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『当宿は健全です(※だいたい誤解)』  作者: 白百合 静


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18/28

健全なうなずき(※角度と回数)

 白百合亭では、ついにうなずきが問題になった。


 肯定か否定かではない。

 どの角度で、何回、どの速さでうなずいたかである。


 人類は、首を縦に振る自由を失った。



 朝。


 女将が、静かに言った。


「……今の、うなずき」


 全員、止まる。


「どのですか?」


「今の」


 “今の”多すぎ問題。



 張り紙が追加された。


『うなずきは自然に行いましょう』

追記

『※回数・角度・速度により意味が増えます』


 増やすな。



 朝食会場。


 若い女性客が言う。


「このパン、美味しいですね」


 俺は反射的に、一回うなずく。


 セーフ。


 壁越し客が言う。


「……今のは、同意?」


「そうです!」


「一回は健全ね」


 採点するな。



 問題は、二回目からだった。


 中年客が話を続ける。


「焼き加減がな」


 俺は話を聞いているつもりで、

 小さく、二回うなずいた。


 女将、即。


「はい」


「え、何が?」


「二回は“聞いてる以上”」


「以上って何!?」


「含みよ」


 うなずきに含みを持たせるな。



 リネットが、業務説明を始める。


「本日の清掃は――」


 俺は真面目に聞いて、

 ゆっくり、一定のリズムでうなずく。


 若い女性客が囁く。


「……それ、妙に真剣で」


 壁越し客が続ける。


「逆に色っぽくない?」


「どこが!?」


 女将が頷く。


「リズムが安定しすぎ」


 リズム罪。



 女将は黒板を出した。


 もう驚かない。


《健全うなずき基準》


・1回:肯定(健全)

・2回:強調(含み)

・3回:同意以上(誤解)

・連続:妄想加速

・深く:真剣すぎてアウト

・浅く速い:期待している


「期待って何!?」


 首振るだけで欲望を読むな。



 実地検証。


「アレン、前」


 また俺。


 若い女性客が質問する。


「……私の話、どう思います?」


 俺は答えず、

 一回、深くうなずく。


 女将、即。


「深い」


「考えただけです!」


「考えた時点で深くなる」


 首が裏切る。



 次。


 俺は、浅く速く二回。


 女将、眉を上げる。


「期待してる」


「何を!?」


「続きを」


「話の続きをだ!」


「言い方が危ない」


 首の動きに言い方も何もない。



 昼。


 全体的に、

 うなずきが消える。


 誰も首を縦に振らない。


 結果

 全員、無表情で固まる。


「……誰も反応しないな」


 中年客が言う。


「逆に、冷たいわね」


 壁越し客が腕を組む。


 女将、腕を組み返す。


「反応がないのも含み」


 詰み。



 事件は、廊下で起きた。


 俺とリネットがすれ違う。


 彼女が言う。


「お疲れさまです」


 俺は、無意識に――

 一回、軽くうなずく。


 完全無意識。


 若い女性客の声。


「……今の、自然でしたね」


 女将が見る。


「……」


 沈黙。


 そして一言。


「一番危険」


「なんで!?」


「意識してないから」


 無意識、最大の罪。



 夕方。


 女将が総括する。


「結論」


 来た。


「うなずきは、意思表示じゃなく感情表現」


 全員、ぐったり。


「だから」


 嫌な予感。


「必要な時以外、うなずかない」


 生きづらい。



 夜。


 若い女性客が俺を見る。


「……わかります?」


 俺は、首を振らず、

 言葉で答えようと――


 口を開ける。


 女将の声。


「はい、前回アウト」


「前回も引きずるの!?」


 俺はもう、

 どこを動かせば安全なのかわからない。



 張り紙が更新された。


『うなずきは最小限に』

追記

『※無意識うなずきは要注意』



 白百合亭では、

 首を縦に振るだけで妄想が走る。


 肯定も、

 理解も、

 共感も


 すべてが色気に変換される。


 俺は今日も思う。


(次は……“首の傾げ方”だな。絶対)


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