皆がやってたのは知ってた

けど、なんかやる気が起きなくてだらだら後伸ばしにしていた。始めた理由は、教室で

感じる雰囲気。今までのワイワイとかガヤガヤとか賑やかだったのが、だんだんピンと

したものになってきた。その時、さすがにやんなきゃまずいなって思わされた。ただ、

自分発信が少なかった分、やる気も大して起こらず、だらだらと続けてしまってるのが

現状だ。

 勉強が嫌い、受験勉強が億劫、やる気が起こらない、それでもやらないといけない、

仕方ないからやる、妥協でやってるから苛々が生まれる、止めたくなる、止められない、

それでもやらないといけない、仕方ないからやる、ストレスが溜まる、発散したくなる、

勉強を放り投げて遊びたくなる、周りは誰も遊んでない、現実を思い知る、やらないと

いけない、仕方ないからやる。ただただその繰り返し。こんなの続けてたら、いつか頭

が飛んでいく。

 頭を飛ばさないために、たまに息抜きの時間も作る。でも、レジャーランドや都市部

とかの人の密度の高いところは好きじゃない。だから、自然といつも行くような場所に

行く。結果、大した気晴らしにはならない。家に帰れば、また勉強。閉じ込められてく

何かは確実にあった。

 こんな環境に、あと2ヶ月もいないといけない。無理だ。もう、3日も耐えられない

ような状況なのに。「やってられるか」って、投げ出せることが許されるならどんなに

楽だろう。もちろん、現実にそんなことは許されない。ここでやったことは全て自分に

返ってくる。許されることを願っても無駄。なら、そこまでして投げられない。無駄な

事をしたって無駄。

 「ねぇ、期末試験の出来はどうだった」

 そんな俺の気持ちなんて知りもしないで、文和はいつも通りの笑顔で話し掛けてくる。

今までは普通と思ってたけど、受験勉強を始めてからはその笑顔に苛立ちを感じるよう

になった。こっちがこんなに苦しんでんのに笑ってんなよ、って。我慢はしてきたけど、

だんだん塵も積もってきている。

 「知らねぇ」

 「僕はね、数学は自信あるかな。今回は受験に備えて、時間いっぱいを使って全問を

ちゃんと解くって遣り方にしたんだ。なんか、時間を有効に使えた気がして良い感触に

なれたよ」

 なんだよ、それ。それこそ知らねぇし。っつうか、受験、受験ってうるさいんだよ。

今、その単語が一番ムカつく。大体、自信あるったって、大したレベルじゃねぇだろ。

俺より少し成績が上だからって、平均点に行ったこともないだろうに。それで喜んでる

方がおかしいんだよ。

 「拓也くんもそうした方がよかったのに。後ろから見てたけど、ラスト15分ぐらい

は時間を持て余してたでしょ」

 黙れ。

 「もう、センター試験は来月なんだから本番を見越すことも必要だと思うよ。本番は

一回しかないんだから、それまでに出来る限りの練習をしておいた方がいいんじゃない

かな」

 黙れ。

 「うっせぇんだよ」

 大声を張り上げ、睨みつける。

 「どいつもこいつも、受験、受験、って何回言えば気が済むんだよ。そんなもんよ、

言われなくたって腐るぐらい知ってんだよ。っつうか、お前さっきから何を偉そうに上

から言ってくれてんだよ。今まで、俺がどんだけお前の世話してきたのか分かってんの

かよ」

 一気に捲くし立てた。多分、怯んで縮こまるんだろうと思ってたら、文和は強い視線

を向けてくる。

 「そんな言い方はないんじゃないの。確かに、拓也くんにはいつも助けてもらってる。

でも、それを「世話した」とか言わないでほしい。僕はそういうつもりで一緒にいるん

じゃない」

 思いがけない反論だった。笑ってばかりいる文和がこんなふうに怒りの感情をぶつけ

てくることはほとんどない。それでも、昂ぶっている感情を今さら抑えることは無理だ

った。

 「じゃあ、一緒にいんなよ。正直もう疲れてんだよ、お前といんの」

 本音だけではない言葉が本音のように突いて出た。でも、訂正なんか出来ない。本音

がそこにないわけじゃないし、訂正する空気でもない。

 結局、そのままその場を去った。文和を残したまま、一人で。あれ以上いたら、あれ

以上の本音だけじゃない言葉が出そうだったから。去り際のあいつの顔はやけに悲しげ

だった。それが帰り道で何度も頭に散らつき、振り払うように足早に歩を進ませること

に集中した。




 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 2学期の期末試験、受験を終えた生徒や受験をしない生徒は勉強から遠ざかっている

