健全な差し入れ(※形がアウト)
白百合亭では、ときどき差し入れ文化が発生する。
理由は不明だが、だいたい誰かの善意が暴走した結果だ。
そして今日、その矛先は俺だった。
朝。
廊下でリネットに呼び止められる。
「アレンさん、本日はいくつか差し入れが届いています」
「……俺宛て?」
「はい。固定客の皆さまから」
嫌な予感しかしない。
食堂の一角に、小さな机が置かれていた。
その上に、布をかけられた物体が三つ。
なぜ隠す。
壁越し客が腕を組んで言う。
「別に怪しいものじゃないわ」
中年客も頷く。
「善意だ、善意」
若い女性客は、なぜか楽しそうだ。
「開けるところ、見たいです」
見たいな。
リネットが前に出る。
「では、健全確認を行います」
「確認って何」
「差し入れが健全かどうかを確認します」
この宿、何でも健全で判定するな。
まず、一つ目。
布が取られる。
細長い焼き菓子。
「……」
沈黙。
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……これは?」
壁越し客が答える。
「王都名物よ。中はカスタード」
「味の話は聞いてない」
形が問題だ。
リネットは真剣な顔でメモを取る。
「形状:細長い。色:健康的。用途:食用」
「用途って何」
「健全です」
どこが。
二つ目。
中年客が布を取る。
やたら丸みを帯びたパン。
しかも二つ並んでいる。
「……」
若い女性客が小さく言う。
「かわいい形ですね」
「別の言い方あるだろ」
中年客は照れたように咳払い。
「偶然だ。狙ってない」
絶対嘘だ。
リネットが近づき、じっと観察する。
「弾力がありますね」
「触るな!」
「新鮮です」
「評価軸が違う!」
彼女は結論を出す。
「連想は人それぞれ。健全です」
万能すぎる。
三つ目。
若い女性客が、にこにこしながら布を取った。
桃の形をしたゼリー。
つやつやしている。
揺れる。
なぜ揺れ要素を入れた。
「……これは、アウト寄りじゃ?」
俺が恐る恐る言うと、
リネットは首を傾げた。
「果物です」
「形が!」
「自然界に存在します」
「自然界、罪深すぎる!」
そこへ女将が現れた。
「まあまあ、差し入れは気持ちが大事よ〜」
「気持ちがダダ漏れてます!」
女将は俺の肩をぽんと叩く。
「人気者ね」
「不本意です」
問題は、その後だった。
「では」
リネットが言う。
「健全確認が終わりましたので、試食に移ります」
「待て」
「お一人で食べると誤解が生じます」
「もう誤解しかないだろ!」
「皆さんで食べましょう」
なぜ共犯にする。
食堂に、固定客+俺+リネットが円卓で座る。
机の中央に、例の差し入れ。
視線が集まる。
空気が、すでにアウトだ。
「……じゃあ」
リネットが言う。
「健全に、いただきます」
いただきますの言い方が無駄に丁寧だ。
俺は一口、細長い焼き菓子を食べた。
「……うまい」
「でしょう?」
壁越し客が満足そうに頷く。
次に、丸いパン。
「……普通にうまい」
「だろ?」
中年客が誇らしげだ。
最後に、桃ゼリー。
ぷるん。
「……甘い」
「ですよね〜」
若い女性客が嬉しそうに言う。
味は、全部普通だった。
味は。
しかし。
「……見てると」
壁越し客がぼそっと言う。
「だんだん、別の意味に見えてくるのよね」
「言うな!」
若い女性客が頷く。
「健全なのに」
「健全なのに、ですね」
リネットが真面目に同意する。
「健全なのに、誤解が深まる現象ですね」
「研究対象にするな!」
リネットはメモ帳を閉じ、まとめに入った。
「結論です」
嫌な予感しかしない。
「差し入れ自体は健全でも、形状が誤解を招く場合があります」
「やっとまともなこと言った」
「ですが」
来た。
「気持ちを無下にするのは不健全です」
「だから全部受け取ったのか……」
リネットは俺を見る。
「アレンさんは、健全に受け取り、健全に食べました」
「食べるしかなかった」
「よって」
彼女は微笑んだ。
「本日は非常に健全でした」
胃もたれしてるのに?
その夜。
廊下に、新しい張り紙が増えていた。
『差し入れは形より気持ちが健全です(※想像は各自で管理)』
俺は張り紙を見つめ、深くため息をついた。
その音が、廊下に響く。
数秒後。
ノック。
「リネットです。ため息が長めでした」
「もう何も言うな」
「安心してください」
彼女はいつもの調子で言った。
「差し入れによる精神的動揺も、健全の範囲です」
この宿に来てから、
俺の“健全”の定義だけが、日に日に削れていく。




