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第十三話


○登場人物


  稲田景勝・いなだかげかつ(現代文担当、1組担任、35歳、冷静だが心の中は熱い)


  福山蓮子・ふくやまれんこ(数学担当、1・2組副担任、24歳、損得勘定で物事を考える)


  武中健吾・たけなかけんご(生物地学担当、2組担任、35歳、沈着で大人な人間)


  森繁八重子・もりしげやえこ(日本史担当、44歳、3組担任、学年主任で頼りがいがある)


  四島嘉津男・よしまかつお(古文担当、45歳、4組担任、生徒と同年代の娘がいる)


  井之脇壇・いのわきだん(世界史担当、27歳、3・4組副担任、四島の弟分的存在)


  北澄昌明・きたずみまさあき(体育担当、48歳、5組担任、独身でまだ好機を窺っている)


  田蔵麻綾・たくらまあや(英語担当、22歳、5・6組副担任、新人ながらしっかりしてる)


  鶴賀あかり・つるがあかり(物理化学担当、6組担任、29歳、結婚に対して執着がある)




  渥美衣代・あつみいよ(帰宅部、遅刻・早退・欠席の常習)


  安東菊恵・あんどうきくえ(バレー部、セッターで気が強い)


  一場太志・いちばたいし(サッカー部、運動も勉強も学年トップクラス)


  伊東紗和・いとうさわ(学級委員長、クラスをまとめるしっかり者で信頼もある)


  岩瀬浩二・いわせこうじ(陸上部、駅伝メンバーで自分を強く持っている)


  梶田希・かじたのぞみ(美術部、デザインに興味があって進路に悩んでいる)


  北橋泰子・きたはしやすこ(バスケ部、万年補欠でセンスがない)


  小林洋・こばやしよう(サッカー部・エースの座を一場と競う)


  佐土原宏之・さどはらひろゆき(野球部、エース候補だが我が強い)


  塩崎拓也・しおざきたくや(帰宅部、野方文和の親友で良き理解者)


  篠永梢・しのながこずえ(手芸部、ロリータファッションをこよなく愛する)


  高品悟・たかしなさとる(水泳部、自由形を専門にしている)


  長岡純平・ながおかじゅんぺい(柔道部、体格はいいが気は弱い)


  沼本香苗・ぬまもとかなえ(放送部、ラジオDJを夢見る)


  野方文和・のがたふみかず(帰宅部、生まれつき体が弱く欠席も多い)


  野口七海・のぐちななみ(合唱部、ピアノ担当でしっかり者)


  蓮井新・はすいしん(帰宅部、松田佳彦とつるんでる不良)


  林愛莉・はやしあいり(テニス部、ミスコンにも選ばれる美少女)


  原本力・はらもとつとむ(野球部、捕手で体格も腕もいい)


  藤井初音・ふじいはつね(合唱部、ソプラノ担当でマイペース)


  古橋健太・ふるはしけんた(バスケ部、センターガードでスタメンをはる)


  益子エミリ・ますこえみり(バスケ部、清楚でスレンダーなギャル系)


  松田佳彦・まつだよしひこ(帰宅部、不良で世の中に執着が薄い)


  松浦ひばり・まつうらひばり(バレー部、長身アタッカーだが気が弱い)


  三池繁・みいけしげる(副学級委員長、草食系で優しいアイドル好き)


  水橋範子・みずはしのりこ(漫画愛好会、少女マンガ大好きで自作してる)


  宮里辰則・みやざとたつのり(学年一の秀才、何事もやってのける逸材)


  桃田未絵・ももたみえ(帰宅部、転校生で心を開かない)


  山口裕也・やまぐちゆうや(帰宅部、単位ギリギリで危ない)


  吉澤麗子・よしざわれいこ(陸上部、駅伝メンバーで仲間意識が強い)




