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『当宿は健全です(※だいたい誤解)』  作者: 白百合 静


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6/11

健全な差し入れ(※形がアウト)

 白百合亭では、ときどき差し入れ文化が発生する。


 理由は不明だが、だいたい誰かの善意が暴走した結果だ。


 そして今日、その矛先は俺だった。



 朝。

 廊下でリネットに呼び止められる。


「アレンさん、本日はいくつか差し入れが届いています」


「……俺宛て?」


「はい。固定客の皆さまから」


 嫌な予感しかしない。



 食堂の一角に、小さな机が置かれていた。

 その上に、布をかけられた物体が三つ。


 なぜ隠す。


 壁越し客が腕を組んで言う。


「別に怪しいものじゃないわ」


 中年客も頷く。


「善意だ、善意」


 若い女性客は、なぜか楽しそうだ。


「開けるところ、見たいです」


 見たいな。



 リネットが前に出る。


「では、健全確認を行います」


「確認って何」


「差し入れが健全かどうかを確認します」


 この宿、何でも健全で判定するな。



 まず、一つ目。


 布が取られる。


 細長い焼き菓子。


「……」


 沈黙。


 俺は慎重に言葉を選ぶ。


「えっと……これは?」


 壁越し客が答える。


「王都名物よ。中はカスタード」


「味の話は聞いてない」


 形が問題だ。


 リネットは真剣な顔でメモを取る。


「形状:細長い。色:健康的。用途:食用」


「用途って何」


「健全です」


 どこが。



 二つ目。


 中年客が布を取る。


 やたら丸みを帯びたパン。


 しかも二つ並んでいる。


「……」


 若い女性客が小さく言う。


「かわいい形ですね」


「別の言い方あるだろ」


 中年客は照れたように咳払い。


「偶然だ。狙ってない」


 絶対嘘だ。


 リネットが近づき、じっと観察する。


「弾力がありますね」


「触るな!」


「新鮮です」


「評価軸が違う!」


 彼女は結論を出す。


「連想は人それぞれ。健全です」


 万能すぎる。



 三つ目。


 若い女性客が、にこにこしながら布を取った。


 桃の形をしたゼリー。


 つやつやしている。


 揺れる。


 なぜ揺れ要素を入れた。


「……これは、アウト寄りじゃ?」


 俺が恐る恐る言うと、

 リネットは首を傾げた。


「果物です」


「形が!」


「自然界に存在します」


「自然界、罪深すぎる!」



 そこへ女将が現れた。


「まあまあ、差し入れは気持ちが大事よ〜」


「気持ちがダダ漏れてます!」


 女将は俺の肩をぽんと叩く。


「人気者ね」


「不本意です」



 問題は、その後だった。


「では」


 リネットが言う。


「健全確認が終わりましたので、試食に移ります」


「待て」


「お一人で食べると誤解が生じます」


「もう誤解しかないだろ!」


「皆さんで食べましょう」


 なぜ共犯にする。



 食堂に、固定客+俺+リネットが円卓で座る。


 机の中央に、例の差し入れ。


 視線が集まる。


 空気が、すでにアウトだ。


「……じゃあ」


 リネットが言う。


「健全に、いただきます」


 いただきますの言い方が無駄に丁寧だ。



 俺は一口、細長い焼き菓子を食べた。


「……うまい」


「でしょう?」


 壁越し客が満足そうに頷く。


 次に、丸いパン。


「……普通にうまい」


「だろ?」


 中年客が誇らしげだ。


 最後に、桃ゼリー。


 ぷるん。


「……甘い」


「ですよね〜」


 若い女性客が嬉しそうに言う。


 味は、全部普通だった。


 味は。



 しかし。


「……見てると」


 壁越し客がぼそっと言う。


「だんだん、別の意味に見えてくるのよね」


「言うな!」


 若い女性客が頷く。


「健全なのに」


「健全なのに、ですね」


 リネットが真面目に同意する。


「健全なのに、誤解が深まる現象ですね」


「研究対象にするな!」



 リネットはメモ帳を閉じ、まとめに入った。


「結論です」


 嫌な予感しかしない。


「差し入れ自体は健全でも、形状が誤解を招く場合があります」


「やっとまともなこと言った」


「ですが」


 来た。


「気持ちを無下にするのは不健全です」


「だから全部受け取ったのか……」


 リネットは俺を見る。


「アレンさんは、健全に受け取り、健全に食べました」


「食べるしかなかった」


「よって」


 彼女は微笑んだ。


「本日は非常に健全でした」


 胃もたれしてるのに?



 その夜。


 廊下に、新しい張り紙が増えていた。


『差し入れは形より気持ちが健全です(※想像は各自で管理)』


 俺は張り紙を見つめ、深くため息をついた。


 その音が、廊下に響く。


 数秒後。


 ノック。


「リネットです。ため息が長めでした」


「もう何も言うな」


「安心してください」


 彼女はいつもの調子で言った。


「差し入れによる精神的動揺も、健全の範囲です」


 この宿に来てから、

 俺の“健全”の定義だけが、日に日に削れていく。

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