同盟の絆と、忍び寄る軍靴の響き
ダベンポート王国の魔法学園は、いまや国境を越えた平和の象徴となっていた。もう一つの隣国、エスメラルダ王国から留学しているアナスタシア王女も、その平和を享受する一人である。鑑定の魔道具で「桃色」の光を放った彼女の魔力は、決して強くはないが、触れる者を温かくさせる春の陽だまりのような性質を持っていた。
「見て、アーサーおじ様! お花が少しだけ早く咲いたの!」
幼いアナスタシアが、得意げに生活魔法を披露する。彼女を優しく見守るのは、叔父にあたるダベンポートのアーサー王子だ。アナスタシアの魔法の師は「真の魔女」ウェンディ侯爵夫人であり、その心の在り方を説くのはアマンダ王子妃である。「素晴らしいわ、アナスタシア。命を慈しむために力を使う。それが一番大切なことなのよ」アマンダの柔らかな教えは、子供たちの心に深く根付いていた。
そんな穏やかな学園の庭に、二人の人物が足を踏み入れる。エスメラルダ王国へ婿入りした元第二王子チャールズと、その妻ドミニク王女である。ダベンポートとエスメラルダは、平和条約に加え、関税を免除する通商条約を結んでいた。人と情報の激しい往来は両国に繁栄をもたらしていたが、同時に、近隣諸国の不穏な動きもいち早く伝わって来た。
娘の健やかな成長を確かめ、アマンダたちと挨拶を交わした後、チャールズはアーサーを静かな場所へ連れ出した。その表情には、かつての屈折した王子の面影はなく、一国の重責を担う男の厳粛さが宿っている。
「アーサー、シュタインベックに気をつけろ」
チャールズの低い声が、学園の笑い声を裂いた。 「……やはり、にいさんもそう耳にしているのですか」 「ああ。彼の国では軍部が暴走し、『ダベンポートに一泡吹かせてやれ』と民衆を扇動する勢力が力を増している。賠償金を免除された恩義すら、彼らは『弱腰の証明』と受け取っているようだ。努々(ゆめゆめ)油断しないように」
チャールズの警告に、アーサーは静かに頷いた。その瞳には、平和を愛する心と共に、国を守る王族としての鋭い光が宿っている。
「ありがとう、にいさん。こちらの情報網からも、彼らが秘密裏に戦争を準備しているという話は届いているんだ。新型の砲弾を開発しているとか……」 「砲弾か。魔法をただの破壊兵器としか考えられぬ彼ららしい発想だな。やつらのことだから、数だけは揃えているだろう」 「ええ。また何か新しい情報が耳に入ったら、ぜひ教えて欲しい。僕たちは二度と、この子供たちの笑顔が消えるような世界に戻したくないんだ」
二人の王子の視線の先では、アナスタシアがアマンダに教わったばかりの倫理を口ずさみながら、楽しそうに洗濯の魔法を練習していた。シュタインベック軍が誇示する『炸裂弾』がいかに無機質で虚しいものか。それを証明する日は、刻一刻と近づいていた。




