第十六話:野営地設営と地味なサポート
合同訓練が行われるという演習林とやらは、想像していたよりもずっと、ただの『森』だった。
リーフェル村の周辺にいつも見ている森と、一見したところ大差ない。ただ、決定的に違う点がいくつかあった。
それは、そこに生えている木々が妙に図太く、その枝葉は空を覆い隠すように鬱蒼と茂っていること。そのせいで、まだ日が高い時間だというのに、森全体が夕暮れ時のように薄暗い。
さらに言えば、時折、どこからか、聞いたことのない獣の低い唸り声のようなものが風に乗って聞こえてくること。明らかに、ブラックウルフなんかよりも性質が悪そうな気配が、じっとりと肌にまとわりついてくる。
結論。
この場所は、俺が夢見るスローライフには、まったくもって不向きな土地である。
「……はあ」
あのいまいましい荷馬車からようやく解放され、俺は森の入り口にある開けた広場へとよろよろと降り立った。すでに俺の尻の感覚は、長時間の振動で完全に家出してしまっている。
広場には、すでに俺たちが乗ってきたオンボロ馬車より数段は立派な、装飾が施された馬車や、いかにも高価そうなテントがいくつも張られていた。
そして、その中心に集まっているのは、二十人ほどの男女。
その誰もが、一癖も二癖もありそうな連中ばかりだった。
全身を隙間なく鋼鉄の鎧で固めた、歩く鉄塊のような大男。軽装ながらも、腰に短剣をこれでもかと十数本もぶら下げた、やけに目つきの鋭い男。背中に身の丈ほどもある巨大な戦斧を背負った、屈強な獣人の女性。
そして、エリスや、あのクラリッサのように、上質なローブや騎士装束を身につけた、いかにも『エリート』然とした連中。
共通しているのは、全員から発せられる「俺(私)はBランクだぞ」という、隠しようもない自信と、ぴりぴりとした緊張感だった。
……だめだ。
どう見ても場違いだ。
リーフェル村にある芋畑が、今、猛烈に恋しい。
俺が今すぐ踵を返して、あの乗り心地最悪の馬車に再び飛び乗り、この場から逃げ出したいという強い衝動に駆られていると。
「おお、エリス殿! お待ちしておりましたぞ!」
いかにもギルドの幹部といった様子の、小太りな髭の男が、こちらに気づいて大げさな笑顔で駆け寄ってきた。その腹回りは、前世で接待漬けだった頃の俺の上司を思い出させて、少しだけ気分が悪くなる。
「長旅、ご苦労様でした。して、そちらが?」
男の視線が、エリスの隣に立つ俺とリーナに向けられる。値踏みをするような、じろりとした、実にいやらしい視線だ。
「ええ。リーフェル村支部所属、Bランクのタカトさん。そして、彼の従者のリーナさんです」
エリスが、申し分のない営業スマイルで俺たちを紹介する。
「ほう。あなたが、あの噂の……」
髭の男の目が、品定めをするように、俺の顔と、俺が背負う貧相な荷物(なにせ、これには着替えと保存食と枕しか入っていない)とを、いやらしく上下させた。
俺はすかさず、この数日間、鏡の前で、血のにじむような努力の末にマスターした、『無能な役立たず』スマイルを顔に貼り付けた。
「は、はは……。どうも、タカトです……。いやあ、俺、何かの間違いでBランクになっちゃったみたいでして。はは……。今回は、皆さんの足手まといにならないように、隅っこの方で、できるだけ小さくなっていようと思ってますので……。あはは……」
自分でも情けなくなるほどの、卑屈な自己紹介。
案の定、髭の男は、あからさまに「こりゃ使えねえな」という顔をした。
その時、広場の向こう側から、あの氷のように冷たい声が、つんと響いてきた。
「ほう、来たか。魔力だけが取り柄の役立たずが」
声の主は、もちろん、クラリッサだった。
クラリッサは数人の騎士風の男たちを引き連れて、こちらにすたすたと歩み寄ってくる。その白銀の鎧は、森の薄暗い光の中ですら、まばゆいほどに輝いていて、目がチカチカする。
彼女の、あからさまな侮蔑の言葉に、周囲にいた他のBランク冒険者たちが、くすくす、と含み笑いを漏らすのが聞こえた。
