神託の紋章
そう切り出したのは、これまで静かに推移を見守っていたアマンダだった。彼女の提案に、ウェンディが目を見開く。
「アマンダ、それって……」 「ええ。私の体に、あらかじめウェンディの魔力を半分預かっておくの。行きはウェンディ自前の魔力で結界を維持し、帰りの転移魔法の時に、私が預かっていた魔力を一気にあなたに流し込む。これなら、王を連れての長距離転移も安定するはずよ」
効率的で、論理的な解決策だった。しかし、それを聞いたアーサーの表情が険しく歪む。
「……却下だ。その案は認められない」
「どうして? これが一番確実な方法よ、アーサー」 食い下がるアマンダを、アーサーは射抜くような鋭い視線で制した。
「リスクが高すぎる。魔力のやり取りは古の記録にあるだけで実績がない魔法だ」
「でも、今のウェンディの消耗具合を見たでしょう! このままじゃ帰り道で魔力が底を突くわ!」
「だからといって、君を使い捨ての道具にするような真似はさせない!」 アーサーの声が夜の空気を震わせた。 「アマンダ、君は知略に長けているが、時折、自分自身の安全を計算に入れなさすぎる。王を救い出すために、君という代えがたい仲間を失うわけにはいかないんだ。僕は君を失うことに耐えられない。」
アマンダは唇を噛み、反論しようとして言葉を飲み込んだ。アーサーの言葉は王族としての冷徹な判断ではなく、一人の仲間としての、剥き出しの拒絶だったからだ。
「……じゃあ、どうするつもり? 根性論で魔力を増やせとでも言うの?」
「別の道を探す。ウェンディの負担を減らすための触媒か、あるいは潜入経路の再検討だ。……全員で生きて帰る。それがこの作戦の絶対条件だ」
張り詰めた空気の中、ウェンディは二人の間で揺れ動く魔力の残滓を感じながら、自分の手のひらを見つめていた。
二人の激しい議論を背に、ウェンディは一人、訓練場の隅にある古びた女神像の前で膝をついた。自分を信じて命を懸けようとする仲間たちのために、今、自分ができることは何か。
彼女が祈りを捧げるように像に触れると、世界から音が消え、柔らかな白光が視界を包み込んだ。
「……勇気ある娘よ。あなたの献身は届いています」
脳裏に直接響くのは、慈愛に満ちた女神の声だった。ウェンディは震える声で、仲間たちの絆と、直面している限界を伝えた。女神は静かに微笑むような気配を見せ、一つの奇跡を提示する。
「アマンダという娘に、私の加護を一時的に授けましょう。彼女の鋭い知性は、魔力を操る器としても優れています。彼女が『タンク』ではなく、自ら『導き手』となるのです」
光が収まったとき、ウェンディの瞳には確固たる決意が宿っていた。彼女は議論を続けているアーサーとアマンダのもとへ歩み寄った。
「アーサー、アマンダ。女神様から啓示をいただいたわ」
ウェンディの言葉に二人が言葉を失う中、彼女はアマンダの手を取った。 「アマンダに魔力を『預ける』んじゃない。女神様の加護を介して、アマンダ自身が魔法を使えるようにするの。行きは私が隠密を担当し、帰りはアマンダが転移を担当する。これなら負荷は分散されるわ」
アーサーは驚き、アマンダの手を見つめた。そこには、うっすらと黄金色の紋章が浮かび上がっている。女神から授けられた、一時的な魔力の証だった。
「これなら……」アマンダが驚きに目を見開く。「私がただの蓄電池になるんじゃなくて、自分の意志で術を構成できる。拒絶反応のリスクも、女神様の加護があれば抑えられるはずよ」
アーサーはなおも心配そうに眉をひそめていたが、アマンダの力強い眼差しと、ウェンディの清らかな決意に、ついに折れた。
「……分かった。それが女神の意志であり、君たちの覚悟なら、僕はそれを信じよう。だが、アマンダ。無理だと判断したらすぐに中止しろ。いいな?」
「ええ、約束するわ。王を救い、私たち全員で祝杯をあげるのよ」
三人の手が重なった。不可能を可能にする極秘作戦は、神の加護を得て、真の完成へと至ったのだ。




