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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第二章:フォレストワイバーン討伐

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第七話:エルフの魔力タンク(仮)

 冒険者ギルドのホールは、昼間だというのに薄暗い。埃と酒と汗の匂いが立ち込める独特の空間だ。俺は騒々しい酒場の片隅で、手にしたばかりの銅製ギルドカードを意味もなく指で弾いていた。


「はあ……」


 思わず、本日何度目か分からないため息が漏れる。

 冒険者、Cランク、タカト。

 プレートに刻まれた文字が、やけに重々しく感じられた。スローライフを送るために冒険者になるなど、どう考えても手段と目的が入れ替わっている。


「タカトさん、大丈夫ですか? なんだか元気ないですね」


 向かいの席に座ったリーナが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。彼女の前にはギルドの食堂で注文した『森猪の串焼き』が置かれているが、まだほとんど手をつけていない。ぴょこんと立った犬の耳が、しょんぼりと垂れ下がっているように見えた。


「いや、大丈夫だよ。ちょっと慣れないこと続きで疲れただけさ」

「そうですか……? でも、すごいです、タカトさん! いきなりCランクなんて! 周りの冒険者さんたちが、みんなびっくりしてましたよ!」


 きらきらとした尊敬の眼差しでリーナが言う。やめてくれ、そんな目で見ないでほしい。俺はただ、魔力測定器をうっかり壊してしまっただけの間抜けな男なのだ。

 周囲のテーブルからは、相変わらずひそひそとした話し声と好奇の視線が絶え間なくこちらに送られてくる。


「おい、あれが噂の新人だろ?」

「魔力測定器をぶっ壊したっていう……」

「ああ。だが、スキルは『加工』らしいぜ。とんだ見掛け倒しだ」

「神様も意地の悪いことをするもんだな。あれだけの魔力を与えておきながら、使い道のないスキルを押し付けるなんてよ」


 聞こえよがしに語られる同情と嘲笑。だが、それでいい。むしろ、そう思われている方が俺にとっては都合がいいのだ。『宝の持ち腐れ』『役立たず』。その評価こそが、俺のスローライフを守るための最高の偽装であり、盾になる。

 俺は目の前に置かれたエールらしき飲み物をぐいっと呷った。ぬるくて少し酸っぱい。お世辞にも美味いとは言えなかった。


「リーナも食べないと冷めちまうぞ。せっかくの町なんだから、美味しいもの、たくさん食べないと損だ」

「は、はいっ!」


 俺に促され、リーナはようやく串焼きにかじりついた。もぐもぐと頬張る姿は、小動物のようで微笑ましい。


「おいしいです! 村の干し肉とは、全然違いますね!」

「そうか、それは良かった」


 俺も自分の前に置かれたシチューにスプーンを入れた。野菜がごろごろと入っていて、見た目は悪くない。一口、口に運ぶ。

 ……まあ、こんなものか。塩とよく分からない香草で味付けされた素朴な味だ。決して不味くはないが、俺が作成した、特製の『醤』と『味噌』から作った料理とは比べ物にならない。

 この世界の食文化レベルは、やはりまだ発展途上らしい。これは、俺の『加工』スキルが今後ますます火を噴くことになるな。スローライフを食の面から豊かにしていく。うん、悪くない計画だ。

 そんなことを考えていると、ふと、俺たちのテーブルにすっと影が落ちた。


「少し、よろしいでしょうか」


 凛とした涼やかな声だった。

 顔を上げると、そこに一人の女性が立っていた。


 美しい人だった。


 陽光そのものを束ねたような、きらきらと輝く金色の長髪。陶器のように滑らかな白い肌。そして何より印象的だったのは、その瞳の色だ。深く、澄み渡った、まるで森の泉を思わせるような碧い瞳。長く尖った耳が、彼女がエルフ族であることを示していた。

 彼女は軽装ながらも質の良さそうなローブを身にまとっている。その姿は、この騒々しいギルドの食堂の中で、彼女の周りだけ空気が違うような、一種近寄りがたい雰囲気を放っていた。周囲の冒険者たちも彼女には敬意を払っているのか、遠巻きに見ているだけで誰も声をかけようとはしない。