どうやら彼女、俺が到着するまでの間に、俺の悪評を、それはもう丁寧に、この場にいる全員に広めてくれていたらしい。
最高の広告塔だ。ありがとう、クラリッサ嬢。心の中で、俺は彼女に堅く握手を求めた。
「タカトさん……!」
俺の隣で、リーナが怒りに小さな体をわなわなと小刻みに動かしている。その犬の耳は、怒りでピンと逆立ち、尻尾は地面を叩きそうな勢いだ。
俺は、その手を後ろ手でそっと握りしめた。
(今は我慢だ)
目線だけで、そう伝える。
リーナは、悔しそうに唇をきゅっと噛み締め、こくりと頷いた。
いい子だ。
「全員、集まったようだな!」
髭のギルド幹部が、パン、と大きく手を打ち鳴らした。
それまでざわついていた冒険者たちの私語が、ぴたりと止む。
さすがはBランクの集まりだ。この切り替えの早さは、プロのそれだ。
「これより、Bランク冒険者合同訓練を開始する! 今回の訓練内容は、いたってシンプルだ!」
彼は、広場の隅に立てかけられていた、大きな地図をビシリと指さした。
「この演習林の奥地。指定されたポイントに、我々が一週間滞在可能な、安全な『野営地』を設営する! 以上だ!」
「「「……は?」」」
そのあまりにも拍子抜けする内容に。
俺以外の、ほぼ全員の屈強な冒険者たちから、間の抜けた声が上がった。
「の、野営地の設営……ですと?」
「ふざけるな! 俺たちは、土木作業をしに、こんな森の奥まで、呼び出されたのかよ!?」
屈強な冒険者たちから、不満の声が、あちこちで上がり始めた。
そりゃそうだろう。彼らは魔物と戦いたくて、ウズウズしている戦闘狂の集まりなのだから。
だが、髭のギルド幹部は、にやり、と意地の悪い笑みを浮かべた。
「勘違いするな、諸君。ここは、ただの森ではない。Bランク指定の魔物がそこらをうろつく、危険地帯だ。そんな場所で、一週間、安全に耐えうる拠点をゼロから築き上げる。それがどれほど困難なことか。……百戦錬磨の貴様らでは、分からないことでは、あるまい?」
その言葉に、冒険者たちは、グッ!!と言葉に詰まった。
確かに、ただテントを張るだけのキャンプとは訳が違う。防御柵を立て、見張り櫓を組み、水源を確保し、それらすべてを、いつ襲ってくるか分からない強力な魔物から守りながら、行う必要があるのだ。
「訓練は、全員で協力して行ってもらう! 我々の方で、いくつかのチームに役割を分担させてもらった!」
髭のギルド幹部が、羊皮紙の巻物を広げる。
「まず、最も危険な任務だ。野営地周辺の魔物を掃討し、設営部隊の安全を確保する、『掃討・防衛チーム』!」
その言葉に、クラリッサが待ってましたとばかりに、一歩前に進み出た。
「その任務、我がクラリッサ隊が引き受ける。騎士の名にかけて、野営地に魔物一匹たりとも近づけさせはしない」
なんとも、その自信に満ちた堂々たる宣言。
周囲の冒険者たちからも、「おお、さすがは騎士様だ」「頼もしいぜ」と、素直な賞賛の声が上がる。
俺は、内心、両手を上げて喜んだ。
いいぞ、クラリッサ。それでこそ、クラリッサだ。
どんどん面倒事を引き受けてくれ。
「うむ、頼もしい限りだ、クラリッサ嬢! では、掃討チームの指揮は君に一任しよう!」
髭のギルド幹部も、満足そうに頷いている。
「次に、野営地の建設資材を森から切り出し、運搬する、『資材調達チーム』!」
「野営地全体の設計と構築を行う、『設営チーム』!」
来た。
これだ。俺の天職だ。
「そして、最後に、全体の補給と通信、そして不測の事態に備える、『後方支援チーム』だ!」
幹部が、ぱらぱらと名簿をめくっていく。
「ええと……リーフェル村のエリス殿は……ほう、魔法による広範囲の索敵と後方からの支援がご専門か。素晴らしい。では、後方支援チームのサブリーダーをお願いしよう」
「承知いたしました」
エリスが、優雅に一礼する。
まずい。
エリスが別チームになってしまった。
俺の偽装工作の、唯一の理解者である彼女が離れてしまう。
俺が内心、冷や汗をかき始めた、その時。
