第25話:凸凹コンビの協奏曲《コンチェルト》
「ちっ、完全に閉じ込められたか!」
ユウトたちと分断されたオリビアは、悪態をつきながら分厚い障壁を拳で殴りつけた。だが、びくともしない。ここは、船の最も巨大な貨物区画のようだった。ドーム球場ほどもあるだだっ広い空間に、山のようにコンテナが積み上げられている。
「大丈夫だよ、オリビア! ユウトが、ブリッジで合流しようって言ってたもん!」
「呑気なこと言ってんじゃないよ! ブリッジにどうやって行くってんだい!」
アステラの楽観的な言葉に、オリビアは苛立ちを隠せない。その時だった。
船全体が大きく揺れ、甲高い警告音が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
次の瞬間、二人は信じられない光景を目の当たりにした。
船のダメージコントロールシステムが異常をきたしたのか、区画内の重力制御が不安定になり、数十トンはあろうかという巨大なコンテナが、ゆっくりと宙に浮き上がり、そして、不規則に落下を始めたのだ。
「うわっ! 危ない!」
オリビアはアステラの手を掴み、落下してくるコンテナからすんでのところで身をかわす。
だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。
区画の最も奥、最も巨大なコンテナの影から、地響きを立てて、一つの巨体が姿を現した。
「ゴーレム……!? いや、デカすぎる!」
それは、全長15メートルを超える、大型の貨物整理用ヘビーゴーレムだった。本来なら、コンテナを運ぶための巨大なアームを持つだけの作業機械。だが、今はその無骨な全身から殺気を放ち、頭部の赤いモノアイを、ギラリと二人に向けていた。警備モードで起動したのだ。
「こんなところで、あんなのと戦えるわけないでしょ! とにかく逃げるよ!」
「逃げるって、どこに!?」
オリビアの叫びも虚しく、ヘビーゴーレムは、その巨大なアームを、ハンマーのように振り下ろしてきた。
アステラは咄嗟に光の壁を展開してそれを受け止めるが、あまりのパワーに壁が軋み、後方へと吹き飛ばされる。
「くっ……! 硬い……!」
アステラの光魔法も、オリビアの獣じみた打撃も、その分厚い特殊合金の装甲の前では、ほとんど意味をなさなかった。
落下してくるコンテナを避けながら、無敵のゴーレムから逃げ回る。状況は、絶望的だった。
「もう! こうなったら、私の全力で!」
「馬鹿! やめな! こんな場所で大技を使ったら、船ごと吹き飛ぶ!」
力押しで突破しようとするアステラを、オリビアが必死に止める。二人の連携は、最悪の形で噛み合っていなかった。
だが、その時、オリビアの脳裏に、最初の海賊戦の後の、ユウトの言葉が響いた。
『アタシの操縦に、完璧な指示を出せる奴がいたなんて……!』
そうだ。あの男は、アタシの腕を、その場限りの力じゃなく、戦況全体を支配する「才能」として、信じてくれた。
「(あの男は、アタシの腕を信じてるって言った……。ただの操縦だけじゃない。この、空間全てを支配する、アタシの『勘』を……!そうだ。アタシの本当の戦場は、コクピットだけじゃない。この、三次元の空間全てが、アタシの庭だ。)」
「アステラ! アタシが奴の気を引く! アンタは、アタシを信じて、光を溜めておけ!」
「え……?」
「いいから、やれ!」
オリビアは、アステラの返事も待たず、ゴーレムに向かって駆け出した。
彼女は、もはやただの戦士ではなかった。その神業的な空間認識能力で、不規則に落下してくるコンテナの軌道、タイミング、そして、ゴーレムの動きのクセを、完璧に予測していく。
まるで、小惑星帯をすり抜ける宇宙船のように、彼女は危険な貨物区画を舞い、ゴーレムを翻弄する。
その姿を見て、アステラの心にも、ユウトの言葉が蘇っていた。
『仲間を信じて、流れを読むんだ』
そうだ。私は、一人じゃない。オリビアが、道を作ってくれる。
「(信じる……!)」
アステラは、瞳を閉じ、その身に、純粋な光の魔力を、極限まで収束させていく。
やがて、その時が来た。
オリビアは、ゴーレムを、ある一点へと誘導する。その真上には、一本のアームだけで、かろうじて支えられている、ひときわ巨大なコンテナが、吊り下げられていた。
「アステラ、今だ! あのコンテナを支えてる、一番太いアームを、撃ち抜いて!」
オリビアの絶叫が、響き渡る。
アステラは、その閉じていた瞳を、カッと見開いた。
「いっけえええええっ!」
彼女の指先から放たれた、一条の光の矢。
それは、寸分の狂いもなく、巨大なアームの付け根を、正確に貫いた。
金属の断末魔のような軋む音と共に、数十トンの鉄の塊が、ゴーレムの頭上へと、落下していく。
モノアイが、初めて、焦りの色を浮かべたように見えた。だが、もう遅い。
轟音と共に、コンテナがヘビーゴーレムを完全に押し潰し、その動きを、永遠に停止させた。舞い上がっていた金属の塵が、ゆっくりと床に落ちていく。後に残されたのは、絶対的な静寂と、二人の荒い呼吸だけだった。
「はあ……はあ……。やった……」
「……アンタ、意外と、やるじゃないか」
息を切らしながら、二人は、互いの顔を見合わせる。
そこには、もう、いがみ合いはなかった。ただ、互いの実力を認め合った、戦士としての、確かな絆が、芽生えていた。
「オリビアこそ、かっこよかったよ!」
「へっ、当たり前だろ!」
二人は、力強く笑い合うと、ブリッジへと続く、新たなルートを探し始めた。




