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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第五章:高潔なる女騎士の訪問

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第二十一話:高潔なる女騎士の再訪

 リーフェル村には、俺にとっては真実の平穏が戻ってきていた。


「んしょ、んしょ……!」

「おお、リーナ、頑張るな。だが、そんなに力を入れなくても、土は柔らかいから大丈夫だぞ」

「はいっ! でも、なんだか気合が入っちゃうんです! このお芋さんたちが、タカトさんの美味しい料理になるんだーって思うと!」


 丘の上、俺の家の隣に広がる、俺専用の芋畑。

 そこで俺は、すっかりお気に入りの作業となった鍬を手に、新しい畝を作っていた。リーナも、小さなスコップを両手に握りしめ、目をきらきらと輝かせながら、芋の苗の周りの雑草を抜いてくれている。

 太陽の光が、土の匂いを運んでくる。

 遠くからは、村の子供たちのはしゃぐ声が微かに聞こえてくる。

 なんて、素晴らしい。

 なんて、穏やかなんだ。

 これだ。これこそが、俺が血反吐を吐くような思いで、どうしても手に入れたかった、スローライフそのものだった。


 あの訓練の後、村人たちの俺を見る目からは、以前のような息が詰まる「タカト様(畏敬)」という重圧は、すっかり消え失せた。

 代わりに向けられるのは、「Bランク冒険者っつっても、色々いるんだなあ(生暖かい目)」という、適度な距離感を伴った、ご近所さんとしての視線だ。

 もちろん、俺がワイバーンを倒した(と彼らは思っている)という事実は残っているため、最低限の尊敬は払ってくれているようだが、それ以上に『腰抜け』という圧倒的なマイナスイメージが、俺という存在を、絶妙に『無害』なものへと中和してくれていた。