ため、受験を控えてる生徒も受験勉強に力を入れているため、学生側にとってはさほど

重要な位置付けはされていないようだ。まぁ、試験の雰囲気を味わえるということでは

受験生には良いんだけれど。教師側もそんな生徒への負担は少なくしたいから、特別な

ことは避けてシンプルな試験内容にしておく。全体の平均点は中間試験よりもダウン。

1組は今回も学年のトップをキープ、皆の頑張りが結果に出ているのは教師として素直

に嬉しい。


 1位・宮里辰則・650点・文系

 2位・伊東紗和・640点・理系

 8位・一場太志・617点・文系

 10位・三池繁・613点・理系

 16位・梶田希・602点・理系

 18位・沼本香苗・597点・理系

 28位・小林洋・579点・文系

 35位・高品悟・563点・理系

 42位・桃田未絵・546点・理系

 43位・吉澤麗子・544点・文系

 48位・岩瀬浩二・532点・文系

 54位・野口七海・518点・理系

 66位・古橋健太・494点・文系

 85位・佐土原宏之・458点・文系

 94位・北橋泰子・441点・文系

 97位・原本力・437点・文系

 103位・松浦ひばり・425点・理系

 106位・藤井初音・421点・理系

 111位・安東菊恵・413点・理系

 114位・益子エミリ・408点・文系

 120位・林愛莉・396点・理系

 123位・塩崎拓也・392点・理系

 129位・篠永梢・382点・文系

 136位・水橋範子・371点・文系

 142位・野方文和・361点・理系

 147位・長岡純平・353点・文系

 149位・渥美衣代・350点・理系

 159位・山口裕也・333点・理系

 161位・蓮井新・329点・文系

 167位・松田佳彦・318点・文系


 「おっ、また1番」

 3階の情報伝達版に掲示された期末試験の学年結果を見て、宮里くんは恒例の一言を

漏らす。彼の1位は全く揺るがないどころか、2位との差も常に10点以上は開く安定

したダントツぶり。

 「私も2番だ」

 その隣にいた伊東さんも2位をキープした。彼女も落ち着いて見ていられる安定ぶり

を保っている。この2人に関しては、受験も問題なくやってくれるだろうと安心してい

られる。

 「おめでとう、2人とも」

 「ありがとうございます」

 「ホント、あなたたちは教師からすると誇らしいわ」

 「それ、心から思ってますか」

 「思ってるわよ。なんだかんだ言っても、成績の良い生徒がいるのは鼻が高いもの」

 「お役に立ててよかったです」

 「この調子なら受験も乗り切れそうね」

 「いや、まだまだ終わるまで気は抜けないですよ」

 そうは言いつつも、宮里くんも伊東さんも表情は晴れていた。自信がある人間の表情

だった。




 伊東紗和、出席番号4番。

 「今日は久しぶりに楽しく過ごせそう」

 「そうだね。折角だから、勉強のことは忘れてパッと盛り上がろう」

 2学期の終業式、ホームルームが終わって帰ろうとする時の心持ちは何とも言えない

ものだった。今日のクリスマスイヴという日の持ち合わせている魔法のようなものが心

を浮つかせて。今日は宮里くんの家族とささやかなクリスマスパーティーをすることに

なっている。2人きりで過ごす聖夜っていうのが憧れではあるけれど、小一ちゃんを夜

まで独りにするのは気が引けるし、なにより宮里くんの家族の温かさは一緒にいて心地

良い。

 「ごめんね。2人で過ごせればよかったんだけど」

 「何でよ。皆で過ごすの楽しそうじゃん」

 そう返すと、宮里くんも「そうだね」と含んでくれた。パーティーの後に私の家まで

送ってもらう時、2人きりの時間があるからそれでいい。いつも通りではあるけれど、

要は本人の気分次第だから。

 下駄箱まで歩いていくと、塩崎くんが靴を履き替えていた。何もおかしな光景はない

けれど、私はそこにある違和感に気づく。さっき、教室を出る時に野方くんに挨拶した

