“使っていない”はずの共有スペースで起きた事故
白百合亭に泊まって、もう一つ学んだことがある。
“共有”と書かれた場所は、だいたい事故る。
「本日は“共有ラウンジ”が使えますよ」
チェックイン時、女将が軽く言った。
「今まで工事中だったので」
「……共有、ですか」
嫌な予感しかしない。
「安心して。健全な場所よ」
その“健全”、信用してない。
夜。
ラウンジに入ると、すでに数人いた。
・壁越し客
・若い女性客
・中年客
全員、距離が微妙。
椅子と椅子の間が、やたら近い。
「……配置、攻めてません?」
「人数が多かったので」
リネットが答える。
多くない。
俺は空いている席に座った。
ぎしっ。
なぜこの音は、
ここでも鳴るのか。
「……今の」
若い女性客が見る。
「椅子です」
「共有ラウンジで?」
「共有だから鳴るんですか?」
理屈が崩れている。
そこへ、さらに客が入ってくる。
「すみません、ここ座っていいですか?」
年配の女性客。
「どうぞ」
と言う前に、
椅子が足りない。
「……詰めます?」
詰めるな。
結果。
全員、距離が近い。
肘が触れそう。
触れてない。
でも、近い。
「……共有って、こうでしたっけ」
中年客が言う。
「こう、ですね」
リネットが真顔で頷く。
「距離を共有しています」
共有するな。
問題は、照明だった。
ラウンジの明かりが、
なぜか少し暗い。
「雰囲気ありますね」
若い女性客が言う。
「ありますね」
俺は同意しただけだ。
「……雰囲気、って」
壁越し客が腕を組む。
「何の雰囲気?」
「ただの照明です!」
説明が、遅い。
女将が奥から声をかける。
「明かり、落ち着くでしょ?」
「落ち着きすぎです!」
「共有ラウンジだから」
理由になってない。
そこで、事件が起きた。
誰かが立ち上がろうとして、
テーブルに膝をぶつけた。
がたん。
飲み物が揺れる。
「危ない!」
俺が手を伸ばす。
同時に、三人も手を伸ばす。
手は触れていない。
触れていないが、
空中で止まった手が重なる。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
暗い照明。
近い距離。
最悪の絵面。
女将が、ぽつりと言う。
「……使ってないのに、盛り上がってるわね」
「盛り上がってません!」
「全員、手が宙で止まってるわよ」
止まるしかなかったんだ。
リネットが慌てて言う。
「事故です! 健全な事故!」
「事故に健全つけるな!」
結局。
共有ラウンジは、
十分で閉鎖された。
理由。
『距離の共有が過剰だったため』
そんな理由あるか。
部屋に戻る途中、
若い女性客が小声で言った。
「……何も起きてないのに、疲れましたね」
「一番疲れるやつです」
「ですよね」
なぜか、通じ合う。
翌朝。
新しい張り紙が増えていた。
『共有スペースは健全ですが、長時間の利用はお控えください』
その下に、小さく。
『※距離感は各自で管理』
俺は思った。
(この宿、
“各自で管理”が多すぎる)
白百合亭は今日も健全だ。
共有したのは、
空間と誤解だけ。
……本当に、それだけ。