 福山蓮子、3年1・2組副担任。

 10月中旬、季節はすっかり秋。寒さへの変化に対応しきれず、風邪を引いてしまう

人も多発中。いつまでも夏気分を引きずり、多少の薄着でも大丈夫だろうと油断してし

まうんです。

 「ヘックシッ」

 そうです、それは私です。彼氏さんとのデートのため、少し露出のある洋服を着てい

ったのが運のツキ。一日晴れ間っていう天気予報の裏をかく通り雨が降り、帰り道は散

々でした。

 その翌日には発症、テンションは一気に沈下。体調の悪化はもちろんのこと、それに

よって来る精神的なダメージも厄介です。自分は病人という意識でやる気は薄まる一方

だし。学校にマスク着用で行くと、一発で分かるので先生方は心配してくれたけれど、

生徒には「うつさないでよ」と冗談交じりに言われてしまいました。まぁ、実際に生徒

の言ってる事も尤もではあります。今回の体調を崩した事は自分の意識の至らない結果

としか言えないから。

 と言いつつも、生徒の中にもマスクで登校してくる子も多いのは事実。今はまだいい

けれど、これから体調を壊しやすい季節になってくるから気をつけてほしいです。私に

言われたくない、って言われそうですが。でも、受験やセンター試験の当日にはそんな

ことのないようにしてほしい。折角のここまでの努力をそれで半減させてしまうなんて

もったいないし。

 受験にも敵はたくさんあります。一番は禁欲でしょうか。普段なら何気なくしている

友人関係や恋人関係、趣味に費やす時間を大幅に抑える必要があります。押さえつけら

れるのは苦痛ですけど、こればっかりはしょうがない。全ては受験までの我慢、合格を

獲得できれば後はパラダイス。それまでの溜まったフラストレーションを解消しまくっ

ちゃっていいんです。

 とはいえ、数ヶ月やそれ以上の我慢は現実には厳しいものでしょう。たまの息抜きは

より効果的になるともいえます。そういえば、月末からは文化祭と体育祭が始まります。

ちょっとずつ準備にも入ってるし、そこで良い気分転換をしてくれればいいんじゃない

でしょうか。




 三池繁、出席番号25番。

 「ゆっきー、おはよう。今日も可愛いね」

 目覚めると、テレビの中の彼女へ毎日の言葉を投げ掛ける。あぁ、なんて可愛いんだ

ろう。君が生まれてきてくれた事を天と両親へ感謝するよ。君は僕の憧れだ。僕の救世

主だ。

 毎朝の30分の子供向け番組が君との毎日の触れ合いの場所。もちろん電波を介した

間接的なものだけど、要はゆっきーが見れれば四の五の言うつもりはないし、何を言わ

れようと構いやしない。これからを期待されるアイドルがレギュラーになる番組だから

注目はしてた番組だけど、子供向け番組ってこともあって内容を逐一チェックする事は

今までなかった。それが新レギュラーとして加入した彼女を見た時、初見で心を奪われ

てしまった。心がぽっかりと穴になるぐらい、根っこから持ってかれた気分。それ以来、

この子供向け番組が一日の最高の楽しみになった。睡眠時間が少なかろうと、寝起きが

悪かろうと、ゆっきーのためならどんな試練も超えてみせる。

 番組のエンディング、今日はゆっきーのセカンドシングルのスタジオライブがあった。

発売日は今日だけど、昨日フライングで買ったから完璧ではないにしろ頭に残っている。

ポップで明るい王道のアイドルソング、ピュアな彼女にはぴったりな曲だ。曲終わりの

スマイルにはマジでやられた。その笑顔がなによりの元気になるよ。君の笑顔があれば、

どんな辛いこともへっちゃらさ。

 僕のアイドル好きはある程度は周知の事実だ。今まで何人かのポスターを部屋に貼っ

てきたから家族には知れてるし、学校でも軽くカミングアウトはしてる。ただ、秋葉原

とかのイベントに通い詰めてるわけじゃないし、グッズを片っ端に揃い集めてるわけじ

