第十四話
○登場人物
稲田景勝・いなだかげかつ(現代文担当、1組担任、35歳、冷静だが心の中は熱い)
福山蓮子・ふくやまれんこ(数学担当、1・2組副担任、24歳、損得勘定で物事を考える)
武中健吾・たけなかけんご(生物地学担当、2組担任、35歳、沈着で大人な人間)
森繁八重子・もりしげやえこ(日本史担当、44歳、3組担任、学年主任で頼りがいがある)
四島嘉津男・よしまかつお(古文担当、45歳、4組担任、生徒と同年代の娘がいる)
井之脇壇・いのわきだん(世界史担当、27歳、3・4組副担任、四島の弟分的存在)
北澄昌明・きたずみまさあき(体育担当、48歳、5組担任、独身でまだ好機を窺っている)
田蔵麻綾・たくらまあや(英語担当、22歳、5・6組副担任、新人ながらしっかりしてる)
鶴賀あかり・つるがあかり(物理化学担当、6組担任、29歳、結婚に対して執着がある)
渥美衣代・あつみいよ(帰宅部、遅刻・早退・欠席の常習)
安東菊恵・あんどうきくえ(バレー部、セッターで気が強い)
一場太志・いちばたいし(サッカー部、運動も勉強も学年トップクラス)
伊東紗和・いとうさわ(学級委員長、クラスをまとめるしっかり者で信頼もある)
岩瀬浩二・いわせこうじ(陸上部、駅伝メンバーで自分を強く持っている)
梶田希・かじたのぞみ(美術部、デザインに興味があって進路に悩んでいる)
北橋泰子・きたはしやすこ(バスケ部、万年補欠でセンスがない)
小林洋・こばやしよう(サッカー部・エースの座を一場と競う)
佐土原宏之・さどはらひろゆき(野球部、エース候補だが我が強い)
塩崎拓也・しおざきたくや(帰宅部、野方文和の親友で良き理解者)
篠永梢・しのながこずえ(手芸部、ロリータファッションをこよなく愛する)
高品悟・たかしなさとる(水泳部、自由形を専門にしている)
長岡純平・ながおかじゅんぺい(柔道部、体格はいいが気は弱い)
沼本香苗・ぬまもとかなえ(放送部、ラジオDJを夢見る)
野方文和・のがたふみかず(帰宅部、生まれつき体が弱く欠席も多い)
野口七海・のぐちななみ(合唱部、ピアノ担当でしっかり者)
蓮井新・はすいしん(帰宅部、松田佳彦とつるんでる不良)
林愛莉・はやしあいり(テニス部、ミスコンにも選ばれる美少女)
原本力・はらもとつとむ(野球部、捕手で体格も腕もいい)
藤井初音・ふじいはつね(合唱部、ソプラノ担当でマイペース)
古橋健太・ふるはしけんた(バスケ部、センターガードでスタメンをはる)
益子エミリ・ますこえみり(バスケ部、清楚でスレンダーなギャル系)
松田佳彦・まつだよしひこ(帰宅部、不良で世の中に執着が薄い)
松浦ひばり・まつうらひばり(バレー部、長身アタッカーだが気が弱い)
三池繁・みいけしげる(副学級委員長、草食系で優しいアイドル好き)
水橋範子・みずはしのりこ(漫画愛好会、少女マンガ大好きで自作してる)
宮里辰則・みやざとたつのり(学年一の秀才、何事もやってのける逸材)
桃田未絵・ももたみえ(帰宅部、転校生で心を開かない)
山口裕也・やまぐちゆうや(帰宅部、単位ギリギリで危ない)
吉澤麗子・よしざわれいこ(陸上部、駅伝メンバーで仲間意識が強い)
福山蓮子、3年1・2組副担任。
2学期の中間試験、夏の終わりから受験勉強に本腰を入れる生徒が多かったので実力
を試す場としての位置付けは高かったようだ。こっち側もこの時期になると生徒への負
担は少なくしたい思いもあるため、今回は難度は低めにしておいた。それもあってか、
全体の平均点は期末試験よりもアップ。1組は今回も学年のトップをキープしたけど、
全体的な学力が向上してきてるのは事実。徐々に迫りつつある本番に、教師も気を抜け
られない。
1位・宮里辰則・661点・文系
2位・伊東紗和・643点・理系
9位・一場太志・622点・文系
11位・梶田希・614点・理系
12位・三池繁・612点・理系
18位・沼本香苗・585点・理系
22位・小林洋・576点・文系
29位・高品悟・555点・理系
30位・桃田未絵・554点・理系
48位・吉澤麗子・526点・文系
56位・岩瀬浩二・513点・文系
59位・古橋健太・509点・文系
63位・野口七海・501点・理系
82位・佐土原宏之・472点・文系
89位・原本力・461点・文系
96位・北橋泰子・448点・文系
98位・松浦ひばり・444点・理系
101位・安東菊恵・438点・理系
117位・藤井初音・417点・理系
119位・益子エミリ・414点・文系
124位・林愛莉・405点・理系
