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外れスキル『加工』は最強だった!スローライフ希望の元社畜、英雄に祭り上げられて困惑中  作者: 速水静香
第一章:異世界への転生

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第一話:過労死の果てに森の中

 ああ、このオフィスにある蛍光灯の光は、やけに目に染みる。


 年のせいだろうか? 


 …いや、絶対に違う。


 それを証明するかのように、ずらりと並んだデスクの上には、力尽きた同僚たちが突っ伏していた。まるで戦場のようだ。誰かが静かにキーボードを叩く音だけが、深夜のオフィスにカチカチと響いていた。


 俺は目の前にあるエナジードリンクの空き缶をぼんやりと眺めていた。これで何本目だろうか。もう味なんて分かりはしない。ただ、カフェインと糖分を機械的に胃に流し込むだけの作業だ。


「……終わらない」


 誰に言うでもなく、乾いた唇から言葉がこぼれ落ちた。

 目の前のモニターには、びっしりと数字とグラフが並んだ資料が表示されている。

 明日、いや、もう今日か。今日の朝イチで提出しろと、俺の上司から鬼のような形相で言い渡された代物だ。パワハラと過労死が隣り合わせのブラック企業。それが俺の職場だった。


 IT系企業の営業マン、高橋タカト、二十八歳。趣味なし、恋人なし、あるのはノルマと疲労だけ。

 そんなクソみたいな人生だった。


『もし……もしも、生まれ変われるなら』


 朦朧とする意識の中で、ふとそんなありえない妄想が頭をよぎる。


『静かな田舎で、のんびり暮らしたいなぁ……』


 誰にも急かされず、理不尽なノルマに追われることもなく、ただ自分のペースで生きていく。朝日と共に起きて、畑を耕したり、本を読んだり。そんな、穏やかで人間らしい生活。今の俺にとっては、おとぎ話に出てくる楽園よりも、ずっと魅力的に思えた。


 その時、ぐにゃりと視界が揺れた。キーボードを叩こうと伸ばした指先が、意思とは無関係に震え出す。

 まずい、と思った時にはもう遅かった。俺の意思とは別に体からは力が抜け、俺の意識はモニターの眩しい光の中に吸い込まれるようにして、ぷつりと途絶えた。


 ああ、俺、死んだな。

 それが、二十八年の人生における、最後の感想だった。



 ざわざわと木々の葉が擦れ合う音で、俺は目を覚ました。

 ひんやりとした土の匂いと、むせ返るような緑の香りが鼻腔をくすぐる。背中にはごつごつとした地面の感触。

 ゆっくりと瞼を開くと、視界に飛び込んできたのは、見たこともないような巨木がどこまでも広がる、深い森の天井だった。


「……どこだ、ここ」


 かすれた声が自分の口から出て、その若々しい響きに自分で驚いた。慌てて上半身を起こし、自分の体を見下ろす。安物のスーツじゃない。麻でできたような簡素な服だ。そして、その下にのぞく手は、二十八歳の疲れ切った男のものではなかった。シミや皺ひとつない、張りのある肌。指を動かせば、思い通りに、軽やかに動く。


「若い……?」


 近くにあった水たまりを覗き込む。

 そこに映っていたのは、黒髪黒目、まだ大学生くらいにしか見えない青年の顔だった。

 こんなの俺じゃない。いや、間違いなく自分の顔のパーツなのだが。


 ああ、そうだ、これは、まだ社会の荒波に揉まれる前の自分だ――。


「どういうことだ……?」


 混乱する頭で状況を整理しようとした、その瞬間。

 キーン、と頭の中で耳鳴りのような音がしたかと思うと、直接、脳内に情報が流れ込んでくるような不思議な感覚に襲われた。


『……転生が完了しました』

『個体名:タカトに以下の権能を付与します』

『権能:莫大な魔力』

『権能:スキル『加工』』


 ……は?