ゃないから周りも笑いで済ませてくれている。本当はそういうのもやってみたい気持ち

はあるけど、さすがに笑われない範疇になってくると心の危険を感じそうだから留まっ

ておく。

 そんなこんなのうちに番組は終わった。はぁ、今日も可愛かったな。これで、今日も

いくらでも頑張れるよ。

 「いってきます、ゆっきー」




 林愛莉、出席番号18番。

 昼休み、友達とクラスに残ってチラシとポスターの作成に勤しむ。当日まで時間はあ

るけれど、クラスの文化祭の出し物の準備が始まる前にはある程度は終わらせてしまい

たい。皆がやってる中で自分だちだけ別個の作業をするのは居心地も悪いし、平行作業

で出来るぐらいにはしておきたい。

 「ハックション」

 作業に没頭してたため、静かになっていた教室に響く濁った音。発した本人へ強い視

線を向ける。

 「ちょっと。三池、うつさないでよ」

 「あぁ、ごめんね」

 会話はそれだけで、また作業に入り込んでいく。

 わざわざ昼休みに集まってまで手作りで大掛かりな作業をするのは当然に意味がある。

文化祭の前日の夜、前夜祭のメインイベントとして開かれるのがミス海浜総合を決める

ミスコン。各学年の有力者で争われ、生徒投票によって決まる毎年恒例の名物イベント。

私は去年も一昨年も1年生と2年生の代表になって、2年連続でミスの座を射止めてる

から今年は3年連続の殿堂がかかった大事な一番。ただ、一つだけ気になってることは

あるけど。

 もちろん、今年も取りにいくつもり。自信は満点、そのための準備も万全にしておく。

友達も応援してくれてるから、こうやって付き合ってくれている。繁は無理やり残らせ

たんだけど。まっ、人手は多いにこしたことないし、私には逆らえないから雑用係には

いい。

 「そういえば、桃田さんってどうなってるんだろうね」

 今、私の中で最もタイムリーな名前を出してくれた繁へまた強い視線を向ける。

 「知らないわよ。別に、どうしようが構わないし」

 「そうか、そうだよね」

 会話はそれだけで、また作業に入り込んでいく。

 私が一つだけ気になってることは正にそれだった。桃田未絵、ただのクラスメイトだ

った彼女が今に関してはダークホース的な存在になっている。彼女がミスコンに出るか

もしれないと耳にしたから。桃田さんの容姿は端麗で、正直なところ出場されると私の

優勝が脅かされる存在になり得る。1組の人たちは彼女の普段の孤立してる様を見てる

から近寄りがたいと分かってるけれど、他のクラスの男子からは人気もあって告白され

たりしてるらしい。断ってるみたいだけど。つまり、彼女の事を深く知らない人たちが

当日は投票するわけだから評価は本来より上がる可能性が高い。それがまずい。自信は

あっても、油断は大敵。

 でも、おそらく出場はしてこないだろう。桃田さんの性格からして、ミスコンとかに

出て来やしないはず。現実、彼女のファンの男子たちが出場させようと盛り上がってる

だけだし。




 伊東紗和、出席番号4番。

 「聞いて。早く決めないと帰れないだけだよ」

 ホームルームの時間、決め事の時が学級委員の最もきつい仕事かもしれない。授業が

終わって、皆の集中力は途切れて周りと喋りまくり。中には、席まで移動してグループ

作っちゃってるのもいるし。こうなると、半分以上は私の言葉に耳なんか傾けてない。

こんな中で統一した意見を決めるのは難しい。さっさと決めればまた喋れるんだから、

先におとなしく決めちゃえばいいのに。自ら買って出た学級委員とはいえ、息をつきた

くなることもある。

 全体を見渡してみると、宮里くんが笑顔を見せてくれた。それに、こっちも形だけの

笑みを作る。「頑張って」っていう意味に対しての「ありがとう」。本当は声を掛けて

ほしいのが本音だけど、これが限界。私たちが付き合ってるのはバレてるから、そんな

のしたら冷やかされるだけだし。