130位・塩崎拓也・396点・理系
135位・篠永梢・388点・文系
141位・水橋範子・380点・文系
153位・長岡純平・361点・文系
156位・渥美衣代・356点・理系
160位・野方文和・349点・理系
164位・蓮井新・342点・文系
164位・山口裕也・342点・理系
170位・松田佳彦・328点・文系
「おっ、また1番だ」
3階の情報伝達版に掲示された中間試験の学年結果を見て、宮里くんは恒例の一言を
漏らす。相変わらずに彼は苦労を人前に出さないけど、たゆまぬ努力はきっちり結果に
結びついている。
「私、2番じゃん」
その隣にいた伊東さんは自らの成績にビックリしていた。これまでは学年3位だった
のが2位へ、彼女も努力が実を結んでいる。学級委員もこなす彼女の生真面目さは見て
いても清々しい。
「おめでとう、お2人さん」
「ありがとうございます」
「これで、晴れて学年一のカップルね」
「何ですか、それ。全然面白くない」
「いいの、いいの、照れなくて」
「別に、そんなんじゃないし」
照れてはぐらかす様がかわいい。青春期ならではの純粋さ。今しかない光明のような
透明感。
藤井初音、出席番号20番。
放課後、ついにこの時間が来てしまった。中間試験が終わって、文化祭へ向けて合唱
の練習を毎日の放課後に行うことに決まった。朝から続く胸騒ぎは増していくばかり、
バクバク。
机と椅子を後ろへ下げ、空いたスペースに皆が集まる。一つだけ残した机では七海が
電子ピアノを置き、待機している。目が合うと、こっちに向けて崩した顔をしてくれた。
気遣いは嬉しいかぎりだけれど、心持ちはそれどころじゃなかった。こんな気分、中々
味わった経験がない。どうして指揮者をやるなんて言ったんだろう、と意味のない後悔
を今頃になってする。だって、確かに私は合唱部だけど指揮した事ないし。合唱部なら
指揮が出来るだろう、って浅い考えで決められたこっちの身になってよ。分かってる、
悪あがきだって。
指揮者の定位置、前方中央に立つ。目の前にはクラスメイト28人、稲田先生と七海
も横にはいる。その中心にいるのが私、その現実に心がやられてく。私はこんなところ
に立つタイプじゃないのに。窓際でこっそり空模様を眺めてのほほんとしてればいい人
なのに。
ついに練習の時。ガチガチに固まったものを吐くように、息をつく。顔を上げると、
全員の視線がこっちに集まっている。最初はパートごとの特訓、ベースになるソプラノ
から。両手を上げ、振り出すと七海のピアノも音を奏でだす。滑らかな音。私のぎこち
ない指揮と比べものにならない。
練習は初日ということもあって、パートごとの特訓に終始した。聴き馴染みのある曲
なのでソプラノは問題ないけれど、他のパートはまだまだ形になるには程遠い状態だ。
今日初めて歌ったんだからしょうがないけど、こっちは今日までにどんぐらい自己練を
積んできたかと思うとそうも思いきれなかったりもする。どんだけの思いを抱えてきた
と思ってるんだと。
「そんなもん、そんなもん。皆は指揮者と伴奏者なんて出来て当たり前って捉えてる
から」
何様って感じだけどね、って帰り道に七海は笑いながら言った。今まで、小学校から
合唱祭とかで何度も伴奏をしてきてるらしい彼女の言葉は説得力がある。そんなもんか、
って軽く受け止めておくのが一番のようだ。でも、経験のない私には理不尽を拭いきれ
ないのが実際だった。
野口七海、出席番号16番。
それから毎日、放課後には合唱の練習が行われた。回数を重ねるたびに上達はしてい
るけれど、まだまだの次元。それを統率していく役割の初音ちゃんもまだまだ殻を破り
きれない。マイペースが基本構築されてしまってる彼女にまとめ役をやらせるのが酷な
話なんだけど。
初音ちゃんの進行がもたつくと、クラスメイトからは「次は何やるんですかぁ」とか
野次めいた言葉が飛んでくる。塾の時間がある、早く帰って勉強したいやら尤もな意見
ではあるけど、そういう人たちは合間に無駄話を繰り返したりで集中力もあまりない。
全員で初音ちゃんを指揮者にしたんだから協力してあげてほしい。稲田先生がうるさい
のを止ませてくれたり、私が進行を手伝ったり、手は貸しているけど彼女の中では確実
に積もってるものがあった。
それが爆発したのは本番の5日前。例のように理性の欠いた野次が飛び、稲田先生と
私が力を貸し、その日も練習を乗り切った。ただ、その後に初音ちゃんは何も言わずに
そっと教室を出ていく。背中を丸めて俯いていた。何かおかしいと思った。電子ピアノ
