王の目覚めと、崩れ去る砂上の楼閣
キャリントン公爵邸の広間に、静謐な驚きが満ちていた。 先ほどまで冷たい地下牢にいたユルゲン王は、深紅の絨毯の感触を確かめるように一歩踏み出し、ようやく我に返ったように呟いた。 「これが、魔法か……。このような奇跡の力に、わが軍の鉄塊が敵うわけもなかったのだな」 その視線の先では、全魔力を使い果たしたアマンダが、アーサーの腕の中で静かに呼吸を繰り返している。
アーサーは、壊れ物を扱うような手つきでアマンダを横抱きにした。 「陛下、詳しいお話は後ほど。今は、わが国の誇りである彼女を休ませてやりたいのです」 アーサーは公爵に目配せすると、そのまま彼女を客間へと運んだ。柔らかな天蓋付きのベッドに彼女を横たえ、白皙の頬に触れる。 「今はゆっくり休んでいてくれ、アマンダ。君が繋いだこの平和は、僕が必ず形にしてみせるから」 愛しげに囁くと、彼は名残惜しさを振り切るように部屋を後にした。
一階の書斎では、キャリントン公爵とアーサーが地図を広げ、今後の展開を冷徹に見据えていた。 「ユルゲン陛下を確保した今、シュタインベック軍部に正義はありません」 「ええ。正当な王を立てて王権奪還を宣言すれば、軍部はただの叛逆者へと成り下がります」
その頃、シュタインベック王国の王城は、文字通りひっくり返ったような騒ぎに包まれていた。 地下牢から忽然と姿を消したユルゲン王。その報に、アイゼンベルク参謀長ら軍幹部は色を失った。 「亡命……。もしダベンポートが王を旗印に掲げれば、わが軍に勝ち目はないぞ!」 彼らは知っていた。軍部は武力を以て権力を簒奪したに過ぎず、国民からの支持は驚くほど低いことを。
「いかにして、自分の責任ではないと釈明するか……」 会議室では、互いに責任をなすりつけ合う醜い怒号が飛び交う。しかし、事態はもはや言い逃れができる段階を超えていた。 王という後ろ盾を失い、権力の正当性が砂の城のように崩れ去っていく。 アイゼンベルクは、震える手で卓上の模型を払い除けた。 「……これまでだ。奴らが攻めてくる前に、蓄えた私財をまとめろ! 逃げ出す準備を急げ!」
かつて軍靴の音で隣国を震え上がらせた男たちは、今や自分たちの影に怯え、夜逃げの算段を始めていた。 女神の慈悲を裏切った代償は、あまりにも重く、彼らの喉元まで迫っていたのである。




