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お気に入り小説5

かつての夫が死のうが、何も感じない。かつての夫がどうなろうと、今のこの場所が私のすべて。公爵夫人になった女の失望と再生の物語。

作者: ユミヨシ
掲載日:2026/03/01

ディアーナはベッドの上で怒り狂っていた。


本当にあの男、わたくしという美女を相手に初夜を行わないつもりかしら。


ディアーナは顔には自信がある。

勿論、立ち居振る舞いも。


ディアーナは、リーデルク公爵家からブルド公爵家に嫁いで来た。


ディアーナは18歳。夫となったバルテールは、変わり者と知られている25歳。

今まで社交界にも顔を出さない、交流の場でも見たことがない、そんな男だった。


その男の父であるブルド公爵が急死した。

彼がブルド公爵を継がなくてはならなくなった。


バルテールの母に頼まれて、この度、婚約を結び急遽結婚したのだ。


ディアーナが美女で、名門リーデルク公爵令嬢なのに、今まで婚約者がいなかったのは何故か。


オットル王国の王女、イリアの我儘から、不幸が始まった。

本来なら、ボイド王太子と婚約を結ぶはずだった。

だが、イリア王女が、


「ディアーナがわたくしの義姉になるなんて嫌です。どうか他の方にして下さいませ」


と、言ったのでこの話は無くなった。

ディアーナが12歳の時である。


ディアーナはイリア王女から目の敵にされるのは何故だか見当はつかなかった。

何度かお茶会で見かけてはいるが、交流が全く無いのだ。

でも、鏡で自分の姿を見る度に、


「きっとわたくしの美しさに嫉妬をしているのね」


と、そう思う事にした。


貴族が誰しも行く王立学園で、さまざまな令息達にちやほやされる。


「今日もお美しい。リーデルク公爵令嬢」

「さすが公爵令嬢となれば、品がありますね」


口先で褒めてくれる男子生徒。

でもその頃になると、名門というだけで、火の車の我が公爵家。

そんな家に誰が縁を結びたがるだろうかと、さすがのディアーナも悟るものがあった。


12歳の頃にボイド王太子と婚約を結んでいれば。

父がもっとしっかりとリーデルク公爵家を栄えさせていれば。


誰も婚約してくれない。

褒めては貰えるけれどもただそれだけ。


そんな中、王立学園を卒業と同時に名乗りを上げてきたのが、

ブルド公爵になったバルテールである。


実際に話を持って来たのは、バルテールの母、ブルド前公爵夫人だった。

父は喜んでこの話を進めてしまった。


そりゃそうだ。

ブルド公爵はリーデルク公爵家の為に、金を貸してくれるという。

だから父はこの話に乗ったのだ。


ディアーナの意見も無視して。


ディアーナは婚約期間も設けられず、結婚式も挙げないで、馬車に押し込められて、ブルド公爵家に連れていかれた。


そして、ブルド前公爵夫人が現れて、


「今日から貴方は我がブルド公爵家の一員です。いいですね。しっかりとわたくしに習って公爵夫人の仕事をするのです」


と、言い切られてしまった。


肝心の夫になるバルテールは姿を現さない。

どうして、なんで?

貴方がわたくしを望んだからこういう事になったのではないの?


食事は前公爵夫人と共に取る。

凄く気まずい。


思わず聞いてみた。


「バルテール様は?一緒に取らないのですか?」


「あの子は変わり者だから。でも、子作りはしてもらわないと困ります。我が公爵家のために。今宵は支度をして寝室で待つように」


子作り?

そりゃ知識はあるけれども‥‥‥どうしましょう。


ディアーナは焦った。

でも、メイド達に支度をされて、夫婦の寝室という部屋に連れて行かれ、ただいま、ベッドの上で待っている状況である。


バルテールってどんな人なのかしら?


結婚式も挙げず強引に連れてこられてしまった。

子作りをするようにと言われて。


わたくしは姿形は自信はあるわ。美しい金の髪。青い瞳。

皆に美女だと褒められて。でも、誰もわたくしと婚約を結びたがらなかった。


我がリーデルク公爵家が貧しいから。

なんとか教育は受けさせて貰えたけれども、ドレスだって着回しだったわ。

だから夜会でデビューも出来なくて。

お茶会も母に連れられてたまにしか出られなくなった。



昔は、王宮に沢山連れて行って貰えたのに。


今だって、結婚式も挙げず、こうしてベッドで顔も見た事のない男性を待っているだなんて。


なんて悲しい。なんて辛い‥‥‥

わたくしだって、公爵家の娘だったのよ。もっと華やかに生きたかったわ。


寝室の扉が開いた。


だが、そこに立っていたのはメイドの女性だった。

メイドは頭を下げて、


「申し訳ございません。旦那様はお仕事が忙しくて今宵は来ることが出来ません。お部屋にお戻りになってお休みください」


そんなにわたくしに興味が無いの?

