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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第五章:高潔なる女騎士の訪問

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第二十二話:Aランク級の脅威と力の解放

 村の中心部から阿鼻叫喚の悲鳴が、まるで堰を切ったかのように丘の上まで聞こえてきた。

 その声は恐怖で完全に裏返っている。

 俺とクラリッサが、はっとした顔で同時に悲鳴が聞こえてきた方角を振り返った。


「……!?」


 クラリッサのあの氷のように冷たかった碧い瞳が、カッと見開かれる。

 彼女の部下である女騎士たちも、一斉に馬上で剣の柄へと手をかけた。


「た、タカトさん……! 今の……!」


 俺の背後でリーナが小さな悲鳴を上げ、俺の服の裾をぎゅっと強く握りしめた。その手は小刻みに揺れていた。

 村長も顔面から血の気を失い、わなわなと白髭が動いていた。


「な、なんじゃ……!? 今のは……!?」

「……行くぞ! 状況を確認する!」


 クラリッサが、俺への詰問を完全に放棄してそう鋭く叫んだ。

 彼女は、その場にいた馬から降りていた部下を押しのけるようにして、自分の白馬へとひらりと飛び乗る。


「タカト! 貴様も来い! その目で何が起きているか、しかと見届けろ!」

「ええっ!? お、俺も、ですか!?」

「当たり前だ! 貴様もこの村に住まうBランク冒険者であろうが! 有事の際に逃げ出すなどという、卑怯な真似は許さんぞ!」


 有無を言わさぬ命令だった。

 彼女は馬の腹を軽く蹴った。

 白馬がいななき、土煙を上げて丘を駆け下りていく。

 彼女の部下の女騎士たちも、一斉に馬首を返し、その後に続いた。


 俺は内心、あのBランクの騎士様ご一行がいるので大抵の魔物なら対処可能だろうと高を括りつつも、地面に置いていた鍬を放り出し走り出した。

 あの騎士様のことだ。ここで俺がサボったりすれば、後で何を言われるか分かったものではない。


「タカトさん!待ってください!」

「リーナと村長さんは、ここに! 俺の家へ向かってください。そこから一歩も出ないでください! いいね!?」


 俺は追いかけてこようとするリーナに、それだけを厳しく言い放つと、騎士団の後を追って丘を全力で駆け下りていった。

 ああ、俺のスローライフ。

 一体どこへ行ってしまったんだ。



 村の広場へ続く最後の角を、俺が息を切らしながら曲がりきった、その時。

 俺は、目の前で繰り広げられている光景を、まったくもって理解することができなかった。

 そこは、俺が昨日まで知っていた、あののどかで平和なリーフェル村の広場ではなかった。

 地獄。

 もし、この世に地獄という場所があるのなら、きっと、こんな光景なのだろう。


 ズシン……!

 ズシン……!


 広場の中心。

 そこに、一体の『何か』が仁王立ちしていた。


 見上げるほどの巨体。


 いや、大きさだけなら、あのストーンドラゴンの方が上だったかもしれない。

 だが、こいつから発せられている威圧感は、龍種のそれとはまったく異なるものだった。

 もっと生々しい、純度百パーセントの暴力と悪意の塊。

 緑色の、ぬらぬらとした分厚い皮膚。

 そこから、まるで病気のように、無数のいびつな骨が突き出している。

 不格好なまでに膨れ上がった筋肉の塊が、そのアンバランスな巨体を支えていた。

 豚と、山に棲む巨大なゴリラと、何か別の、この世の醜悪なものを全部ごちゃ混ぜにして、無理やり巨大化させたかのような、異形の怪物。

 その手には、この村のシンボルツリーだったはずの、立派な大木を根こそぎ引っこ抜いて作ったとしか思えない、巨大すぎる棍棒が握られていた。


「……馬鹿な! あれは……『オーガ・ロード』!?」


 俺の横で、先に到着していたクラリッサが、信じられないというように、その名を口にした。

 彼女の声が、かすかに上ずっている。


「Aランク級モンスター……! なぜ、こんな辺境の村に……!」


 Aランク級!?

 合同訓練の森にすら、いやしなかった、そんな天災みたいな代物が、なんで、こんな、芋畑しかないのどかな村に、ピンポイントで現れるんだ!


「ブモオオオオオオオオオオオッ!!」


 俺たちの困惑など、知ったことかとばかりに、オーガ・ロードが天に向かって咆哮を上げた。

 空気がびりびりと揺れた。

 それだけで、周囲の家々の粗末な窓ガラスが、けたたましい音を立てて砕け散った。

 広場の周りでは、村人たちが腰を抜かし、恐怖に引きつった悲鳴を上げながら、必死で逃げ惑っている。


「う、うわああああ!」

「助けてくれえええ!」

「だ、だめだ! 足が、動かねえ……!」


 数人の村の若い衆が、絶望的な状況にもかかわらず、勇気を振り絞ったのだろう。

 錆びついた剣や、農具の鍬を手に、オーガ・ロードへと立ち向かおうとしていた。


「この、化け物めが! 村から出ていけえ!」

「みんなを守るんだ!」


 その勇気は、立派だった。

 だが、あまりにも、無謀だった。


「ブモッ!」


 オーガ・ロードは、そんな彼らを、まるで足元をうろつく、鬱陶しい羽虫でも払うかのように、その巨大すぎる腕で、無造作に薙ぎ払った。

 ただ、それだけで。


「「「ぐはあっ!?」」」


 勇気ある若い衆の体が、まるで紙切れのように、宙を舞った。

 数人が、広場の端にある家の壁に、ぐしゃり、と、嫌な音を立てて叩きつけられ、そのまま、ずるずると地面に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。