 「ねぇ、みんな。伊東さんの話を聞いて」

 福山先生がそう声を張ってくれるけれど、効果は特にない。なんとなく、その言葉だ

と私が話を聞いてもらえなくて惨めに教壇に立たされてるような感じにも受け止められ

るし。

 「おい、静かにしろ。自分たちの出し物なんだから責任持って決めろ」

 稲田先生の言葉でようやく教室は静まる。結局はこれに限る。相手に対して、一番の

効果を持ってる人の言葉。私がいくら言ったところでそうそう変わりはしない、なんて

卑屈になってみたり。

 その後の話し合いで、1組の文化祭の出し物と体育祭で種目別の出場者の振り分けを

した。文化祭に関しては、最後だから華やかにしたいという願望と塾とかもあるからあ

まり差し支えるのはどうだろうという現実な意見があった。それはそうだろう、皆が希

望を抱きながら今を生きてるんだから。結果、1組は合唱に登録することにした。合唱

は人気があるため、一学年から3クラスと限定されている。それ以上の登録があった場

合は抽選。体育祭に関しては、適当に近いぐらいにパパッと素早く振り分けされた。ウ

チの体育祭はリハーサルなしの一発本番だし、応援合戦とか事前から用意するものもな

いから重要視はされてない。受験勉強で鈍った体を動かすのにはちょうどいい、みたい

な。まぁ、とにかく決まってよかった。




 稲田景勝、3年1組担任。

 放課後、生徒のいない教室は閑散として小寒い。ほとんどの部活で3年生は引退した

ため、放課後の時間を使って個別面談を行っている。1人20分、1日に3人ずつと進

路の話をする。

 「失礼します」

 1組の教室に入ってきた梶田はどこか浮かない表情だった。おそらく、悩んでいるの

だろう。生徒の表情は多様に分かれる。既に大学も決めて明確な進路を提示してくる者、

詳細は決まってないにしてもおぼろげに方向が見えている者、どこに向かうかで悩んで

いる者。笑顔の者、真剣な者、溜め息をつく者。30人が30通りの思いを抱えてここ

へ来る。その一つ一つと向き合っていると、教師という職業の深さが身に沁みてきた。

高校生といえども、これだけの人数の人生の岐路に係わっているんだなという実感とと

もに。

 「進路希望はこれでいいのか」

 梶田の提出してきた進路希望書には第一希望と第二希望に大学名と学部が書かれてあ

った。特に口の挟みようのない並びだ。ただ、目の前にいる本人には未来の自分が見え

ているようには見受けられない。活力がなく、胸に抱えてるのは希望よりも葛藤に見て

取れる。

 「どうしようか、まだ迷ってます」

 「何を迷ってるんだ」

 問い掛けると、梶田は口をつむった。喉元にある言葉を言うか言うまいかを考えてる

ようだ。

 「よかったら言ってくれないか。どんなことだって構わない。変なふうに思ったりも

しないから安心してくれ」

 そう柔に伝えると、「はい」と返事が来る。言ってくれる気になったようだ。思春期

だとちょっとしたことも表現するのにためらうものなので、ゆっくり誘導してやること

が大事だ。

 「私、昔から絵を描いたり、裁縫したりするのが好きで。趣味でやってるうちに上達

してって、だんだんデザインとかにも興味を持つようになって。まだ全然なんですけど、

本格的に学んでみたいって思ってるんです」

 その言葉の時の梶田には訴えかける何かがあった。それが芯にある思いだと読み取る

には充分に。

 「いいじゃないか。そんな考えがあるなら、何を迷うんだ」

 「両親に反対されてます。今の成績なら県内のどこの大学だって狙えるんだから変な

事を言うな、良い大学に行っておけば間違いないんだから勉強しとけ、ってあしらわれ

ました」

 なるほど、親の圧力か。こうなると、助言が難しくなる。真っすぐな道を歩ませたい

親の意見は尤も。最終結論を出すのは家族なんだから、ここでの俺の意見は事態をより

