新しい時代の幕開け
この物語は「伯爵令嬢アマンダと魔力を得た侯爵令嬢ウェンディ 〜失われた魔法を取り戻すための物語〜」
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の続編にあたります。第一部からお読みいただくとわかりやすいかと思います。
尚この物語は完結まで執筆済ですので安心してお読みください。
シュタインベック王国の王城に、軍靴の音が無機質に響き渡る。 かつて女神の慈悲により破産を免れたこの国で、いま、最も忌むべき裏切りが産声を上げていた。
「——たった一時の撤退に過ぎない。それを、軍に諮ることもなく相互不可侵条約を結んでしまうとは。わが国の王家は、よほどの腰抜けと見える」
作戦会議室の分厚い扉の向こうで、冷笑を浮かべた男が吐き捨てた。カール=ヴィルヘルム・アイゼンベルク参謀長。その鋭い眼光は、平和への祈りではなく、次なる侵略の炎を宿している。
数ヶ月前、魔女ウェンディという圧倒的な存在の前に、シュタインベック軍はキャリントン領の兵とすらまともに戦うことすら叶わず、這々の体で撤退を余儀なくされた。それを重く見た先代の王・ユルゲンは、これ以上の犠牲を出さぬよう、ダベンポート王国と不可侵の誓いを交わしたのだ。しかも、女神の導きにより賠償金の請求すら免除されるという、破格の慈悲を受けて。
だが、戦場に立たず後方で面子を汚されたと憤る将軍たちにとって、それは「屈辱」以外の何物でもなかった。賠償金を払わずに済んだという事さえ将軍たちのプライドを傷つけるものだったのだ。
「平和などは、牙を持たぬ者の言い訳に過ぎん。女神の慈悲? 笑わせるな。我らにはこれがある」
アイゼンベルクが卓上に置かれた巨大な鉄塊——新開発された『炸裂弾』の模型を叩いた。 軍部は密かにクーデターを決行。慈悲深いユルゲン王は保護の名のもとに既に光の届かぬ地下牢へと幽閉され、王の従兄弟のシュミット公爵が傀儡として担ぎ上げられ実権は血に飢えた軍部の手に渡っていた。
「間諜の報告によれば、あちらで魔法を使えるのは王子妃アマンダのみ。それも、せいぜい茶を温める程度の微弱な魔力だというではないか」 「真の魔女は別にいるという報告もありましたが?」 「ふん、あれは敗北を正当化するための前線の作り話よ。仮にいたとしても、この新型弾の火力がすべてを焼き尽くす」
彼らは知らない。自分たちが「微弱」と断じた魔力は、次世代へと受け継がれ、さらに澄み渡った力へと進化していることを。 そして、その「微弱」とされた報告自体が、女神が彼らに与えた最後の試練——あるいは、愚か者を見分けるための篩であったことを。
「作戦開始は新月の夜。ダベンポートを火の海に変え、わがシュタインベックの威信を取り戻すのだ!」
将軍たちの咆哮が、暗い城内に木霊する。隣国で、アマンダとウェンディが子供たちと共に、大地に芽吹く小さな命を慈しんでいることなど、彼らの想像には及ばなかった。
ダベンポート国の学園の広場では、子供たちは貴族も平民も同じ白い制服を纏い、等しく机を並べている。かつて魔法が「失われた奇跡」だった時代は終わり、いまやそれは、女神から預かった「壊れやすい宝物」として扱われていた。
「いいですか、皆さん。魔法とは、私たちの願いを自然界に届けるための言葉なのです。無理に命じたり、誰かを傷つけるために使えば、その言葉はたちまち濁り、女神様は再び耳を塞いでしまわれるでしょう」
教壇に立つ教師の言葉を、子供たちは真剣な眼差しで聞き入る。この学園の設立には、アマンダ王子妃の強い願いが込められていた。魔力鑑定の結果にかかわらず全児童を入学させたのは、力を持つ者が持たざる者を虐げず、持たざる者が卑屈にならぬよう、幼い頃から「人としての根幹」を共に見つめさせるためだ。
「さあ、今日は生活魔法の実習です。お洗濯の時間を少しだけ『楽しく』してみましょう」
魔力を持つ子が指を振ると、水槽の中で衣類がダンスを踊るように回り始め、魔力を持たない子は、その動きを効率的に制御する道具の扱いを学ぶ。掃除、洗濯、料理。魔法は「破壊の武器」ではなく、日々の暮らしを彩り、誰かを笑顔にするための「知恵」として教え込まれていた。
そして何より重視されたのが、防御と結界の魔法である。
「自分を守る盾は、誰かを攻撃するための剣よりも、ずっと大きな心、強い心が必要です。怒りに任せて放つ力は、決して美しい結界にはなりません」
「魔力を持つ者は魔力を持たぬ者を守る義務があります。魔力を持たぬ者は魔力を持つ者への感謝を忘れぬように」これはアマンダとウェンディの教育方針でもあった。
アマンダとウェンディが確立したこの教育方針は、子供たちの心に深く根付いていた。彼らにとって、魔法とは隣人と手を取り合うための手段であり、シュタインベックの将軍たちが夢想するような「戦場の主役」などでは断じてなかった。
学園の片隅では、ウェンディの面影を色濃く残す少女と、アマンダのような優しい瞳をした少年が、小さな花の苗に水をやっていた。彼らがそっと手をかざすと、微かな、しかしどこまでも澄んだ魔力の奔流が空気を震わせる。
「見て、少しだけ蕾が膨らんだよ」 「うん。女神様も喜んでくれてるみたい」
この純粋な祈りの結晶が、やがて隣国から飛来する無機質な鉄塊——「炸裂弾」を迎え撃つことになるとは、まだ誰も知らない。ただ、この国に流れる穏やかな時間は、どのような暴力をもってしても決して汚すことのできない、不可視の強靭な意志に守られていた。