「あ……あ……」


 絶望的な光景。

 圧倒的すぎる、力の差。

 もはや、これは戦闘ですらない。

 ただの一方的な蹂躙であり、殺戮だ。


「……くっ!」


 俺が、そのあまりの光景に、立ち尽くしていると。

 俺の横を、白銀の閃光が駆け抜けていった。


 クラリッサだった。


 彼女は、俺が固まっている間に、すでに状況を完全に把握しきっていた。

 その美しい顔は、驚愕と、そして、村人が目の前で傷つけられたことに対する、激しい怒りに染まっている。

 だが、その碧い瞳には、一切の恐怖は見られなかった。

 あるのはただ、目の前の、理不尽な脅威に対する、騎士としての、燃え盛るような強い使命感だけ。


「相手が何であろうと関係ない! 我が騎士道において、民を脅かすというのなら、ここで斬り捨てるのみ!」


 彼女は、白馬からひらりと飛び降りていた。

 そして、その腰に下げていた、細身の剣を一閃させる。

 シャキン、という、まるで歌うような、澄んだ金属音。


「我に続け! アルベルト家の名にかけて、あの化け物を討ち取るぞ!」

「「「はっ!」」」


 彼女の、凛とした号令に、部下である女騎士たちも、一斉に馬から飛び降り、剣を抜き放つ。

 そして、クラリッサを扇の要とするように、流れるような動きで、戦闘陣形を組んだ。

 さすがは、本物の騎士団だ。

 あの合同訓練の、烏合の衆だった設営チームの連中とは、練度が根本的に違う。


「……ブモ?」


 オーガ・ロードが、その小さな、濁った赤い目で、目の前に現れた、小さな、しかし、やけに威勢のいい獲物たちを不思議そうに見下ろした。

 次の瞬間。

 クラリッサが、動いた。


「はあああああっ!」


 速い。

 彼女の体が、まるで青い稲妻のように、地を駆ける。

 俺は、合同訓練の時には、あの、いまいましいプライドの高さしか、印象に残っていなかった。

 だが、彼女の剣士としての実力は、本物だった。

 Bランクという肩書は、決して伊達じゃない。


 オーガ・ロードが、その小さな獲物の、あまりの素早い動きに、反応しきれず、戸惑っている、その一瞬の隙。

 クラリッサは、すでに、その丸太のように太い、足元へと踏み込んでいた。


「そこかっ!」


 カン、カン、カン、カン!


 目にも止まらぬ速さで、繰り出される、四連撃。

 彼女の細身の剣が、オーガ・ロードの、分厚いアキレス腱のあたりを、正確無比に切り刻んでいく。

 硬い鱗のような皮膚と、剣がぶつかり合い、甲高い金属音が、火花を散らした。


「ブモオオオオオオオオオオオッ!?」


 オーガ・ロードが、ようやく、足元に走った、鋭い痛みに気づき、凄まじい怒りの咆哮を上げた。

 さすがのAランク級も、無傷では済まなかったらしい。

 その足首からは、どくどくと、緑色の粘度の高そうな、嫌な匂いのする血が流れ出していた。


「よし、効いているぞ! 怯むな! 足を止める!」


 クラリッサの部下たちも、一斉に、オーガ・ロードのもう片方の足へと、訓練された見事な連携で襲いかかる。

 複数の剣が、同時に、異なる角度から、その巨体を切り刻んでいく。

 だが。


「ブモオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 オーガ・ロードが、自らの傷口の痛みよりも、その鬱陶しい羽虫どもを振り払うことを優先した。

 その巨体に似つかわしくない、俊敏な動き。


 ブオンッ!


