第十三話:エルフの訪問
合同訓練への出発を数日後に控えたその日、俺の心はどんよりとした梅雨空のように、低く重たい雲に覆われていた。ギルドからの召喚状という名の脅迫状を受け入れて以来、俺の日常からカラリとした明るさが失せてしまった気がする。畑仕事をしていても、リーナと食事をしていても、ふとした瞬間にあの羊皮紙に書かれた回りくどい脅しの文句が頭をよぎり、胃のあたりがキリリと痛むのだ。
「はあ……」
本日、すでに三十回は超えたであろうため息を、また一つ畑の土へと落とす。目の前では数日前に植えた芋の苗が、力強い緑の葉を太陽に向かって伸ばしていた。その生命力に満ち溢れた姿が、今の俺には少しだけ眩しすぎた。
「タカトさん! お昼の準備、できましたよー!」
丘の下にある家から、リーナの明るい声が飛んでくる。俺は腰を伸ばし、「おお、今行く」と、できるだけ普段通りの声を装って返事をした。この子にまで余計な心配をかけさせるわけにはいかない。
外見は古びた石造りの小屋だが、一歩中に足を踏み入れれば、そこは昨日までと何も変わらない快適な我が家だ。この秘密基地のような空間だけが、今の俺の唯一の安息の地だった。
「今日のスープは、自信作なんですよ! タカトさんに教えてもらった通り、お味噌を溶く前にしっかり出汁をとってみました!」
テーブルには、ほかほかと湯気の立つ具沢山の味噌汁と、こんがりと焼かれた干し肉、そしてふかした芋が並べられていた。リーナは最近、俺が『加工』スキルで作った調味料にすっかり魅せられ、俺の指導のもと料理の腕をめきめきと上げていた。
「うん、美味い。出汁の香りがしっかり効いてるな。リーナは本当に筋がいいよ」
「えへへ、そうですか? タカトさんに褒めてもらえると、嬉しいです!」
にこにこと満面の笑みを浮かべるリーナ。その屈託のない笑顔を見ていると、俺の心に垂れ込めていた灰色の雲も少しだけ晴れていくような気がした。
そうだ、この日常を守るためだ。面倒な訓練も、鼻持ちならない貴族や冒険者との付き合いも、全てはこのリーナと笑い合える食卓に帰ってくるための必要経費なのだと、そう自分に言い聞かせる。
食後の片付けをリーナに任せ、俺はリビングの椅子に深く腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
その時だった。
コン、コン。
控えめな、それでいて何か有無を言わせぬような、固いノックの音が家の木の扉を叩いた。
俺とリーナは顔を見合わせた。
村の人間ならこんな風に改まって扉を叩くことはしない。先日来たギルドの使いともどこか音の質が違う。もっと何か、洗練されたノックの音だ。
「……誰だろう?」
「私、見てきますね!」
ぱたぱたと軽い足取りで玄関へと向かうリーナ。俺はその小さな背中を、何とも言えない嫌な予感を覚えながら見送っていた。
ぎい、と扉が開く音がした。
「は、はい! どちら様でしょうか……って、あれ?」
リーナの少し気の抜けたような声。
そして、その声に応える凛とした涼やかな声。それは俺の記憶に、ここ数日悪夢のようにこびりついていた声だった。
「こんにちは。Bランク冒険者のタカトさんは、こちらのお宅でお間違いないでしょうか?」
「え、あ、はい!そうですけど……ええっと……」
戸惑うリーナの脇をすり抜けるようにして、その人物は躊躇いなく家の中へと一歩足を踏み入れた。
陽光そのものを束ねたようなきらきらと輝く金色の長髪。陶器のように滑らかな白い肌。そして、深い森の泉を思わせる碧い瞳。
エリス。
Bランクのエルフの冒険者。俺を面倒事の渦の中へと笑顔で引きずり込んだ張本人だった。
「……どうも、エリスさん。わざわざこんな辺境の村まで、一体何の御用で?」
俺は椅子に座ったまま、できるだけ不機嫌そうな顔を隠そうともせずに言った。
彼女はギルドで別れた時と同じ、冒険者らしい機能的な旅装束に身を包んでいた。その姿はこののどかな村の空気の中では、あまりにも不釣り合いに見える。