複雑にしてしまうだけになる可能性もある。大切な決断だから、その場の事じゃなく先

を見たうえでのものでないとならない。どうしてやるのが今の梶田には最良になるだろ

うか。

 「それを聞いて、お前はどうしようと思ったんだ」

 「分かりません。両親の言うようにするのがいいんだろうし、学費も出してもらうか

らあんまり言えないし。でも、それに従うのが正しいとは自分を納得させられないし。

どうすればいいか迷ってます」

 進路の悩みは誰もが抱えるものだ。初めから目標が決まってるのは一握りの学生しか

いない。自分は何がしたいのか。それをするためにはどの大学へ行けばいいのか。家族

はそれに納得してくれるのか。自分以外のところにまで問題は広がっていく。行くのは

自分自身だとしても、勝手に行くわけじゃない。学費を負担してもらうのなら尚更だ。

進みたい道があるのか。それは他者の意見を封じ込めるだけの情熱を傾けているものか。

それで家族を認めさせられるか。その中を梶田は彷徨っている。手を差し伸べてほしい

と思っている。




 三池繁、出席番号25番。

 「ゆっきー、おはよう。今日も可愛いね」

 目覚めると、テレビの中の彼女へ毎日の言葉を投げ掛ける。あぁ、やっぱり可愛すぎ

だよ。君がこうして朝に画面に現れてくれるだけで、僕は一日を乗り切れる。本当に感

謝してるよ。

 番組が終わると、上機嫌で支度を始める。体は軽いし、頭も起きてるし、食事は美味

しいし、感覚が働きまくっている。朝からこの状態でいられる爽快感ったらない。周り

の眠気を引きずった不機嫌な人たちを見てると勝った気にすらなれる。それもこれも、

みんなゆっきーのおかげだ。

 「いってきます」

 晴れやかな気分で家を出て行くと、不機嫌の象徴のような顔が視界に入った。そう、

勝った気分。

 「おはよう」

 勝者の明るく通る挨拶。

 「おはよう」

 敗者の暗く落ちる挨拶。

 「いやぁ、清々しい朝だねぇ」

 「もうっ。朝っぱらから大きな声とか止めてよ」

 溢れんばかりの爽やかさでいくと、溜め息混じりの小さな声で愛莉に返される。本気

で嫌そうに。

 「いいじゃん。朝って良いもんだよ」

 「ってゆうか、あんたいつから朝型人間になったの」

 「今年の春から」

 「あぁ、そうだった。ゆっきー、だっけ」

 また溜め息混じりでの返答。長い付き合いで、もう僕のアイドルトークには呆れてる

らしい。

 「そう。今日もちゃんと番組チェックしてきたよ」

 「あっそう。どうでもいいけど」

 本当にどうでもよさそうに言う。

 愛莉とは家が近所で通学の時に顔を合わせる事は多い。同じところから同じ駅に同じ

発車時間の電車に乗れるように出掛けるから自然とそうなる。小学校、中学校、高校と

数えきれないぐらい一緒に通学したと思う。僕も愛莉も体格的には成長はしたけれど、

精神的には圧倒的に上を行かれてしまった。彼女は大人への階段を早めに上がり、僕は

いつまでも子供のままだ。メイクやファッションに目覚めてく彼女を隣に、僕はアニメ

やアイドルを子供の頃から好んでいる。どんどん前を進んでくんで、追いてけぼりには

されないように必死に走ってる。

 今はゆっきーにハマってることも言ってある。通学中にも何度か僕の情熱を伝えてき

たけれど、大人に向かってる愛莉には全く無関心なことのようだ。きっと、僕のことは

付属品のように捉えてるんだろう。無いなら無いで構わないけれど、付いてきてしまう

もの。

 「風邪はどうしたの」

 「あぁ、かなり良くなったよ。昨日のうちには大体は治ってたし」

 ふぅん、と返される。昨日は一緒に作業してる時にくしゃみもしてたから、気にかけ

てくれたんだろうか。

 「心配してくれたの」

 「別に。こっちにうつされたら困るし」

 「そうか、そうだね」

