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1. 真偽の硲




 偽物というのは、本物でないという意味だが、本物かどうかを区別するのはいつだって自分だ。だから、もしも全く同じ姿をした人間が2人いれば、それぞれが、「我こそが本物だ」と主張するのだろう。


「ニセモノはニセモノ。だめだよ。そういう考え方しちゃ。気が滅入っちゃう」

「ごめん...でも、いや、ごめん」


 ニセモノ。あるいは、そっくりさん。身長、顔、歩き方。まさに瓜二つ。生き写し。

 心当たりなら、ない。もちろん。だって僕は双子ではないし。


「ねえ、あんたは本当に大丈夫なんでしょうね」

「僕は...大丈夫だよ」

「そう......。まあ、信じるしかないんだけど...」


 だから、他人が僕を決めることはできない。僕がニセモノか、それかオリジナルか、決めるのは僕だ。他の人には区別がつかないから。僕が僕でいて、昨日まで彼女と会話をした、昨月まで学校で授業を受けた、そういう思い出と経験を持った、僕。きっとニセモノとは、深みが違う。


「そういうリンちゃんこそ」

「私は大丈夫よ...」

「...よかった」


 会話なら、いつも途切れ途切れ。


「いつになったら、終わるわけ。この所業。原因はなに」

「分からないよ、そんなの。僕には」

「知ってるわ、んなこと。だから、考えようって言ってんの」

「考えるって言っても、学者さんに分からない問題が僕らに分かるわけないよ」

「...あっそ。確かにそうかもね」


 リンちゃんは吐き捨てる。


「本当は分かってんじゃないの? 研究者とかさ。いっぱいいるでしょ。それに、政府の組織もあるみたいだし?」

「でも...。自分と全く同じ容姿の生き物なんて...信じられないよ」

「はぁ? あれが生き物なわけないでしょ。なんかの動物が擬態でもしてるかと思ってるわけ? あれは宇宙人、それか幻よ」

「宇宙人だったら僕らにはどうしようもない...」

「はいはい、そうね」

「幻...? 幽霊みたいなものってこと?」

「さあね、知らない。でも、実体はある。触れる。喋れる。食べるし、寝る......気色悪い」

「ニセモノと、僕たちオリジナル。どちらも存在するのは可能なのかな。それならさ...! なんていうか...そんなに恐れる必要もないんじゃないかな」

「そうねぇ...。ネットに、ニセモノに会ったって人がいたけど、別に、目が合った瞬間に溶け消えるとかではなかったみたい」

「なら...!」

「でもさ、気味悪くない? 私なら無理。私の知らないところで、私と同じ姿のニセモノが何してるか分からない。それに、なんか、ほら、乗っ取り? みたいなことしてくるかもしれないじゃない」

「それは...確かに。でも、探しようがないよ。もう既にリンちゃんのニセモノがいるかもしれない。東京かもしれないし、北海道かもしれないし、隣の家かもしれない」

「...っはぁ。だからこうして、皆うちに引き籠ってるわけでしょ」


 リンちゃんは、少し寂しそうに、閉め切ったカーテンから除く光を指でなぞっている。

 僕にできることは...なにもない。僕じゃ頼りないし、知恵も力もないし。


「でも。公には、違うよ」

「なにが...」

「皆が家に籠るワケ」

「...なんで」

「やっぱり知らないのね。ニセモノと、混ざっちゃうから」

「混ざる...?」

「......そ」


 リンちゃんはいつも以上に長く沈黙してから、不意と立ち上がる。


「私も詳しくは知ーらないっ」

「どこ行くの...」

「別に、飲み物とりに行くだけ」

「そう...行ってらっしゃい」

「んー」


 中学校には長く行っていない。緊急事態宣言? のようなものが公式に発令されてから、組織としての学校は機能しなくなってしまったから。それでも、初めのうちはそれなりの人数が、自主的に集まっていた。初めのうちは遊び半分で、なにか特別なイベントを子供たちだけではしゃいでやろうかといった心意気だった。

 でも次第に、ガキの僕たちでも、事の深刻さというか、というよりは不気味さを感じ取った。それでも、家に一人でいるよりも、学校の皆と一緒にいるほうが不安が和らげるし、異変にも気づけるからと、当分はその集まりは続いた。


「学校、また集まるみたい。明日」

「リンちゃんはどうするの」

「そうね...。あんたは?」

「僕は...行くよ。家に帰っても一人だし」

「そう、あんたのご両親は...」

「いや、いいんだ。きっと何かの間違いだから。それに、国とか研究者さんの役に立ってるのなら僕だって誇りに思うよ」

「そう...」

「でも...アカリは」

「妹さんよね」

「うん...。アカリには、帰ってきてほしい」

「帰ってくるよ。きっと」

「うん、ありがとう」

「その...いいんだよ、うちに泊まっていっても」


 リンちゃんは優しい。でも、キッチンの奥。コンパクトチェアに足を組みスマホを凝視する彼女の母親は、それをよく思っていない。


「ありがとう。でも、僕なら大丈夫。ほら、アカリがふっと帰ってくるかもしれないし。その時にアカリがホンモノかどうか判断できるのは僕だけだから」

「判断して...どうするのよ」

「分からない...そんなの分からないよ」

「だよね。ごめん」

「うん。それじゃあ、また、明日学校で」

「うん。また」


 僕は家の方へと歩き出す。

 例えば、老人。老人とすれ違う。でも、あれが、『本当の』老人かどうか、分からない。とうの昔にニセモノが憑依して、長くニセモノが、老人の皮を被って、老人に成りすましているのかもしれない。

 ニセモノがそうまでして何を手に入れたいのかは不明だって、公式の見解では言っていたけど、大事なのはそうじゃない気がする。なんだか、現実の世界が、ネットの悪い部分だけを纏めた場所になってしまったみたい。

 あの老人が、70年生きた、それまでの本当の老人か、それとも、成りすまして2週間やそこらのニセモノか。そんなのは分からない。きっと行動もあまり変わらない。でも、そういうことじゃない気がするんだ。リンちゃんと全く同じ会話を、AIと交わしても全くときめかないのと同じようで、なにか、一歩引いてしまうというか、疑心暗鬼になってしまって、毎日が息苦しい。一人が、心地いい。





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