「あ、タカトさん! 今日も精が出ますなあ!」


 丘の下の道を通る農夫のおじさんが、にやにやと、親しみのこもった笑顔で、こちらに手を振ってくる。


「は、はは……。おかげさまで……。腰、やらないように気をつけます……」


 俺が、わざとらしく腰をさすりながら、情けない笑顔で返すと、おじさんは「がはは!」と豪快に笑いながら、去っていった。

 完璧だ。村人とのコミュニケーションが、完全に成立している。


 そして、何よりも。

 あの『知的好奇心の怪物』こと、エリスが、今はここにはいない。

 ルーンヘブンのギルドに戻っていった彼女は、「近いうちに研究の継続を」などと、実に不吉な置き土産の言葉を残していったが、きっと気のせいだ。

 あんな忙しそうな人が、こんな辺境の村の芋畑に、そう何度も来るはずがない。いや、来ていいはずがない。だから、来るはずがないのだ。


 そう。

 全ては、元通りになったのだ。

 俺とリーナ。

 二人だけの、穏やかで、静かで、誰にも邪魔されない、このスローライフが。


 ……そう確信していた。

 この平和が永遠に続くと、本気で信じ込もうとしていた、その時だった。


「わ、わ、わ、わ……!」


 穏やかな午後の空気を引き裂くように、村の方角から、何やら、切羽詰まったような叫び声が聞こえてきた。

 それも、一人や二人ではない。

 村全体が、急に沸騰した湯のように、がやがやと騒がしくなっている。


「……ん?」


 俺は、鍬を持つ手を止めて、怪訝な顔で、村の中心部へと視線を向けた。

 畑仕事の手を止め、右往左往している村人たちの姿が豆粒のように見える。


「……なんだろう?」

「さて、随分と慌ただしいな……」


 リーナが、不思議そうに小首をかしげた、その時。

 その喧騒の中心から、一つの人影が凄まじい勢いで飛び出して、俺たちのいる丘に向かって、坂道を駆け上がってくるのが見えた。

 息を切らし、何度も転びそうになりながら、必死の形相で。

 その見慣れた、豊かな白髭の姿は。


「……村長さん?」


 そうだ。グレン村長だ。

 いつも、冷静沈着で、どっしりと構えている、あの村長が狼狽した様子で、こちらへ向かってきている。


「た、タカト殿ーっ!タカト殿はおられるかっ!?」


 地響きのような、切迫した声。

 俺の胸の中に、ずぶり、と、冷たい鉄の杭でも打ち込まれたかのような、猛烈に嫌な予感が急速に広がっていく。

 平穏が終わる音。

 面倒事が、向こうから全力疾走で、こちらに突っ込んでくる音がした。


「はあ……っ、はあ……っ!」


 数分後。

 俺の家の前に、文字通り、転がり込むようにしてたどり着いたグレン村長は、両手を膝につき、ぜえぜえと、今にも倒れそうなほどの荒い息を繰り返していた。

 その顔は、血の気が引いて、真っ白になっている。


「村長さん!? ど、どうしたんですか、そんなに慌てて!ま、まずは、お水を……!」

「はあ……っ、はあ……。い、いいや、水は、いい……!」


 リーナが慌てて家の中に水を汲みに行こうとするのを、村長は片手で制した。

 そして、ぜえぜえと途切れる息の合間に絞り出すように、こう言ったのだ。


「た、タカト殿……!き、騎士が……!騎士の一団が、村に……!」

「騎士……?」


 俺は、思わず、間の抜けた声で聞き返した。

 騎士。

 その単語は、俺の頭の中で、ただ一人の面倒くさい人物の顔と直結していた。


「そ、それも、ただの騎士ではない……! あ、あの、アルベルト騎士爵家の、ご紋章を掲げた、立派な一団じゃ……!」


 アルベルト騎士爵家。


 ああ、もう、間違いない。

 合同訓練の時、エリスが言っていた。

 あの、高慢ちきで、プライドがエベレストよりも高い、少女騎士の名前。

 確か、クラリッサ・フォン・アルベルト、とか、言ったか。


「……はあ」


 俺の口から、もはや、諦めと絶望と疲労が、混ざり合ったような、深くて、重たい、ため息が漏れ出た。

 ああ、なんでだよ。

 なんで、あいつが、こんな辺境の芋畑しかない村に、わざわざやってくるんだ。


「そ、それで、そのアルベルト家のご一行様は、今、どちらに……?」


 俺が尋ねると、村長は、顔を真っ青にしたまま、丘の下、村の入り口へと続く道を指さした。


「それが……!『村の北側にある、丘の上の小屋にBランク冒険者がいると聞く。案内しろ』と……! 今、まさに、こちらへ向かって、おられるところじゃ……!」


 カツ、カツ、カツ……。


 村長の言葉を、裏付けるかのように。

 丘の下から、複数の馬の蹄の音と鎧が擦れ合う、冷たい金属音が、近づいてくるのが聞こえてきた。

 もう逃げ場はない。


 俺は天を仰いだ。

 憎らしいほどに青く澄み渡った空が、そこにあった。



 数分後。

 俺の家の、みすぼらしい外観とは、あまりにも不釣り合いな一団が、その前に、ずらりと並んだ。

 先頭に立つのは、見間違えようもない。

 純白の馬に跨り、磨き上げられた白銀の鎧に身を包んだ、あの女騎士。


 クラリッサ・フォン・アルベルト。


 彼女の後ろには、同じく、立派な鎧兜に身を固めた、いかにも精強そうな女騎士たちが、四、五人、馬上で、一糸乱れぬ隊列を組んで控えている。

 その一団が発する、冷たい鉄と規律の匂い。

 ぴりぴりとした、威圧感。

 それは、リーフェル村の、のどかな空気とは、完全に合っていない。


 クラリッサは、馬の上から、俺の家を、じろり、と一瞥した。

 その碧い瞳が、「これが、あの『生きている家』とやらか。噂に違わぬ、みすぼらしさだ」と、言外に語っているかのようだった。

 そして、彼女の視線は、家の前で鍬を持ったまま、呆然と立ち尽くしている、俺の姿を正確に捉えた。

 彼女の形の良い美しい唇が、ふと、わずかに吊り上がる。

 それは、笑み、と呼ぶには、あまりにも冷たい。

 獲物を見つけた、猛禽類のように獰猛な、それでいて、どこか歓喜に満ちた表情。


「……ほう。随分と、精が出るようだな。芋掘りか?」


 鈴が鳴るような、澄んだ声。

 だが、その声色には、隠しようもない、あからさまな侮蔑が、たっぷりと含まれていた。


「Bランク冒険者殿が、土いじりとは。……実に貴様らしい、卑しい姿だ」


 うわあ。

 来たよ。

 開口一番、それかよ。