「そして……残るは……リーフェル村のタカト殿。スキル『加工』……。魔力量、測定不能……」
幹部が、俺の名前を実に面倒くさそうに読み上げた。
途端に、全ての視線が再び俺に突き刺さる。
好奇、同情、侮蔑。
さまざまな感情がごちゃ混ぜになった、実に居心地の悪い視線のシャワー。
幹部は、ううむ、と豊かな髭を撫でながら、心底困ったという顔で唸った。
「『加工』スキルか……。掃討にも、調達にも、使えんな……」
「あのっ!」
俺は、ここぞとばかりに、大声で、しかし、おどおどと手を上げた。
「あ、あの!俺は、そういう力仕事とか、魔物と戦うとか、全然ダメなんですけど、あの、その、泥をこねたり、石を積んだり、そういう作業なら、少しはお役に立てるかと思うんです……!な、なので、できれば、『設営チーム』に、置いていただけると、嬉しいな、なんて……! あは、あはは……!」
必死のアピール。
俺の、情けない声での立候補に、周囲の冒険者たちが、またしても、どっと笑いを漏らした。
「ははっ、なんだよ、あいつ!」
「Bランクが、自分から土方仕事に立候補かよ!」
「まあ、スキルが『加工』じゃあ、それくらいしか、使い道がねえか!」
よし、いいぞ。
笑え、もっと笑え。
俺の評価は今この瞬間、地面スレスレまで落ちているはずだ。
「……ふむ。まあ、よかろう」
幹部も、もはや俺に何の期待もしていない、という顔で、諦めたように頷いた。
「では、タカト殿は『設営チーム』に配属とする! せいぜい足を引っ張らんよう、励むことだな!」
「は、はいっ! が、頑張ります! 精一杯、泥をこねます!」
俺は、これ以上ないくらい元気よく、しかし、どこまでも空回りしているように聞こえる返事をした。
こうして、俺は狙い通り、最も戦闘から遠い場所。
そして、俺のスキルを隠しながら、こっそりと役立てることができそうな、『設営チーム』という、俺にとっての最高のポジションを手に入れたのだった。
リーナも、もちろん、俺の『従者』として、設営チームの雑用係だ。
◇
「タカトさん! お水、どうぞ! 汗、すごいですよ!」
「ああ、ありがとう、リーナ。助かるよ」
訓練が開始されて、数時間が経過した。
野営地の予定地は、広場の中心から少し離れた、小高い丘の上と定められた。
そして俺は今、人生でこれほどまでに神経を集中させたことがあるだろうか、というほどの過酷で困難な作業に従事していた。
それは、もちろん、『設営作業』そのものではない。
『いかにして周囲にバレずに加工スキルを使い、設営作業を陰からこっそりサポートするか』という、超高難易度の地味なミッションである。
「うおおおっ、この杭、ぜんぜん入っていかねえぞ!」
「こっちもだ! なんだ、この地面、岩盤みたいに固すぎる!」
俺が所属する『設営チーム』は、現在、野営地の外周を囲むための防御用の丸太の柵を作っている最中だった。資材調達チームがヒーヒー言いながら運んできた丸太の先端を尖らせ、屈強な冒険者たちが巨大な木槌を振り上げ、それを地面に打ち込もうとしている。
だが、この演習林の地盤は、俺の想像以上に固く、作業はまったく進んでいなかった。
「……しょうがないな」
俺は、ふう、と息をつくと、彼らに気づかれないように、そっと地面に手のひらを触れさせた。
もちろん、表向きは「ああ、疲れた。ちょっと休憩」と、地面に手をついて休んでいるふりをしながら。
『イメージしろ。あの冒険者が今、打ち込もうとしている杭の真下の土。その土の粒子間の結合を、ほんのわずかだけ緩める。カチカチの岩盤から、少しだけ柔らかな、湿った粘土質へと、『加工』する』
俺の体から、ごくごく微量の魔力が、リーナの髪の毛一本分ほどの細さで放出される。
この魔力の精密なコントロール。
これが、とんでもなく神経を使うのだ。
魔力を出しすぎれば、地面が不自然に陥没して、すぐにバレる。
やらなければ、作業は一向に進まず、設営チームのリーダーから俺が怒鳴られることになる。
なんて理不尽な板挟みだ。
俺が魔力をそっと流し込んだ直後。
ドゴンッ!
