第2話 夜のいたずら
夜は、静かだ。
昼と同じ街なのに、少しだけ違う。
人はいる。
コンビニも開いてる。
車も走っている。
でも、音が少ない。
私は屋根の上を歩く。
踏み込むたびに、体が軽く浮いた。
音がしない。
最初は怖かった。
でも今は、少しだけ分かる。
どう動けばいいのか。
どうすれば、見つからないのか。
風の流れに乗るみたいに、体を動かす。
遠くで、犬が鳴いた。
位置も、距離も、なんとなく分かる。
「……ほんと、変」
でも、嫌じゃない。
むしろ——
少し楽しい。
屋根の端に座って下を見る。
道を歩く人が、豆粒のように遠く見える。
同じ時間を生きているのに、
少しだけ遠い。
「ねえ」
声がして思わず振り向く。
誰もいない。
「こっち」
上…?
視線を上げた瞬間——
「わっ!」
目の前に、影が落ちてきた。
「っ……!」
心臓が跳ね、呼吸が一瞬止まる。
「びっくりした?」
暗がりの中で、
私の顔を覗き込むように笑っている。
同じ“側”の存在。
「……」
言葉が出なかった。
まだ少し、慣れていない。
そんな私の反応を他所に、彼は続ける。
「全然気づかなかったでしょ」
「……いや」
少し落ち着いた。
「それ、普通にびっくりするやつでしょ」
「でしょ?」
楽しそうに笑い、私の隣に座った。
距離が近い。
でも、不思議と嫌じゃない。
同じにおいがするから。
「最近来たの?」
「……まあ」
当たり障りのない会話。
「何日目?」
言うか少し迷った。
「…七日目」
「へえ。じゃあまだ全然だね」
「……何が?」
彼は少し考えてから言った。
そのうち分かるよ、と。
「いや、それ一番困るやつなんだけど」
口に出してから、少しだけ驚く。
こんな言い方、してたっけ。
「いいね、その感じ」
「は?」
まただ。おかしい。
「今の、素でしょ」
「……別に」
「さっきまで、めっちゃ静かだったのに」
「……それは」
「あ、分かった。昼の癖でしょ」
図星を付かれ、言葉に詰まる。
少しだけ、視線を逸らした。
「まあ、そのうち慣れるよ」
「……何に」
「こっちに」
そう言って、彼は立ち上がる。
そして、
「また来るでしょ?」
軽く手を振った。
「……たぶん」
私の返事に満足したのか、
音もなく去っていった。
静寂が戻り、風だけが残る。
「……はぁ?」
誰もいないのに、声が出る。
面白くて、少しだけ笑った。
夜は、静かで、
少しだけ、騒がしい。
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