気になるあの子
誰にも言ってないが実は僕には今、気になっている子がいる。
その気になっている子とは、朝の電車でたいてい同じ時間だったり、帰りの電車で時々見たりするくらいだった。
その子が気になりだしたきっかけは、駅からの帰り道にある、信号に止まったときだ。
僕も止まって青に変わるのを待っていたとき、ふと彼女を見るとボーっと空を見ていた。口を少しあけて、ただボーっと。
どこを見ているのかと思って空を見てみると、何もなかった。首をかしげている間に信号が変わっていた。
いつのまにか彼女は信号を渡っていてどこに行ったかわからなかった。
それ以来、彼女を見かけるたびに遠くから観察してしまっていた。
それでわかったのだが、彼女はいつも空を見ているわけではないみたいだ。携帯をいじってたり、普通に待ってたりする。
どうやらあの日は、たまたま見ていただけだったみたいだ。そのことにきづくまで彼女を見ていたら、いつのまにか気になっていた。
「なあ、昼飯どうするよー。……おい。聞いてるか?」
「あ……。わり、ちょっとボーとしてた」
友人に声をかけられてたみたいだ。
「どした?最近よくボーとしてるみたいだけど」
友人が聞いてきた。
「いや、なんでもねーよ」
「悩み事があるなら聞いてもいいぞ」
「そんなんじゃねーよ。ちょっと気になることがあってさ」
「なに、好きな女でもできた?」
「なっ、違うよ」
しまった。こいつ、この手のにするどいんだよな。
「ふーん。まあ、お兄さんに話してみ?」
そんで、しつこいんだよな。
このあとあまりにもしつこいため、気になっている子がいることを話してしまった。
「なるほどな~。おまえにもやっと好きな子ができたか」
「だから気になってるだけだって」
「あんだけボーっとするほど気になってんだろ。好きって証拠だよ」
「……確かに。そう言われるとなぁ」
「そうだろ。勇気出して話しかけてみろよ」
このあと友人から、女の子の口説き方なるものを聞かされた(強制)。
その日の帰り道、友人のかなり胡散臭い講座を聞き流し、家に帰ろうと駅に向かう途中で、目の前の女の子がポロっと何かを落とした。
「すみません。これ、落としましたよ」
拾って声をかけた。
「えっ、あっありがとうございます」
女の子があわてて振り返ってお礼を言ってくれた。
一瞬、彼女だったりしないかと思ってしまった。彼女はあんな後姿ではないし、友人のせいでいつも帰る時間ですらない。それに何かを落として気づかないで、僕が拾うなんて出来すぎている。
そんなことを考えていたら電車が来ていた。
車内でそれとなく彼女を探したけど、いたのはさっきの女の子だった。そのうちに目的の駅に着いた。
携帯で現在の時刻を確認しながら改札を出て、いつもの信号の前で止まったとき、「今日は会えるわけないのに、なに期待してんだか」っと思わずつぶやきながら空を見た。さみしい空に見えた。
気づいたら信号が変わっていた。なんとなく下がってしまったテンションのまま横断していると、信号が点滅してきた。小走りして渡りきったとき、なぜか後ろから僕を呼ぶ声がした。
「ちょっと待ってくださーい。そこのひとー」
振り向くと彼女だった。信号の向こう側、さっきまで僕がいた場所で手を振っている。どうやら本当に僕を呼んでいるみたいなので、手を振り返してみた。するとまた、嬉しそうに手を振ってくれた。
そのうちに信号が変わり、彼女がこっちに走ってきた。
「えっと、なんですか?」
突然のことで大分緊張しながら言った。
「急に声をかけてすみません。あの携帯落としてましたよ」
彼女が僕の携帯を渡してきた。
「えっ、あ、ほんとだ」
あわててポケットを確認する。携帯はなかった。
「改札を出た所あたりに落ちてまして、……もしかしてあなたのではないかと」
彼女は少し息があがっていた。
「それは本当にありがとう。でもなんで僕のだとわかったんですか?」
「えっと、その、いつもたいていは電車の時間が一緒じゃないですか。なので、あなたの携帯をなんどか見たことがあって、覚えていたというか……」
彼女が少しもじもじしながら言った。
「ってことは、僕のこと覚えてるんですか」
あまりのことに驚きながら言った。
「そりゃあ、よく駅で見かける顔くらいは覚えますよ。逆に私のことはわかりませんか?」
「そ、そうですよね。よくここの信号で一緒になったりするし……」
「ですよね。……では私はそろそろ帰らないと。その、……また明日」
彼女はそう言って走って行った。
「えっ、あ……」
突然話しかけられたと思っていたら、急に帰ってしまった。あまりの出来事に、僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……名前……聞いとけばよかった」
やっと出てきた言葉は、彼女と話せた喜びや驚きではなく、彼女が帰ってしまった寂しさからきたものだった。
彼女と別れた後の帰り道。信号ではあんなにテンションが下がっていたくせに、今はすっかり舞い上がっていた。
彼女と話すことが出来ただけで、こんなにも嬉しい気持ちになるなんて。どうやら僕は友人が言っていたとおり、彼女が好きだったみたいだ。
「なんだかんだであいつに話してなきゃ、今の僕はいないんだよな」
そんなことを考えていたら家に着いた。
玄関を開ける前に空を見てみた。信号でみた空と同じ空のはずなのに、透き通っていてきれいだと思った。
なんとなく、あの日彼女が見ていたのも、この空だったんじゃないかと思っってしまった。
「……彼女も今、同じ空を見ていたらいいな」
なんて、がらにもないことを言いながら家に入った。
明日、彼女を見かけたら声をかけてみよう。そして改めてお礼を言ってから、名前を聞こう。
初めましての方は初めまして、前作を読んでくれた方はお久しぶりです。矢口日です。
矢口日は、これが始めて書いた恋愛ものになります。私は最後まで楽しみながら書いたのですが、読み手の皆様には楽しんで頂けたでしょうか。・・・ちゃんと恋愛ものになっていたでしょうか。
もし楽しめたと言って頂けたのなら、嬉しくて泣いてしまいます。
もし楽しめなかったのなら、どこがダメだったのか教えてください。
どんな感想でもかまいません。良いと言われたら嬉しいですし、悪い所は直すように努力させてもらいます。
最後に、ここまで読んでくださってありがとうございました。