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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第三章:名声と平穏の代償

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第十一話:家のカモフラージュ

 ワイバーンを討伐した新人、魔力測定器を破壊した謎の男、そしてスキルは『加工』。

 この、あまりにもちぐはぐな三つの要素が組み合わさった俺に関する噂は、どうやら根も葉もないどころか、翼でも生えたかのように冒険者たちの口から口へと飛び回っているらしかった。その結果、俺が望んでいた静かで穏やかな日常は、全く予期せぬ形で崩壊の一途を辿ることになる。


 リーフェル村に、物見高い人間が時折訪れるようになったのだ。


「ここが、あのリーフェル村か……。思ったより、何もないところだな」

「おい、見ろよ! あの丘の上だ! あれに違いねえ!」


 ある晴れた日の昼下がり。俺とリーナが畑で芋の葉についた虫を退治していると、村の入り口の方からそんな声が聞こえてきた。視線を向ければ、見慣れない出で立ちの男女数人組が、丘の上にある俺の家を指さして何やら騒いでいる。鎧を着込んだ者、ローブをまとった者……その格好からして、おそらくルーンヘブンから来た冒険者だろう。

 彼らは遠慮というものを知らないのか、ずかずかと丘を登り、俺が作った畑のすぐそばまでやってきた。そして、俺の家の、この世界の常識から逸脱したモダンなログハウス風の外観を見るや、揃いも揃ってあんぐりと口を開けて固まってしまった。


「す……すげえ……。なんだよ、この家……」

「壁の板、全部同じ厚さじゃねえか。それに、あの窓……ガラスか? あんなにでかくて、一枚板の……」

「おい、噂は本当だったんだ……! Bランク冒険者は、こんな辺境に城みてえな家を建ててやがる!」


 彼らの視線は、好奇心というより、もはや動物園で珍獣を見るそれに近い。値踏みをするような、それでいて少しばかりの嫉妬がにじんだ、実に不躾な視線だった。

 俺は、はあ、と本日何度目か分からないため息を内心でつき、仕方なく立ち上がった。


「あの、何か御用でしょうか? 人の家の畑に、あまり勝手に入られると困るのですが」


 俺が声をかけると、彼らはびくりと体を揺らし、慌ててこちらに向き直った。一人のリーダー格らしい大柄な男が、一歩前に進み出る。


「お、おお! あんたが、あのタカトさんか!?」

「……そうですが」

「いやあ、噂は聞いてるぜ! なんでも、スキル『加工』でワイバーンを仕留めたってな! 信じられねえ話だが、この家を見りゃ、あながち嘘じゃねえってことか!」


 男はガハハと豪快に笑う。悪気はなさそうだが、その無神経さが俺の平穏を確実に削り取っていく。


「それで、わざわざこんな村まで、一体何をしに?」

「そりゃ、あんたを一目見に来たに決まってんだろ! なあ、頼むよ、タカトさん! その『加工』スキルってやつ、一体どんなもんなんだ? ちょっと見せてくれよ!」

「いや、見せるって言われても……。ただの、地味なスキルですよ」

「またまたご謙遜を! この家を建てたのが、そのスキルの力なんだろ? なあ、俺のこの剣、ちょっと硬くしてくれたりしねえか?」


 男は腰に下げた剣をじゃらりと抜いて、俺の前に差し出した。その目は、まるで新しいおもちゃをねだる子供のように、きらきらと輝いている。

 ああ、面倒くさい。面倒くさいこと、この上ない。

 俺は、どうやってこの場を切り抜けようかと、頭の中で必死に言い訳を組み立て始めた。


「タカトさんは、今、畑仕事で忙しいんです!」


 その時、俺の前にぴょこんとリーナが飛び出し、両手を広げて俺をかばうようにして立った。


「だから、お邪魔はしないでください!」

「おっと、なんだ、嬢ちゃん。あんた、この人の連れか?」

「そうです! だから、タカトさんに変なことしないでください!」


 ぷんすかと頬を膨らませて怒るリーナ。その小さな背中が、なんだかとても頼もしく見えた。


「ははっ、こりゃ一本取られたな! 分かった分かった、邪魔するつもりはねえよ。ただ、なあ、タカトさん。あんた、本当に何者なんだ? そのうち、ギルドだけじゃなく、もっとでけえところから、声がかかるんじゃねえのか?」