「おおっ!?」
冒険者が、本日三十回目くらいの木槌を振り下ろした、その一撃で。
あれほど頑としていた丸太の杭が、ずぶ、と小気味良い音を立てて、地面に深く突き刺さった。
「な、なんだ? 急に、入りやすくなったぞ!」
「本当だ! こっちもだ! ずぶん、と入った!」
他の冒険者たちも、俺がこっそり『加工』したポイントで、次々と杭を打ち込んでいく。
あれだけ苦戦していたのが嘘のように、作業がスムーズに進み始めた。
「ははっ、なんだよ! さっきまでサボってたのは、俺たちの方だったか!」
「気合が足りてなかったんだな! よし、野郎ども、ガンガン行くぞ!」
彼らは、自分たちの気合のおかげで、地面が柔らかくなったと、信じ込んでいるようだった。
よし、よし。誰も気づいていない。
これぞ裏方作業だ。
「……タカトさん」
俺の隣で、水筒を抱えながら作業を見守っているリーナが、そっと俺の耳元で囁いた。
その顔は、尊敬と興奮で、わずかに赤らんでいる。
(今、やりましたね……! すごいです……! 魔法みたいです!)
(しーっ。リーナ、声が、大きい! 魔法じゃない、ただの地道な作業だ!)
俺は慌てて、彼女の口を、人差し指でそっと塞いだ。
この子に悪気は、まったくない。
ないのだが、彼女のこの純粋すぎる賞賛の声が、俺の血のにじむような偽装工作を、一瞬で台無しにしかねない。
「ほら、俺たちも作業するぞ。あそこの石、運ぶの手伝え」
「は、はいっ!」
俺はリーナと二人で、せっせと石垣の土台となる石を運ぶふりを始めた。
もちろん、これも演技だ。
俺が今、両手で抱えている石。
見た目は、他の冒険者が「うおおお!」と顔を真っ赤にして運んでいる石と、何ら変わらない。
だが、実は…。
俺は、この石を拾い上げる瞬間に、こっそりとスキルを使い、その質量を『加工』していた。
『見た目はそのままで、内部構造を発泡スチロールのようにスカスカにしろ』
その結果、俺が運んでいるこの大岩。
見た目は五十キロはありそうだが、実際は一キロほどの重さしかない。
俺は、その超軽量化された大岩を、ぜえぜえと死にそうな顔をしながら、必死の形相で運んでいるふりをする。
「う、ぐぐぐ……! お、重い……! だめだ、俺、もう、腰が……! 腰が、砕け散る……!」
「タカトさん! だ、大丈夫ですか!? 私、私が半分持ちます!」
リーナも、俺の指示通り、迫真の演技で、俺を支えようとする。
その俺たちの、実に不格好な主従の共同作業を見て。
設営チームの他の冒険者たちが、またしても憐れむような、同情するような笑いを漏らした。
「おい、見ろよ、あのBランク様」
「女の従者に支えられながら、石一個運ぶのも、やっとなのかよ」
「魔力だけあっても、これじゃあな。本当に役立たずだぜ」
よし。
俺の『無能』っぷりは、着実に、この野営地全体に浸透している。
この地味で困難な作業は、俺の精神をひどくすり減らしていく。
正直に言おう。
全力でストーンドラゴンと戦った、あの時の方が、よっぽど精神的には楽だった。
あの時は、ただ、目の前の面倒事を、力で排除すればよかったのだから。
だが、今は違う。
力を隠す。
それも、ただ隠すのではなく、バレないように、こっそりと小出しにしながら、周囲を欺き続ける。
これは、もはや戦闘だ。
俺のスローライフを守るための、静かで地味な、だが、何よりも困難な神経戦。
俺たちは、誰にも知られず、孤独な戦いを続けていた。
◇
「……ふん。見下げ果てたものだな」
設営作業が中盤に差し掛かった、夕暮れ時。
そんな声が頭上から降ってきて、俺はびくりと肩を揺らした。
見上げると、いつの間にかクラリッサが腕を組み、仁王立ちで、俺たちの作業風景を見下ろしていた。どうやら魔物掃討の巡回から戻ってきたところらしい。
その冷たい碧眼が、もちろん、汗と泥にまみれて『石運び(軽量版)』に勤しむ俺を、まっすぐに捉えている。
まずい、と俺は思った。
俺は、その時ちょうど、見張り櫓の柱となる、ひときわ太い丸太に、こっそりと強度を付与している最中だったのだ。
『木の繊維そのものを、鉄線のように硬く『加工』しろ。見た目は変えるな。内部構造だけだ。これで、万が一、魔物が体当たりしてきても、簡単には折れないはずだ』
俺は、丸太にそっと手を触れ、「ああ、疲れたなあ」と、誰も見ていないところで小さなため息をつくふりをしながら、スキルを行使していた。
その、まさに決定的瞬間に、背後から声をかけられたのだ。
カツ、カツ、と、鎧の靴音が、背後から近づいてくる。
そして、俺の目の前に、白銀のブーツが、ずい、と立ちはだかった。
「……何をしているのだ、貴様は」
「ひゃっ!?」
急に声をかけられた。
び、びっくりした……!