を急いで片付け、後を追う。姿は見えなくなってたので学校中を探し回った。中々見つ
からず、自然と気持ちは焦っていく。見つかったのは10分以上経ってから、別棟の奥
にある人通りのほとんどない階段だった。3階から2階へ下りる途中に、壁に寄り掛か
りながら丸まって身を縮めている。近づいていくと、彼女から発せられている音が耳に
強くなってくる。泣いていた。一度、驚いて立ち止まる。初音ちゃんが追い込まれてい
ってるのは気づいてたけど、いざこういう姿を目の当たりにすると足が止まった。どう
しよう、どうしてあげればいいんだろう、頭の中で駆け巡る。正解になんか行き着かな
いけれど、迷ってる間にも聞こえてくる悲しい泣き声に覚悟を決める。今ここで彼女の
側にいるべきなのは自分なんだ、と胸に抱えて。階段を下りていき、右隣に座ると肩を
そっと抱きしめる。
「泣かないで」
「初音ちゃんなりに一生懸命やってるのは分かってるから」
言葉は少なめに囁き、初音ちゃんの気持ちが収まるまでただ側にいてあげた。吹き抜
ける風は寒かったけれど、寄り添っている体は温かい。泣き止んだ彼女の顔を笑ったら
怒られた。
稲田景勝、3年1組担任。
文化祭の始まる4日前、放課後の合唱の練習の後に藤井を会議室へ呼んだ。換気で窓
が開いていたので、一つずつ閉めていく。ここまで呼び出したのは、当然に相応の理由
があるから。
「どうだ。指揮の方は」
呼び出された理由の内容を藤井も察知する。
「分かりません、正直」
浮かない顔で返される。藤井が指揮にハマってないのは傍から見ていても充分に分か
った。性格からして、団体の中心よりもその枠の中で自由にさせているのが合っている
はずだから。
「どうする。お前が嫌なら、こっちで考えてみるけれど」
適していない場所へ身を置かれ、迷っている様は把握できていた。ただ、一度決まっ
たものを覆すのはクラスで反発を生むかもしれないし、藤井自身にも決して良いことと
はいえない。
「いえ、いいです」
「大丈夫なのか」
「はい。確かに凄く嫌なんですけど、私には味方がいるから。相談に乗ってくれたり、
愚痴を聞いてくれたり、応援してくれるその子の気持ちに応えたいんです。だから、私
は頑張ります」
晴れた顔で藤井は言いきった。何かを越えた人間の良い表情だった。そこに為すべき
ことは書かれてある。余計な手を出す必要はない。
今日、野口から相談を受けた。藤井が精神的に追い込まれてるという話だった。彼女
の状態はそれなりに気を向けていたが、野口から告げられたのはそれ以上のものだった。
今日の練習はいつもよりも気を向け、ここに連れて来るまではその状態を危険としてい
たが、どうやらそこは抜けたらしい。彼女の言っている「味方」とは野口の事だろう。
多分、自分でも気づいてないうちに野口は藤井を救い出していたようだ。だから、俺の
出しゃばる幕じゃない。
「そうか、分かった。行っていいぞ」
「はい、失礼します」
そう会議室から出ようとする藤井を呼び止める。
「俺も応援してるからな」
「はい、ありがとうございます」
笑みを零し、藤井は部屋を後にした。
林愛莉、出席番号18番。
いよいよ、この日がやってきた。文化祭の前日、各教室は授業終わりで本番仕様へと
変化していく。各学年の合唱が3クラス、出し物をするのが3クラス。合唱をする教室
は本番では使わないから、出し物をするクラスの机と椅子は全部そっちに押し込まれる。
各部活動でも出し物をするところもあるので、追い出されるように別棟の空いてる部屋
まで移って合唱の練習を続けた。
ただ、そうしてる間にも迫ってくる時を感じてソワソワしていた。文化祭は明日から
だとしても、合唱が明日からだとしても、私にとっての本番は今日。これから行われる
前夜祭でのミスコンこそ、私が一年間で最もメインとしている行事。その時が刻一刻と
近づいている。
生徒会主催のミスター・アンド・ミス海浜総合の決定戦。もう十数年は続いてる催し
みたく、過去の1年から3年まで三連覇を果たした生徒は男2人に女1人。私はそこへ
仲間入りを果たすべくの出場。自信はある。なきゃ、こんなミスコンになんて出たりは
しない。
開始時間の18時を前に、控え室では各出場者が余念のない準備に励んでいく。ヘア
アレンジ、メイクアップ、ドレスアップ、それぞれ御付きとして手伝ってくれてる友人
と着実に仕上げる。今日のために、貯めてきたお金を惜しみなく使った上級品ばかりを
揃えたから万全。
