救出
シュタインベック王国の王城へと続く道は、思いのほか静かだった。 あらかじめ潜入していた間諜の案内により、アーサーたちは旅の商人に扮して検問を潜り抜け、難なく城下へと辿り着く。夜の帳が下り、城を囲む堀の向こうに冷徹な石造りの巨躯が見えたとき、ウェンディが静かに唱えた。
「――『不可視の結界』、展開」
空間が微かに歪み、一行の姿が夜闇に溶け込む。亡命兵士たちの証言は驚くほど正確だった。シュタインベックの守備兵たちは、まさか敵国の王族が自らの喉元まで忍び寄っているとは夢にも思わず、退屈そうにあくびを噛み殺している。
一行は影のように廊下を抜け、冷気が立ち込める地下牢へと足を踏み入れた。 最深部の独房。鉄格子の向こうで、やつれた男が床に座り込んでいた。シュタインベック王、ユルゲンである。
ウェンディが結界を解くと、虚無から突如として現れた一行に、ユルゲン王は弾かれたように立ち上がった。
「お、お前たち……どこから現れた!」 「陛下、お静かに。見張りに気づかれます」 アーサーが低く、だが威厳のある声で制した。「我々は陛下の救出のため、ダベンポートから参りました」
ユルゲンの瞳に、疑念と警戒の色が走る。 「敵国が……なぜ儂を救出する。外へ連れ出し、衆人環視の中で処刑するつもりか?」 「いいえ、陛下、先の諍いで、シュタインベックの多くの兵が我が国へ亡命しました。彼らは今も陛下への忠誠を失わず、救出を望んだのです。私たちはその願いを汲み、今日ここへお迎えに上がりました」 「……俄かには信じがたい」
ユルゲン王の呟きに、アーサーは真っ直ぐに視線を合わせた。 「ダベンポートとしても、陛下をお守りすることで、暴走する貴国の軍部を討つ正当な大義を得たいのです。陛下を支持する民は多く、軍部の暴政に耐えかねている者も少なくありません」 「民を……救うことになるというのか」 ユルゲン王はしばらくの間、虚空を見つめていたが、やがて短く息を吐き出した。 「相分かった。民のためになるのであれば、同行しよう」
「アマンダ、頼む!」 アーサーの合図とともに、アマンダが前に出た。彼女の手の甲にある黄金の紋章が、女神の加護を受けて眩いばかりに輝き出す。ウェンディから託された魔力と、自らの精神を極限まで集中させ、彼女はキャリントンシティの公爵邸を――教え込まれた座標を強烈にイメージした。
「……転移!」
衝撃波すら置き去りにする速度で、地下牢の風景が掻き消えた。 次の瞬間、一行の足元にあった冷たい石畳は、ふかふかとした深紅の絨毯へと変わっていた。
キャリントンシティ、公爵邸の広間。 そこには、帰還を待ちわびていた公爵が控えていた。彼は呆然とするユルゲン王に対し、深々と頭を下げて礼を尽くした。 「長旅、お疲れ様でございました、ユルゲン陛下。ここは安全です。粗末な館ではございますが、まずは心ゆくまでお寛ぎください」
「成功……したのね……、やっと私も役に立てた……」 その声は、消え入りそうに細かった。 アマンダは魔力を一滴残らず使い切り、無事に全員を運び終えた安堵からか、糸が切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。
「アマンダ!」 アーサーが咄嗟にその身体を抱き止める。気を失った彼女の寝顔は、大きな成し遂げた誇らしさに満ちているようであった。