 男は、最後にそんな不吉な言葉を残すと、仲間たちを引き連れて丘を下りていった。

 その背中を見送りながら、俺はズキリと痛むこめかみを押さえた。


 もっと、でけえところ。

 例えば、どこかの貴族とか、下手すれば、この国の王様とか。

 冗談じゃない。そんなことになれば、俺のスローライフ計画は、未来永劫、闇に葬り去られてしまう。


「……タカトさん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。ありがとうな、リーナ。助かったよ」


 俺はリーナの頭を軽く撫でた。彼女の温もりが、ささくれた俺の心を、少しだけ癒してくれる。

 だが、この一件は、ほんの序章に過ぎなかった。

 俺の家が、この辺境の村に不釣り合いな、あまりにも目立つ存在であること。その事実が、人々の尽きない好奇心という名の蟻を、次から次へと引き寄せる、甘い蜜になってしまっていたのだ。



 その日を境に、俺の家の周りには、常に数人の人影がうろつくようになった。

 彼らは、もはや観光客と呼ぶべき存在だった。ルーンヘブンからわざわざ馬車を乗り継いでやってきては、丘の麓から、俺の家を背景に、仲間内でわいわいと騒いでいる。


「おい、記録用の水晶でも持ってくりゃよかったな!」

「馬鹿言え、あんな高いもん、持ってるわけねえだろ!」


 そんな、緊張感のない会話が聞こえてくる。彼らにとって、ここはもう、一種の観光名所なのだ。『謎のBランク冒険者が建てた館』。そんな、安っぽいガイドブックに載っていそうな名前まで、聞こえてくる始末。

 そして、彼らの好奇心は、見るだけでは飽き足らなくなっていった。


「すみませーん! タカト様ー! お茶の一杯でも、ご馳走していただけませんかー!」

「中を少し、見学させてはいただけないでしょうかー!」


 家の外から、そんな声が聞こえてくる日が増えた。俺は、全ての窓のカーテンを固く閉ざし、家の中で息を潜める生活を強いられるようになった。まるで、立てこもり犯にでもなった気分だ。

 リーナも、外に出るのを怖がるようになってしまった。彼女が村へお使いに行く時は、俺が必ず付き添うようにしていたが、その道中でも、物珍しそうな視線が、常に俺たちにまとわりついてくる。

 俺が望んだ静寂は、完全に失われた。

 俺の心は、日に日に、灰色の雲に覆われていくようだった。


「……もう、限界だ」


 ある晩、夕食の席で、俺はぽつりと呟いた。

 その日の昼間にも、家の敷地内に無断で侵入し、畑の芋を興味本位で引っこ抜こうとした不届き者が現れたのだ。幸い、リーナが先に見つけて大声を出したため、事なきを得たが、俺の我慢は、もう限界に近づいていた。


「このままじゃ、安心して暮らすことなんて、できやしない」

「タカトさん……」


 リーナが、心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の琥珀色の瞳が、悲しそうに揺れていた。俺のせいで、この子まで、窮屈な思いをさせている。それが、何よりも辛かった。