 相変わらず、人の神経を逆撫でさせたら、天下一品だな、このお嬢様は。


「こ、これは、クラリッサ様。ようこそ、こんな辺鄙な村まで……。はは……」


 俺は、またか、とうんざりしながらも、身体に染み付いた『役立たず』スマイルを顔面に貼り付けた。

 鍬を、そっと、地面に置き、卑屈なまでに、腰を低くして、ぺこり、と頭を下げる。


 これでいい。


 俺は、ただの腰抜けBランク。

 彼女の、退屈しのぎの罵倒の的になってやれば、満足して、帰ってくれるだろう。


「……タカトさん」


 俺の背後で、リーナが悔しそうに、俺の服の裾を、ぎゅっと握りしめているのが分かった。

 すまんな、リーナ。

 これが、大人の処世術というやつなんだ。


 だが。


 今日のクラリッサは、いつもと何かが違った。

 俺の、その情けない笑顔と卑屈な態度を見ても、彼女は、それ以上、俺を罵倒しようとはしなかった。

 それどころか。

 彼女は、すっ、と白馬から軽やかに、地面へと降り立った。


 カツ、カツ、カツ……。


 白銀のブーツが、土の地面を規則正しく、踏みしめる音。

 彼女は、俺の目の前、ほんの数歩の距離まで、近づいてくると、ぴたり、と、足を止めた。

 間近で見ると、その美しさは人形のようだった。

 だが、その碧い瞳は、人形とは程遠い。

 燃えるような、強い意志の光が、その奥でゆらめいていた。


「……タカト」


 今度は、呼び捨てだった。

 その声には、侮蔑ではなく、もっと、こう……真剣なモノがあった。


「貴様は……。あの訓練で、あの場にいた、全員を見事に欺き通したな」

「……は?」


 俺は思わず、間の抜けた声で聞き返した。

 貼り付けた笑顔が、顔の上でひきつるのが、分かった。


「な、何を、仰いますやら……。欺く、だなんて……。俺は、ただ、腰が抜けて、泣きじゃくっていただけで……」

「まだ、とぼけるか」


 クラリッサの声が、一段、低くなる。


「あのクレーター。あれが、ただの地盤沈下などでは、断じてないこと。……この私が見誤るはずがない」


 彼女は、そう断言した。

 いったい、彼女の自信は、どこから来るんだ。


「訓練が終わった後、私は、あの場所を徹底的に再調査させた」

「……!」


 再調査だと?

 この女、暇なのか?


「あの巨大なクレーター。その断面は、まるで熱した刃物で切り取られたかのように、滑らかだった。自然の地盤沈下で、あのように人為的な『加工』の跡が、残るはずがない」


 加工。


 彼女は、今、確かにそう言った。


「そして、あの場所にいた、Bランク冒険者の中で。あの現象を引き起こしうる、唯一の可能性を持つ者」


 彼女の碧い瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。


「『莫大な魔力』と、『加工』スキル。ちぐはぐな、二つを併せ持つ、貴様。……タカト、お前だけだ」


 しん、と。

 その場の空気が、凍りついた。

 リーナが、息をのむ、気配がした。

 村長が、ごくり、と、固唾をのむ音が聞こえた。


 まずい。

 まずい、まずい、まずい。

 俺の、血のにじむような、偽装工作。

 俺が、必死で、築き上げてきた、『腰抜け』という、平和の砦。


 それが、今、このプライドだけが高そうな、女騎士の直感に従った、しつこい推理によって、ガラガラと音を立てて、崩れ落ちようとしていた。


「……い、いやあ、クラリッサ様。そ、それは、いくらなんでも買いかぶりすぎ、と、言うか……。俺のスキルは、本当に泥をこねる、くらいしか……」


 俺は、まだ諦めない。

 最後の一縷の望みをかけて、ひきつった笑顔を浮かべ続ける。

 だが。

 クラリッサは、そんな俺の哀れな抵抗を、ふん、と、鼻で笑い飛ばした。


「その見え透いた芝居は、もう結構だ」


 彼女は、きっぱり、と言い切った。


「私が、今日、ここへ来たのは、貴様のふざけた化けの皮を剥がすためだ」

「ば、化けの皮……」

「そうだ。貴様は、あの訓練で何を隠そうとした? あの神の御業とも、悪魔の所業ともつかぬ、天変地異。あれが、貴様の真の力だというのなら。……それを隠して、我々をあざ笑い、侮辱した、その真意を聞かせてもらおうか」


 彼女の、その碧い瞳は、もはや、怒りではなかった。

 それは、純粋な『真実』への渇望。

 彼女の信じてきた、『騎士道』という、世界の常識。

 それを、根底から揺るがした、俺という理解不能な存在。

 その、正体を彼女は、自らの、手で、暴き出し、そして、理解しなければ、気が済まないのだ。


 ああ、こいつも結局、エリスと同じ人種かよ。


 俺のスローライフの天敵は、どうして、こんなにも、好奇心旺盛で面倒くさい、美人ばかりなんだ。


「……あの、クラリッサ様。本当に、何かの勘違いだと……」


 俺が、どうやって、この絶体絶命のピンチを切り抜けようか。

 脳みそをフル回転させて、次なる言い訳を必死で組み立てようとしていた。

 まさにその時。

 彼女が、俺の最後の言い訳を許すまじと、さらに、一歩、踏み込もうとした、その瞬間。


 村の方角から。


 これまで、聞いたこともないような、地響きが響き渡った。


 ドシン……!

 ドシン……!

 ドシン……!


 それは、合同訓練の時に感じた、あの魔物の大群の足音。

 いや違う。

 あれよりも、もっと重い。

 もっと、巨大な何かが、大地を踏みしめている、音。


「……!?」


 クラリッサが、はっ、とした、鋭い顔で音のした方角を振り返った。

 彼女の部下である、女騎士たちも、一斉に、馬上で剣の柄に手をかける。


 そして。


「「「ぎゃあああああああああああああっ!!」」」

「に、逃げろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ま、魔物が……! と、とんでもねえ、でけえのが、村に……!」


 村の中心部から。

 村人たちの恐怖に引きつった、阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡ってきたのだった。

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