無血の進軍と、王の帰還
キャリントン公爵邸の作戦室には、重い沈黙が落ちていた。
アーサー王子は地図の上に手を置き、険しい面差しで思案を続けている。
その隣で、公爵もまた腕を組み、遠い視線を落としていた。
「……非殺の誓いを破らずに、シュタインベック軍部の暴走を止める方法はないものか」
アーサーの呟きは、誰に向けたものでもない。しかし、その苦悩は部屋の空気をわずかに震わせるほど深かった。
公爵は静かに頷いた。
「敵を討つわけにもゆかず。しかし、このまま放置すれば、第三の侵攻を企てるでしょう。平和を守るための手段は、尽くされているのか……」
その時——。
「……私に任せてはもらえぬか」
椅子から立ち上がったのは、ユルゲン王であった。
救出された直後のやつれた表情には影が残るものの、王としての気高さは少しも失われていない。
アーサーは驚きに目を見開く。
「陛下……?」
ユルゲン王は胸に手を当て、小さく息を整えてから言った。
「国を取り戻すのは、本来は王たる私の責務だ。そなたたちにこれ以上、責任を背負わせるわけにはいかぬ。亡命してきた兵たちが、未だ私への忠誠を捨てておらぬことを知り、胸が震えた。……彼らと共に戻る。それだけで、軍部は崩れよう」
公爵は眉を寄せた。
「しかし、軍部が攻撃を仕掛けぬ保証はありません。陛下を危険に晒すことになりますぞ」
だが、ユルゲン王は静かに首を振った。
その目には、王としての覚悟と、民を思う深い愛情が宿っていた。
「——この国を慈しむ者たちが立ち上がってくれるのなら、私はその先頭に立つべきなのだ」
アーサーは、しばらく言葉を失った。
だが、ユルゲン王の瞳を見つめるうちに、その覚悟が胸に流れ込んでくるようだった。
やがて王子は、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。陛下のお覚悟、しかと受け取ります。私と公爵も同行いたします」
ユルゲン王は感謝を込めて一礼した。
「そなたたちの勇気と慈悲は、私の国を救う光となろう。ダベンポートの思いやり、決して忘れないぞ」