 あの巨大な棍棒が、空気を引き裂き、横薙ぎに、一閃された。


「「「きゃあっ!?」」」


 女騎士たちの、模範的だったはずの陣形が、そのたった一撃で、一瞬にして、吹き飛ばされた。

 数人が、盾でかろうじて、それを受け止めたようだが、そのあまりの、理不尽なまでのパワーに耐えきれず、広場の端まで、派手に転がっていった。


 凄まじいパワーだ。

 そして、タフネスも尋常じゃない。

 両足首から、血を流しながらも、その動きは、一切、鈍ってはいやしない。


「くっ……!」


 クラリッサが、オーガの圧倒的なまでの暴力の前に顔をしかめた。

 彼女の剣技は、確かに凄まじい。

 だが、相手が悪すぎた。

 あれは、一対一で、どうこうなる相手じゃない。

 騎士団、一個小隊で、ようやく討伐できるか、できないか。

 そんな規格外の怪物だ。


「……クラリッサ様!」


 部下の一人が、吹き飛ばされたダメージで、肩を押さえながら叫んだ。


「だめです! こいつタフすぎます! 私たちの剣では、致命傷を与えられません! Bランクの私たちでは……力が違いすぎます!」

「弱音を吐くな!」


 クラリッサが、その部下を一喝する。

 だが、その彼女も、奥歯を、ギリリ、と、音を立てて噛み締めていた。

 その美しい顔が悔しさに染まっている。

 そうだ。

 いくら彼女たちが、Bランクの騎士として優秀でも。

 相手は、Aランク級の怪物。

 絶対的な『格』の違いは、小手先の技術や連携だけでは、到底、埋められるものではなかった。


 その絶対的な『格』の違いが、最悪の形で、俺たちの目の前に突きつけられた。


「ブモオオオオオオッ!」


 オーガ・ロードが、足元の鬱陶しい羽虫を振り払う動作を、一旦、やめた。

 そして、その濁った赤い目が、広場の隅で、未だに恐怖で動けずにいる、別の獲物を見つけたのだ。


「あ……あ……」


 そこには、俺が丘の上に残してきたはずの二人がいた。

 リーナとグレン村長。

 俺の言いつけを守れず、村の惨状を目の当たりにして、腰が抜けてしまったらしい。


 まずい。


 オーガ・ロードが、ニヤリ、と、その醜悪な顔をゆがめたように見えた。

 標的を変更したのだ。

 その巨大な棍棒を、まるでゴルフスイングでもするかのように、高々と振りかぶる。

 狙いは、恐怖で動けなくなっている、リーナと、彼女を必死で庇おうとしている、グレン村長。


「ブモオオオオオオッ!」


 棍棒が、風を切る轟音と共に、二人に向かって振り下ろされた。

 万事休す。


「危ないっ!」


 その時。

 オーガ・ロードと二人の間に、クラリッサが、まるで瞬間移動でもしたかのように飛び込んできた。

 彼女は、自らの危険も顧みず、リーナと村長を守るために、その小さな盾を構えていた。


 無謀だ。


 あの棍棒の一撃を、あんな小さな盾で防げるはずがない。

 彼女は、自分の命を捨ててでも、民を守ろうとしたのだ。

 その高潔な、あまりにも騎士すぎる、自己犠牲の姿。

 俺は、その姿を見て、頭の中の何かが、プツリ、と音を立てて切れた。


 ああ、もう、どうでもいい。

 スローライフも、偽装工作も、全部、知ったことか。

 俺は、この生き方を、馬鹿だとは思うが、嫌いじゃなかった。


「……っ!」


 俺は、クラリッサの目の前で、地面に、思い切り、手のひらを叩きつけた。


「スキル、『加工』ッ!」


 俺の体から、魔力が、奔流となって溢れ出す。

 イメージするのは、ただ二つ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 まず、オーガ・ロードが、今、まさに立っている、その足元の地面。

 その大地そのものを『加工』し、巨大で、鋭利な、十数本の石の槍へと作り変える。

 そして、それを、真上へと、一斉に、突き出させた。


「ブモッ!?」


 オーガ・ロードが、予期せぬ、足元からの奇襲に間の抜けた声を上げた。

 だが、もう遅い。

 十数本の鋭い石の槍が、その巨体を、まるで串刺しにするかのように、下から、容赦なく貫いた。


「ブモアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 化け物の世の終わりかのような、絶叫が響き渡る。

 巨体が、石の槍に磔にされたまま、宙吊りになる。

 だがまだだ。

 棍棒は、振り下ろされようとしている。


 『イメージしろ!』


 俺は、もう一つの『加工』を、同時に発動させていた。

 あのオーガ・ロードが持つ巨大な棍棒。その木の塊。そして、その物質そのものに、内側から干渉する。


 『あの棍棒を、その材質ごと、『脆い炭』へと、変質させろ!』


 俺の莫大な魔力が、その無茶苦茶なイメージを現実のものとする。

 リーナと村長、そして、二人を庇うクラリッサの頭上、数メートル。

 振り下ろされようとしていた、あの巨大な棍棒が。

 まるで、幻だったかのように、その姿を、一瞬で変えた。

 バキバキバキ、という、乾いた音。

 次の瞬間、それは、その形を保てなくなり、黒い粉々になった、ただの炭の塊となって、崩壊した。


 サラサラサラ……。


 黒い炭の粉が、まるで、雪のように、静かに広場へと降り注ぐ。

 串刺しになった、オーガ・ロードは、もう動かない。


 しん、と。


 広場に、この世のものとは思えないほどの静寂が訪れた。

 目の前で起きた、天変地異。

 神の御業のごとき、現象。

 それを真正面から、全てを目撃した、クラリッサは。

 盾を構えたままの凛とした姿勢のまま。

 ただ、呆然と、その場に立ち尽くしていた。

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