「……あの、どちら様で?」


 俺が戸惑いながら尋ねると、彼女はかすかに形の良い唇の端を上げた。


「私の名はエリスと申します。Bランクとして、このギルドに席を置いております」


 エリスと名乗った彼女の碧い瞳が、まっすぐに俺の目を見据える。その視線はまるで獲物を分析する研究者のように、冷静で鋭い。


「あなたがタカトさんですね? 先ほど、魔力測定器を破壊されたという」

「は、はあ……まあ、一応……」


 歯切れ悪く答える。やはり、その件か。面倒なことになりそうだという予感が、背筋をぞわりと駆け上がった。


「単刀直入にお伺いします。あの現象はどのようにして引き起こしたのですか? 魔力を過剰に流し込んだ結果、測定器の許容量を超えて崩壊した、というのがギルドの見解のようですが、私は少し違う可能性を考えています」

「はあ……?」


 いきなり専門的な質問を投げかけられ、俺は完全に面食らってしまった。


「あの測定器は高純度の魔鉱石を削り出して作られています。その構造は極めて安定している。単純な魔力過多であれほど綺麗に粉砕されるとは、どうにも考えにくい。まるで内部から破壊されたかのような……」

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなことを言われても、俺にはさっぱり……」


 慌てて彼女の話を遮る。まずい。この人は何か、俺のスキルの本質に近いものに感づいているのかもしれない。


「私はただ、言われた通りに少しだけ魔力を流しただけです。そしたら、なぜかああなってしまって……。弁償しろと言われたらどうしようかと、今もひやひやしているところなんですよ」


 俺はできるだけ情けない感じで、へらりと笑ってみせた。

 するとエリスは、ふむ、と小さく顎に手を当て、探るような目で俺を上から下までじろじろと眺めた。


「……なるほど。あなたご自身は、ご自分の力をあまり自覚されていない、と。そういうことにしておきましょうか」

「いや、ですから、俺は何も……」

「スキルは『加工』だそうですね」


 エリスは俺の言い訳をぴしゃりと遮った。


「ええ、まあ。泥をこねるだけの、外れスキルですよ」


 俺は自嘲気味に言う。これがいつもの殺し文句のはずだった。ここにいる大抵の人間は、これを聞くと同情的な顔をして興味を失ってきた。

 だが、彼女の反応は全く違った。


「外れスキル……。そうですね、一般的にはそう認識されています。効果の低さ、魔力効率の悪さ。戦闘には全く寄与しない、典型的な生産系補助スキル。ですが……」


 彼女の碧い瞳がすうっと細められた。その奥に、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような純粋な好奇心の光がきらりと灯る。


「その『外れスキル』と、測定器を破壊するほどの『莫大な魔力量』。その二つがそろっている。……なんと、興味深い。実に研究意欲をそそられるサンプルです」

「さ、さんぷる……?」


 俺は完全に彼女のペースに飲まれていた。この人は俺のことを人間としてではなく、何か珍しい昆虫か新種の鉱物か、そんなものを見るような目で観察している。


「タカトさん、でしたね」


 エリスはこほんと一つ咳払いをすると、それまでの研究者のような顔つきから、少しだけビジネスライクな表情へと切り替えた。


「実は、あなたにお願いしたいことがあるのです」

「お願い、ですか?」


 嫌な予感しかしない。俺は無意識にじりと椅子を後ろに引いていた。


「ええ。私、現在とあるダンジョンの探索に行き詰まっておりまして。その攻略にぜひ、あなたのお力をお借りしたい」

「いや、無理です!」


 俺は彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに即答していた。食い気味に、全力で首を横に振る。


「だ、だって俺のスキルは『加工』ですよ? 戦闘能力なんて皆無です! ダンジョンなんて魔物がうじゃうじゃいるんですよね? そんなところに行ったら俺、一秒で死にますよ!」

「ええ、存じております。あなたのスキルが直接的な戦闘には、全く役に立たないであろうことは」

「分かってるなら、なぜ……!」

「私があなたに期待しているのは、スキルではありません」


 エリスはきっぱりと言い切った。


「私が借りたいのは、あなたの、その底なしの『魔力』そのものです」

「……は?」


 意味が分からず、俺は間の抜けた声を上げた。


「私の専門は攻撃魔法です。一撃の威力においてはAランクの冒険者にも引けを取らないと自負しております。ですが、私の魔法はその分、魔力の消費が非常に激しい」


 彼女は淡々と自分の能力について説明を始めた。


「今、私が挑んでいるダンジョンは階層が深く、出現する魔物の数も尋常ではありません。私の魔力だけでは最深部に到達する前にガス欠を起こしてしまう。それが今の私の最大の課題です」