のを憶えてたから。

 「ねぇ、野方くんは」

 そう声を掛けると、塩崎くんの感情の薄めな顔がこっちに向く。

 「さぁ」

 「さぁ、って。一緒に帰るんでしょ」

 「帰んねぇよ」

 「どうして」

 「どうしても」

 そう言い置き、塩崎くんはさっさと帰ってってしまった。それ以上に言及されるのを

拒んで逃げるようにしてるのは明らかに映った。異変を感じ取るには充分な様子の変化

といえた。

 心配になったので、そのまま下駄箱で野方くんが来るのを待って3人で帰ろうと提案

した。宮里くんも理解してくれて、駅までの道を受験勉強の話をしながらゆっくりと歩

いた。

 でも、さすがに胸に留まったものが気になって、塩崎くんに聞けなかった部分へ手を

伸ばした。

 「塩崎くんとケンカでもしたの」

 「ケンカ・・・・・・しちゃったみたい」

 「何があったの」

 「何があったってわけじゃないんだ。多分、今まで積もり積もったものが爆発したん

だと思う。ほら、僕ってこんなだから拓也くんに迷惑ばっかり掛けてきてて。きっと、

それが限界を越えちゃったんだよ」

 野方くんは割と淡々と説明してくれた。おそらく、自分の中である程度は整理が出来

てるんだろう。

 「仲直りできそうかな」

 「どうだろう。ちょっと時間は掛かりそうかな。なんせ、結構に溜まってただろうし、

拓也くんは自分からは絶対に謝ったりしないタイプだから。だからって、僕もああ言わ

れたのに保身のために謝るのは気が許せないところがあるし。明日から冬休みだから、

気長に待つよ」

 「そう。早く元通りになるといいね」

 「うん」

 駅まで3人で横並びに歩くと、ここでいいと言われて野方くんと別れた。気を遣われ

たみたい。




 稲田景勝、3年1組担任。

 冬休みの間は定期的に学校へ出勤もして、休みもきちんと貰えた。年末年始は実家へ

帰り、大きな物から解放された感覚を存分に味わった。その分、勝負の日々がこれから

待っている。

 学校には部活で来ている1年生と2年生もいるし、家では集中できないから、環境を

変えたいから、と勉強に来ている3年生もいた。気晴らしに仲間と話している生徒もい

れば、切羽詰まった様子が外見から見て取れる生徒もいる。迫ってきた受験に追い込み

をかける者、追い込まれる者、それぞれだ。

 3学期の始業式には1組は全員が出席していた。3学期は特別授業が1週間ほどあり、

その後は授業はなくなる。生徒たちと触れ合える時間は残り少ない。淋しい思いはある

けれど、今は無事に全員がこの高校を卒業できるように俺にしてやれることに力を注ぎ

たい。

 その中で、問題はいきなり表れた。いつかはそうなるかもしれないと思っていた部分

だった。

 その解決のために、塩崎を誰もいない屋上へ呼び出した。お互いに4時限目の授業は

なかったから、ここにしようと決めた。先にある海も見渡せる屋上からの景色を眺めな

がら、話を進めていく。

 「どうだ、勉強の方は」

 「まぁ、ぼちぼちですよ。煮詰まることは多いけど、それでもやんなきゃなんないし。

やんないとやんないだけ不安にもなるし、やったって満足できるわけでもない。受験が

終わるまではこんな不完全燃焼みたいな毎日がとにかく続くんだろうなって半ば諦めて

ます」

 「そう言うな。全てはそれが報われるためのものなんだから」

 受験勉強には前向きに取り組む者、そうでない者もいる。大部分の人間は不安を抱え

ながらいることを考えれば後者に当て嵌まるのかもしれない。そして、それによる感情

の上下も動きが大きくなる。苛々が募る事で何気ないことに怒ったり、人に当たったり

してしまう。

 「最近、野方と一緒にいないそうだな」

 本題に手を伸ばす。話を変えると、塩崎からの返答はなくなった。代わりに、息をつ

く音が聞こえた。

 「あいつが言ったんですか」

 「いや、違う」

 「じゃあ、伊東か」

