当宿は健全です(※動物と食べ物に例えただけ)
白百合亭では、ついに例え話が危険物に指定された。
比喩だ。
説明のための、便利なやつ。
ただし、
動物か食べ物を使った瞬間、
空気が一段階、跳ねる。
「本日の焼き魚です」
リネットが言う。
「皮がぱりっとして、中は」
止まる。
全員が、続きを待っている。
「……ふっくら」
安全な言葉だ。
なのに。
「……猫みたいに?」
若い女性客が、何気なく言う。
その場の温度が、二度下がる。
「……魚です」
「ええ、例え」
例えが問題なんだ。
女将が、遠くから言う。
「動物に例えると、伝わりやすいのよ」
その助言が、火に油だ。
「このパンは、小鳥みたいに軽い」
……。
「スープは、子牛のようにまろやか」
………。
「デザートは、蜂蜜みたいに甘い」
それは、食べ物だ。
だが、甘いの比喩が増えすぎる。
俺は、なるべく黙っていた。
だが、聞かれた。
「この煮込み、どうです?」
「……」
正直に言う。
「亀みたいに、じっくり」
言った瞬間、後悔した。
「……じっくり」
壁越し客が、繰り返す。
「時間をかけて、ですよね」
「はい!」
即答したのに、
空気は戻らない。
団体客が入ってくる。
比喩が、増殖する。
「この肉、鹿みたいにあっさり」
「このソース、熊みたいに濃い」
「このサラダ、草食っぽい」
草食っぽいとは。
女将が、黒板を出した。
もう、恒例だ。
《本日使用注意 比喩》
・猫
・小鳥
・子牛
・蜂蜜
・亀
・鹿
・熊
「全部、無罪」
先に言うな。
「ただし」
来た。
「組み合わせると、意味が増える」
増やすな。
事件は、デザートで起きた。
プリンが運ばれる。
「なめらかです」
リネットが言う。
「……ひよこみたい」
誰だ。
言ったのは、
中年客だった。
「色と、感じが」
補足が、致命的だ。
若い女性客が、無邪気に言う。
「スプーン、くちばしみたいですね」
それは、形の話だ。
形の話なのに。
「……やめましょう」
俺は、初めて制止した。
女将が、手を叩く。
「はい、比喩終了!」
「終了!?」
「今日は事実だけで話しましょう」
それができれば、最初からやっている。
結果。
会話が、極端に硬くなる。
「この料理は……」
「……調理されています」
「……食べられます」
逆に怪しい。
食後。
張り紙が増えていた。
『当宿の比喩は健全です』
追記
『※動物・食べ物に深い意味はありません』
俺は、ため息をついた。
(例え話ができない宿って、何だ)
白百合亭は、今日も健全だ。
猫に似ていただけ。
蜂蜜みたいだっただけ。
亀の話をしただけ。
……それだけなのに、
一番暴れたのは、想像力の連想ゲームだった。




