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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第一章:異世界への転生

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第二話:癒しの力と人の温かさ

 ふう、と一つ息をついて、改めて周囲を見渡す。

 この森に置かれた、ブラックウルフの死体をどうしたものか。


 素材になる、なんて話も聞くが、今の俺に解体する技術はない。ひとまず、この場を離れるのが賢明だろう。


 そう思って、歩き出そうとした、その時だった。


「……う……」


 微かな呻き声が、俺の耳に届いた。

 声がした方へ視線を向けると、先ほどのブラックウルフが飛び出してきた茂みの奥、木の根元に、何かが倒れているのが見えた。


 人……?


 俺は警戒しながらも、ゆっくりとそちらへ近づいていく。

 そこに倒れていたのは、一人の少女だった。


 年の頃は、今の俺と同世代。つまり、十代後半くらいだ。

 茶色い髪が土で汚れ、所々が破れた簡素な服を着ている。

 そして、何よりも目を引いたのは、ぴょこんと飛び出した、犬のような耳と、お尻からのぞくふさふさの尻尾だった。


「獣人……?」


 これもまた、ファンタジーの世界ではお馴染みの種族だ。

 少女はぐったりとして意識がないようだった。だが、それよりも問題なのは、彼女の足だ。太ももから膝にかけて、ざっくりと肉が抉れ、血がどくどくと流れ出している。傷口の周りは紫色に変色しており、素人目に見ても、かなり危険な状態であることが分かった。

 おそらく、あのブラックウルフに襲われたのだろう。


「おい、大丈夫か!?」


 俺は慌てて駆け寄り、少女のそばに膝をついた。

 息はある。だが、このまま出血が続けば、命に関わるのは間違いない。


 どうする。


 ポーションなんて便利なものはないし、治癒魔法なんて使えるわけがない。布で傷口を縛って止血するくらいしか、俺にできることは……。


 いや、待てよ。

 俺の脳裏に先ほどの戦闘がよみがえる。ただの石ころを弾丸に変えた、あの力。

 スキル『加工』。


『物質にわずかな変化を与える能力』


 もし、その対象が無機物だけじゃなかったとしたら?

 もし、この少女の傷ついた細胞組織そのものを『加工』できたとしたら?


