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『当宿は健全です(※だいたい誤解)』  作者: 白百合 静


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7/11

健全な個室利用(※人数が問題)

 白百合亭の女将は、決断が早い。


 そして、その決断はだいたい一行の張り紙として現れる。


『本日より個室利用の健全運用を強化します』


 俺は貼り紙を見て、静かに悟った。


「……人数だな」


 横に立つリネットが頷く。


「はい。人数です」


 即答だった。



 女将が食堂に現れ、ぱん、と手を叩いた。


「はい皆さーん。最近ね、“個室”って言葉が独り歩きしてるの」


 独り歩きしてるのは、言葉じゃない。


「だから今日は、個室利用の基準を明確にするわよ〜」


 嫌な予感が、確信に変わる。



 女将は黒板を出した。


 なぜこの宿には、必要なときに必ず黒板があるのか。


「まず前提」


 チョークが走る。


《個室=健全》


「これは揺るがないわ」


 揺らいでるのは空気だ。



「問題は」


 女将は続ける。


「人数」


 黒板に書き足される。


1名:健全

2名:要説明

3名以上:説明会


「説明会?」


 中年客が首を傾げる。


「そう。誤解を未然に防ぐの」


 未然に増えてる気がする。



 壁越し客が腕を組む。


「じゃあ、仮に……」


 嫌な前置きだ。


「この人(俺)と、従業員さんが個室にいたら?」


 食堂の視線が一斉に集まる。


「何もしてない!」


 女将はにこやかに答えた。


「要説明ね」


 即アウト判定。



 リネットが補足する。


「業務であれば健全です」


「“業務”って言えば全部通るの?」


「はい」


 制度が甘すぎる。



 女将は楽しそうに続ける。


「じゃあ、具体例いくわよ〜」


 黒板に事例。


・客+従業員(1対1)

・客+客(同性)

・客+客(異性)

・客+従業員+女将


「最後、何?」


 女将は笑顔で言った。


「女将がいれば健全」


 権限が強すぎる。



 若い女性客が手を挙げる。


「じゃあ……女将さんと、この人と、私で個室は?」


 全員、固まる。


 女将は即答。


「説明会案件」


「なぜ!」


「女将が入っても、人数が三人だから」


 数字に厳しい。



 中年客が言う。


「じゃあ二人は?」


「要説明」


「一人は?」


「健全」


「じゃあ説明って何だ?」


 女将は胸を張る。


「説明は安心を生むの」


 誰に?



 そこで、実地検証が始まった。


「百聞は一見にしかず、よ」


 女将が言う。


「アレン。ちょっと来なさい」


 来た。



 案内されたのは、空き個室。


 中には、テーブルと椅子が二脚。


 以上。


 本当に何もない。


 女将と俺、二人きり。


「はい。現状」


 女将が言う。


「2名・個室」


「要説明ですね」


「そう」


 女将は扉を少し開け、廊下に向かって言った。


「今からアレンと私は、帳簿の確認をします!」


 声がでかい。


 リネットがメモを取る。


「業務明示、完了です」


「この声量、必要?」



 次。


 女将が手招き。


「リネットも入りなさい」


「はい」


 三人。


「はい、今は?」


「説明会案件」


 女将は満足そうに頷く。


「じゃあ説明会するわよ」


 部屋の外に向かって叫ぶ。


「今この部屋には三人います! 何も起きません!」


 廊下が静まり返る。


 壁越し客の声。


「……わざわざ言われると」


 若い女性客。


「逆に想像が……」


 だからやめろ。



 女将は腕を組み、総括に入った。


「つまり」


 嫌な予感。


「人数が増えるほど、説明が必要」


「それはまあ……」


「でもね」


 女将は俺を見る。


「説明が増えるほど、誤解も増えるの」


「気づいてるなら止めよう?」


「だから」


 女将は笑った。


「説明は私がやる」


 最悪の解決策だ。



 その夜。


 張り紙が更新された。


『個室利用は人数に応じて女将が説明します』


 追記。


『※女将不在時は原則利用不可』


 リネットが小さく言う。


「女将、人気者になりますね」


「俺の自由が減っただけだ」



 廊下の向こうで、女将の声が響く。


「はいはーい! 今から二名で個室入ります! 何もないわよー!」


 誰も聞いてないのに。


 俺は天井を見上げ、深く息を吐いた。


 この宿で一番“個室を騒がせている”のは

 間違いなく、女将だった。


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