わたくしは待っていたのに。


ディアーナは立ち上がり、


「解りました。部屋に戻ります」



部屋に戻って、みじめに一人でベッドに横たわる。

悲しくて涙が溢れて、なかなか眠れなかった。


翌日、ブルド前公爵夫人が、


「息子は仕事モードに入ると、他の事が頭から抜け落ちてしまいます。わたくしは、しっかりと貴方と子作りをするように言ったのですが。申し訳なかったわ」


謝られた。


そして言われた。


「息子にお茶を持って行ってあげて頂戴。部屋に籠って仕事をしているから。まったく、妻になる女性の顔も見たくないだなんて。いいですね。お茶を持っていくのですよ。貴方が」


「承知しました」


初めてバルテールの顔が見られる。

どんな人か解る。


メイドに淹れて貰った紅茶を持って、バルテールがいるという部屋のドアを叩いた。


返事がない。


「失礼致します」


そう言ってドアを開けて中に入って驚いた。

机に向かって真剣に作業をしている男性がいた。

髪はボサボサ。そして机の上には沢山の石が積み上げられており、男性は眼鏡をかけて真剣に石の一つを磨いている。


「輝きが。輝きがまだ足りない。もっともっと輝きを。最高の首飾りにする為に、もっともっと輝きを出さないと」


ぶつぶついいながら、石を磨き続ける男。


これがバルテール?

石に向かってぶつぶついっている男がバルテール?


紅茶を脇の机に置くと、バルテールがふと顔を上げてディアーナを見た。


「メイドじゃないのか?お前は誰だ?」


「わたくしは貴方の妻になったディアーナですわ」


「そう?母上が煩く子作りを言ってきたその相手か」


そう言ってバルテールは再び石を磨き始める。


「私は忙しい。子作りなんて後だ。この石を磨き上げて首飾りを完成させる」


「首飾りですの?」


「一月後、神殿の儀式で使う首飾りだ。イリア王女様の胸元を飾るこの首飾り。最高の出来にしないと」


イリア王女ですって?

ボイド王太子殿下との婚約を反対したあのイリア王女。


ボイド王太子は別の公爵家の令嬢と婚約してしまったわ。

イリア王女は結婚しない。

王家の王女の一人は、神に身を捧げ、神殿に祈り続けるのがこのオットル王国の王族の務めだから。


あのイリア王女は16歳になった時に神殿に入ったわ。

国王陛下の妹君が儀式の祈りを捧げる役目を終えて、今年からイリア王女が神殿で国民の前で祈りを捧げる。


その首飾りをバルテールが作っているだなんて。


バルテールははっきりとした口調で、


「イリア王女様は、私の作る首飾りが欲しいと言ってきた。私の作る首飾りのいくつかはイリア王女様に買って頂いた事がある。だから、私は今回、最高の作を作る為に頑張っているんだ。それなのに母上は。私は首飾りを完成させる。邪魔をするな」


イリア王女はどこまでわたくしの幸せを邪魔するの?


憎い憎い憎い。

あの女が邪魔をしなければ、わたくしは王太子妃になっていたかもしれない。

この人がわたくしと初夜を行って、愛してくれたかもしれない。


首飾りですって?イリア王女の為に?


この人は王女様を愛しているのかしら。

愛しているから、こんなに夢中になって。

酷い酷い酷いっ。


紅茶のカップを手に取り、床に叩きつけた。


ドアをバタンと閉めて部屋を出て行った。




ブルド前公爵夫人に部屋に来るように呼ばれた。


ディアーナは頭を下げて、


「申し訳ございませんでした。わたくしは公爵夫人としてあるまじき事をしてしまいました」


ブルド前公爵夫人は額を抑えて、


「まぁいいわ。あの子も悪いのだから。新婚の貴方を放っておいて、王女様の首飾りを作っているのですもの。イリア王女様はあの子の作る首飾りを気に入って、よく注文してくるのよ。我が公爵家はアクセサリー商会を経営していて、わたくしの弟が会長をしているの。あの子は幼い頃から商会に出入りしていて、首飾りを作る事に夢中になっていたわ。でも、ブルド公爵家を潰す訳にはいかない。だから今回、強引に貴方と結婚させたのだけれども」