「ごきげんよう、タカトさん。少し野暮用でこの近くまで来たものですから、ご挨拶にと思いまして」
彼女はにこりと非の打ち所がない笑みを浮かべて言った。そのどこか人を食ったような態度が、俺の神経をちりちりと逆撫でする。
野暮用? 嘘をつけ。このリーフェル村周辺に、Bランクの冒険者様がわざわざ足を運ばなければならないような『野暮用』など存在するはずがない。目的地は最初からこの俺だったに違いない。
エリスは俺の刺すような視線など全く意に介していない様子で、興味深そうに家の中をきょろきょろと見回した。
「……なるほど。これが噂の『生きている家』ですか」
「くだらない噂を真に受けないでいただきたいですね」
「あら、そうですか? ですが実に興味深い。外観はこの辺りでありふれた古びた石造りの小屋。ですが一歩中に入れば、この滑らかに磨き上げられた床板、歪みのない壁、そして……」
彼女の碧い瞳が、キッチンの金属製の蛇口にぴたりと固定された。
「……あの金属の管は何です? 装飾品ではないようですが」
「……ただの飾りです」
「ほう。そうですか」
彼女はそれ以上追及はしてこなかった。だがその瞳の奥には、まるで新しい研究対象を見つけた子供のような純粋な好奇心の光が爛々と輝いていた。
この人はダメだ。隠せば隠すほど、その奥にあるものを暴きたくて仕方がなくなるタイプだ。
「それで、ご挨拶とやらはもう済みましたか? 俺はこれから畑仕事の続きがあるので、お引き取り願いたいのですが」
「まあ、そうつれないことをおっしゃらずに。せっかく来たのですから、お茶の一杯でもいかがです?」
彼女はそう言うと、俺の返事も待たずにリビングの椅子にすっと優雅に腰を下ろした。まるで自分の家であるかのようにくつろいだ様子で。
俺はこめかみにぴきりと青筋が浮き出るのを感じた。
隣でリーナが、俺とエリスの顔をおろおろと交互に見比べている。
「リーナ、すまないが、お客人にお茶を」
「は、はいっ!」
リーナがぱたぱたとキッチンへと向かう。
後に残された俺とエリスの間に、重たい沈黙が落ちた。
「……それで、本題は何です?」
沈黙を破ったのは俺の方だった。
「こんな村はずれのボロ小屋まで、わざわざお越しになった本当の理由を聞かせてもらいましょうか」
「ふふ。話が早くて助かります」
エリスはくすりと上品に笑った。そしてその碧い瞳をすうっと細め、まっすぐに俺の目を見据えてきた。その瞳にはもう先ほどまでのからかうような色はない。Bランク冒険者としての怜悧な知性の光があった。
「あなたに忠告しに来たのです、タカトさん」
「忠告?」
「ええ。数日後に迫った合同訓練。あれがただのお遊戯会ではないことは、あなたもお分かりのはず」
「……まあ、そうでしょうね」
俺は曖昧に頷いた。
ギルドの上層部がわざわざBランク冒険者だけを集めて、ピクニックなどさせるはずがない。
「あの場は実力者たちがギルドの上層部や招待された貴族たちに、己の力を誇示し売り込むための見本市。極めて政治的な意味合いの強い場所です」
彼女の言葉に、俺は顔をしかめた。
貴族。
その単語を聞いただけで、俺の面倒事アレルギーが全身にじんましんのように広がっていくのを感じる。
「あなたは、そこで絶対に目立ってはいけません」
エリスはきっぱりと言い切った。
「……は?」
俺は思わず間の抜けた声を上げた。
てっきり彼女は俺に、もっと派手に立ち回ってその力のさらなる深淵を見せろ、とでも言いに来たのだと思っていたからだ。
「どういう意味です? あなたが俺に、目立つな、と?」
「ええ、そうです。あなたはただでさえ得体の知れない規格外の存在。そんなあなたが、あの場で少しでも常識外れの力を見せたとごらんなさい。ハイエナのような貴族たちがあなたを放っておくはずがありません」
彼女の言うことはもっともだった。
だが、なぜそれをこの人が俺に?