 この落差は変わらないなぁ。優しくしてくれたと思いきや、あっさり突き放す。ツン

デレが絶妙だ。

 「そういえば、文化祭は合唱になるのかな」

 「さぁ、抽選なんでしょ」

 「そう。愛莉は合唱の方がいいの」

 その言葉に、彼女の睨むような視線がこっちに向く。ただでさえ鋭さのある瞳だから

迫力満点だ。

 「ちょっと。名前で呼ぶの止めてよ」

 「あぁ、ごめん」

 しまった。そこは口にしちゃいけないところだった。

 「まぁ、いいけど。学校では絶対止めてよね」

 「うん。それはもちろん」

 危ない、危ない。朝で体が重くなってるので助かった。

 僕は愛莉のことを名前で呼ぶのを止められてる。小さい頃はずっとそう呼んでたのに、

いつからかそれを止めてくれと指示された。理由は簡単。僕みたいな子供と幼なじみと

周りに思われたくないから。ミス海浜総合として輝いてる彼女の近いところにいるのが

こんなアイドルやアニメのファンとバレたら、愛莉の価値まで下がってしまう。だから、

学校にいる時には親しくは接してこないでほしいと言われた。中学の頃だったと思う。

僕も当然に傷ついたけれど、彼女の言い分は正解だし、確かに僕がいることで愛莉の価

値が低くなってしまうのは僕も嫌だ。仕方ない、そう心に決めて僕はそれを受け入れる

ことにした。ただ、禁止令は出てるものの慣れでふと出てしまうもので、そこは温和に

受け止めてくれている。心底から嫌がってるんじゃないのは窺えるから納得できたりし

てる。




 藤井初音、出席番号20番。

 文化祭まで2週間を切った頃、1組が文化祭で合唱を出来るという報せが舞い込んだ。

3学年からは4クラスが合唱に申し込んで、抽選で選ばれた。稲田先生が当たりを引き

当てたらしい。

 時間もないので、と取り急いでの展開になっていく。今日のホームルームで、パート

分けと歌う楽曲と指揮者と伴奏者を決めてしまうようだ。いつもより長丁場になりそう

だから、と窓の外の雲の流れをのんびり眺めていく。もこもこした白が漂ってて、幸せ

な気分になる。

 歌う楽曲の候補の多数決。良さげなのに手を上げる。私が上げたのに決まった。伊東

さんの声とクラスメイトの雑談を耳にしながら、また雲の流れに目を向ける。ふんわり

してて、眠気に誘われる。

 「藤井さん、合唱部だからいいんじゃない」

 自分の名前が聞こえ、急に現実へ呼び戻される。どうして、私の名前が出てるの。不

意に打たれ、小動物みたいにキョロキョロしてしまう。一体、どういう話の流れでそう

なったの。

 「合唱部でしょ、藤井さん」

 「んっ・・・・・・うん」

 そう聞かれ、そう答えた。私は合唱部だから何も間違いはない。ただ、何の話をして

るかが分からない。私の名前が出るより前の話を掴めないまま、話は確実に進んでしま

ってる。

 「じゃあ、藤井さんに指揮者をお願いしていいですか」

 教壇の伊東さんからの問いかけで、ようやく事態を把握できた。私は今、指揮者に推

薦されている。いや、そんなの無理でしょ。合唱部はそうだけど、指揮なんかしたこと

ないし。それに、そんな大役が私に務まるはずないじゃん。こんなの、単に誰もやりた

くないから無理に押しつけようとしてるだけでしょ。っていうか、無理。無理。絶対に

無理。

 「どうですか、藤井さん」

 現状の理解と否定に激しく蠢いてるうちに、もう一度伊東さんからの声が届く。辺り

を見渡すと、教室のほぼ全員の視線がこっちに向いている。なんか、「お前がやれよ」

「お前がすぐ頷けば、それだけ早く帰れるだろ」って無言の圧力をかけられてる錯角に

陥る。さっきまでの穏やかな気持ちが嘘みたく、どんどん追い込まれていく。断りたい。

本音はそうに決まってる。でも、断れない。クラス全員を敵に回すだけの勇気が私には

ない。

 「はい。やります」

 その言葉に、教室に安堵の雰囲気が戻る。どうすんの、私。出来るわけないじゃん。

