虹色の包容と、敗走の軍靴
平和な静寂を切り裂くように、国境から「シュタインベック軍侵攻」の急報がダベンポート王国へもたらされた。
アイゼンベルク参謀長率いる侵略軍は、今度こそ勝利を収めるべく、周到な準備を整えていた。国境の川に架かる橋がウェンディの結界魔法によって「敵意ある者の通過」を拒むことを予期し、彼らは巨大な浮橋を運び込み、強引な渡河作戦を敢行したのだ。
しかし、彼らの「計算」は、自然を味方につけた魔女たちの前では無意味だった。王都へと続く街道を進もうとすれば、固い地面が突如として底なしの泥濘へと姿を変える。ようやく抜けたかと思えば、平坦だったはずの地平に急峻な丘陵が立ち塞がる。 「ええい、前回の侵略の時と同じ手か! 土魔法の障害など力押しで進め!」 将軍たちの怒号が飛ぶが、進軍は遅々として進まない。特に、彼らが勝利の鍵と信じて疑わない百門を超える巨大な大砲は、その自重ゆえに泥に沈み、魔法によって施された「防衛的干渉」の前に、ただの鉄の重荷へと成り下がっていた。
結局、キャリントンシティの防衛線にたどり着いたのは、わずか数門の砲に過ぎなかった。 対するダベンポートの守備隊とキャリントン領の兵たちは、慌てる様子もなく防衛陣地を築き、静かにその時を待っていた。
「放てっ! ダベンポートの慢心を焼き尽くせ!」アイゼンベルクの号令と共に、ついに最新兵器『炸裂弾』が火を吹いた。空を切り裂き、死を運ぶはずの鉄塊が放物線を描く。だが、着弾の直前、信じられない光景が侵略軍の目を疑わせた。
空中に、突如として美しい「虹色の膜」が現れたのだ。それはウェンディが展開した、包容の防護結界。激しい殺意を宿した砲弾は、その膜に触れた瞬間、牙を抜かれたように勢いを失った。ポスン、ポトポト……。轟音を立てて炸裂するはずの弾丸は、色鮮やかな光に包まれながら、力なく地面に転がった。一つとして、火を吹くものはない。
「全弾不発だと……? そんな馬鹿なことがあり得るか!」 「火薬はどうした! 信管を確認しろ!」アイゼンベルクが狂ったように叫ぶが、答えは沈黙だった。彼らが誇った最新兵器は、魔女たちの「傷つけない魔法」によって、ただの転がる鉄屑に変えられたのだ。
頼みの綱の炸裂弾が無力化されたことを悟ったシュタインベック軍に、戦慄が走る。その時だった。「――今だ、我らの国と平和を守り抜くぞ!」ダベンポートの陣内から、天を突くような勝鬨が上がった。
その勇壮な響きは、浮足立った侵略軍の背中を押す最後の一撃となった。「化け物だ! 魔女の呪いだ!」シュタインベックの兵士たちは武器を放り出し、統制を失っててんで勝手に敗走を始めた。誇り高き軍隊の姿はどこにもなく、そこにあるのは、女神の慈悲を裏切った報いを受ける、哀れな敗残兵の群れだけであった。
硝煙の匂いすら漂わない戦場の跡地で、アマンダとウェンディは、虹色の光の中に眠る不発弾を静かに見つめていた。 「これでいいのよね、ウェンディ」 「ええ。誰も傷つかずに、平和が守られましたわ」二人の背後では、学園の子供たちが、遠ざかっていく敵軍の背中を、どこか悲しげに、そして安堵した瞳で見送っていた。




