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『当宿は健全です(※だいたい誤解)』  作者: 白百合 静


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2/11

「“混浴じゃない”浴場で起きた事故」

 白百合亭に、俺は戻ってきてしまった。


「違う。これは不可抗力だ。依頼の集合場所がここだっただけだ」


 そう、王都北部討伐依頼の集合宿が、たまたま白百合亭だっただけ。

 決して、居心地が悪いのに慣れてしまったわけではない。


 受付の女将は、俺の顔を見るなり、にこやかに言った。


「あら、お帰りなさい」


「泊まった覚えはありますけど、帰宅した覚えはありません」


「今回は浴場が修繕明けなんですよ。おすすめです」


 嫌な単語が二つも入っていた。

 浴場とおすすめ。



 問題の浴場の前には、立派な札が掛かっている。


『当浴場は混浴ではありません』


 ……なぜ、わざわざ否定する?


 中に入ると、確かに脱衣所は分かれていた。


 男湯。

 女湯。


「ほら、健全だ」


 自分に言い聞かせ、湯船に浸かる。


 湯加減はちょうどいい。

 疲れも抜ける。


 その直後。


「きゃっ!?」


 女湯側から、はっきり聞こえる悲鳴。


「!? な、何事!?」


 続いて、慌てた足音。


「ちょっと! 誰ですか! 壁、薄すぎません!?」


 女湯の声が、距離感おかしく聞こえる。


「いや、俺じゃない! 俺は湯に浸かってるだけだ!」


「そういう言い訳、余計怪しいんですけど!」


 何もしていないのに、状況だけがアウトに近づいていく。



 そこへ、浴場係の女性が飛び込んできた。


「すみません! 修繕で“音の通り”が良くなってしまって!」


「良くなる方向、間違ってません?」


「でも! 仕切り自体は“健全”です!」


 そう言って、彼女は壁を叩いた。


 ぺこっ。


「……今、壁、へこみましたよね?」


「木材を節約した結果です!」


 節約するな、そこは。



 騒ぎの最中、なぜか湯船の泡が増え始めた。


「おい、これ……」


「自動泡発生魔道具です! リラックス効果が――」


 ぶくぶくぶく


 視界が完全に遮られる。


「待って! これ、余計に誤解」


「きゃっ!? 泡、そっちに流れてません!?」


「俺のせいじゃない!!」


 完全にカオスだった。



 最終的に。


 浴場は一時閉鎖。

 俺は女将から深々と頭を下げられ、

 女湯側からは「顔、覚えましたからね」と言われ、

 何一つ悪くないのに、精神だけが削れた。


 風呂上がり、廊下で女将が言う。


「当宿、混浴ではありませんでしたでしょう?」


「はい。でも“混乱浴”ではありました」


「次はもっと落ち着いた設備を用意しますね」


 その“次”が来ないことを、俺は切に願った。


 なお、その夜。


 張り紙が一枚増えていた。


『壁越しの会話も健全です(※聞こえるだけ)』


 健全という言葉を、俺はもう信じない。

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