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第29話:シューティングスター号のとある一日

惑星オアシスを出発し、聖域へと向かうシューティングスター号のワープ航行は、順調そのものだった。窓の外では無数の星々が光の線となって流れ去り、船内は静かな駆動音だけが響いている。聖域という未知の領域へ向かう前の、最後の、そして、かけがえのない平穏な時間が、ゆっくりと流れていく。


「よし、作るぞー!」


新生シューティングスター号の自慢の一つである、広々としたキッチン。そこで、アステラはオアシスの市場で手に入れた珍しい食材を広げ、意気揚々と腕まくりをしていた。彼女が作ろうとしているのは、ユウトが「懐かしい」と呟いていた、クッキーという焼き菓子だった。


「まずは、この白い粉と、お砂糖と……卵を混ぜる、と」


ユウトから教わった、うろ覚えのレシピを口ずさみながら、彼女は楽しげに準備を始める。


そこへ、自室での読書に飽きたのか、優雅な足取りでカリスタがやってきた。


「なんですの、その庶民的な行いは。そんなもので、わたくしたちの食事を|賄《

まかな》うつもりではありませんでしょうね?」


最初は、いつものように見下したような態度を取るカリスタ。だが、アステラはそんな彼女の言葉など意にも介さず、屈託のない笑顔を向けた。


「あ、カリスタ! ちょうどよかった! 一緒にクッキー作ろうよ! きっと楽しいよ!」

「はあ!? わたくしが、このような粉遊びを……!」


断固として拒否しようとするカリスタ。だが、アステラの太陽のような笑顔と、「みんなで食べると、もっと美味しいんだって!」という言葉に、彼女はぐっと言葉を詰まらせる。結局、その純粋な誘いを断りきれず、不承不応、エプロンを身に着けることになった。


しかし、料理など、生まれてこの方一度もしたことのないロゼッタ王家の姫君である。


案の定、キッチンは大混乱に陥った。


「きゃっ! なんですの、この粘つく物体は!」

「カリスタ、卵は殻ごと入れちゃダメだよ!」

「こ、粉が……! 止まりませんわ!」

「あーっ! それは砂糖じゃなくて塩だよ!」


卵を握り潰し、小麦粉の袋をひっくり返し、キッチンは瞬く間に戦場と化した。


だが、アステラはそんなカリスタに呆れるどころか、お腹を抱えて笑い転げていた。


「あははは! カリスタ、顔が真っ白だよ!」

「わ、笑いごとではありませんわよ!」


アステラは、笑いながらも、手際よく後始末をし、カリスタに一から丁寧に作り方を教える。最初は反発していたカリスタも、アステラの純粋な楽しそうな姿に毒気を抜かれたのか、次第にその作業に没頭していく。


最終的に、顔中を小麦粉だらけにしながらも、二人の間には、初めて「共同作業」を成し遂げたことによる、奇妙な連帯感が芽生えていた。


その頃、船の工房では、リーベがオアシスで手に入れた希少な魔導金属の解析に没頭していた。


「……やはり、この結晶構造は、古代の『星詠み魔導科学』の理論と一致します。これを応用すれば、魔導炉のエネルギー変換効率を、さらに12%は向上させられるはず……」


彼女は、誰に言うでもなく、しかし熱っぽく難解な理論を呟きながら、目を輝かせて作業を進めている。その姿は、もはや研究者というよりも、未知の真理を探求する求道者(きゅうどうしゃ)のようだった。


一方、船の心臓部であるエンジンルームでは、オリビアが愛機の魔導炉の最終調整を行っていた。


彼女は、計器の数値を睨むだけではない。目を閉じ、壁にそっと手を当て、魔導炉が発する微かな振動、駆動音、そして、魔力が循環する「匂い」といった、五感の全てを使って、船の状態を完璧に把握していた。それは、もはや整備士ではなく、愛馬と心を通わせる、一流の騎手のような姿だった。


「(おい、リーベ。アンタの理論じゃ、この子の機嫌を損ねるぜ。ここの魔力循環、少し流れが強すぎる。もっと滑らかにしてやらないと、いざって時にヘソを曲げるんだよ)」

「(ですがオリビア、理論上は、この負荷が最大の効率を生み出すはずです!)」

「(理論で船は飛ばねえんだよ! こいつは、生きてんだ!)」


二人は、思念通信で、専門家同士の丁々発止(ちょうちょうはっし)のやり取りを交わす。アプローチは正反対だが、その言葉の奥には、互いの腕への、揺るぎない信頼が滲んでいた。


やがて、ブリッジに、全員が自然と集まってきた。


聖域に関する情報の分析を終えた俺が、一息ついていたタイミングだった。


テーブルの上には、アステラとカリスタが作った、少しだけ形が不揃いで、ところどころ焦げ付いたクッキーが並べられている。


「フン……わたくしが手ずから作ったのですから、心して味わいなさい」


カリスタが、そっぽを向きながら言う。その頬は、まだ少しだけ、小麦粉で白かった。


オリビアは、そのクッキーを一つ、無造作に口に放り込むと、目を丸くした。


「……ん、うまいじゃねえか、これ」

「でしょー!」


アステラが、得意げに胸を張る。


リーベが淹れた、香り高い紅茶の湯気が、和やかな空気に溶けていく。


俺は、その光景を、キャプテンシートから微笑ましく眺めていた。


戦闘も、ハッキングも、交渉もない。ただ、仲間たちがそこにいて、笑い合っている。


この穏やかな時間こそが、俺が、何よりも守りたいと願う、宝物なのだ。


「おい、俺の分も残しておけよ」


俺がそう言って席を立つと、四人が、一斉に、最高の笑顔で、こちらを振り返った。



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