『傷ついた細胞を、正常な状態に加工し直す』


 無茶苦茶な発想だとは、自分でも思う。

 生物の体を、石や木と同じように『加工』するなんて。

 とても、そんなことが可能だとは思えない。


 でも、試してみる価値はあるんじゃないか。


 このままでは、この子は死ぬ。見殺しにするなんて選択肢は、俺の中にはなかった。


 前世で理不尽に命を落としたからこそ、目の前で消えそうな命を、放っておくことはできなかった。


「……やるしかないか」


 俺は覚悟を固め、少女の傷口にそっと手をかざした。

 目を閉じ、意識を集中させる。


 イメージするのは、正常な皮膚、正常な筋肉、正常な血管。

 破れ、壊れた組織が、パズルのピースがはまるように、元の状態に戻っていく様を頭の中で精密に思い描く。


「スキル、『加工』……!」


 呟くと同時に、俺の体から、先ほどとは比べ物にならないほどの膨大な魔力が、奔流となって溢れ出した。

 それは静かで、それでいて力強い輝きだった。

 手のひらから放たれる、温かい光。


 俺の膨大な魔力が、濁流のように体から流れ出して、目の前の少女の傷口へと注ぎ込まれていく。


 ごくごくと、乾いた大地が水を吸うように、俺の力が少女の体へと吸収されていくのが肌感覚で分かった。


『傷ついた細胞を、正常な状態に加工し直す』


 我ながら、あまりにも無謀で、荒唐無稽な発想だ。

 生物の体を、粘土細工のように作り変えるなど、神でもなければ不可能だろう。


 だが、俺のスキル『加工』は、そんな常識をあざ笑うかのように、目の前でありえないことを起こしていた。


 赤黒く抉れていた傷口が、まるで時を巻き戻すかのように、その姿を変えていく。


 断ち切られた血管がひとりでに繋がり、脈動を取り戻す。

 裂けた筋肉の繊維が、するすると元の場所へと収束し、再生していく。

 そして、ぱっくりと開いていた皮膚が、両側から吸い寄せられるようにして、ぴたりと合わさった。


 後には、うっすらと赤い線が残るだけ。


 それすらも、数秒後には周囲の肌の色になじんで、どこに傷があったのかさえ分からなくなった。

 血と泥に汚れていたはずの足が、生まれたばかりのような、滑らかな肌を取り戻している。


「…………うそだろ」


 あまりの出来事に、自分の口から乾いた声が漏れた。

 治癒魔法、というものがこの世界にあるのなら、きっとこういう現象を指すのだろう。

 だが、俺が使ったのは、そんな高尚なものではない。


 泥をこねるための、外れスキル『加工』だ。


 それが、こんな芸当をやってのけた。


 体から流れ出していた魔力の奔流が、ぴたりと止まる。

 どうやら、治療は完了したらしい。俺の魔力は、感覚的にはまったく減っていない。


 まるで、巨大なダムからバケツ一杯分の水を汲み出したようなものだ。


 もしかしたら、この莫大な魔力量がなければ、今のようなことは起こせなかったのかもしれない。


「……ん……」


 その時、腕の中でぐったりとしていた少女が、小さく身じろぎした。

 ぴく、と犬のような耳が揺れ、長いまつげがかすかに動く。


 ゆっくりと、その瞼が持ち上げられた。


 現れたのは、澄んだ琥珀色をした瞳だった。

 最初は焦点が合っていないようだったが、やがて、すぐ目の前にいる俺の顔をはっきりと捉えた。


「……あ……えっと……?」


 少女は戸惑ったような、か細い声を出す。状況が呑み込めていないようだ。


「気が付いたか。よかった」


 俺がそう言うと、少女はびくりと体をこわばらせ、慌てて俺から距離を取ろうとした。

 だが、その動きはすぐに止まる。自分の足に視線を落としたまま、固まっていた。


「足……私の足……」


 呟く声は、驚きでかすかに上ずっている。

 彼女は自分の手で、ためらうように、先ほどまで傷があったはずの場所に触れた。


 そこに傷などなく、滑らかな肌があるだけだと確認すると、琥珀色の瞳が、これ以上ないというくらい大きく見開かれた。


「な、なんで……? 傷は……血が、あんなに……」


 パニックに陥りかけている少女に、俺は何と声を掛ければいいのか分からなかった。

 何せ、やった本人である俺が、一番この状況を信じられていないのだから。


「えっと……大丈夫か?」


 気の利いた言葉が何も思いつかず、ありきたりな質問を投げかける。

 少女ははっとしたように顔を上げ、改めて俺の顔を見た。

 そして、すぐ近くに転がっているブラックウルフの巨体を見、もう一度自分の足を見て、ようやく何が起こったのかを断片的に理解し始めたようだった。


「あ、あの……もしかして、あなたが……助けて、くれたんですか……?」

「まあ、そんなところだ」

「この魔物も……あなたが?」

「ああ、まあ、なんとか」


 俺が曖昧に頷くと、少女の瞳から、ぽろり、と大粒の涙がこぼれ落ちた。

 それは堰を切ったように、次から次へと溢れ出し、彼女の頬を伝っていく。


「う……うぅ……! よかった……! もう、だめかと思った……!」


 わっと泣き出した少女に、俺はうろたえてしまった。

 前世を含めても、こんな感じで女の子に泣かれた経験などない。


 どうすればいいんだ。


「あ、あの、もう大丈夫だから。泣かないでくれ」

「だ、だって……! ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」


 しゃくりあげながら、少女は何度も何度も頭を下げた。

 その姿を見て、俺は少しだけ、むず痒いような、でも温かいような、不思議な気持ちになった。


 前世では、あの世界に生まれて落ちてから死ぬまで、貧乏くじを引き続けていた俺が、最後に感謝されたのは一体いつだっただろう?

