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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第一章:異世界への転生

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第四話:異世界の食卓

 ふかふかのベッドの上で目を覚ます、という経験が、これほどまでに幸福なものだとは知らなかった。

 俺が昨日、植物の繊維を『加工』して作った即席ベッドは、前世で使っていた安物のスプリングマットレスとは比べ物にならないくらい、優しく体を支えてくれる。窓から差し込む朝の光が、室内に木の香りを満たしていた。小鳥のさえずりが、穏やかな目覚まし代わりだ。


 なんて素晴らしい朝だろうか。

 ノルマも、鳴り響くアラームも、上司の怒声もない。これこそが、俺が心の底から求めていた『スローライフ』の始まりだった。


 リビングに下りると、すでにリーナが起きていた。彼女は、俺が作ったキッチンを興味深そうに眺め回している。

 ぴょこぴょこと動く犬の耳と、嬉しそうに左右に揺れる尻尾が、彼女の機嫌の良さを雄弁に物語っていた。


「おはよう、リーナ」

「あ、おはようございます、タカトさん!」


 俺の声に、リーナはぱっと顔を輝かせて振り返る。その屈託のない笑顔は、朝の光よりも眩しい。


「すごいですね、この台所! 蛇口をひねればお水が出るなんて、魔法みたいです!」

「まあ、俺のスキルで作ったものだからな。一種の魔法みたいなものか」


 そう言って、俺は金属の蛇口をひねった。ざーっと綺麗な水が流れ出す。

 リーナは「おおー!」と、子供のようにはしゃいでいた。


「朝ごはんにしようか。何か食べられるものはあるかな?」

「はい! 村で分けてもらったパンと、干し肉があります! あと、これは私が昨日、森で採ってきた木の実です!」


 リーナが差し出したのは、硬そうな黒パンと、カチカチに干された肉の塊、それからどんぐりのような木の実だった。

 この村では、これが一般的な朝食なのだろう。前世の栄養バランスもへったくれもない食生活に比べれば、ずっと健康的だ。


 俺たちは、テーブルについて、その素朴な朝食を食べることにした。


 パンをかじる。……硬い。


 だが、噛めば噛むほど、穀物の素朴な甘みが口の中に広がっていく。

 干し肉は、かなりしょっぱい。保存食だから当然か。


「うん、おいしいな」

「はい! とっても!」


 リーナはにこにこと笑いながら、小さな口で一生懸懸命にパンを咀嚼している。その姿は、小動物のようで微笑ましい。


 だが、食事を進めるうちに、俺は一つの事実に気がついた。

 味が単調すぎる。


 パンはパンの味。肉は塩の味。木の実も、ただ炒っただけの味。


 この世界の食文化は、もしかすると、まだあまり発展していないのかもしれない。

 素材の味をそのまま活かしている、と言えば聞こえはいいが、はっきり言ってしまえば、味付けのバリエーションが絶望的に少ないのだ。

 前世の日本では、醤油、味噌、ソース、ケチャップ、マヨネーズ……数え上げればきりがないほどの調味料が、食卓を彩っていた。

 それに比べて、この世界の味付けは、おそらく塩が基本。たまに、香草で香り付けをする程度なのだろう。


 これは……非常にもったいない。

 せっかく、こんなに素晴らしいスローライフの拠点ができたというのに、食生活がこれでは、楽しみが半減してしまう。


『……そうだ』