「はあ、そうですか……。それは、ご愁傷様です……」


 他人事のように相槌を打つ俺に、エリスはすっと人差し指を突きつけた。


「ですが、もし。もしも私の隣に、無限に近い魔力を供給してくれる『タンク』があったとしたら? 話は全く変わってきます」

「……タンク?」

「ええ。あなたは、いわば歩く超巨大な魔力溜まりです。私にあなたの魔力を少しだけ分けていただきたい。そうすれば私は、魔力残量を一切気にすることなく最大火力の魔法を無限に撃ち続けることができる」


 その提案は、あまりにも突拍子がなかった。

 俺をただの人間バッテリーとして使いたいと、この人はそう言っているのだ。


「……あの、それって俺に、何かメリットが?」

「もちろん報酬は弾みます。ダンジョンで得られたアイテムや金銭的な報酬は、あなたに、そうですね……四割お譲りしましょう。あなたはただ私の後ろについてきて、魔力を供給してくれるだけでいい。危険な戦闘はすべて私が引き受けます」

「四割……」


 悪くない条件なのかもしれない。だが、問題はそこじゃない。


「あの、根本的な話なんですけど、俺は、静かに、平穏に暮らしたいんです。ダンジョンに潜って一攫千金なんてことには、これっぽっちも興味がないんですよ」


 俺は自分のささやかな、しかし何よりも大切な夢を必死に訴えた。

 だがエリスは、そんな俺の言葉を鼻で笑うかのように一蹴した。


「なるほど、平穏に暮らしたい、と。まあ、それはそれで結構です。ですが、タカトさん。本当の平穏とは、圧倒的な力によってもたらされるものなのですよ」


 彼女の碧い瞳が怜悧な光を放つ。


「あなたほどの魔力があれば、いずれ嫌でも面倒事に巻き込まれる。それは避けられない運命です。ならば、いっそのこと誰もが無視できないほどの実績と名声を手に入れてしまった方が、結果的にあなたの望む『静かな暮らし』に早くたどり着けるとは、思いませんか?」

「思いません!」


 俺は再び即答した。なんだ、この人の滅茶苦茶な理論は。火に油を注ぐという言葉を知らないのだろうか。


「とにかく無理なものは無理です! 俺は行きませんから!」


 俺がぷいとそっぽを向くと、エリスは、はあ、とわざとらしい深いため息をついた。


「……困りましたね。これほど話の通じない方だとは」


 話が通じないのはどっちだ。

 俺とエリスの間に険悪な沈黙が流れる。にらみ合う俺たちを、リーナがおろおろと交互に見比べていた。

 やがてエリスは、ふと表情を緩めた。そして作戦を変えたのか、今度は俺の隣に座るリーナに優しく微笑みかけた。


「あなたはリーナさん、でしたね。タカトさんと一緒に旅を?」

「は、はいっ! そうです!」


 突然話を振られたリーナは、びくりと肩を揺らしながらも背筋を伸ばして答えた。


「タカトさんはあなたの、お知り合いか何か?」

「知り合いなんかじゃありません! タカトさんは私の、命の恩人なんです!」


 リーナは胸を張ってきっぱりと言い切った。そして、俺がいかにして彼女をブラックウルフから救い、瀕死の重傷を一瞬で癒したのかを、身振り手振りを交えて熱っぽく語り始めた。


「そうでしたか。それは素晴らしい。やはり、彼は並外れた力をお持ちなのですね」


 エリスは相槌を打ちながらも、その視線はちらりちらりと俺の方に向けられている。

 しまった。リーナは俺の秘密を知る唯一の協力者だが、同時に俺のすごさを誰かに話したくてうずうずしている一面もあるのだ。彼女に俺の自慢話をさせるのは、猫に鰹節を預けるようなものだった。