 高校?中学?小学校か?

 いや、前世では、死ぬ前まで、誰かに感謝されることなんて、ほとんどなかった気もする。


 最後の記憶は、営業成績を上げても、上司の手柄にされるだけ、という悲しい記憶。


 そんな世界で生きてきた俺にとって、この少女の純粋な感謝は、あまりにも眩しかった。


「名前は?」


 俺は少しでも場の空気を変えようと、そう尋ねた。


「え……? あ、はい! 私、リーナって言います! あなたのお名前は……?」

「俺は……タカトだ」


 前世の名前をそのまま名乗ることに、少しだけ違和感を覚えた。

 高橋タカトは死んだ。今の俺は、タカト。そうだ、今の俺は、ただのタカトだ。


「タカト、さん……」


 リーナは俺の名前を、大切な宝物のように、そっと口の中で転がす。


「リーナは、どうしてこんな森の奥に? 一人で?」

「村の薬師さんのお使いで、薬草を採りに来てたんです。そしたら、あのブラックウルフに……。いつもは、こんな森の奥まで来なくても採れる薬草なんですけど、最近、なぜか見つからなくて……」


 俯きながら話すリーナ。村、という単語に俺は反応した。


「この近くに、村があるのか?」

「はい! 森を抜ければすぐです! 私の村、リーフェル村って言います!」


 それを聞いて、俺は心底ほっとした。

 これで野宿生活は免れそうだからだ。


「そうか。じゃあ、その村まで送っていくよ。まだ魔物がいないとも限らないしな」

「えっ!? い、いいんですか!? で、でも、タカトさんにご迷惑じゃ……」

「迷惑じゃないさ。俺も、どこか人のいる場所を探してたところなんだ。案内してくれると助かる」


 俺がにこやかに言うと、リーナは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐにぱあっと表情を輝かせた。その笑顔は、曇り空の後に差す太陽の光のように、まっすぐで明るかった。