 俺の頭に、一つのアイデアがひらめいた。

 ないのなら、作ればいいじゃないか。

 俺の『加工』スキルで。


「なあ、リーナ。この辺りに、何か豆みたいなものが採れる場所はないか?」

「豆、ですか? ええっと、村の畑で栽培しているものならありますけど……」

「いや、野生のもので何か。それか、香りの強い草とか、変わった木の実とかでもいい」


 俺の突然の質問に、リーナは不思議そうにしながらも、少し考えてからポンと手を叩いた。


「それなら、丘の裏手の森に、色々な種類のハーブが生えてますよ! あと、いっぱい木の実がなる木もあります!」

「よし、決まりだ。リーナ、ちょっと付き合ってくれ」

「え? は、はい! もちろんです!」


 俺たちは、昼食の準備にはまだ少し早い時間から、食材探しのための小さな探検に出かけることにした。



 リーナに案内されてやってきた森は、生命力に満ち溢れていた。見たこともないような植物が、そこかしこに生えている。


「タカトさん、こっちです! この草は、すーっとする良い匂いがするんですよ」

「ああ、ミントの一種かな。これは乾燥させてお茶にすると美味しいんだ」

「お茶に!? この草がですか!?」


 俺が前世の知識を披露すると、リーナは目を丸くして驚いていた。この世界では、薬草としては使っても、嗜好品としてハーブティーを飲む、という文化はないのかもしれない。


「こっちの木が、木の実がいっぱいです!」


 リーナが指さす木には、緑色の硬い殻に覆われた実がなっていた。

 一つ採って、石で割ってみる。中から出てきたのは、それは、前世でよく見ていたクルミによく似た実だった。

 少しだけかじってみると、濃厚な油分と、独特の香ばしさが口に広がった。


「うん、これならいけるな」


 何を作るか、俺の頭の中では、すでに完成図が出来上がりつつあった。

 俺たちは、買い物かご代わりの布袋いっぱいに、数種類のハーブと、たくさんの木の実を集めた。


「タカトさん、こんなにたくさん集めて、どうするんですか?」

「ふふふ、リーナ。今日は、君が今まで食べたことのないような、とびきり美味しいものをご馳走してやるよ」

「本当ですか!? わーい、楽しみです!」


 期待に満ちた目で、ぴょんぴょんと跳ねるリーナ。その純粋な反応が、俺の創作意欲をますます掻き立てた。


 家に帰った俺は、早速、キッチンで調味料作りを開始した。


「さて、と。まずは、これだな」


 俺は集めてきた木の実を、石臼で丁寧にすり潰していく。

 どろりとした、ペースト状になったものを、木の器に移す。


「リーナ、ちょっと離れててくれ」

「? はい」


 不思議そうな顔をするリーナを下がらせて、俺は木の器に手をかざした。

 いよいよ、『加工』スキルの出番だ。


 イメージするのは、日本の食卓には欠かせない、あの調味料。


 醤油と味噌。


 もちろん、この世界に大豆や麹菌はない。

 だが、原理は同じはずだ。この木の実が持つタンパク質を俺の魔力で強制的に分解し、旨味成分であるアミノ酸へと作り変える。

 そして、同じく木の実が持つ糖分を発酵させ、あの独特の豊かな香りを生み出す。最後に、塩を加えて、味を調え、保存性を高める。

 本来なら何ヶ月、何年とかかる発酵・熟成の過程を、俺のスキルで、ほんの数秒に短縮する。


『木の実の成分を、再構成する。タンパク質をアミノ酸に。糖分をアルコールと有機酸に。塩と調和させる。そして、深みのある旨味と香ばしい風味を持つ、液状の調味料と固形の調味料に『加工』する!』