今度こそ、心臓が喉から飛び出すかと思った。
俺は、ひどく驚いて、息が止まりそうになるのを、必死でこらえた。
魔力の制御が、一瞬、大きく乱れそうになる。
危ない、危ない。今、バレたら、全てが終わりだ。
「な、何って……。ご覧の通り、この丸太が、ちゃんとしてるかどうかの点検を……」
「点検? スキル『加工』を持つ、貴様が、か?」
彼女は、鼻で、ふ、と笑った。
その表情は、俺に対する侮蔑を隠そうともしていない。
申し分ない。彼女が俺を心の底から軽蔑してくれているのが、その態度からひしひしと伝わってくる。
この調子だ。
「貴様にできることと言えば、せいぜい、この丸太の表面を磨くことくらいだろう。そんなこと、作業の何の足しにもならん」
「は、はあ……。仰る、通りで……。すみません、俺、何もできなくて……」
俺が、ひたすら情けなく、しゅん、と頭を下げていると。
彼女は、俺が手を触れていた丸太を、ちらりと見た。
そして、何かに気づいたように、わずかに、その美しい眉を動かした。
「……? この丸太……。先ほど、資材調達チームが運んできたもの、だな?」
「え、あ、はい。そうだと、思いますけど……」
「……にしては」
彼女は、ためらうように、その白銀の手甲に包まれた指先で、丸太の表面を、こん、と軽く叩いた。
乾いた、やけに、硬い音がした。
「……やけに、木の密度が高い気がするな。まるで鉄のようだ……」
「「「!!?」」」
俺と、俺の背後に隠れるようにして立っていたリーナの体が、同時に、びくりと大きく反応した。
まずい、まずいまずい!
まずいぞ!
この女、騎士だか何だか知らないが、その観察眼は確かだ!
俺の地味すぎる『加工』の痕跡に、気づきかけている……!
「い、いやあ、それは、きっと、気のせいですよ! ほら、この森の木は、育ちがいいんじゃないですかね!? 栄養満点みたいな! あは、あはは!」
俺は必死で笑って、適当にごまかした。
額から、冷や汗が、どっと噴き出してくる。
「……気のせい、か……?」
クラリッサは、まだ納得がいかない、という表情で、丸太をじっと見つめている。
その鋭い碧眼が、俺の嘘を見破ろうと、細められている。
その時。
「クラリッサ様ー!大変です!西の区画にゴブリンの大群が出現しました!」
彼女の部下である騎士が、慌てた様子で、こちらへ駆け寄ってきた。
「! 何だと!?」
クラリッサの意識が、丸太から、そちらへと一瞬で移る。
「……ふん。まあ、いいだろう。どうせ貴様に、この丸太の異常が何であったとしても、何かができるわけでもない」
彼女は最後に、もう一度俺を道端の虫けらでも見るような目で、一瞥すると。
「行くぞ!」と、部下たちに厳しく号令をかけ、風のように去っていった。
「…………助かった」
俺は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを、必死でこらえた。
精神的な疲労が、とっくに、頂点に達している。
全力で魔物を掃討している、クラリッサの方が、よっぽど楽な仕事に見えてきた。
「た、タカトさん……!今、危なかったです……!」
リーナが、俺の袖を、きゅっと掴んで小刻みに体を動かしている。
「ああ……。まったく、だ。あの騎士のお嬢様。思った以上に厄介だぞ……」
俺のスローライフを守るための戦い。
それは、魔物との物理的な戦いよりも、よっぽど神経を使う、人間同士の腹の探り合い。
けれど、野営地の設営作業は、まだ始まったばかりだった。