俺が貴族にいいように利用されようが、彼女には何の関係もないはずだ。
「……どうしてあなたが、俺の心配を?」
俺の当然の疑問に、エリスはふっと息を吐いた。
「勘違いしないでいただきたいですね。私が心配しているのはあなた自身のことではありません」
「じゃあ、何を」
「あなたの『力』そのものです」
彼女の碧い瞳が、まるで稀代の秘宝でも見るかのようにギラリと輝いた。
「あなたの、あの世界の理を指先で書き換えるような、不可解で冒涜的で、そして……何よりも魅力的な力。あれは俗物である貴族どもに、おもちゃにされていいような代物では断じてありません」
彼女は一気にそこまで言い切った。
その顔には自分の大切な研究対象を誰にも汚されたくないという、研究者としての独善的で純粋な独占欲があからさまに浮かんでいた。
つまり彼女は俺自身のためではなく、俺の『スキル』という最高の研究サンプルが他人の手に渡るのを防ぐために、わざわざこんな所までやってきたというわけか。
「……なるほど。理由は分かりました」
俺は大きくため息をついた。
この人はどこまで行ってもこの人なりの論理で動いているらしい。
「ですがご心配なく。俺にはもとより目立つつもりなど毛頭ありませんから。むしろ、いかにして無能な役立たずを演じ切るか、今そのことで頭がいっぱいなくらいですよ」
「ほう。それを聞いて安心しました」
エリスは満足そうに頷いた。
その時、リーナがお盆に湯気の立つカップを二つ乗せて、リビングへ戻ってきた。
「お、お待たせしました……! ミントの葉を浮かべたお茶です!」
彼女は緊張した面持ちで、俺とエリスの前にそっとカップを置いた。
エリスはそのカップを優雅な手つきで持ち上げ、ふわりと立ち上る香りを一瞬楽しむように吸い込んだ。
「……いい香りですね。心が落ち着くようです」
彼女はそう言うと、こくりと一口お茶を含んだ。
そして。
ぴたりと、その動きを止めた。
「…………」
俺はごくりと固唾をのんだ。
何かまずいことでもあっただろうか。
エリスはゆっくりとカップをソーサーに戻すと、その碧い瞳を俺に向けた。
「……タカトさん」
「は、はい」
「一つ、意外な、そして極めて個人的な、お願いがあるのですが」
彼女のその真剣な眼差しに、俺はなぜか背筋にひやりとした冷たいものを感じた。
「……何でしょう?」
「あなたが作る料理を」
彼女はそこで一度言葉を切った。
そしてわずかに頬を上気させながら、こう続けたのだ。
「一度、食べさせていただけませんか?」
「…………は?」
俺は自分の耳を疑った。
料理を食べさせろ?
このエルフのエリート冒険者様が?
俺の手料理を?