だって、こう言うしかないし。私が犠牲になればうまくまとまるなら、そうするしかな

いでしょ。

 その後、伴奏者やパート分けもされてったけど、特に頭に入ってこなかった。どうせ、

私には関係ないし。そう卑屈になって、心の中での葛藤を繰り返して無理やり自分を納

得させた。




 野口七海、出席番号16番。

 朝、鈍った腕を動かすために音楽室に寄ってグランドピアノを弾く。誰もいない音楽

室はひっそりとしていて、どこか秘するものを感じられる。見慣れた肖像画や譜面や音

楽の基礎知識が壁一面に張られ、様々な楽器や多くの木製の机と椅子。どれも私には特

別であって普通な物。当たり前のようにあるかけがえのない物。この空間は私にとって

格別だ。

 「あっ、やっぱここだった」

 自分の世界に入り込んでいると、ドアの開く音とその声に敏感に反応した。気持ちが

移ってしまい、手の動きもゆっくりと止まっていく。ドアから入ってきた初音ちゃんは

申し訳なさそうな顔をしている。

 「ごめん。演奏、止めちゃったね」

 「うぅん、全然。目的なしに弾いてたから」

 そう答えると、「よかったぁ」と初音ちゃんは私の隣に座ってくる。グランドピアノ

のイスは長めのサイズだけど、それでも2人座れば充分ぎゅうぎゅうだ。まるで、これ

から連弾でも始めるみたいになってると、初音ちゃんは体ごとこっちの方に体重を預け

てきた。

 「どうしたの」

 「だってぇ、昨日の見てたでしょ。何でさぁ、私が指揮者なんかやらなきゃいけない

わけ」

 「そうだよね。初音ちゃん、絶対そういうタイプじゃないし」

 思わず笑けてしまったのを本人にバレないように押し殺す。私の知る限りだと、初音

ちゃんはクラスの中心になるような子じゃない。イケイケなタイプ、活発なタイプ、普

通なタイプ、静かなタイプ、そのどこにも属してない特殊ゾーン。妄想とか空想とか大

好きな、ある意味でゴーイング・マイ・ウェイに独特な路線を突き進む子。彼女の考え

は私には行き着かないものがあるから、側にいると実に面白い。自分は自分、が標準な

彼女に指揮者なんてまず務まらないはずだ。団体を一つにまとめるなんて、一番苦手な

役割だろう。

 「もぉ。やだよ、憂鬱だよ」

 「だったら、出来ませんって言ってくれば」

 「そんなの、今さら言えるわけないでしょ」

 「そうだね。ご愁傷様」

 「七海、そんなら変わってよ」

 「無理です。だって、私は伴奏になっちゃったから」

 私の肩先でしょげる初音ちゃんを宥め、またピアノを弾きだす。曲は、初音ちゃんが

最も好きな曲。抑揚をつけて、感情を鍵盤に込める。元気だして、っていう言葉なしの

メッセージ。




 林愛莉、出席番号18番。

 二時限目と三時限目の授業の合間、トイレに行くと桃田さんと鉢合わせた。私が個室

から出ると、向こうは手を洗ってるところだった。またとない機会、そう頭によぎる。

彼女にはどうしても聞いておきたいことがあるから。そう、ミスコンに出るのか否かの

本人の意思を。

 「ねぇ」

 そう呼ぶと、ハンカチで手を拭いていた彼女の顔がこちらへ向く。こうやって向かい

合うのは初めてで、変に緊張してくる。

 「あのさ、ミスコンって出るの」

 こっちの言葉に、桃田さんはしばし止まった。私の言葉の意味を手繰り寄せてるんだ

ろう。考える彼女の顔をちらりと見る。やっぱり、整った顔立ちをしている。やがて、

「あぁ」と小さい呟き声がした。

 「出ないよ」

 実に淡々として簡潔な返信だった。まぁ、その返答は予想はできてたけど。どうせ、

周りの男子が浮かれてただけで、桃田さん自身にとってはいい迷惑なだけなんだろう。

内心、ホッとしたけど。

 「そう。出るかもしれない、って聞いたから。それだけ」

 そう言うと、桃田さんはその場を去っていった。衣替えで制服が冬服になって、どこ

