食堂は健全です(※果物の皮と汁が誤解を育てる)
白百合亭の朝食に、果物が出ることは珍しくない。
りんご。
柑橘。
季節の果物。
どれも、健康的で健全だ。
問題は、扱い方だった。
「本日はデザートに果物がつきます」
リネットが言う。
その言い方は、普通だった。
だが、
皿に盛られた果物を見た瞬間、
食堂の空気が一段階だけ湿る。
柑橘は、皮付き。
切れ目が入っている。
むけと言わんばかりの状態で置かれている。
「……親切ですね」
俺が言うと、
「そうですね」
若い女性客が答えた。
会話は、それで終わり。
終わったはずだった。
皮に、指をかける。
少し力を入れる。
ぺり。
音が、静かに響く。
皮が、ゆっくり外れる。
中身が、見える。
「……」
「……」
誰も何も言わない。
言わないが、
全員、見てはいけないものを見た顔をしている。
「果物は、皮をむくものよ」
女将が、遠くから言う。
正論だ。
正論なのに、
今はなぜか助けにならない。
果肉を分ける。
指に、少し汁がつく。
透明で、
ほんのり甘い香り。
「……手、濡れました?」
壁越し客が聞く。
「汁です」
「でしょうね」
“でしょうね”が余計だ。
リネットが、布巾を差し出す。
「お使いください」
近い。
指と指が、
触れていないのに近い。
布巾が、
果汁を吸う。
じわっと、色が広がる。
誰かが、小さく息を吸った。
「……果物って」
中年客が、ぽつりと言う。
「切るより、むく方が想像力を使うよな」
使うな。
女将が、ゆっくり頷く。
「皮って、そういうものよ」
どういうものだ。
次は、種だった。
果肉の中央。
小さくて、硬い。
スプーンで外す。
こと。
皿に落ちる音。
「……今の音」
「種です」
「わかってる」
わかってるのに、
言葉にする必要はなかった。
若い女性客が言う。
「……種、意外と大きいですね」
「品種です」
俺は事実を述べただけだ。
「品種……」
壁越し客が、
なぜか繰り返す。
繰り返すな。
果肉を口に運ぶ。
汁が、少し垂れる。
急いで拭く。
布巾が、また湿る。
「……忙しいですね」
若い女性客が言う。
「果物は、そういうものです」
正しい。
だが今は、
正しさが空気を悪化させている。
ピークが来る。
団体客が、同じ果物を手に取る。
同時に、皮をむく音。
ぺり、ぺり、ぺり。
音が、重なる。
汁が、飛ぶ。
布巾が、足りなくなる。
「……ちょっと」
女将が手を叩く。
「果物、今日はここまで!」
なぜだ。
「想像が追いついてない」
追いつかなくていい。
食後。
張り紙が増えていた。
『果物は健全です』
追記
『※皮・種・汁に深い意味はありません』
俺は、席を立ちながら思った。
(皮をむくだけで、
ここまで疲れるとは)
白百合亭の朝食は、今日も健全だ。
果物を食べただけ。
手が濡れただけ。
種を外しただけ。
……それだけなのに、
一番消耗したのは、周囲の想像力だった。




