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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第三章:名声と平穏の代償

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第十話:帰村と格差

 Bランク冒険者。


 まるで実感が湧かない肩書が刻まれた、ひんやりとした銀色のプレートを懐に押し込み、俺は早々にルーンヘブンから逃げ出した。いや、正確には逃げ出した、という表現が一番しっくりくる。リーナの手を引いて、人混みをかき分けるようにして町の門を抜け、リーフェル村から借りてきた荷馬車に飛び乗った。


「タカトさん、そんなに急がなくても……」

「いや、急ぐんだ。一刻も早く、あの喧騒から離れたい」


 がたごとと不快な音を立てて進む荷台の上で、俺の心はずっしりと重かった。胃の中に石でも詰め込まれた気分だ。望んでいたのは、誰にも知られず、誰にも干渉されず、ただ静かに畑を耕すような毎日。それなのに、今の俺はなんだ? ギルドに名を知られた、新人としては前代未聞の高ランク冒険者様だと? 笑わせてくれる。


「でも、すごいです! Bランクなんて! ギルドにいた人たち、みんな口をあんぐりさせてましたよ!」


 隣に座るリーナが、興奮冷めやらぬといった様子で目を輝かせている。彼女の純粋な称賛が、今は少しだけ心にちくりと刺さった。違うんだ、リーナ。俺はすごい人間になんてなりたいわけじゃない。むしろ、すごくない、ただの男でいたいんだ。


「まあ、ギルドマスターの気まぐれみたいなもんだろ。すぐに忘れられるさ」

「そんなことありません! タカトさんは、ワイバーンだって倒したんですから、Bランクにふさわしいです!」


 ぶんぶんと尻尾を振りながら力説するリーナ。彼女のこの裏表のない真っ直ぐさが、今の俺にとっては唯一の救いだった。この子の前では、俺はただのタカトでいられる。Bランク冒険者様でも、村の英雄でもない。


「それより、村に帰ったら、また畑仕事の続きをしないとな。この前植えた芋、そろそろ芽が出る頃じゃないか?」

「はい! きっと、おっきくて美味しいお芋ができますよ! そしたら、タカトさんの特製調味料で、また美味しいご飯、作ってくださいね!」

「ああ、もちろんだ。今度は、芋を使った新しい料理を考えておくよ」


 そんな他愛のない会話をしているうちに、俺のささくれた心も、少しずつだが穏やかになっていくのを感じた。そうだ、これでいいんだ。俺が守りたいのは、Bランクなんていうくだらない称号じゃない。この、リーナと笑い合える、何でもない日常なんだ。



 半日ほど馬車に揺られ、見慣れたリーフェル村の入り口が見えてきた。畑仕事をしていた村人たちが、こちらに気づいて顔を上げる。


「おお、タカトさんたちが帰ってきたぞ!」

「リーナちゃんも、無事だったか!」


 いつもと変わらない、親しみのこもった声。俺はほっと胸をなでおろした。なんだ、心配しすぎだったか。ギルドでの一件なんて、こんな辺境の村まで届いているはずが……。


 その考えが、いかに甘かったかを思い知らされるのに、時間はかからなかった。

 俺たちが馬車を降りると、駆け寄ってきた村人たちは、俺の姿を認めた瞬間、ぴたりと動きを止めたのだ。そして、次の瞬間。


「「「おおっ!」」」


 どよめき、とでも言うべき声が上がり、彼らはまるで示し合わせたかのように、俺の前で深々と頭を下げた。


「タカト様! この度は、Bランクへのご昇格、誠におめでとうございます!」

「村の誇りです、タカト様!」


 ……様?

 今、この人たちは俺のことを『タカト様』と呼んだか?