 転生? 魔力? スキル? まるで、最近流行りの異世界ファンタジー小説の設定じゃないか。俺が死ぬ間際に願ったからだろうか。『静かな田舎でのんびり暮らしたい』という、あのささやかな願いが、こんな形で叶えられたとでもいうのか。


「いやいや、落ち着け俺。これは夢だ。過労死寸前の男が見る都合のいい夢に決まってる」


 ぺちぺちと自分の頬を叩いてみる。じんわりとした痛みが、これが現実であることを無情にも告げていた。

 頭に流れ込んできた情報によると、俺は死んで、この剣と魔法の世界に転生したらしい。

 そして、ここに俺を転生させた神様か何かが、俺に二つのプレゼントをくれたようだ。


 一つは『莫大な魔力』。国家クラスの魔術師すら凌駕するほどの、規格外の魔力量らしい。

 そして、もう一つがスキル『加工』。


「『加工』、ねぇ……」


 このスキルについても、ご丁寧に一般的な知識が頭に入ってきていた。いわく、『加工』スキルとは、生産系のスキルに分類される。主な用途は、泥をこねて固めて、レンガを作ったり、木を削って食器を作ったりする。あくまでこの世界では、地味な補助スキルであり、戦闘には全く役に立たない。おまけに、その地味な効果の割には魔力の消費が激しく、いわゆる『燃費が悪いスキル』として、世間ではもっぱら『外れスキル』という認識が定着しているらしい。


「ははっ」


 思わず乾いた笑いが漏れた。


「外れスキルか。……うん、いいじゃないか」


 戦闘に役立たない。これ以上ないくらい、俺の望みに合致している。

 もし授かったスキルが『剣聖』だの『大魔導』だの、いかにも勇者様が持っていそうなものだったら、俺は今頃、頭を抱えていたに違いない。そんなものを持たされた日には、否が応でも面倒事に巻き込まれるのがお約束だ。魔王討伐だの、戦争だの、そんな苦労する人生は、もうこりごりなのだ。


「魔力がすごいのに、スキルが外れ。もったいない、って周りからは思われるかもしれないけど、俺にとっては最高の組み合わせだな」


 莫大な魔力は、まあ、何かの足しにはなるだろう。生活魔法みたいなものがあるなら、それで生活が楽になるかもしれない。そして、肝心のスキルが戦闘に不向きな生産系。これなら、目立つことなく、静かに暮らせるはずだ。


「よし、決めた。この世界で、俺は念願のスローライフを送るぞ!」


 誰に聞かせるでもなく高らかに宣言し、俺は新たな人生への第一歩を踏み出すことにした。

 まずは、この森を抜けて、人が住んでいる場所を探さなければ。幸い、体力は有り余っている。二十代の肉体、最高だ。前世では、駅の階段を上るだけで息切れしていたというのに。


 森の中は、前世では見たこともないような植物が生い茂っていた。キラキラと光る苔や、人の顔ほどもある巨大なキノコ。ファンタジーの世界に来たんだな、という実感がじわじわと湧き上がってくる。

 しばらく歩いていると、ガサガサッ、と前方の茂みが大きく揺れた。


「ん?」


 何かの動物だろうか。この世界には魔物なんてものもいるらしいから、少し警戒した方がいいかもしれない。そう思った矢先、茂みから飛び出してきたものを見て、俺は完全に動きを止めた。


「グルルルルル……」


 それは、真っ黒な体毛に覆われた、狼だった。

 ただし、普通の狼ではない。体長は二メートルを優に超え、軽自動車くらいの大きさがある。血のように赤い瞳が爛々と輝き、裂けた口からは鋭い牙が覗いている。


 明らかに、地球の生態系には存在しない、危険な生物がそこにはいた。


 脳内にインプットされた知識が、警鐘を鳴らす。

 モンスター『ブラックウルフ』。

 単独でもDランクの冒険者パーティを壊滅させる力を持つ、凶暴な魔物。


「……マジかよ」


 スローライフ開始五分で、いきなりクライマックスじゃないか。

 逃げる? いや、無理だ。あの体格差、脚力で人間が敵うはずがない。背中を見せた瞬間、飛びかかられて終わりだろう。

 戦う? もっと無理だ。武器なんて持っていないし、俺のスキルは『加工』だ。だとして、レンガを作って投げつけるか? いやいや、そんな悠長なことをしている暇はない。


 ブラックウルフが、じり、と一歩踏み出す。喉の奥で唸り声が響き、涎が地面に滴り落ちる。完全に、俺を獲物としてロックオンしている。

 どうする。どうすればいい。

 莫大な魔力、というやつは使えないのか? 魔法の知識なんて、これっぽっちもない。詠唱も魔法陣も知らない。


 スキルは?