「我がリーデルク公爵家に出資までして頂き、有難く思っております。わたくしは、バルテール様がわたくしの方を向いてくれるまで、待とうと思いますわ」


そう言うしかなかった


バルテールが向いてくれるかどうかわからない。

でも、この家から逃げ出すわけにはいかない。


ディアーナは覚悟した。



ディアーナは食事を盆に持って、バルテールの部屋を訪ねた。


温かなスープにサンドイッチ。紅茶に食後のチョコレートケーキが添えられた夕食である。


「バルテール様。食事をお持ちしましたわ。先ほどは申し訳ございませんでした」


バルテールは顔を上げて、


「私にも悪い所があった。食事はそこに置いておいてくれ」


ディアーナは思い切って、


「わたくし、貴方とお話したいですわ。せめて食事の時だけでも」


そう言って、椅子を持ってきて腰かけた。

バルテールはこちらを向いて、


「私は集中したい」


「でも、わたくしは貴方の妻になりましたわ」


「首飾りを、最高の首飾りを作りたい」


「何かわたくしに手伝えることはありませんか?わたくしは貴方の役に立ちたい」


「今は何もない。ともかく一人にしてくれ」


「また、お食事を運んできますね」



悲しかったが仕方ない。

自分の出来る事をやるしかないのだ。


毎日毎日、食事を運んだ。


カーテンを開けて、

「少しは陽の光に当たりませんと。床を掃除しましょうか?」


彼は夢中で石を磨いているようで、こちらをちっとも見てくれない。

首飾りの鎖と台座が出来上がっていて、キラキラとその金色の台座と、鎖が輝いている。


邪魔にならないように、床を掃除して、そっと部屋を出て行った。


一月後やっと首飾りが完成した。

それはもう美しく磨かれた緑色の石が入った首飾りで。


バルテールは作った後に、机にうつぶせになって爆睡していた。


その肩にそっと毛布をかけて、ディアーナは部屋を出た。


やっと首飾りが出来上がったのだ。少しはわたくしの方を見てくれるかしら。


しかし、期待は見事に裏切られた。


バルテールはイリア王女に、首飾りを渡して凄く褒められたと、嬉しそうに語ってくれた。

久しぶりにブルド前公爵夫人と、ディアーナと共にバルテールは食事をしたのだ。


食堂で顔を会わせるのはディアーナは初めてである。


バルテールは興奮したように、


「次の首飾りの注文を受けた。イリア王女様の為に私はまた、首飾りを作る」


ブルド前公爵夫人が、


「貴方には公爵の仕事をしてもらわねばなりません。領民たちの為にも」


「商会は叔父が代表を務めてやってくれている。領民たちだって代官たちがしっかりと面倒を見ている。私は首飾りをイリア王女様の為に作りたいんだ。邪魔するな」


そう言って、食事後、部屋に行ってしまった。


ディアーナは思った。

いくら待ってもあの人は、わたくしの方を向いてくれない。

わたくしはこの家の公爵夫人として、しっかりやっていこうと思っていた。

一生、あの人を待ち続けるの?一生?


ブルド前公爵夫人はディアーナに、


「息子は駄目ね。あの子とは離縁して貰うわ。あの子の従弟を紹介します。おとなしい子だけれども、あの子よりはマシだわ。わたくしのお腹を痛めたあの子にこのブルド公爵家を継いで欲しかった。でも、駄目ね。どこで育て方を間違えたのかしら」


