食堂は健全です(※手とプリンが悪い)
白百合亭の食堂は、今日も健全だった。
少なくとも、メニューを見る限りは。
「本日のデザートは、手作りプリンです」
リネットが言う。
ただそれだけの一言で、
なぜか食堂の空気が一段階だけ柔らかくなった。
ピークタイム。
席は満席。
通路は狭い。
肘と肘の距離が、やたら近い。
触れてはいない。
触れてはいないが
手の存在感が強い。
配膳が始まる。
リネットが、プリンを置く。
ことん。
俺の前。
次に、若い女性客の前。
ことん。
同時だった。
「……」
「……」
女将が奥から言う。
「揃ったわね」
「揃っただけです!」
プリンは、見た目からして柔らかい。
表面が、わずかに揺れる。
スプーンが置かれる。
金属音。
俺は、無意識にスプーンを持った。
指先が、やけに意識される。
「……手、綺麗ですね」
若い女性客が、ぽつり。
「え?」
「スプーンの持ち方」
なぜそこを見る。
「普通です」
「普通すぎて、逆に目立ちます」
意味がわからない。
壁越し客が腕を組む。
「プリンってさ」
嫌な前振り。
「触らないのに、柔らかさが伝わる食べ物よね」
全員、黙る。
女将が、ゆっくり頷く。
「わかるわ」
わかるな。
スプーンを入れる。
すっ。
抵抗が、少ない。
プリンが、少しだけ形を変える。
誰かが、息を飲む音。
「……今の」
「食べただけです!」
「わかってるけど」
壁越し客が続ける。
「手首の角度が丁寧すぎた」
手首に罪を着せるな。
リネットが、おかわりの確認に来る。
「プリン、いかがですか?」
近い。
声が近い。
視線が、
俺の手とスプーンの間に落ちる。
「……もう一つ、いけます?」
中年客が言う。
言い方が、よくない。
「はい、少々お待ちください」
リネットが戻る。
その後ろ姿。
肩の動きが、やけにしっかりしている。
誰も言わない。
だが、
全員が「今、何を見たか」を共有している。
女将が、空気を察して言う。
「プリンは健全よ」
「知ってます!」
「手作りなだけ」
その補足が、いらない。
おかわりが来る。
今度は、皿が一つ多い。
「サービスです」
リネットが言う。
指が皿の縁にかかる。
ほんの一瞬。
だが、
その一瞬で想像が三歩進む。
「……指、長いですね」
誰だ、言ったのは。
「業務上です」
リネットが真顔で返す。
「何の業務だ」
誰も突っ込まない。
ピークが去る。
人が減る。
食堂が静かになる。
プリンも、なくなる。
何も残っていない。
はずなのに。
食後、張り紙が増えていた。
『食堂のデザートは健全です』
追記
『※柔らかさ・手つき・角度に意味はありません』
俺は、ため息をついた。
(もう何を食べてもダメだな)
白百合亭の食堂は、今日も健全だ。
プリンを食べただけ。
手を動かしただけ。
……それだけなのに、
一番疲れたのは、想像力だった。