「おぉっ、変わったねぇ」
偵察から帰ってきた繁の第一声。基本的に髪型や化粧や服装には手助けにならないし、
男性としての意見も繁じゃ大した参考になんないから今の客入りの様子を見に行かせて
いた。
「どうだった、外」
「めっちゃ入ってるよ。満員御礼」
その言葉に、よりテンションは上がってくる。校庭に用意されたステージの前には既
に300から400人の生徒たちが集まっているらしい。毎年どこからか紛れて他校の
生徒も入り込んでるらしいけど、そこはノータッチにしているみたい。生徒たちには出
場者が作った自己アピール用のチラシがそれぞれ渡っている。そこにあるパーソナルな
部分も含め、グランプリは決められる。
18時、華やかな雰囲気の中でコンテストは開幕。初めは男子の方から出場者が出て
行き、その度に会場からの黄色い声や野太い声が響いてくる。今年もかなり盛り上がっ
てるなぁ。
1人あたまの持ち時間は5分ほど、出場者は男女とも10人程度。このステージに立
つには並々ならぬ何かを持っていないといけない。ぶっちゃけ、ルックス勝負じゃなく
てもよかったりはする。学校一の芸達者とかで票が集まることもある。男子にはそっち
の傾向も毎年2から3人はある。でも、女子に関してはそっちで出てくる人は少ない。
多分、結構な勇気がいると思う。
19時過ぎ、女子の出番が回ってくる。1年生の出場者から順にステージへ登場して
いく。会場から響いてくるのは野太い声の方が強くなった。だんだんと近づく出番に緊
張が増していく。そこから逃れるつもりはない。それを受け止め、雑念を払って集中を
する。
「林さん、お願いします」
スタッフから名前をコールされた。スタンバイの時間が来た。なんだか待ち遠しくて
たまらないような、縮こまっていたいような変な感覚。立ち上がると、皆が激励の言葉
を次々に掛けてくれる。
「頑張ってね」
最後に声を掛けられたのは繁だった。
「行ってきます」
数えきれないほど鏡の前で練習してきた笑顔を向け、控え室を出る。ステージの裏ま
で進むとしばしの待機。ちょうど前の出場者の出番中で、良い具合の歓声で盛り上がっ
ている。
そして、私の出番を迎える。去年のグランプリってことで、出場者のラストでの登場
になった。ちゃんとうまく出来るだろうか。盛り上がってもらえるだろうか。今頃する
ような心配じゃないけど、何かを頭の中で動かしていないと居た堪れなくなってしまう。
3年目っていっても慣れなんかない。むしろ、それを知ってしまってる分だけ悪循環に
なってるかも。
「さぁ、それでは今年のミスター・アンド・ミス海浜総合も次でラスト。大トリを飾
るのは昨年と一昨年のグランプリ、3年1組の林愛莉さんです」
司会者のコールとともにステージへ上がっていく。それと同時に、観客が一気に湧い
ていく。目の前に広がる300から400人の盛り立つ様に興奮を憶える。こんなの、
そうそう味わえるもんじゃない。これだけの人数の視線が私に向き、拍手や歓声が私に
送られるのだから。私は今この瞬間の世界中の主役、お姫様、シンデレラ、そんな気分
へ誘われる。
三池繁、出席番号25番。
ステージの脇から眺める愛莉の姿は実に華やかだった。あれだけの観客が盛り上がり、
それに応えていく様を目にしてると小さい頃から近くにいた女の子とは重ならない気も
してくる。
持ち時間の5分、充分にアピールをした愛莉は満足気にステージを降りてきた。スタ
ッフで来ていた皆とハイタッチを交わし、興奮の収まらない様子で控え室へ引き上げて
いく。
控え室に戻ると、軽い打ち上げが始まった。観客の人気投票の集計が終わるまで時間
が掛かるし、明日からの文化祭を考えるとこれが終わってからどこかお店に移ってって
いうのも夜遅くなりすぎるから、ここでプチ打ち上げにしておこうとなって。打ち上げ
っていっても、御供はジュースとお菓子だけど。男は自分だけだったから、織り成され
てくガールズトークには少し入りきれずに隅の方にちょんといた。まぁ、そのぐらいが
自分にはお似合いだ。
集計結果が出たのは21時前、司会者が男女の3位から1位までの名前を読み上げて
いく。女子の発表の時になると、輪になっていた全員で手を合わせて願いを込める。3
位は2年生、2位は1年生の有力者の名前が呼ばれ、自然と期待が膨らんでいく。愛莉
の方を見てみると、目をつむってその時を待っていた。頼む、彼女の名前を呼んであげ
てください。
「そして、グランプリは・・・・・・3年1組、林愛莉さんです」