「はい! もちろんです! こっちです!」


 ぴょこんと立ち上がったリーナは、元気よく歩き出した。

 さっきまで死にかけていたとは思えないほど、足取りはしっかりしている。


 俺の『加工』スキル、とんでもない性能だ。

 改めて、自分の与えられた力の異常さを思い知る。

 これは、絶対に隠し通さなければ。


 俺のスローライフのためにも。



 リーナに案内されて森の中を歩く。

 彼女の話によると、リーフェル村は森を抜けた先にある、小さな開拓村らしい。


 俺たちは、他愛もない話をしながら進んだ。


「タカトさんは、冒険者の方なんですか? あんなに強い魔物を、一人で倒しちゃうなんて」

「いや、俺は冒険者じゃないんだ。ただの、まあ……旅の者、みたいなものかな」


 嘘ではない。転生してきて、まだ一日すら経っていないのだから。


「そうなんですね! でも、すごいです! それに、足の傷まで治してくださって……。あれは、治癒魔法……ですよね?」

「……まあ、そんな感じの、何かだ」


 核心部分をぼかしながら答える。

 スキル『加工』で治した、なんて言っても信じてもらえないだろうし、そもそも信じられても困る。このスキルは、俺が静かに暮らすための秘密兵器なのだ。


「タカトさんの魔法、すごく温かかったです。お日様の中にいるみたいでした」


 リーナはそう言って、はにかむように笑った。彼女の素直な言葉が、なんだか心にじんわりと染み渡る。


 しばらく歩くと、木々の切れ間から、明るい光が差し込んできた。


 森を抜けたらしい。


 目の前には、緩やかな丘陵地帯が広がり、その先に、こぢんまりとした村が見えた。

 木と石で作られた素朴な家々が十数軒。


 畑が広がり、家々の煙突からは、細く白い煙が立ち上っている。


 まさに、俺が夢にまで見た『田舎』の風景そのものだった。


「着きました! あれがリーフェル村です!」


 リーナが嬉しそうに指をさす。

 村に近づくと、畑仕事をしていた村人たちが、こちらに気づいて顔を上げた。


 そして、リーナの姿を認めると、一様に驚いたような顔になる。


「お、おい、あれはリーナちゃんじゃないか?」

「本当だ!無事だったのか!」


 数人の村人が、鍬を置いてこちらへ駆け寄ってきた。


「リーナちゃん! 心配したんだぞ! 薬草採りに行ったまま戻ってこないから、みんなで捜しに行こうって話してたところだ!」


 屈強な体つきの、人の良さそうなおじさんが、リーナに駆け寄って言った。


「ご、ごめんなさい……。途中で、魔物に襲われちゃって……」

「魔物!? 怪我はないのか!?」

「は、はい! 大丈夫です! この方に、助けていただいたんです!」


 リーナが俺の方を振り返り、そう紹介する。村人たちの視線が一斉に俺に集まった。

 訝しむような、それでいて好奇心のある、複雑な眼差し。


 都会の無関心に慣れきった身には、少しだけ居心地が悪い。


「そちらの方は……?」

「旅の者です。森で魔物に襲われていた彼女を、偶然見つけて助けたんです」


 俺は当たり障りのないように答える。

 すると、リーナが興奮したように口を挟んだ。


「違うんです! 偶然なんかじゃなくて! タカトさんは、すっごく強くて! とってもおっきなブラックウルフを、一撃で! それに、私が足にひどい怪我をしてたのも、タカトさんの魔法で、一瞬で治してくれて……!」