 俺は、にこやかに手を振ろうとして、その腕を中空で固まらせてしまった。

 村人たちの顔を、一人一人、見回す。そこに浮かんでいるのは、以前のような、気さくな隣人に向ける親しみではない。もっと、こう……遠い存在を見るような、畏れと敬意がごちゃ混ぜになった、複雑な表情。


「い、いや、皆さん、頭を上げてください。そんな、様なんて……」


 俺が慌ててそう言うと、村人たちはおずおずと顔を上げた。だが、その視線は、以前のようにまっすぐに俺の目を見てはくれない。明らかに、俺と彼らの間には、格の差ができてしまっていた。


「タカト殿!」


 村の奥から、グレン村長が少し早足でやってきた。その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。


「よくぞご無事で! いやはや、驚きましたぞ! まさか、登録してたった二日でBランクとは! ギルドの連絡係が、血相を変えて知らせに来た時は、我も我が耳を疑いましたわい!」

「は、はあ……。まあ、色々とありまして……」


 歯切れ悪く答える俺に、村長は豪快に笑いかけた。


「はっはっは! 謙遜なさるな! あなた様の実力であれば、当然のこと! いやあ、これでこの村も、ますます安泰ですな!」


 村長。あなたまで『あなた様』なんて、他人行儀な呼び方をするのか。

 以前の、少し厳しくも、孫を見るような温かさがあった眼差しは、今はもうない。そこにあるのは、村に利益をもたらしてくれる、高ランクの冒険者に対する、どこかビジネスライクなものだった。

 俺は、何かを言おうとして、結局、何も言えなかった。ここで何を言っても、彼らには『強者の謙遜』としか、聞こえないのだろう。


「ささ、お疲れでしょう。今夜は、村を挙げて、あなた様の昇格祝いの宴を開きますぞ!」

「い、いえ、そんな、お構いなく! 俺は、ただ……」

「ご遠慮なさらずに! さあ、皆の者、準備じゃ!」


 俺の制止の声も虚しく、村人たちは「おおー!」と歓声を上げ、宴の準備のために散っていった。

 後に残されたのは、俺と、そして、少しだけ戸惑ったような顔で俺の隣に立つリーナだけだった。


「……タカトさん」

「……なんだい?」

「なんだか、みんな、様子が……」

「……ああ。そうだな」


 俺は力なく笑うことしかできなかった。

 俺が手に入れたかったのは、こんな、腫れ物に触るような扱いじゃない。もっと、温かくて、対等で、気楽な関係だったはずなのに。

 俺は、自分の家へと、とぼとぼと歩き出した。丘の上にある、俺がたった一人で建てた、スローライフの拠点。だが、今はその家が、村から隔絶された、孤独な城のように思えた。



 その日の夜、俺の意思とは無関係に、盛大な宴が村の広場で開かれた。

 主役である俺は、村長や村の有力者たちに囲まれ、次から次へと注がれる、あまり美味しくない酒を、ただ愛想笑いを浮かべながら飲み干すしかなかった。


「いやあ、タカト様がいらっしゃれば、もう森の魔物も怖くありませんな!」

「今度、うちの畑の害獣も、ちょちょいと退治していただけませんかな?」


 彼らの言葉は、もはや『お願い』ではなく、どこか『期待』と『要求』というものがあった。俺は、彼らにとって、便利な魔法使いから、便利なBランク冒険者へと、ただスライドしている。その点、やっていることは、何も変わらないじゃないか。


「すみません、少し、夜風にあたってきます」


 俺は、息が詰まるような空気に耐えきれなくなり、適当な理由をつけて、その場をそっと抜け出した。

 宴の喧騒を背に、俺は一人、自分の家へと続く丘を登る。

 見下ろす村の広場は、焚き火の光で明るく照らされ、村人たちの楽しそうな笑い声が、風に乗って聞こえてきた。彼らは、俺の昇格を、心から祝ってくれている。悪気がないのは、分かっている。分かっているからこそ、余計に苦しかった。


