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『当宿は健全です(※だいたい誤解)』  作者: 白百合 静


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26/28

当宿は健全です(※言葉が二重に聞こえるだけ)

 白百合亭では、言い方が問題になる。


 意味ではない。

 聞こえ方だ。


 言った本人の意図と、

 聞いた側の想像が、

 だいたい別の方向へ伸びる。



「本日のおすすめ、ありますか?」


 若い女性客が聞いた。


「あります」


 女将が即答する。


「今日は、よく染みます」


 ……。


 沈黙。


「……何が?」


「味が」


 補足が遅い。



 食堂はピーク前。


 まだ人は少ないが、

 言葉が静かに跳ね返る時間帯だ。


 リネットが配膳しながら言う。


「こちら、奥までしっかり通ります」


 ……。


 壁越し客が、顔を上げる。


「通る?」


「スープが」


 主語を先に言ってくれ。



 俺は、なるべく黙っていた。


 だが、黙っていても危険だ。


「アレンさん」


 中年客が声をかける。


「これ、どのくらい持ちます?」


 質問は健全だ。


 保存の話だ。


「冷蔵なら、明日まで」


 正解のはずだった。


「……冷やすと、持つ」


 誰も言ってない補足が、

 空気に浮かぶ。


 女将が、にこっと笑う。


「人によるわね」


 人の話じゃない。



 リネットが、水を注ぐ。


 グラスに、ちょうどいい量。


「このくらいで、足りますか?」


 足りるかどうかの話だ。


「十分です」


 俺が答える。


「十分……」


 若い女性客が、なぜか繰り返す。


 繰り返すな。



 言葉は、連鎖する。


「少し、詰めてもらえます?」


 席の話だ。


「はい、寄せますね」


 椅子の話だ。


「……寄せる」


 誰かが、小さく言う。


 誰だ。



 女将が黒板を出す。


 嫌な予感しかしない。


《本日の健全ワード》

・染みる

・通る

・持つ

・足りる

・寄せる


「全部、料理用語よ」


 知ってる。


「でも、聞こえ方は自由」


 自由にするな。



 実演が始まる。


「このパン、割りやすいですね」


「ええ、中が柔らかいから」


 正しい。


 正しいのに


「……言い換えなくていい?」


 壁越し客が言う。


「何をですか」


「全部」



 団体客が入ってくる。


 言葉が増える。


 意味が増える。


「ここ、空いてます?」


「今、ちょうど空きました」


 椅子の話だ。


 誰もがわかっている。


 だが、

 わかっているのに、言葉が先に走る。



 俺は耐えきれず言った。


「……全部、普通の意味ですよね」


 女将が、即答する。


「もちろん」


 そして、こう付け足す。


「だからこそ、ややこしいの」


 身も蓋もない。



 食後。


 張り紙が増えていた。


『当宿の言葉は健全です』

追記

『※意味は一つですが、受け取り方は複数あります』


 俺は天井を見上げた。


(もう、形容詞を禁止した方がいい)



 白百合亭は、今日も健全だ。


 言ったのは、

 料理の話。

 席の話。

 量の話。


 ……それだけなのに、

 一番暴れたのは、言葉の裏側だった。


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