司会者の威勢よく放った言葉に、全員で飛び上がった。観客の盛り上がりもよく入っ
てこないぐらい、歓喜に溢れかえっていく。これでもかっていう笑顔が並び、愛莉は涙
を流して喜んでいる。その余韻に浸る暇もないまま、愛莉はステージへ連れていかれる。
彼女が登壇すると、観客はまた沸き上がっていく。涙声で感激のスピーチをし、前夜祭
は感動の中で盛大に幕を閉じていった。
「あぁあ、なんか疲れちゃったなぁ」
帰り道、祭りの後の静けさのように密やかな雰囲気にようやくさっきまでの怒涛の時
間から解放された実感になれる。時刻はもう22時を回ろうとしている。コンテストが
終わった後も愛莉には握手や写真撮影を求める人が後を立たず、その対応にしばらくは
追われていた。多分、明日からの文化祭でも彼女は芸能人のような忙しさが待っている
ことだろう。
「でも、ホントに良かったよ。いつもより素敵だった」
「ありがとう。あんたにもいろいろ手伝わせちゃったね」
「いいって。昔から扱き使われるのは慣れてるから」
「ちょっと。それ、私が悪者みたいじゃない」
「あぁ、ごめん、ごめん」
こんなやり取りも昔から幾度となくしてきた。愛莉にいいように使われ、僕が愚痴を
零し、彼女が強気で言い返し、最終的にこっちが謝る羽目になる。いつも下手になって
しまうのは彼女がずっとお姫様のように周囲に持てはやされてきたから。輝きのある愛
莉に対して、僕には何の取り得もない。せいぜい、若手アイドルの知識の豊富さぐらい
だろう。そんな特技、ごく一部の人間にしか認められやしないし。学園のマドンナの愛
莉の側にいる男がこんなのじゃ不釣合いもいいところだ。そりゃ、親しげにしてくるな
って彼女に言われても仕方ない。
「どうしたの。なんか、黙っちゃって」
「いや。愛莉に比べると、僕は何にも持ってないなぁって思って」
「何言ってんのよ、今さら」
「そうなんだけどさ。ふと思っちゃったんだよね」
口にしたのは何度目かだけど、本当は心の中では何十回も彼女への劣等感に苛まれて
いる。
「勉強できんじゃん、あんた」
「まぁまぁだよ。それに、中間試験は成績落ちてたし」
勉強は確かにそこそこ出来るかもしれない。でも、僕の場合は部活も文科系で適度な
ものだったし、放課後に友達と夜遊びなんてないし、真面目になるしかなかっただけだ。
道を適度に踏み外す勇気がなかっただけだ。
「アイドル好きとか。ゆっきー命なんでしょ」
「あぁ・・・・・・そうかもね」
アイドルも確かに好きだ。ゆっきーにはこの上ない愛情を抱いている。ただ、そこに
嵌るよりも全然前から僕には好きな人がいる。結構に近くにいるのに、手を伸ばしても
届きそうにない。長年の付き合いになるけれど、距離は縮まるどころか遠くなる一方と
しか感じられない。もしかすると、アイドルに興味を持つようになったのも必然だった
のかもしれない。アイドルは身近にはいてくれないけど、こちらの思いは受け止めてく
れる。現実で満たされないものを夢で叶え、夢で叶わないものを現実で満たす。そんな
繰り返しを自分はしてるんだろう。
「あのさぁ、沁みったれた顔しないでくれる。せっかくのグランプリが霞んじゃうで
しょ」
そう促され、「そうだね」と笑みを見せた。それがうまく繕えてなかったのか、納得
いかないように彼女は息をつく。
「あんた、一柱大学受けるんでしょ」
「うん、一応」
一柱大学は県内一の大学だ。ウチの高校からも毎年数人が合格している。ただ、今の
自分の成績だとボーダーラインのやや下回るあたり。正直、そんなに受かる自信はない
のが本音だ。
「じゃあ、もし受かったらデートしてあげる」
「えっ。何それ」
「何それ、って。そのまんまでしょ」
「いや、それは分かってるけど・・・・・・どうして」
「どうして、とかどうでもいいから。とにかく、あんたは頑張ればいいんじゃないの
かな」
「あぁ。はい」
なんか意味は分からなかったけど、無性に元気がみなぎってきた。閉じ込められてた
密室に一筋の光が射した感覚。どうでもいいとは言われたけど、その意味を探したくな
ってしまう。
「繁、行くよ」
立ち尽くしてると、数歩先を行っていた愛莉に呼ばれる。思わず、顔を綻ばせて後ろ
を追った。
梶田希、出席番号6番。
文化祭の当日、学校内は文字通りのお祭り騒ぎになっていた。生徒や教師の他、家族
やら他校の生徒やら近隣の住民やら多くの人で賑わっている。特に今年は野球部の全国
大会での活躍もあった分、海浜総合高校の名前は例年よりブランド度が高くなっている
