第8話:確率論チートと、不穏な噂
結果から言えば、圧勝だった。
《解析瞳》は、ディーラーの瞳の微細な動きや、カードに込められた魔力の僅かな偏りすらも見逃さない。俺はそれらの情報を元に、現代地球の数学――確率論と統計学を応用して、最も期待値の高い選択肢を選び続ける。
最初は少額の賭けでテーブルの「クセ」を読み、徐々に賭け金を上げていく。俺の前には、面白いようにカジノのコインが積み上がっていった。周囲の客たちも、最初は「ビギナーズラックか」と見ていたが、俺の連戦連勝ぶりに、次第にその視線は驚愕と畏怖の色を帯びていった。
「ユウト、すごい! どうして全部当たるの!?」
アステラが不思議そうに首を傾げる。
「フッ、これも計算のうちさ」
俺はもっともらしいことを言いながら、ディーラーの額に浮かぶ冷や汗を横目に、最後のチップをかき集めた。
「宇宙の真理の前では、イカサマも確率も、等しく解析対象でしかない」
あっという間に目標額を遥かに超える大儲けをした俺は、仲間たちへのプレゼントを買うことにした。頑張ってくれたクルーへの報酬はケチるべきじゃない。これは社畜時代の数少ない教訓の一つだ。チームのパフォーマンスを最大化するためには、適切なインセンティブとリソースの提供が不可欠なのだ。
「まずはアステラだな」
俺はアステラを連れて、ルクスでも最高級と名高いブティックに入る。
彼女の健康的な褐色の肌に映える、純白のドレスを選んでやった。星屑を散りばめたような繊細な刺繍が施されている。
「わあ……!綺麗……! でも、私なんかがこんな高そうな服……」
「いいから着てみろよ。絶対に似合う。俺が保証する」
俺が半ば強引に試着室に押し込むと、やがてカーテンが開き、息を呑むほど美しい姿のアステラが現れた。普段の快活な印象とは違う、大人びた魅力。そのギャップに、俺は思わず見惚れてしまう。
「ど、どうかな……? 変じゃない?」
「いや……すごく、綺麗だ」
俺が素直に褒めると、アステラの頬が夕焼けのように赤く染まった。
リーベには、彼女の研究に役立ちそうな最新の魔道具開発キットと、希少な魔導素材を。オリビアには、シューティングスター号の性能をさらに引き上げる、高性能なカスタムパーツをプレゼントした。二人とも、最初は遠慮していたが、最後には子供のようにはしゃいで喜んでくれた。
さらに、全員分の魔導思念通信機も購入した。イヤホン型の小型通信機で、離れていてもテレパシーのように意思疎通ができる優れものだ。これで、今後の戦闘における連携の精度は飛躍的に向上するだろう。これも、未来への重要な投資だ。
すっかり上機嫌になった俺たちは、ルクスで一番と評判のレストランで祝勝会を開くことにした。
そこで、俺たちは不穏な噂を耳にする。
隣のテーブルに座った、いかにも傭兵といった風体の男たちが、声を潜めて話していた。
「聞いたか? 最近、『深淵』って名乗る海賊の被害が多発してるらしいぜ」
「ああ、サターン星系で暴れ回ってるって話だな。奴ら、ただの略奪が目的じゃない。古代の遺物を専門に狙ってるって噂だ」
『深淵』。
その名を聞いた瞬間、アステラが「うっ……」と小さく呻き、頭を押さえた。その顔は青ざめ、呼吸が荒くなる。
「どうした、アステラ?」
「わからない……。その名前、どこかで聞いたことがあるような……。すごく、嫌な感じがする……。頭が、割れそう……」
彼女の記憶の奥底で、何かが激しく警鐘を鳴らしている。それは、単なる嫌悪感ではない。魂に刻み込まれた、根源的な恐怖のようだ。
「(深淵……。古代の遺物……。そして、サターン星系か)」
俺は、その名を静かに胸に刻んだ。
面倒事はごめんだが、俺のチームの最重要メンバーに関わるリスクを見過ごすわけにはいかない。これは、プロジェクトの根幹を揺るがしかねない、最優先で対処すべき問題だ。
俺たちの旅は、どうやらただの金儲けでは終わらないらしい。