かしらの変化が皆に見当たるけれど彼女にはそれがない。夏も冬服を着てたから、って

理由だけど。なんだか、体が弱くて強い日光は避けたいらしい。夏場は見てて違和感に

駆られてたものがようやく取り払えた。同時に、違和感の代わりに疑問めいたものが胸

に生じてくる。それは彼女自身、桃田未絵って子の本質について。もう半年以上は同じ

クラスにいるけれど、彼女がどういう人なのかっていうのが見えてこない。伊東さんが

定期的に話しかけてるのは目にしてるけど、それでもあの2人が仲良しには見受けられ

ない。自分を閉ざしてる。じゃあ、閉ざしてる理由は何。何か原因があるの。全く掴め

ない。




 梶田希、出席番号6番。

 はぁっ。

 自分のついた溜め息に反応して現実に戻る。また、思い悩んでるうちに溜め息を自然

とついていた。そんな自分に溜め息をつきたくなった。もう、何度この繰り返しをした

だろうか。分かりやすい二択なのに、出口のない迷路を彷徨っているように思えてなら

ない。

 デザインの道に進みたいという自分の希望。確かな道を歩みなさいという親の希望。

その間を行ったり来たり。自分の選択を良いとしたり、親の選択を良いとしたり。優柔

不断と言われても仕方ないだろうけれど、こればっかりは重要な決断なんだから譲れは

しない。正論を言う親の意見はよく分かる。ただ、その先の道を歩くのは私。だから、

悩みに悩んでる。悩みに悩んでも行き着かない現状に溜め息をつき、また悩んでくしか

ない。

 今が大きな岐路に立たされてる時。まだ本格的に足を踏み入れてない今だから自分の

希望を諦められるともいえる。これまでと同じように、趣味としてデザインを位置づけ

ればいい。でも、無難な道を選択した先に後悔はないだろうか。あると思う。あるとし

たら、どれだけの後悔なんだろうか。安定した生活による心の豊かさと比べ、劣るもの

で済むのだろうか。もしも後悔が上回るなら、私は常に満たされない思いを抱えていく

のかもしれない。何が正解なの。何が不正解なの。誰かそれを知ってるんなら、私に教

えて。

 「梶田、ちょっといいか」

 ホームルームは短めだったようで、いつの間にか終わっていた。その終わりがけに稲

田先生に呼ばれ、よく分からないまま返事をして着いていく。連れていかれた先は職員

室で、先生のデスクまで行くと向こうはイスに腰を下ろす。何か進路についての話だろ

うか。

 「今度、文化祭で合唱をやることになったろ」

 「はい」

 文化祭の話か。それなら、1組の出し物は合唱に決まってる。パート分けもして、私

はアルトに入った。曲も指揮者も伴奏者も決まってる。じゃあ、私はどうして呼ばれ

たんだ。

 「あれで一応な、活動費が3000円だけ出る事になったんだ。でも、合唱では使う

ことないだろ。それで、どうしようか考えたんだ。でっ、それを俺はお前に託すことに

した」

 「私に」

 言葉の真意がうまく掴めない。

 「あぁ、その3000円でクラス全員分の何かを作ってくれないか。物は何でもいい

んだ。全員の心をまとめられるようなワンポイントのオリジナルをお願いしたい」

 クラス全員分。オリジナル。正直、そんなの荷が重い。でも、これって・・・・・・

やってみる価値あるんじゃないの。

 「どうだ。出来れば、お前にやってほしいんだけどな」

 そうだよ。他の誰でもなく、私に託してくれてる。必要とされてる。ここでやらない

でどうすんの。

 「はい。やります」

 心を奮わせるものが込み上げてくる。それは今の私の迷いを払拭できるようなものじ

ゃないけれど、檻の中を右往左往してるだけの現状を打ち壊せる可能性を秘めてる気が

した。



全18話、本に換算すると444ページになる長篇です。

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