 「伊東を責めないでくれ。あいつはお前らを心配してるだけだ」

 塩崎と野方の関係の異変を知らせてくれたのは伊東だった。2学期の終業式の日に異

変には気づいたけれど一時的なものだとしたら冬休み中に直るだろうと思ってたところ、

3学期になっても元通りになってなかったのを見て、俺のところへ来た。告げ口とかで

はなく、クラスメイトとしての心配だ。センター試験まで指で折れるまでに近づいてき

ているのに、受験以外の不安材料を携えているのはよくない。まして、精神的なものは

大きく係わってくる。

 「疲れたんです。小学校の時からずっと側にいたから。今までもイラッとすることは

あったけど、まぁ許せてたんです。ただ、今回はこっちも受験の事で頭いっぱいになっ

てるから無理で。なんか耐えられなくなったんで、少し距離を置きたいなって思っただ

けです」

 「野方の存在が重荷になったのか」

 「重荷っていうか、あいつ自身は何も変わってないんですけど、こっちも今は他人に

手を貸してやれるだけの余裕がないんです。そこに入ってこられるのが強要されてるよ

うでダメで」

 塩崎もいっぱいいっぱいの状態だった。生まれてくる不安で心のゆとりが次第に消さ

れていき、これまでは許容していたものが自然と許されなくなってしまっていた。野方

のせいでもなければ、塩崎のせいでもない。これは誰しもが生活の中で抱えるかもしれ

ないものなのだ。

 「そうか。まぁ、何年も一緒にいれば、そんなこともあるだろう」

 塩崎を否定することはしなかった。少なからず、彼も心を痛めているはずだ。それを

ほじるような真似はしたくない。だが、何もせずに問題をそのままにしておくのもした

くない。

 「伊東がな、お前らを名コンビって言ってたよ」

 「あぁ。それ、嫌なんですよ。全然意味分かんねぇし、からかわれてるだけだし」

 「いや、大きなお世話だろうが尤もだと思ったよ」

 塩崎の顔がこちらに向く。言葉の意味を理解できていないようだった。

 「お前、何で野方と一緒にいるんだ。あいつといると他の生徒よりもいろんなことが

遅れるだろ」

 「さぁ、なんとなくとしか」

 「それでいいんじゃないのか。なんとなくでもそれだけ長い時間を一緒にいられるん

なら、充分に良いコンビだと思うぞ」

 手を伸ばすのはそこまでにしておいた。後は、塩崎自身がどう捉え、どういう答えを

出すかに委ねよう。




 塩崎拓也、出席番号10番。

 センター試験の当日、当然かのように目は早朝に覚めてしまった。毎日これぐらいに

なってくれれば遅刻もないのにと思いたくなるほど、頭も完全に起きている。本番当日、

どうしようともそれは現実で何ともいえない感覚が体中を駆け巡っていく。それを振り

払うように勉強をしてみるが、どうにも集中しきれない。高校受験の当日の思いが3年

越しに蘇えったようだ。

 朝食を囲む家族の間にもその感覚が流れていた。流すつもりはないとそれぞれが思っ

てるんだけど、そう思うことが微妙な流れをもたらしていた。持ち物は万全か、会場の

場所は分かるか、焦らずに落ち着いて、と適度な声を出掛けに掛けられて家を後にして

いく。

 最寄り駅までの道を歩く途中、考えることを考えることが頭の中を巡っていく。今日

のような日に何を考えればいいのか、ということが定まらずに厄介になる。どうしよう

かと考え事になりそうな事を考えていくうちに、一つのことが頭の中に止まった。それ

は他でもない文和のことだった。あいつは今どうしてるんだろう。ちゃんと起きれただ

ろうか、朝食は食べれただろうか、問題なく家を出ただろうか。そう思い出すと心配は

増していき、足は駅へ向かう道を脱線していった。大丈夫、時間はかなり余裕を持って

出てきてるから遅刻するようなことはない。そう自分を納得させ、文和の自宅へと向か

った。

 文和の家までの足取りは軽かった。これまでにどれだけ通ったかは数えきれやしない

んだから。ただ、家の前まで来ると途端に重いものに覆われてしまう。あいつとあんな