「はあ……」


 家のドアを開けると、中からぱたぱたと軽い足音がして、リーナが顔を出した。彼女は宴には参加せず、家で俺の帰りを待っていてくれたようだった。


「タカトさん、お帰りなさい。……大丈夫ですか?」

「ああ、ただいま。ちょっと、飲みすぎただけだよ」


 リビングの椅子にどさりと腰を下ろす。リーナが、そっと水の入ったカップを差し出してくれた。その、いつもと変わらない優しさが、今は何よりも心に染みた。


「……タカトさん。やっぱり、嬉しくないんですか? Bランクになったこと」


 リーナが、俺の顔を覗き込むようにして尋ねた。その琥珀色の瞳は、真剣に、俺の答えを待っている。

 俺は、彼女にだけは、正直な気持ちを話そうと思った。


「嬉しくない、と言ったら、嘘になるのかもしれない。自分の力が、ある程度、認められたっていうことだからな。でも、それ以上に……怖いんだ」

「怖い?」

「ああ。俺は、ただ、この村で、リーナや村の皆と、静かに暮らしたかった。畑仕事をして、美味しいご飯を食べて、たまに、村の人と無駄話をする。そんな、何でもない毎日が、俺の夢だったんだ」


 俺は、ぽつり、ぽつりと、自分の胸の内を吐き出した。


「でも、Bランクなんていう肩書は、俺から、その夢を奪っていく。村の皆は、もう、俺をただのタカトとしては見てくれない。『Bランク冒険者のタカト様』としてしか、見てくれないんだ。そこには、いつも、期待と羨望、そして、少しの恐怖がある」


 お互いの姿は見えているのに、声や感情は、決して届かない。そんな、もどかしい関係になっていた。


「……私は」


 俺の話を黙って聞いていたリーナが、静かに口を開いた。


「私は、タカトさんが、Bランクになっても、ならなくても、どっちでもいいです」

「え?」

「タカトさんは、タカトさんです。私を助けてくれて、温かい寝床と、美味しいご飯をくれて……。私にとっては、それだけで、十分、すごい人です。だから、周りが何て言おうと、私は、今まで通り、タカトさんのことを、タカトさんって呼びます」


 彼女は、そう言って、にこりと笑った。

 その笑顔は、宴の焚き火なんかよりも、ずっと、ずっと、温かかった。


「……そうか」


 俺の目頭が、少しだけ、熱くなるのを感じた。


「ありがとう、リーナ。お前がいてくれて、本当に良かった」


 そうだ。全てを失ったわけじゃない。

 この村で、たった一人だけだとしても、俺のことを、ありのままに見てくれる存在がいる。それだけで、俺はまだ、頑張れる気がした。



 翌日から、俺は意識的に、以前と変わらない日常を送るように努めた。

 朝日と共に起き、家の周りに作った畑へと向かう。土をいじり、芋の成長を確かめる。この、土の匂いと、自分の手で何かを育てるという行為だけが、今の俺を、ただの自分へと戻してくれた。


 だが、やはり、周囲の環境は、変わってしまっていた。

 俺が畑に出ると、近くで作業をしていた村人たちが、ぴたりと手を止め、こちらに向かって、ぺこりと頭を下げる。


「おはようございます、タカト様」

「今日も、精が出ますな」


 その声には、以前のような気安さはない。

 俺が「おはようございます」と返しても、彼らはすぐに作業に戻ることはなく、俺が通り過ぎるのを、直立不動で見送るのだった。まるで、領主様が、領地を見回りに来たかのような光景。居心地が悪いこと、この上ない。

 俺は、彼らに、気軽に話しかけることができなくなっていた。

 「今年の作物の出来はどうですか?」なんて聞こうものなら、彼らはきっと、恐縮しきった顔で、「ははっ! 滅相もございません、タカト様!」とでも言うのだろう。そんなのは、俺が望んだコミュニケーションじゃない。


 昼間、リーナと一緒に森へ薪や食材を採りに行く。これが、唯一、以前と変わらない時間だった。

 そして、夜は、二人で食卓を囲む。


「うん、この芋、すごく甘いな。今年の秋は、豊作かもしれないぞ」

「はい! タカトさんが、毎日、お世話してくれてるおかげです!」


 リーナだけが、いつも通りだった。

 彼女と食べる、温かい食事。彼女との、何でもない会話。

 俺は、このささやかな日常に必死にしがみついていた。


 まるで、嵐の海で小さな浮き輪に捕まるように。


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