 『加工』。泥をこねるスキル。

 ああ、クソ、本当に役に立たないじゃないか!


 絶望が心を黒く塗りつぶしていく。前世では過労で死に、今世では魔物に食われて死ぬのか。俺の人生、あまりにもあんまりじゃないか。


「グルアアァァァッ!!」


 ブラックウルフが、ついに牙をむき出しにして飛びかかってきた。

 スローモーションのように、全てがゆっくりと見える。開かれた巨大な顎、ずらりと並んだ牙、獣特有の生臭い匂い。


 死ぬ。

 そう思った、その時だった。


 半ばパニックに陥った頭の中で、一つの考えが稲妻のようにひらめいた。


『石を!足元の石を、もっと鋭く、もっと硬く! 弾丸みたいに、あいつの脳天に撃ち込め!』


 ほとんど、やけくその祈りに近かった。

 だが、その瞬間。

 俺の体から、膨大な何かが溢れ出す感覚があった。


 魔力だ。それが、足元の小石に吸い込まれていく。


「―――ッ!」


 次の瞬間、俺の目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。

 足元に転がっていた親指ほどの石つぶてが、淡い光を放ったかと思うと、バシュッ! という銃弾を発射したかのような、鋭い音を立てて、ブラックウルフへ向かって射出されたのだ。

 それは、一筋の光の筋となって、飛びかかってきたブラックウルフの眉間に、寸分の狂いもなく突き刺さった。


「……キャンッ!?」


 猛獣の咆哮とは思えない、子犬のような悲鳴が上がる。

 巨体が、勢いそのままに俺のすぐ目の前で地面に叩きつけられ、ズシン、と大地を揺らした。ピクピクと数回痙攣した後、ぴたりと動きを止める。眉間には、綺麗に風穴が空いていた。


「…………」


 静寂が、森に戻ってきた。

 俺は、何が起こったのか理解できないまま、目の前で絶命しているブラックウルフの巨体と、自分の右手とを、交互に見つめていた。


「……え?」


 今、俺が、やったのか?

 あの、外れスキルと言われる『加工』で?


「いや、だって、『加工』は泥をこねる程度のスキルじゃ……」


 混乱する頭で、必死に思考を巡らせる。

 俺がやったことは、ただイメージしただけだ。『石を、鋭く、硬く、高速で飛ぶように』と。

 そのイメージに、スキルが応えた。そして、俺の持つ『莫大な魔力』が、そのイメージを現実のものとして具現化させた。


 つまり、そういうことなのだろうか。


「もしかして、このスキル……世間で言われているような、しょぼい能力じゃないのか……?」


 一般的な『加工』スキルは、魔力消費が激しいせいで、大したことができない。だから『外れスキル』と呼ばれている。

 だが、俺の魔力は『莫大』だ。国家クラスの魔術師すら凌駕するという、規格外の量。燃費の悪いスキルも、無限に近いガソリンがあれば、話は別だ。


 いや、それだけじゃない。

 俺のイメージの仕方が、何か特殊だったのかもしれない。弾丸、という具体的なイメージ。前世の知識が、この世界の常識を超えた結果を生み出した……?


「……まあ、なんでもいいか」


 ごちゃごちゃと考えても、答えは出そうにない。

 一つだけ確かなのは、俺が生き延びたということ。そして、この『加工』スキルが、使い方次第ではとんでもない力を発揮する可能性があるということだ。


「……スローライフには、ちょうどいい、か?」


 護身用の力があるに越したことはない。

 誰にも気づかれず、静かに暮らすためには、自分の身は自分で守れた方がいいに決まっている。


 うん、これはこれで、結果オーライということにしよう。


 そう無理やり自分を納得させた。


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