ので来場者も増えている模様。各教室や各部室での出し物も盛況な中、合唱の時間も刻
々と迫ってくる。
合唱は昼過ぎの13時から。参加するのは各学年3クラスずつの計9クラス。特別に
優劣を採点するわけじゃなく、あくまで練習の成果を発表するための場。だから、そこ
までの思いを持って臨まなくてもいいんだけど、私には別のところでのそれが人知れず
あった。
「これ、気に入ってもらえるかな」
「どうだろう。自信ないかも」
自作のワッペン32個分の入った袋を運びながら、声は小さくなっていた。作っては
みたものの、こっちの意気込みと受け取る側の皆のテンションは絶対に違う。ここまで
きて、急に気が沈む。
毎日の合唱の練習の後、私は下校せずに家庭科室へ直行した。稲田先生から頼まれた
全員分のワンポイントものを作るために家庭科部の活動中に机を一つ開けてもらった。
家庭科部には3年在籍してたから、顧問の先生も快く提供してくれた。自宅でも出来な
いことはないけど、両親と進路について揉めてる今は避けたいから止めておく。余計に
こじれるのは御免だ。
ただ、学校に残ったところで作業は一向に捗らなかった。デザインは好きだし、これ
から学びたいと思ってるけど、こうやってオファーみたいな形で託されると責任感って
やつが否応にも伴ってくる。しかも、やりたいようにやっていいって任されるのが逆に
一からの作業で難しくなる。自分のやりたいのもいいけど、皆が良いと思ってくれるの
じゃなきゃダメなわけだし。そう考え詰めてくと、いつまでも抜けられないままになっ
てしまう。
どうしようかを迷ってた時、一つの救いに行き着く。そういえば、篠永さんが趣味で
手芸をやってるって聞いた事がある。なんでも、彼女は普段はロリータ系の服を好んで
着ているらしい。そういうのを耳にしてたから、クラスでは特別に会話を進んでする関
係ではないけれど、今は大きな力になってくれるかもしれない。そう思って、彼女に声
を掛けた。篠永さんの知識は割と一方向に傾いてはいたけれど、それでも他人に見せる
物を作る力は確かだった。ロリータファッションでそういう類のイベントに出向くこと
もあるみたいで、他人からの見られ方っていうのが経験とともに備わっている。今まで
自分や内輪の中で満足してきた私には正にそこが乏しく、その壁に苦しんでいたから彼
女の存在は助けになった。連日2人で残り、それぞれの短所をそれぞれの長所で補って
32人分をなんとか完成させた。予算は多少オーバーしちゃったけど、それは稲田先生
がカバーしてくれた。達成感はこれまでに味わったことのないもので、それが心の中に
新たな感情を生み出した。
「大丈夫。一生懸命作ったんだから伝わるよ」
「そうだね。そうだよね」
篠永さんの言葉にちょっと立ち直る。今回これだけ長い時間を2人きりで過ごして、
彼女の存在はとても励みになった。形のない重圧に負けそうになった時、何度も励まし
てもらった。彼女はポンと押したら転げてしまいそうな印象だったのに、実際は私なん
かより全然強い。上辺を彩って粋がってる人たちと違って、内面の強さを持っている。
今までのイメージとは逆に近いぐらい変わって、人は外見で判断するもんじゃないって
いうのも思い知らされた。そこも、このオファーを引き受けてよかったと思えたことの
一つだ。
12時半過ぎ、1組の控え室になっている別棟の空き部屋には全員が集まっていた。
合唱の本番のため、体育館へ移動するように集合時間が指定されてたから。私たちが到
着すると、福山先生は皆を注目させる。
「梶田さんと篠永さんが皆にお揃いのワッペンを作ってくれたの。これを着けてさ、
気持ちを一つにして歌おう」
おぉっ、と多重の声が上がる。皆が興味心の表情でワッペンを取っていく。反応が気
になって、その様子をジッと見つめる。男女統一のものだからかわいいよりも格好いい
を意識して、凛々しさのあるエンブレムをデザインして作った。今の私には、これが最
上の出来。
「これ、格好いいね」
「希が作ったの。凄いね」
「普通に売ってるやつみたいじゃん」
耳に届いてきたのは嬉しい言葉ばかりだった。その言葉たちに不安が嘘のように振り
払われていく。胸につかえていた悩みまで取り除かれ、ものすごく楽になれた。心から
笑えたのは久しぶりだったと思う。ブレてたものが型に収まり、曲折していた道が真っ
すぐになった。
藤井初音、出席番号20番。
「じゃあ、そろそろ行きましょう」
福山先生の声で、生徒がぞろぞろと体育館へ向かっていく。笑顔で何でもない話をす