言い合いをしてから、かれこれ1ヶ月以上が経っている。関係は修復しないまま、今日

まで来てしまった。悪いのはこっちだ。謝るべきなのは俺だ。なのに、捻くれた性格が

邪魔して出来ずじまいになってしまっている。もしかしたら、これが良い機会なのかも

しれない。「こんな日に」とも思うけど、逆にこれを逃したらそうそう次の機会はない

だろう。たった一言、「ごめん」でいいんだ。それで元通りになれるだろうし、試験に

もすっきりと臨める。

 そう意を決し、インターホンを押す。「塩崎です」と伝えると、母親が玄関から姿を

見せた。

 「文和、もう出ましたか」

 「それがね、昨日の朝から体調を崩しちゃって。悩んだんだけど、今日の試験は回避

しようってことになったの」

 「えっ」

 耳を疑いたくなるぐらいの内容だった。まさか、そんなことになってるなんて思いも

してやいない。

 「気にしないで。来週の追試験を受けることにしたから問題はないの」

 「でも・・・・・・」

 「ごめんなさい、突然こんな事になっちゃって。動揺させないように、って文和から

は拓也くんには言わないように言われてたから。あの子のことは本当に大丈夫だから、

拓也くんは気にせずに試験を受けてきて」

 口だけを「はい」と動かし、再び歩を駅へと進ませた。試験を回避、って言葉が頭の

中にこれでもかと打ちつけられていく。文和の体からすれば、こうなることは事前に予

測できていたかもしれない。ただ、長い間あいつから離れてるうちに、それをすること

が出来なくなっていた。

 その時、ポケットに振動が来た。携帯を開くと、文和からのメールだった。

 『さっき、来てくれたみたいだね。ごめん、出られなくて。心配はかけたくなかった

から黙っておくつもりだったんだ。今はうつすわけにはいかないから、治るまでは会え

そうにないかな。僕も来週の追試験までに絶対に万全にするから、今日と明日、頑張っ

てね』

 今、あいつはどんな思いでいるんだろう。俺よりも勉強してきたのに試験を受けられ

ない気持ちってどんなだろう。そう考えていくうち、心の中に燃えてくるものがあった。

今まで何ヶ月もやってきた受験勉強では一度も湧き上がらなかった確固たる思いがそこ

にあった。




 野方文和、出席番号15番。

 センター試験の追試験の当日、体調は良好で迎えられた。先週の試験本番は悔しい思

いをしたけれど、こうなる可能性はあったから事前に心の準備はしていた。僕の本番は

今日、それだ。

 追試験の会場は全国で2ヶ所しかないため、わざわざ東京にまで出る必要があった。

一人きりではさすがに道程に不安があるので、父親が車で送り迎えをしてくれることに

なっていた。

 準備を整え、家を出ると人の姿を視線の先に捉える。正直、きっと来てくれるだろう

と思っていた。

 「おぅ」

 「おはよう」

 それなりに朝早い時間だったけど、拓也くんはしっかり来てくれた。それだけで、誠

意は充分に伝わってくる。

 「調子、どう」

 「平気だよ。もうピンピンしてるから」

 2人の間に流れてる空気は変なものだったけど、決して嫌なものじゃない。お互い、

この関係をどうしたいかは同じなはずだと分かってる。

 「悪かった」

 「んっ」

 「この前の事、言い過ぎたと思ってる」

 「うぅん。いいんだよ、そんなの」

 そう、もういいんだ。僕の存在が拓也くんを圧迫させてしまってるのが原因なんだ。

だから、謝ってさえくれたら、それでいい。それでも一緒にいてくれるんなら、それに

勝るものはない。

 「同じ大学、行こうな」

 「あぁ、もちろん」

 そう誓い、車に乗り込んで出発する。だんだん小さくなっていく拓也くんの姿を眺め

ながら、心の中に燃えるものを確かめた。



全18話、本に換算すると444ページになる長篇です。

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