第31話:オリビアの過去と指揮官の覚悟。「お前の背中は、俺が絶対に守る」
シューティングスター号は、死の舞踏を踊るように、小惑星帯の中を突き進んでいく。
オリビアの操船技術は、まさに神業だった。右へ、左へ、あるいは機体を錐揉み回転させながら、ミリ単位の精度で巨大な岩塊をすり抜けていく。船内には、慣性制御魔法が効いているとはいえ、凄まじいGが俺たちを襲う。
「オリビア、すごい……! 船が、まるで生き物みたい……!」
アステラが、驚嘆の声を上げる。
だが、聖域はそう簡単に、侵入者を招き入れるほど甘くはなかった。
突如、周囲の小惑星が、まるで眠りから覚めた獣のように動き出す。惑星ハライソで遭遇した、あの岩石状の宇宙生物――聖域防衛用ゴーレムだ。奴らは、小惑星に擬態して、俺たちが通りかかるのを待ち構えていたのだ。
「ちっ、やっぱり出てきやがったか!」
オリビアが悪態をつく。
ゴーレムたちは、紫電の鞭や氷の槍を、雨あられと放ってくる。小惑星を避けながら、さらに敵の攻撃を回避しなければならない。状況は、一気に悪化した。
「私とアステラで出ますわ! こんな鉄屑の中にいては、的になるだけです!」
「ダメだ! この密集地帯で船外に出るのは自殺行為だ! 下手すれば、小惑星に紛れて見つけられなくなる!」
カリスタの提案を、俺は即座に却下する。この状況を打開できるのは、ただ一人。オリビアの腕にかかっている。
だが、そのオリビアの額には、玉のような汗が浮かんでいた。彼女の呼吸が、わずかに乱れているのを、俺は見逃さなかった。
「(プレッシャーか……? いや、違う。これは……恐怖……?)」
彼女の瞳の奥に、過去のトラウマが影を落としているのを、俺の《解析瞳》は捉えていた。
――それは、彼女がまだ、宇宙連邦軍のパイロット養成アカデミーに在籍していた頃の記憶。獣人特有の優れた動体視力と空間認識能力を持つオリビアは、同期の中で、いや、アカデミーの歴史の中でも、突出した才能を持っていた。だが、その才能は、彼女に栄光ではなく、孤独をもたらした。「協調性がない」「チームの和を乱す」。誰にも理解されず、信じてもらえないまま、軍の道を閉ざされた過去。
「(ちくしょう、アタシとしたことが……! ゴーストシップの時とは訳が違う。あいつらは、アタシを信じて、命を預けてくれてるんだ。今度こそ、アタシが完璧にやり遂げなきゃ、みんなを危険な目に……!)」
仲間からの信頼が、いつしか彼女の中で重圧となっていた。その責任感が、彼女の操縦桿を握る手を、わずかに震わせる。その一瞬の迷いが、命取りになる。ゴーレムの一撃が、船の左翼を掠めた。
ガアンッ!
激しい衝撃と共に、船体が大きく傾く。
俺は、副操縦士席から身を乗り出し、彼女の肩を強く掴んだ。
「オリビア!」
俺の声に、彼女ははっと我に返る。
「オリビア。俺を見ろ。お前は一人じゃない。俺たちがいる」
俺は、彼女の震える瞳を、まっすぐに見つめて言った。
「一人で背負い込むな。お前の背中は、俺たちがいるからこそ、銀河一なんだ。俺たちは、お前の才能を信じている。だから、お前も、俺たちを信じろ。お前は、銀河一の操舵士だ」
俺の言葉は、彼女を縛り付けていた過去の呪いを、打ち破る光となったようだった。
彼女の瞳から、恐怖と孤独の色が消え、代わりに、力強い決意の炎が灯る。ぶっきらぼうな彼女の頬が、少しだけ赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
「……よく言った、ボス。その言葉、忘れるなよ!」
オリビアは、獰猛な獣のように、ニヤリと笑った。
次の瞬間、シューティングスター号は、これまでの動きが嘘のように、さらに鋭く、そして優雅に加速する。
彼女は、ゴーレムの攻撃さえも利用し、敵同士を衝突させ、小惑星の密集地帯を、まるで嵐の中を舞う蝶のように、駆け抜けていく。
やがて、視界が開け、俺たちの船は、ついにアステロイドベルトを突破した。
背後で追ってくる数体のゴーレムを振り切り、俺たちは要塞のドッキングポートの一つに、強引に着艦する。
プシュー、という音と共にハッチが開く。
その瞬間、俺が止める間もなく、鬱憤の溜まっていた二人の戦士が魔装具を身につけて飛び出していった。
「お待たせしましたわね、鉄屑ども!」
「みんなを傷つけたこと、後悔させてあげるんだから!」
カリスタの聖炎が闇を裂き、アステラの光が残敵を薙ぎ払う。
その光景を背に、俺たち五人は、ついに『遺失された鋼鉄の聖域』の内部へと、第一歩を踏み出したのだった。