「それでね、リーナさん。私は、そのあなたの恩人であるタカトさんの素晴らしい力を、もっと世の中の役に立てていただきたいと、そう思っているのです」

「世の中の役に……?」

「ええ。私が探索しているダンジョンは放置すればいずれ魔物が溢れ出し、このルーンヘブンの町に大きな被害をもたらすかもしれない危険な場所。私たちがそれを未然に防ぐことができれば、多くの人々を救うことができるのです」


 ただの自分の知的好奇心と金儲けのためのダンジョン攻略を、さも正義のための戦いであるかのようにすり替えてしまっていた。


 エリスは、冒険者の使命というものを拡大解釈して語る。

 しかし、そこにあるのは、巧みな論点のすり替えに思えた。

 確かに俺はこの世界のダンジョンや冒険者のことを詳しくは知らないけれど。


 ただ、それでも少し考えるだけでわかるには、もしエリスの話が全て、そうだというならば、エリスだけがダンジョン攻略をすればいい、という話にはならないはずであり…。

 そもそも、それを防ぐために冒険者ギルドがあるに決まっている。


 つまりは嘘ではないが、真実も言っていない。

 巧みな話術。


 なんと、口が上手い人だろう。


 ある意味で、このエリスという人物の頭の良さが伺えた。


「そうなんですか……! それは、大変です!」


 案の定、純粋なリーナはエリスの話を鵜呑みにしてしまっている。


「ですが、私一人の力ではどうにもならない。どうかリーナさんからもタカトさんを説得していただけませんか? あなたの恩人の力はこんな辺境で、芋を育てて燻っているべきものではないはずです」

「い、芋……」


 俺のささやかな幸せが全否定された。


「……タカトさん」


 リーナが、キラキラとした期待に満ちた目で俺を見上げてきた。


「エリスさんの、お手伝い、してあげましょうよ! タカトさんならきっと、どんなダンジョンだってへっちゃらです! それに、たくさんの人を助けられるんですよ!」


 ああ、外堀を埋められてしまった。

 内なる協力者まで敵に回ってしまっては、もう勝ち目はない。


「…………はあ」


 俺は天を仰ぎ、今日一番深くて長いため息をついた。

 もうどうにでもなれという気分だった。


「……分かりましたよ。行けばいいんでしょ。行けば」

「まあ!本当ですか!?」


 俺が観念してそう言うと、エリスはの美しい顔が、ご満悦という表情を浮かべていた。

 もっといえば、そこにあるのは、してやったりという満足げな笑み。


「やったあ! さすがです、タカトさん!」


 リーナも自分のことのように手を叩いて喜んでいる。

 俺だけが、どんよりと黒い雲が垂れ込めたような暗い気持ちだった。


「ただし! いくつか条件があります」


 俺はせめてもの抵抗として、エリスに釘を刺すことにした。


「まず、俺は後方で魔力を供給するだけです。絶対に前に出ません。魔物との戦闘はすべてあなた一人でお願いします」

「ええ、もちろん。お約束します」

「それから、少しでも危険だと感じたら俺はすぐに撤退します。あなたのことを見捨ててでも逃げますからね」

「結構です。その判断はあなたにお任せします」

「あと、報酬は四割じゃなくて五割。折半でお願いします。危険手当みたいなものです」

「……ふふ。分かりました。いいでしょう。五割、お支払いします」


 エリスは俺の条件をいともあっさりと全て呑んだ。その余裕の態度が、なんだか無性に腹立たしい。


「では、交渉成立ですね。出発は明日の早朝。ギルドの門の前でお待ちしております。遅刻は厳禁ですよ」


 彼女はそう一方的に告げるとすっと立ち上がり、優雅に一礼してさっさとその場を立ち去ってしまった。

 まるで嵐が過ぎ去ったかのようだった。


「よかったですね、タカトさん! 冒険者として初めてのお仕事ですね!」


 リーナが無邪気に笑いかける。

 俺はそんな彼女に力なく笑い返すことしかできなかった。


 冒険者登録初日にして、いきなりBランク冒険者とのダンジョン探索。

 俺が心の底から望んでいた、静かで穏やかなスローライフは一体どこへ行ってしまったのだろうか。

 ぬるいエールの残りを一気に飲み干しながら、俺は明日からの波乱に満ちたであろう未来を思い、ただただ頭を抱えるのだった。

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