 俺の体から、莫大な魔力が流れ出し、木の器の中身へと注ぎ込まれる。

 すると、ただの木の実のペーストだったものが、目の前で、劇的な変化を遂げ始めた。

 ぐつぐつ、と小さな泡を立てながら、ペーストの色が、みるみるうちに濃い茶色へと変わっていく。

 そして、ふわり、とキッチンに、これまで嗅いだことのないような、芳醇で、食欲をそそる香りが立ち込めた。

 それは、醤油や味噌が焦げる、あの香ばしい匂いに、非常によく似ていた。


「……できた」


 魔力の供給を止めると、器の中には、二つのものが出来上がっていた。


 一つは、黒く、つややかな液体。

 もう一つは、赤みがかった茶色のペースト。

 見た目も、香りも、まさしく、醤油と味噌そのものだった。


「た、タカトさん……! な、なんですか、この良い匂いは……!?」


 離れた場所で見ていたリーナが、くんくんと鼻を鳴らしながら、おそるおそる近づいてきた。

 その犬のような耳が、ぴくぴくと興味深そうに動いている。


「特製の調味料だよ。こっちが、言わば『醤油』。こっちが『味噌』みたいなものかな」


 俺が作った即席醤油を、小皿に少しだけ垂らして、リーナに差し出す。


「ちょっと、指につけて舐めてごらん」

「は、はい……」


 リーナは、ためらいがちに、人差し指の先に黒い液体をつけ、ぺろりと舐めた。


 その瞬間。


 彼女の琥珀色の瞳が、かっと見開かれた。


「なっ……!?」


 ぴたり、と彼女の動きが止まる。尻尾の動きも、完全にストップしていた。


「おいしい……! しょっぱいのに、しょっぱいだけじゃなくて、なんだか、すごく、深い味がします……! こんな味、生まれて初めてです……!」


 感動に打ち震えるリーナ。うん、大成功のようだ。


「だろ? さあ、これから、これを使った最高の昼ごはんを作るぞ!」


 俺は腕まくりをして、本格的に料理に取り掛かった。

 村で分けてもらった猪のような魔物の肉を、薄切りにする。

 これも『加工』スキルで、筋を綺麗に取り除き、一番柔らかい部分だけを切り出した。


 野菜も、森で採ってきたキノコや、瑞々しい葉物野菜を使う。


 熱した鉄板に油をひき、肉を投入する。じゅわーっ、という小気味良い音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上った。

 そこに、野菜とキノコを加えて、手早く炒めていく。


 仕上げに、先ほど作ったばかりの、特製『醤』を回しかける。


 じゅわわわわっ!

 一段と高い音を立て、醤油の焦げる、たまらなく良い香りが、キッチン全体に広がった。


「うわわわ……!」


 リーナは、もう、その場に立っているのがやっと、という様子で、うっとりとした表情で調理の様子を眺めている。

 尻尾は、ちぎれんばかりに、ぶんぶんと左右に振られていた。

 もう一品は、温かいスープだ。鍋に湯を沸かし、特製『味噌』を溶き入れる。


 そこに、賽の目に切った芋と、葉物野菜を入れるだけ。シンプルな味噌汁だ。


 ほかほかと湯気の立つ、肉と野菜の炒め物。

 そして、味噌の香りが優しい、具沢山のスープ。

 炊きたての、白いご飯……は、この世界には米がないので、代わりに、ふかした芋を添える。


「さあ、できたぞ! 熱いうちに、召し上がれ!」

「は、はいっ!」


 テーブルに並べられた料理を前に、リーナはごくりと喉を鳴らした。

 その目は、獲物を前にした肉食獣のように、きらきらと輝いている。


「い、いただきます!」


 リーナは、フォークで器用に肉と野菜を掴むと、小さな口で、ぱくっと頬張った。

 そして、数回、もぐもぐと咀嚼した後。

 彼女は、まるで時間が止まったかのように、ぴたりと動きを止めた。


「…………」

「……どうかな? お口に合うといいんだけど」


 俺が心配になって声をかけると、リーナは、ゆっくりと、ゆっくりと、顔を上げた。

 その瞳からは、ぽろりぽろりと、大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「ええっ!? な、なんで泣くんだ!?もしかして、まずかったか!?」