「な、なんだって!?」


 リーナの言葉に、村人たちがどよめく。

 やめろ、リーナ。

 そんなにハードルを上げるんじゃない。


 俺はただ、静かに暮らしたいだけなんだ。


「ブラックウルフを一撃……?治癒魔法まで使える、高位の魔法使い様か!?」

「こりゃあ、ただ事じゃないぞ。すぐに村長さんにお知らせしないと!」


 話がどんどん大きくなっていく。


 まずい流れだ。


 一人の村人が慌てて村の中心部へと走っていく。

 残った村人たちは、俺を遠巻きにしながらも、尊敬と畏れがまざったような眼差しを向けていた。


 やがて、村の奥から、一人の初老の男性がやってきた。

 白髪混じりの豊かな髭をたくわえ、年の割にしっかりとした足取りで、厳しいながらも優しそうな目をしている。

 彼が、この村の村長なのだろう。


「わしがこの村の村長、グレンだ。リーナを助けてくださったと聞いた。まずは、礼を言わせてほしい。本当にありがとうございました」


 グレンと名乗った村長は、俺の前で深々と頭を下げた。

 その丁寧な態度に、俺は逆に恐縮してしまう。


「い、いえ、頭を上げてください。大したことじゃありませんから」

「いや、あなたにとっては大したことでなくとも、我々にとっては、村にいる娘の命を救っていただいたということ。何と礼を言ったらいいか……」


 グレン村長は、俺の身なりや雰囲気を探るように、じっと観察している。


「失礼だが、お名前と、身分をお聞かせ願えるかな? あなた様のようなお方が、このような辺境の村に、何の御用で?」

「タカト、と申します。身分というほどのものはありません。しがない旅の者です。この辺りに、静かに暮らせる場所はないかと、探している最中でして」


 俺が正直に(いや、少しだけ脚色して)答えると、グレン村長は意外そうな顔をした。


「静かに暮らせる場所……とな? あなた様ほどの実力者が、か?」

「実力、というのも過大評価ですよ。本当に、偶然と幸運が重なっただけです」


 あくまで謙遜する俺に、グレン村長は何かを察したようだった。

 それ以上、俺の素性について深くは追及せず、穏やかな表情でこう言った。


「……事情は分かった。ともかく、恩人よ。今夜は、村の集会所に部屋を用意させよう。旅の疲れを癒してくだされ。ささやかだが、歓迎の宴も開かせていただきたい」

「そ、そんな、滅相もありません! 宿をお借りできるだけで、十分です!」


 宴なんて開かれたら、ますます目立ってしまう。それだけは避けたい。

 俺の必死の様子が伝わったのか、グレン村長は苦笑いを浮かべた。


「そうか。では、せめて食事だけでも、ゆっくりと召し上がっていってくだされ。さあ、こちらへ」


 グレン村長に促され、俺は村の中へと足を踏み入れた。

 村人たちは、俺が通ると、皆、仕事の手を止めてお辞儀をする。

 子供たちは、物珍しそうに、家の陰からこちらを覗いていた。


 前世のブラック企業では、俺はただの歯車だった。

 いてもいなくても、代わりはいくらでもいる。

 そんな存在だった俺が、今、この村では『命の恩人』として、英雄のような扱いを受けている。

 そのギャップに、俺は戸惑いを隠せなかった。


 人の優しさというものに、どう対応していいのか分からない。


 ただ、一つだけ言えるのは、この村の空気は、ひどく心地が良い、ということだった。


 案内されたのは、村で一番大きな建物である集会所だった。その一室に、簡素ながらも清潔なベッドとテーブルが用意されていた。


「今夜は、ここでゆっくりとお休みくだされ。食事の準備ができたら、また呼びに来させよう」

「ありがとうございます。至れり尽くせりで、申し訳ないくらいです」

「なに、これくらい当然のことだ。リーナ、お前も、タカト殿が不自由しないように、身の回りの世話をして差し上げるんだぞ」

「は、はい! お任せください!」

リーナが、ぴしっと背筋を伸ばして答える。


 グレン村長が部屋を出ていくと、俺とリーナの二人きりになった。


「あの、タカトさん。何か必要なものがあったら、何でも言ってくださいね!」


 目をきらきらさせながら、リーナが言う。

 その健気さが、なんだか子犬のようで、思わず頬が緩んだ。


「ありがとう、リーナ。でも、本当に何もないよ。こうして、安心して休める場所があるだけで、十分すぎるくらいだ」

「そんな……。タカトさんは、私の命の恩人なんですよ? もっと、こう……威張ったりとか、しないんですか?」


 リーナは不思議そうに、こてんと首を傾げた。


「威張る? どうして俺が?」

「だって、タカトさんは、すっごく強い魔法使いなんですよね? 普通、そういう偉い人って、もっとこう……ふんぞり返ってる、みたいな……」


 彼女の言う『偉い人』のイメージは、前世で俺をこき使っていた上司の姿と重なった。

 理不尽で、傲慢で、自分のことしか考えていない人間。


 俺は、ああはなりたくない。


「俺は、偉くも強くもないよ。ただ、静かに、穏やかに暮らしたいだけなんだ。誰にも命令されず、自分のペースで生きていきたい。それが、俺のたった一つの望みなんだ」


 俺の言葉を、リーナは黙って聞いていた。

 そして、ぽつりと呟いた。


「なんだか……タカトさんって、不思議な人ですね」

「そうかな?」

「はい。すごく大きな力を持っているのに、それを全然、ひけらかそうとしない……」


 リーナの洞察力の高さは侮れない。

 彼女は、俺に対して的確な言葉を述べる。


「ああ、いや。まあ、そうかな?」


 俺はそれに対してあいまいに答えるほかになかった。



 やがて、村の女性が、温かいスープと焼きたてのパンを持ってきてくれた。

 特別なご馳走ではないが、素朴で、心のこもった味がした。


 その優しい味は、じんわりと染み渡っていくように感じた。


 食事を終え、リーナが部屋を辞した後、俺は一人、ベッドに横になった。

 今日一日で、色々なことがありすぎた。

 死んで、転生して、魔物を倒して、女の子を助けて、村に歓迎される。まるで、何かの物語の主人公になったみたいだ。


 だが、俺は主人公になんてなりたくない。


 世界の命運を背負うなんて、ごめんだ。


 俺が望むのは、このリーフェル村のような場所で、自分の手で小さな家を建てて、畑を耕して、自給自足の生活を送ること。

 リーナのような、素朴で心優しい人々と、穏やかな関係を築いていくこと。


 それだけでいい。

 改めてそのように、俺は確信した。


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