涙を流すブルド前公爵夫人。ディアーナは立ち上がり、その肩に手を置いて、


「わたくしは、義母上様に従いますわ。紹介して下さる方と結婚し、ブルド公爵家を支えます」


「有難う。ディアーナ」




ディアーナは、ブルド前公爵夫人が紹介してくれた、公爵家の血筋の人間と再婚した。


再婚と同時に、バルテールには離れの館に移って貰った。


「この方が貴方も集中できるでしょう」


とブルド前公爵夫人が言って、バルテールはあっけなく、


「そうですね。イリア王女様の首飾り、集中できそうだ」


と、離れに移っていった。

本当に酷い人。本当に本当に本当に。


彼の従弟に当たる青年は18歳。ディアーナと同い年だ。


「ディアーナ様。私は王宮の事務官になるはずでした。でも、伯母上の願いにより、ブルド公爵になることになりました。これから一生懸命励んでいきたいと思います」


「こちらこそ、よろしくお願い致しますね」


ハルドという名の青年は、平凡な顔立ちで美男という訳ではない。

黒髪碧眼の彼は大人しい男性だが、真正面からディアーナに向き合ってくれた。


ブルド前公爵夫人に、二人して真剣にブルド公爵家の事を学んだ。


この人となら生きていける。

ディアーナはハルドに初めて抱かれた時に、強くそう思った。


ハルドは愛しているよとも言ってはくれない。


ただただ、「ブルド公爵家の為に、共に頑張って行こう」


と、言ってくれるだけ。でも、こちらを向いてくれるだけ、まだマシだと思えた。







数年後、可愛い二人の子に恵まれて、ディアーナは幸せだった。

夫であるハルドはとても優しい。


ブルド前公爵夫人は病で帰らぬ人となった。

最後までしっかりと看取ってディアーナは公爵夫人としての責任を果たした。

ブルド前公爵夫人は亡くなるまで、ディアーナとハルドに感謝していると言ってくれた。

バルテールはイリア王女様の為の首飾りを作っていて、母親が亡くなってから一度、見に来ただけで、すぐに離れに籠ってしまった。


本当に酷い人。

でも、放っておけばいい。


今日はいい天気だ。

庭に出て二人の男の子と楽しく遊ぶ。


「母上。蝶々が飛んでいるっ」

「ひらひらひらひら。とても綺麗だ」


ディアーナは笑って、


「そっとしておいてあげましょう」



「でもでもでもっーーー」

「待って。蝶々」


ふと、視線を感じた。

離れの庭からこちらを見ているのは、髭だらけのかつての夫バルテールだ。


バルテールは目を細めてこちらを見ている。


イリア王女が他の職人に目移りして、最近、ブルド公爵家の商会に注文しなくなったと聞いている。


バルテールはそれでも、首飾りを作っている。

他の女性達の為に。


貴方はイリア王女様を愛していたの?

それとも、ただただ、首飾りを作りたかっただけ?



バルテールがふらふらと歩いてきた。


「ここは私の場所だ。子供達に囲まれて、幸せに笑っていたのは私のはずだ。

私はブルド公爵っ。公爵だっーーー」


走って来たので、使用人達が慌てて、バルテールを押さえつけた。

夫のハルドが心配して近づいて、子供達とディアーナを抱き締めてくれた。


ディアーナはバルテールに、


「今更、何を言っているのです?貴方はブルド公爵として何も仕事をしなかったではありませんか。貴方にここは私の場所だって言う資格はないわ」


バルテールは涙を流しながら、


「私の場所だ。私がブルド公爵だ。この子達は私の子だ」


ハルドが、


「この男を離れに閉じ込めろ。腕の立つ職人だ。まだまだ働いて貰わないとな」


バルテールは使用人達に離れに連れて行かれた。


子供達が怯えている。

ディアーナは安心させるように、


「大丈夫よ。もう、あそこから出てこられないから」


「そう?そうなの?」

「怖かったよっ。母上」




心から、今の幸せを感謝するディアーナであった。



バルテールは翌年、亡くなった。


首飾りを作る手が止まったまま、机に突っ伏した姿で発見されたという。


最後までイリア王女の幻を追いかけていたのか、それは解らない。


使用人から報告を受けたとき、ディアーナは庭で子供たちと笑っていた。


「そう‥‥‥」とだけ答えて、視線を子供達に向けた。


愛しくて可愛い子供達。

そして、最愛である夫ハルド。


もう、かつての夫が死のうが、何も感じなかった。

かつての夫がどうなろうと、今のこの場所が私のすべて‥‥‥


ハルドが庭にやって来て、


「今年の年末の夜会の準備をしないとな」


「そうね。貴方の服と揃いのドレスを新調したいわ」



ディアーナの心は年末の夜会のドレスの事で頭がいっぱいになった。

もう、かつての夫の事は心の片隅にも残っていない。


冬の空が晴れ渡り、今日も気持ちのいい一日が始まろうとしていた。


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― 新着の感想 ―
ディアーナは実家が高位貴族なのに貧しかったのが関係してるんでしょうか? 何か余裕がないような雰囲気を感じたのですよ。周囲に侮られてたまるか!と気を張り詰めているように見えました。 実家の経済状態と結…
戦国時代に土岐頼芸という美濃の国主が居ます。 土岐家の紋が鷹の羽をモチーフにしてることも有り、絵を好んだこの人が一番得意としたのが鷹の絵でした。 「土岐の鷹」といえば今でも価値があるくらいの絵を描いた…
イリア様は頭が空っぽだったから神殿で祈らせていたんだろう…という所までは察した。 でも首飾りの代金って血税からだよな…と思うとイリア様野放しにしていたら王族長くない気がする。
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