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第18話:リーベの憂鬱とブレークスルー。「私の研究を理解してくれるのは先生だけです」

惑星ロゼッタへのワープ航行は、数日を要する長い旅路だ。


その間、船内は比較的穏やかな時間が流れていた。オリビアは新たなパーツの取り付けに没頭し、アステラは俺の隣で宇宙の景色を眺めたり、昼寝をしたりと気ままに過ごしている。


そんな中、俺は船内に増設されたリーベの工房を訪れた。彼女は、ルクスで手に入れた開発キットと素材を使い、新しい魔道具の研究に没頭しているようだった。だが、その表情はどこか浮かない。


工房のドアを開けると、そこは彼女の知的好奇心が詰まった宝箱のような空間だった。壁には複雑な魔導回路の設計図が何枚も貼られ、作業台の上には分解された魔道具や、試作品らしき半完成品が所狭しと並べられている。


「よう、リーベ。調子はどうだ?」


俺が声をかけると、リーベは設計図から顔を上げた。その美しい顔には、深い悩みの色が浮かんでいる。


「ユウト……。いえ、それが、あまり芳しくなくて……」


彼女は、ため息交じりに一つの試作品を指さした。それは、船の魔力効率を飛躍的に向上させるための、新しいレギュレーターのようだった。


「この理論を使えば、シューティングスター号の魔力消費を、さらに30%は削減できるはずなんです。でも、どうしても魔力の流れが安定しなくて……。試作品を起動すると、すぐに暴走してしまうんです」


彼女の設計図を覗き込む。そこに描かれているのは、この世界の魔導工学の常識を遥かに超えた、革新的な理論だった。だが、それ故に、既存の文献は全く参考にできず、彼女はたった一人で暗闇の中を手探りで進んでいる状態なのだ。


俺は《解析瞳》を発動させ、その設計図と試作品をスキャンする。


脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。魔力の流れ、回路の構造、素材の組成、その全てが、三次元の映像として再構築される。


「……なるほどな。リーベ、お前の理論は間違ってない。むしろ、天才的だ。だが、二つ、見落としている点がある」

「え……?」


俺は、設計図の一点を指さした。


「まず、ここ。魔力を収束させるこの回路だが、流れが急すぎる。『流体力学』の理論だが、魔力の流れも、水の流れと同じだ。急激に流路を絞れば、そこで『乱流』が発生して、魔力ロスと不安定化を招く。もっと緩やかなカーブを描くように、迂回回路(バイパス)を設けるべきだ」

「乱流……? 魔力の流れを、水の流れとして……? そんな発想、ありませんでした……!」


リーベが驚愕に目を見開く。俺は続けた。


「もう一点は、魔力変換効率だ。お前の理論は、魔力を動力に変換する際に、どうしても余剰な熱が発生する。その熱をうまく排出しなければ、回路自体が熱で暴走するのは当たり前だ。ここに、小型の冷却ユニットを追加しろ。そうすれば、全体の安定性は飛躍的に向上するはずだ」


俺の言葉に、リーベはしばらく呆然としていたが、やがてその瞳に、尊敬と、そして熱狂的な光が宿り始めた。


「すごい……! すごいです、ユウト! 私が何ヶ月も悩んでいた問題点を、一瞬で……! まるで、私の頭の中を覗いているかのようです!」


彼女は興奮のあまり、俺の腕を掴んでぶんぶんと振る。その華奢な体からは想像もできないほどの力だった。その瞳は、まるで未知の真理を発見した学者のように、爛々と輝いている。彼女にとって、俺の言葉は、暗闇を照らす一筋の光だったのだ。


「私の研究をこれほど深く、正確に理解してくれた方は、あなたが初めてです……!」


気づけば、彼女の潤んだ瞳が、至近距離で俺を見つめていた。その白い頬は興奮で上気し、普段の知的なお姉さんといった雰囲気とは違う、無防備な表情を浮かべている。


「い、いや、俺はただ、見えたものを言っただけで……」

「いいえ! あなたは、ただの冒険者ではありません! 私にとっては……そうです、あなたは私の『先生』です!」


そう言うと、リーベは最高の笑顔で微笑んだ。


その瞬間、俺と彼女の間に、単なる仲間以上の、確かな絆が結ばれたのを感じた。


俺のニート計画は、ますます複雑な様相を呈してきたようだ。


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