「ち、違います……! 違いますよ、タカトさん……!」


 リーナは、ぶんぶんと首を横に振った。


「おいしくて……おいしすぎて……! こんなに、こんなに美味しいもの、私、生まれて初めて、食べました……!」


 しゃくりあげながら、彼女はそう言った。

 肉の旨味と、野菜の甘み。それを、特製の醤が、絶妙な塩加減と、深いコクで一つにまとめ上げている。

 シャキシャキとした野菜の食感と、驚くほど柔らかい肉の歯ごたえ。口の中に、幸福な味の奔流が押し寄せてくる。

 スープもそうだ。味噌の優しい塩気と豊かな風味が、芋や野菜の素朴な甘みを極限まで引き立てている。


 体の芯から、じんわりと温まるような、慈愛に満ちた味。


「よかった……」


 リーナの反応に、俺は心から、ほっと胸をなでおろした。

 それからのリーナは、もう夢中だった。

 時々、「おいしい……」と、恍惚の呟きを漏らしながら、一心不乱に料理を口に運んでいる。


 その食べっぷりは見ていて気持ちがいいくらいだ。


 食事を終えた後、リーナは、満足感に満ちた、とろんとした顔で、ほう、と幸せそうなため息をついた。


「ごちそうさまでした……。とってもおいしくて……。もう、一歩も動けません……」

「ははは、それは良かった」


 その日の夕食も、もちろん俺が腕を振るった。

 昼間作った調味料を使い、今度は魚の煮付けと、ハーブを効かせた焼き物を作った。もちろん、リーナが大絶賛したのは言うまでもない。


 そうして、俺とリーナの、新しい家での生活が本格的に始まった。


 昼間は、二人で森に入って、食べられる植物やキノコを探したり、家の周りに小さな畑を作るための土いじりをしたり。

 俺は『加工』スキルで、あっという間に畑を耕し、畝を作ってしまった。


 リーナは、また口をあんぐりと開けていたが、もう、いちいち驚くのにも疲れた、という顔もしていた。


 そして、夜は、俺が作る、この世界にはない料理を、二人でテーブルを囲んで食べる。


「タカトさんのご飯を食べてると、なんだか、心がぽかぽかしてきます」

「そうか? それは何よりだ」

「はい。私、孤児で、ずっと一人だったから……。誰かと一緒に、こんなに温かいご飯を食べるの、ずっと夢だったんです」


 ある日の夕食の時、リーナは、少しだけ俯きながら、ぽつりとそう言った。


 その言葉に、俺は少しだけ、胸の奥がちくりとした。


 彼女は本来なら、家族に甘え、温かい家庭の中で育つべきなのだ。それなのに、ずっと一人で、寂しさに耐えてきたのだろう。


「……これからは、毎日、一緒に食べような」


 俺がそう言うと、リーナは、はっと顔を上げた。その琥珀色の瞳が、夕食のランプの光を反射して、潤んでいるように見えた。


「……はい!」


 彼女は、満開の花が咲くような、最高の笑顔で頷いた。


 穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。

 俺は、この何でもない、ただ食事をして、語り合うだけの時間が、たまらなく愛おしいと感じていた。前世では、手に入れることのできなかった、温かくて、人間らしい生活。

 リーナにとっても、この家が、初めての『帰る場所』になりつつあるのかもしれない。そう思うと、俺の心も、彼女が言うように、ぽかぽかと温かくなるのだった。


 だが、そんなバターを融かすような甘い日々は、長くは続かなかった。


 ある日の午後。

 俺たちが、畑で採れた芋の出来栄えを喜んでいた、その時だった。

 村の方から、誰かが、丘を駆け上がってくる、切羽詰まったような足音が聞こえてきた。


「はあ……っ、はあ……っ!」


 尋常ではない、荒い息遣い。

 俺とリーナが顔を見合わせ、そちらに視線を向けた、その瞬間。


 ドンドンドン! と、家のドアが、壊れんばかりの勢いで叩かれた。


「タカト殿! タカト殿はおられるか!?」


 その声は、聞き覚えのある、村長グレンの声だった。

 だが、いつも冷静で、落ち着き払っている彼の声とは、まるで違う。焦燥と、そして、恐怖がにじみ出た、絞り出すような声だった。


 俺は、胸に広がった、灰色の嫌な予感を振り払いながら、急いで玄関のドアを開けた。


「村長さん!? どうしたんですか、そんなに慌てて……!」


 そこに立っていたのは、顔面から血の気を失い、脂汗をだらだらと流している、グレン村長の姿だった。

 その目は恐怖に見開かれ、肩で大きく息をしている。


「た、タカト殿……! 頼む……! 村を、村を助けてくれ……!」


 グレン村長は、俺の服にすがりつくようにして、かすれた声で、そう言った。

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