「“混浴じゃない”浴場で起きた事故」
白百合亭に、俺は戻ってきてしまった。
「違う。これは不可抗力だ。依頼の集合場所がここだっただけだ」
そう、王都北部討伐依頼の集合宿が、たまたま白百合亭だっただけ。
決して、居心地が悪いのに慣れてしまったわけではない。
受付の女将は、俺の顔を見るなり、にこやかに言った。
「あら、お帰りなさい」
「泊まった覚えはありますけど、帰宅した覚えはありません」
「今回は浴場が修繕明けなんですよ。おすすめです」
嫌な単語が二つも入っていた。
浴場とおすすめ。
問題の浴場の前には、立派な札が掛かっている。
『当浴場は混浴ではありません』
……なぜ、わざわざ否定する?
中に入ると、確かに脱衣所は分かれていた。
男湯。
女湯。
「ほら、健全だ」
自分に言い聞かせ、湯船に浸かる。
湯加減はちょうどいい。
疲れも抜ける。
その直後。
「きゃっ!?」
女湯側から、はっきり聞こえる悲鳴。
「!? な、何事!?」
続いて、慌てた足音。
「ちょっと! 誰ですか! 壁、薄すぎません!?」
女湯の声が、距離感おかしく聞こえる。
「いや、俺じゃない! 俺は湯に浸かってるだけだ!」
「そういう言い訳、余計怪しいんですけど!」
何もしていないのに、状況だけがアウトに近づいていく。
そこへ、浴場係の女性が飛び込んできた。
「すみません! 修繕で“音の通り”が良くなってしまって!」
「良くなる方向、間違ってません?」
「でも! 仕切り自体は“健全”です!」
そう言って、彼女は壁を叩いた。
ぺこっ。
「……今、壁、へこみましたよね?」
「木材を節約した結果です!」
節約するな、そこは。
騒ぎの最中、なぜか湯船の泡が増え始めた。
「おい、これ……」
「自動泡発生魔道具です! リラックス効果が――」
ぶくぶくぶく
視界が完全に遮られる。
「待って! これ、余計に誤解」
「きゃっ!? 泡、そっちに流れてません!?」
「俺のせいじゃない!!」
完全にカオスだった。
最終的に。
浴場は一時閉鎖。
俺は女将から深々と頭を下げられ、
女湯側からは「顔、覚えましたからね」と言われ、
何一つ悪くないのに、精神だけが削れた。
風呂上がり、廊下で女将が言う。
「当宿、混浴ではありませんでしたでしょう?」
「はい。でも“混乱浴”ではありました」
「次はもっと落ち着いた設備を用意しますね」
その“次”が来ないことを、俺は切に願った。
なお、その夜。
張り紙が一枚増えていた。
『壁越しの会話も健全です(※聞こえるだけ)』
健全という言葉を、俺はもう信じない。