「……あの、聞き間違いですかね?」
「いいえ。あなたは正しく聞き取りました」
エリスはきっぱりと言った。その顔はダンジョンで未知の魔法理論について考察していた時と同じくらい、真剣そのものだった。
「どうしてまた、急に……」
「ダンジョンであなたの力の片鱗を見ました。それは地形を作り変え、物理法則をねじ曲げる、まさに神の御業。ですが、私はあなたの力のもう一つの側面をこの目で確かめておきたいのです」
「もう一つの側面?」
「ええ。あなたのその規格外の力が、あなたの日常において、どのように使用されているのか。あなたのその穏やかな生活の中から、あなたの力の、本質を別の角度から理解したい。……私の知的好奇心が、そう告げているのです」
彼女のその熱のこもった瞳に、俺は完全に気圧されていた。
この人は本気だ。
俺の『加工』スキルが生み出す『食』という現象。それを自らの舌で、体で、体験し分析し理解しようとしている。
どこまで貪欲な研究者なのだろうか。
俺は頭を抱えたくなった。
「いや、しかし俺の料理なんて所詮は素人の自己流でして……。あなたのような高貴な方のお口に合うかどうか……」
「構いません。私は美食家ではありませんので。ただ純粋なサンプルとして、あなたの『作品』を味わってみたいのです」
作品、か。
もはや断るという選択肢は俺の中には残されていなかった。
ここで彼女の機嫌を損ねて、訓練で何をされるか分かったものではない。
俺ははあと、本日最大級の深いため息を天に向かって吐き出した。
「……分かりましたよ。作ればいいんでしょ、作れば」
「まあ! 本当ですか!?」
俺が観念してそう言うと、エリスはぱあっと花が咲くように表情を輝かせた。その子供のような無邪気な喜びように、俺は少しだけ毒気を抜かれてしまう。
「ただし、あり合わせの材料で作るだけですからね。あまり期待はしないでくださいよ」
「ええ、ええ! もちろんです!」
彼女はぶんぶんと首を縦に振っている。その姿はBランクのエリート冒険者というよりは、これから未知の実験が始まるのを心待ちにしている、一人の研究者にしか見えなかった。
◇
俺は重い腰を上げ、キッチンへと向かった。
エリスとリーナが期待に満ちた二対の瞳で、俺の背中をじっと見つめている。プレッシャーが半端ではない。
さて、何を作るか。
幸い今日の昼に使った猪の魔物の肉がまだ残っている。野菜も畑で採れた新鮮なものがある。
俺は手早く材料をまな板の上に並べていった。
「……すごい」
背後からエリスの小さな感嘆の声が漏れた。
彼女はいつの間にかキッチンの入り口に立っていた。そして俺が肉の筋を丁寧に取り除いていく、その手つきを食い入るように見つめている。
「その刃物……。普通の鉄ではありませんね。魔力を帯びている……? いえ、違う。素材そのものがありえないほどの硬度と切れ味を持っている……?」
「……これも、まあ、スキルで作ったただの包丁ですよ」
俺は曖昧に答えながら肉を薄切りにしていく。
次に野菜をリズミカルに刻んでいく。トントントン、という小気味良い音がキッチンに広がった。
エリスはもはや何も言わなかった。ただ俺の一挙手一投足を、その碧い瞳に焼き付けるように黙って観察している。
俺は熱した鉄板に油をひき、肉を投入した。
じゅわーっ、という小気味良い音と共に、肉の焼ける香ばしい匂いが立ち上った。
そこに野菜を加えて手早く炒めていく。
そして、仕上げに。
俺がスキルで生み出した特製の『醤油』を回しかける。
じゅわわわわっ!
一段と高い音を立て、醤油の焦げるたまらなく良い香りがキッチン全体に広がった。
「……っ!?」
その未知の芳醇な香りに、エリスの肩がびくりと大きく揺れた。彼女は思わずといった様子で鼻をくんくんと鳴らしている。その普段の理知的な彼女からは想像もできないような動物的な仕草に、俺は少しだけおかしくなった。
もう一品は温かいスープだ。
鍋に湯を沸かし、特製の『味噌』を溶き入れる。そこに賽の目に切った芋と葉物野菜を入れるだけ。
ほかほかと湯気の立つ肉と野菜の炒め物。
そして味噌の香りが優しい具沢山のスープ。
炊きたてのご飯の代わりに、ふかした芋を添えて。
わずか十分ほどで俺の即席手料理が完成した。
「さあ、どうぞ。熱いうちに」