る皆の中で、私はうまく笑えてなかった。どうしようもない緊張感は押し遣ろうにも次
々に体の中でうねりを続けている。これだけの感覚、人生の中でもそう味わったことは
ない。
「初音ちゃん、緊張してる」
声を掛けてくれたのは七海だった。
「ダメだぁ。今からこんなんじゃ、本番死んじゃうよ」
私の愚痴に、七海は笑って応える。
「人はそんな簡単に死なないから心配しないで」
冷静な言葉を返される。こっちが高揚してる分、それで均等になれているのかもしれ
ない。もしかしたら、彼女は意識的にそうしてるのかもって思ったけど、そこの真相は
あえて聞いてない。
七海は今の心の支えになっている。今までも普通に友達だったけど、今回のことには
本当に救いになってもらってる。心が折れそうになった時、側にいてくれたことがどれ
だけ安らいだか。私の下手くそな指揮も伴奏で引っ張ってもらって、精神的にも技術的
にも彼女なしじゃ多分ここまで来られなかったんじゃないかと思う。伴奏が七海で良か
った。
体育館に入ると、大量のパイプ椅子が縦横に綺麗に列をなして並べられていた。その
半分あたりが既に埋まっている。私たちは前方の出場者用の席に座り、本番が始まるの
を待っていく。
13時になり、本番が始まると1年生から合唱を披露していく。合唱曲も歌唱方法も
各クラスの自由だから、いろいろなスタイルがあって面白い。それぞれの完成度は高く、
それにまた心が怯んでいく。
「3年1組、スタンバイお願いします」
実行委員の声に、全員が舞台裏へ移動を始める。暗く狭めな空間に30人以上が入る
と、結構な密度になる。不安感と安心感の両方が積もり、定まらない感情が一様に募っ
ていく。
「皆、聞いてくれ」
突然に声を掛けられ、場所が場所だけに少し驚く。振り向くと、稲田先生を確認した。
稲田先生は文化祭と体育祭の実行委員をやってるから今日は朝のホームルームで目にし
た以来だった。
「緊張はしてると思うけど、折角だからこれまでやってきたものを全部出そう。心配
はいらない。観に来てくれてる人たちは皆、お前たちの味方だ。今日までの成果を存分
に見せよう」
稲田先生は梶田さんにワッペンを渡され、スーツの胸元につける。福山先生と皆はも
うブレザーやカーディガンやスーツに装着済みだ。気持ちは一つ、そんな思いに背中を
押してもらえて心強かった。
「藤井」
声を掛けられたのは稲田先生だった。
「今日までよく頑張った。もう、お前は胸を張って押し出してやれる。あとは自信を
持って遣りきれ」
「はい」
真っすぐに言われた言葉は芯に届いてくる。その時、前のクラスの合唱が終わり、拍
手が響いてきた。次は私たちの出番。いよいよ迎える本番。やるしかない。それっきゃ
ない。
「続きまして、3年1組。曲目は「虹」です」
アナウンスが届くと、全員で登壇していく。その先頭を歩くのが七海、最後尾を歩く
のが私。全員が配置に着くと、先頭ど真ん中に立って客席へ一礼する。空席はポツポツ
とはあるけれど、多くは埋まっていた。その視線がこっちへ集中している。逆へ向き直
すと、今度はクラスメイトの視線が私へ集中する。前からも後ろからも無数の注目が私
へ向けられている。緊張のピーク。どうにかなりそうな思いになるのをなんとか押し込
める。私がここで不安な顔なんか見せられない。出来るかぎりに気丈に振る舞う。体が
震えてるかもしれない。顔が強張ってるかもしれない。でも、なるべくの笑みを目の前
に並ぶ皆に向けた。右の舞台袖を目を遣る。稲田先生と福山先生は豊かな表情を届けて
くれた。左のグランドピアノに目を遣る。目が合うと、七海はいつものように崩した表
情をしてくれた。覚悟は決まり、両手を上げる。全員の姿勢がピンと伸び、心も引き締
まる。
行くぞ、私。
「よしっ」
小さく呟き、七海に右手を振り始めた。ピアノが奏でられ、その後に皆の声も奏でら
れていく。必死だった。始まっちゃったんだから、もう成るようにしか成らない。それ
なら、思いっきりやってやれ。本番に突入したことで良い意味でそう開き直れた。練習
よりもピアノの音色がどうとか皆の合唱がどうとか分析する余裕なんて全くなかったけ
れど、一つだけ確かなものがあった。楽しい。なんか、超楽しい。皆が私の指揮で歌っ
てたり、客席がそれを聞いてたり。これで、やっと一体感が完成された気がした。なる
ほど、さっきまでの不完全な緊張感は今この瞬間の完全な安息感と背中合わせだったん
だね。良かった、これに気づけて。指揮、やって良かった。最後まで諦めないでやって
