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『当宿は健全です(※だいたい誤解)』  作者: 白百合 静


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13/13

健全な呼吸(※意識すると負け)

 白百合亭では、ついに呼吸が問題になった。


 誰も提案していない。

 だが、自然発生した。


 原因は

 全員が“気にしすぎた”ことである。



 朝。


 女将が静かに言った。


「……今日は、呼吸が乱れてるわね」


 全員、息を止めた。


「止めなくていいのよ」


 その一言で、

 逆に呼吸がぎこちなくなる。



 張り紙が追加される。


『呼吸は自然に行いましょう』


 追記。


『※意識した時点で不自然です』


 詰んでいる。



 朝食会場。


 パンを取る。

 呼吸する。


 吸う。


 今、吸ったな?


 全員が思った。


 吐く。


 今、吐いたな?


 誰も言わない。


 だが、全員が同じことを考えている。



 若い女性客が、小さく胸を上下させる。


 それに気づいた瞬間、

 全員の視線が集まる。


「……」


「……」


 女将が、即。


「見ない」


 見られたほうが赤くなる。


 見るなと言われると、

 余計に意識する。



 リネットが、お茶を運ぶ。


 歩く。

 止まる。


 呼吸。


 一定。


 完璧すぎる。


 若い女性客が囁く。


「……逆に、作ってません?」


「作ってません」


 リネットが即答する。


「業務呼吸です」


「そんな分類あるの!?」



 中年客が、深く息を吸った。


「……はぁ」


 全員、反応。


 女将が言う。


「それは、ため息?」


 中年客、固まる。


「……呼吸です」


「長かったわね」


「肺活量です」


「含みが出てる」


 含むな。



 廊下。


 俺とリネットがすれ違う。


 距離、適正。

 視線、一瞬。


 そして、

 同時に息を吸った。


 最悪だ。


 壁越し客が角から顔を出す。


「……今、揃ってたわよね」


「偶然です!」


「意識してる時点で、負けね」


 誰が勝敗決めた。



 昼前。


 異変が起きた。


 誰も、深呼吸しなくなった。


 浅い。

 全体的に浅い。


 空気が薄い。


 女将が腕を組む。


「……酸素が足りないわね」


「原因、あなたですよ!」



 そこで、女将は決断した。


「呼吸デモンストレーションを行います」


 やめろ。


 女将は堂々と、

 大きく息を吸い、吐いた。


「ほら」


 全員、釘付け。


「これが健全な呼吸」


 若い女性客が、ぼそっと言う。


「……なんか、色っぽくないですか」


 女将、即。


「言わない」


 圧で黙らせるな。



 リネットが真面目に分析する。


「呼吸は、

 無意識であるほど健全です」


「じゃあどうすればいい」


「考えないことです」


「もう考えてる!」



 夕方。


 疲労がピークに達した。


 誰かが、限界を迎える。


 壁越し客だ。


「……もう、普通に呼吸するわ」


 深く吸って、吐く。


 はぁ……


 空気が、一瞬だけ落ち着く。


 全員、救われた顔になる。



 女将が、静かに言った。


「結論」


 来た。


「呼吸は、管理すると色気が出る」


「管理やめて!」


「だから」


 女将は笑う。


「呼吸は管理しません」


 安堵。


 だが追記。


「ただし、意識してる人はすぐわかる」


 地獄は続く。



 夜。


 廊下で、若い女性客が俺を見る。


「……息、浅くないですか?」


「気のせいです!」


「意識してる」


「してない!」


 後ろから、女将の声。


「はい、そこ」


「?」


「今、負け」


 何の勝負だ。



 張り紙が更新された。


『呼吸は自由です』


 追記。


『※意識したら深呼吸しましょう』


 それが一番意識する。



 白百合亭では、

 息をするだけで、色気が生まれる。


 何もしていない。

 触れてもいない。


 ただ、生きているだけだ。


 俺は今日も思う。


(次は……瞬きあたりが危ないな)


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