「……そうだ」


 その時、俺の頭に、一つのアイデアが、まるで暗闇に差し込む一筋の光のようにひらめいた。

 灯台下暗し、とは、まさにこのことだ。

 なぜ、今まで、この簡単なことに、気がつかなかったのだろう。

 問題は、俺自身が目立つことじゃない。俺がBランク冒険者であることでもない。

 全ての元凶は、この『家』だ。

 この辺境の村には、あまりにも不釣り合いな、近代的な建物。これが、人々の好奇心を過剰に刺激しているんだ。


「……リーナ」

「は、はい!」

「ちょっと、面白いことを、思いついた」


 俺は、にやりと、口の端を吊り上げて笑ってみせた。

 その顔は、きっと、とんでもなく、悪い顔をしていたに違いない。


「この家を、少しだけ、『お化粧』してやろうと思う」

「お化粧、ですか?」


 きょとんと、小首をかしげるリーナ。

 そうだ。化粧だ。

 派手で目立つなら、地味にしてやればいい。

 俺のスキルは『加工』。

 家の見た目を、この世界でありきたりな、どこにでもあるような、ボロい小屋に『加工』し直すことくらい、造作もないはずだ。


「ふふふ……。見てろよ、物見高い観光客どもめ。明日になったら、お前らが腰を抜かすような、サプライズを用意してやるからな……!」


 俺は、久しぶりに心の底から、わくわくしていた。

 それは、スローライフを守るため。俺なりの、ささやかで、そして、最大級の反撃の狼煙だった。



 その夜、俺はリーナを先に寝かせると、一人、家の外に出た。

 月明かりが、俺のログハウスを幻想的に照らし出している。滑らかに加工された壁板、寸分の狂いもなくはめ込まれたガラス窓。我ながら、なかなかの傑作だ。これを、わざわざ、みすぼらしく作り変えるのは、少しだけ、名残惜しい気もする。


「……だが、これも、平穏のためだ」


 俺は、覚悟を固め、家の壁に、そっと手のひらを触れさせた。


 目を閉じて、意識を集中させる。

 頭の中に新しい家の設計図を描く。

 外見は、この辺りの村でよく見かける、石と粗末な木材を組み合わせた、素朴で少し古びた小屋。屋根は、藁葺きにしよう。壁の石は、わざと、不揃いな大きさのものを、ランダムに積み上げたように見せる。窓は木の窓枠へ、変更する。 


 重要なのは、内装をいっさい変えないことだ。


 外見は、この村でよくある小屋へと変化させる。しかし、一歩、中に入れば、快適なバスルームも水洗トイレも、ふかふかのベッドもある、超近代的な空間。このギャップを実現するのだ。