良かった。
曲が終わると、大きな拍手が背中にいっぱい届けられた。指揮者台から降壇して一礼
すると、また拍手は大きくなる。幸せすぎる満足感がこれでもかと体の中に入ってくる。
先頭で舞台裏に下がっていくと、たくさん圧し掛かっていたものが取れて楽になれた。
重圧から解放され、大声で叫びたいぐらいの思いに駆られる。最後尾で来た七海を見つ
けると、抱き合って充足感を分かち合った。
野口七海、出席番号16番。
文化祭の2日目、昨日の初日と同じく合唱は13時から体育館で行われた。流れよく
順調に進み、14時頃に3年1組の出番はやってくる。舞台裏での皆の様子は、一度経
験したからか今日は全員が割とリラックスしてるように見れる。肝心の彼女は小さめに
深呼吸をしていた。
「初音ちゃん、どう」
「結構、大丈夫かも。緊張してないっていうと嘘になるけど」
言葉の通り、昨日よりは良い表情になっている。おそらく、今日は問題ないだろう。
昨日の本番まではちゃんと終われるか心配だったけど、初音ちゃんはきちんと自分の役
割をこなした。本番後、きっと「もうダメ」とか「死にそう」とか言うんだろうなって
思ってたけど、彼女の感想は意外にも「楽しかった」だった。そんなこと感じる余裕な
んてなかったはずなのに。多分、人一倍の頑張りが知らず知らずのうちに彼女の心の隅
に少しの余裕を生ませてたんだろう。
「続きまして、3年1組。曲目は「虹」です」
アナウンスが届くと、全員で登壇していく。その先頭を歩くのが私、最後尾を歩くの
が初音ちゃん。全員が配置に着くと、客席へ一礼する。空席はほとんどなく、人で埋ま
っていた。鍵盤に手を置くと、指揮者台の上の初音ちゃんを見る。彼女の顔がこちらに
向くと、崩した表情を見せる。ちょっと笑ってくれた。そして、指揮に合わせて伴奏を
始めていく。初音ちゃんの指揮とは違って、子供の頃からピアノを習ってきた私には伴
奏はあまり難しいことじゃない。ある程度はクラスメイトや客席に目を向けるゆとりは
ある。瞬間、この空間に愛おしさが生まれた。今、私って青春してるんだろうな。今は
そんな実感はそれほどないけれど、いつかそう強く思う日が来るんだろうな。それって
何歳だろう。
曲が終わると、大きな拍手がいっぱい届けられた。初音ちゃんが指揮者台から降壇し
て一礼すると、また拍手は大きくなる。達成感が体の中に入ってくる。独りきりで戦う
受験勉強とは違って、こうやって皆で力を合わせて一つの目標に辿り着くのはまた別の
感慨深さが募る。最後尾で舞台裏に下がっていくと、初音ちゃんと抱き合って充足感を
分かち合った。
「あぁあ、やっと自由の身になれたよ」
文化祭が終わり、特に後片付けもないので1組は早めに解散になった。夕暮れの海岸
通りを歩きながら、適度に体に吹き付けていく海風を心地良く受けながら初音ちゃんは
心底の言葉で発する。
「もう絶対に指揮なんかやんないぞ~」
手足を大きく伸ばし、海原へ向けて大声を飛ばす初音ちゃんに思わず笑ってしまう。
彼女も笑ってたから、お咎めはなし。
「ホントに嫌だったんだね、指揮」
「嫌に決まってんじゃん。誰が好き好んでやんのよ。もぉ、人生最大のピンチだった
んだから」
「でも、乗り越えたじゃんか。偉い。よく頑張った」
不自然におだてると、初音ちゃんも「まぁねぇ」と満更じゃない感じに対応する。途
中は本気で危ないかもって思ったけど、彼女は最後まで遣りきった。本当、称賛に値す
ると思う。
「でもね、七海がいてくんなかったら諦めてたと思うよ」
「そんなことないよ。私は何もしてないから」
「うぅん。一人でも味方がいてくれる、って分かったから頑張れたんだよ。私を応援
してくれる人のためにも私はやんなきゃいけない、って。真面目な話、そこが生命線だ
ったから」
その言葉に、心が奮える。私なんかでも誰かを支えられるぐらい役に立ってるんだ、
っていう実感が芽生える。普段、中々感じれることのない「自分自身の存在意義」みた
いな。
「なんつって」
真剣な自分を不相応に思ったのか、初音ちゃんはすぐに言葉を打ち消すようにおどけ
てみせた。釣られて笑っておく。
「今日はぐっすり寝れそう」
「うん。いっぱい寝なさいな」
「はぁい」
甘えた感じで答えてるのがかわいかった。横から来る夕日の光が差し込む感じもまた
よかった。これも青春の一ページってことなのかな。やっぱり、よく分かんないけど。
まっ、分かんなくていいってことでしょ。
全18話、本に換算すると444ページになる長篇です。