テーブルに並べられた料理を前に、エリスはごくりと喉を鳴らした。その目は目の前の未知の物体を解析しようとするかのように、きらきらと輝いている。
彼女はフォークを手に取ると、ためらうように肉と野菜を一切れ突き刺した。そしてそれをゆっくりと自分の口元へと運んでいく。
小さな形の良い唇がわずかに開かれ、その一口が彼女の口の中へと消えた。
数回もぐもぐと咀嚼した後。
彼女はまるで時間が止まったかのように、ぴたりと動きを止めた。
その碧い瞳が、これ以上ないというくらい大きく見開かれている。
「…………」
俺はばくばくと鳴る心臓の音を聞きながら、彼女の反応を待った。
やがて。
彼女の白い頬に、ぽっと朱が差した。
そして、ほう、と熱く甘い吐息がその唇から漏れた。
「……おい、しい……」
か細い、それでいて心の底から絞り出したような声だった。
「しょっぱいのに、甘い。甘いのに、深い……。複雑で多層的で、それでいて見事な調和……。私の知らない味の概念……。これが……あなたの……『加工』……」
彼女はぶつぶつと何かを呟きながら、夢中で料理を口に運び始めた。
その食べっぷりはBランクのエリート冒険者という肩書からは想像もできないほど無防備で、そして少しだけ扇情的ですらあった。
肉の旨味と野菜の甘み。それを特製の醤が絶妙な塩加減と深いコクで一つにまとめ上げている。口の中に幸福な味の奔流が押し寄せてくる。
スープもそうだ。味噌の優しい塩気と豊かな風味が、芋や野菜の素朴な甘みを極限まで引き立てている。体の芯からじんわりと温まるような、慈愛に満ちた味。
エリスはもう完全に我を忘れていた。
時々、「ん……っ」と小さな甘い声を漏らしながら、一心不乱にスプーンとフォークを動かしている。
やがて皿の上の料理が綺麗に空になった時。
彼女は満足感に満ちたとろんとした顔で、ほうと幸せそうなため息をついた。
「……ごちそうさまでした。……参りました」
その顔にはもう研究者の探るような色はない。
ただ、純粋に美味しいものを食べた一人の女性の満ち足りた表情がそこにはあった。
「あなたの力の、本質が少しだけ分かったような気がします」
「……そうですか?」
「ええ。あなたの力はただ破壊し創造するだけのものではない。それは対象の持つポテンシャルを極限まで引き出し、より高次の存在へと『昇華』させる力。……そうではありませんか?」
彼女のその的を射た分析に、俺は少しだけ驚いた。
「……さあ、どうでしょうね」
俺は笑ってごまかすことしかできなかった。
エリスはそれ以上は何も言わなかった。
ただ、名残惜しそうに空になった自分の皿を見つめている。
「……さて、タカトさん」
しばらくして、彼女はすっくと立ち上がった。だが、玄関へ向かう気配はない。
「え?」
「訓練の出発まであと数日。一度ルーンヘブンに戻るのも手間ですし、効率を考えればここを拠点とさせていただくのが合理的かと。よろしいですね?」
有無を言わせぬ口調。それは質問ではなく、決定事項の通達だった。
「はあ!? 何を言ってるんですか! いくらなんでも、見ず知らずの女性を、男の家に泊めるわけには……!」
俺が慌ててそう言うと、エリスはふと視線を俺の隣で固まっているリーナへと移し、そして悪戯っぽく微笑んでから、再び俺に顔を向けた。
「おや、それは奇妙なことをおっしゃる。あなたの隣には、すでに可愛らしい女性が一人、一緒に暮らしているではありませんか。それとも、彼女は例外で、私だけがお気に召さないと?」
「ぐっ……!」
俺は言葉に詰まった。確かに彼女の言う通りだ。俺にとってリーナは家族のようなもので、男女の云々とは全く次元の違う話なのだが、それをこの人に説明したところで、見苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。
論破されてしまった。
俺はがっくりと肩を落とした。
こうして嵐のような訪問者は、そのまま俺の家に居座ることになった。
俺とリーナ、そして美しきエルフの研究者。
これから出発までの数日間、この小さな家で、風変わりで、そして間違いなく面倒な共同生活が始まる。
俺はキッチンの隅で、きょとんとしているリーナと満足げに微笑むエリスの顔を交互に見比べながら、また一つ、深くて長いため息をつくしかなかったのだった。