「よし、やるか」


 俺は、スキルを発動させた。


『この家の外装を、『加工』する。周囲の風景に溶け込むような、ありふれた、辺境の小屋の姿に、作り変えろ』


 俺の体から莫大な魔力が奔流となって溢れ出した。それは、家の壁を伝って、建物全体を淡い光のオーラで包み込んでいく。

 直後、家が、ミシミシ、と、軋むような音を立て始めた。

 まるで、巨大な生き物が、脱皮でもするかのように。

 滑らかだった壁板の表面が、ごつごつとした石の質感へと、その姿を変えていく。綺麗に磨かれていたガラス窓は、一度、液状化し、古風な木枠の窓ガラスへと再構成される。

 屋根を覆っていた瓦は、一枚一枚が、乾いた藁の束へと、その性質を変化させていった。


 ゴゴゴゴゴ……。


 低い地響きと共に、家全体が、わずかに、その形を変えていく。

 俺が、頭の中で描いた設計図通りに、この村によくある家のようなカモフラージュが施されていくのだ。

 作業は、わずか、数分で完了した。

 光のオーラが、すうっと消えると、そこには。

 まるで、何十年も前から、そこに建っていたかのような、石造りの小さな小屋が静かにあった。


「……ふう。こんなもんか」


 俺は、額の汗を拭い、満足のため息をついた。

 我ながら完璧な出来栄えだ。これなら、誰も、この建物が、あのモダンなログハウスと同じものだとは、気づくまい。


「さて、と。明日の、皆の反応が、楽しみだな」


 俺は、いたずらが成功した子供のような気分で、家の木の扉を、ぎい、と音を立てて開けた。

 家の中へと一歩、足を踏み入れれば、そこは、昨日と何も変わらない、快適で清潔な空間が広がっている。

 この秘密基地のような感覚が、たまらなく心地よかった。



 翌朝。

 俺のささやかな、しかし、大胆な計画は、予想以上の効果を発揮することになった。

 最初の犠牲者は、毎朝、村の畑へ向かう、一人の農夫だった。


「ん……? あれ……?」


 丘の上を見上げた彼は、ぴたり、と、その場に立ち尽くした。そして、ごしごしと何度も、自分の目をこすっている。


「……おかしいぞ。俺は、まだ、寝ぼけてるのか……?」


 彼の目に映っているのは、昨日まで、そこにあったはずの、立派なログハウスではない。どこにでもある、古びた、石の小屋だ。


「き、気のせいか……? いやでも、昨日までは、確かに……」


 彼の、ただならぬ様子に、他の村人たちも、次々と、丘の上に視線を向けた。

 そして。


「「「なっ……!?」」」


 広場にいた、ほぼ全ての村人が、同じように、動きを止め、同じように、あんぐりと、口を開けて、固まってしまった。


「い、家が……!」

「タカト様の家が、変わってるぞ!」

「きのうの、夜のうちに……!? 一体、何が……!?」


 村は、蜂の巣をつついたような、大騒ぎになった。

 やがて、グレン村長が、何事かと、広場に駆けつけてくる。


「どうした、皆の者! 朝から、何を騒いでおる!」

「そ、村長! あれを!」


 村人に指さされた方角を見て、さすがの村長も、絶句した。


「……なん、じゃと……?」


 その顔には、驚愕と困惑。そして、畏怖の表情が浮かんでいた。

 そんな大騒ぎの真っ最中、俺は、タイミングを見計らったかのように、家の扉を開けて、ひょっこりと顔を出した。


「皆さん、おはようございます。どうしたんですか、そんなに集まって」


 俺が、にこやかに、いつも通りに挨拶をすると、村人たちの視線が、一斉に、俺に突き刺さった。


「た、タカト殿……!」


 村長が、震える声で、丘の上を指さした。


「そ、その家は……一体……!?昨日まで、そこにあった、あなたの家は、どこへ……!?」

「ああ、これですか?」


 俺は、自分の背後にある、みすぼらしい小屋を振り返り、こともなげに言った。


「いやあ、ちょっと…。前の家は、派手すぎて、落ち着かなくて。それで少しだけ模様替えをしてみました」

「「「模様替え!?」」」


 村人たちの驚愕の声が、綺麗にハモった。


「ば、馬鹿な! 家を一晩で、模様替えじゃと!?そんなこと不可能じゃ!」

「ええ、まあ。俺のスキル、ちょっと特殊みたいでして」


 俺は、いつもの便利な言葉で、にこりと笑って見せた。


 村人たちは、もはや、何も言うことができず、ただ、呆然とした様子で、俺と、俺の家を交互に見比べているだけだった。

 彼らの頭の中は、きっと、『タカト様、恐るべし』という言葉で、いっぱいになっていることだろう。


 ああ、頭痛が痛いことこの上ない。


 そして、そんな日の昼過ぎ。

 第二の実験台、もとい、新たな観光客の一団が、ルーンヘブンからやってきた。


「おい、ここだよ、ここ!この丘の上に、あの、すげえ家があるはずなんだ!」


 彼らは、期待に胸を膨らませながら、丘の上を見上げた。

 そして。


「…………」

「…………あれ?」


 彼らの顔から、急速に、表情が抜け落ちていく。


「なんだよ、これ……。ただのボロ小屋じゃねえか……」

「おい、場所、間違えたんじゃねえのか?」

「いや、地図だと、ここになってるはずなんだが……。おかしいな。話と、全然、違うぞ」


 彼らは、がっかりしたように、顔を見合わせている。


「ちぇっ、なんだよ。わざわざ、こんな所まで来たってのによ。くだらねえ、帰るぞ!」


 彼らは、吐き捨てるように、そう言うと、興味を失ったように、さっさと、踵を返してしまった。


 よし。


 俺は、家の窓のカーテンの隙間から、その様子をにやにやと、眺めていた。

 作戦は、大成功だ。

 これで、もはや物見高い連中が、俺の家を見に来ることもなくなるだろう。


「やりましたね、タカトさん!」


 隣では、リーナが嬉しそうに小さな声で言った。


「ああ。これで、やっと、静かな日常が、戻ってくるな」


 俺は、心から、ほっと胸をなでおろした。



 数日後。

 村を訪れた行商人から、俺は、ルーンヘブンで新たに広まっている、とんでもない噂を耳にすることになった。


「なんでも、リーフェル村のBランク冒険者は、生きている家を、お建てになったそうだ。その家は、気分によって、一夜にして、その姿を自在に変える、魔法の家なんだとか……」


 ……は?


 俺は、行商人の言葉を理解するのに、数秒を要した。

 生きている家?

 姿を変える?


 俺の苦肉の策は、その効果を別の方向へと走ってしまったようだった。

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