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第4話 お坊ちゃんとルナ どうかなさったのですか? お坊ちゃん。

 お坊ちゃんとルナ


 どうかなさったのですか? お坊ちゃん。


 泣き虫なお坊ちゃんと生まれたばかりの真面目なメイドロボットの少女ルナのお話


「ルナ。ぎゅっとして」

 そう言って泣いているお坊ちゃんはルナの長いスカートにぎゅっと抱きついてきた。

「よしよし。もう大丈夫ですよ。お坊ちゃん。なにかあったのですか?」

 といつものような表情がまったくない、仮面のような美しい顔のままで、メイドロボットの少女、ルナはそう言った。

 ルナがそう言っても、お坊ちゃんは泣いている理由を(わんわんと泣いてばかりいて)ルナに話してくれなかった。

 なのでルナは困ってしまって、「よしよし。泣かないでください。お坊ちゃん」と言って、お坊ちゃんのことを無表情のままで、ぎゅっと抱きしめることしかできなかった。

 それはとても暑い夏の日だった。

 ルナは空を見上げる。

 そこにはとっても美しい青色の空が広がっていた。

 眩しい太陽が輝いている。

 優しい風がルナの金色の長い髪を揺らしている。

 そんな美しい日の午後。

 お坊ちゃんがお車に轢かれそうになった。

 原因はよくわからない。

 事故かもしれない。 

 とにかくお車がお屋敷の広い緑色のお庭で遊んでいるお坊ちゃんのいるところに突っ込んできたのだった。

 そして、そんなお坊ちゃんのことを助けたのは、一緒にいたロボットメイドのルナだった。

 ルナのロボットの体はお車に吹き飛ばされて、半分くらいがぼろぼろになってしまって、壊れてしまった。(修理をするために、半年くらいはロボット工場に戻されてしまうことになった)

 でも、ルナの頭と心は無事だった。

「お坊ちゃん。お怪我はありませんか?」

 とお坊ちゃんを抱きしめながら吹き飛ばされた木の木陰の中で、大きな目だけを動かして、ルナはいった。

 ぶるぶると震えているお坊ちゃんはずっとルナに抱きついて、泣いているだけだった。(でも、どこも怪我はしていないように見えた。よかった)

「ルナ。ルナ」

 とようやく泣きながらお坊ちゃんはいった。

「はい。ルナはここにいますよ。ずっとお坊ちゃんのおそばにいます」

 といつものように表情を変えないままで、仮面のような美しい顔で、ルナはいった。


 ロボットの寿命、耐久年月はおよそ二百年。

 ロボットはだいたい、人間の二倍の人生(時間)を変わらない形のままで、生きることができる。

 その二百年の間に、ロボットはいろんな経験をして、成長して、いろんな感情を知っていく。

 笑ったり、泣いたり、怒ったりするようになる。

 優しくなったり、わがままになったり、失敗したり、お勉強をしたり、孤独になりたくて、どこかに隠れてしまったり、あるいは、たまに家出をしたりもする。

 誰かと出会い、誰かと別れたりもする。

 そうして、愛を知っていくのだ。

(ロボットの生きる目的は愛を知ることだった)


 ルナは真っ白な工場にいる間、お暇だったので、いろんなことを考えていた。

 でも、一番ずっと考えていたのは、お坊ちゃんのことだった。

 ルナは自分がおそばにいない間に、お坊ちゃんが泣いていないか、とっても心配だったのだ。

 ルナがお坊ちゃんのいるお屋敷に戻って、お坊ちゃんと再会をしたときに、お坊ちゃんはルナを見てにっこりとまるで太陽のような明るい笑顔で笑った。

 あとで旦那様と奥様から聞いたのだけど、お坊ちゃんはルナと再会したときに笑うために、ずっと笑顔を練習していたのだということだった。

 その練習の成果はとてもよかったのだろう。

 お坊ちゃんの笑顔はとっても、とっても、素敵だった。

「おかえり。ルナ」

 とお坊ちゃんはいった。

「はい。ただいま戻りました。お坊ちゃん」

 と(お坊ちゃんの笑顔に影響されたのかもしれない。なんだかとっても嬉しくなって)小さく笑って、ルナはいった。

 その小さく笑ったルナの顔を見て、お坊ちゃんは目を丸くして驚いていた。

 それからお坊ちゃんとルナは一緒に笑顔の練習をするようになった。

 ルナはもともととっても真面目なロボットだったので、それからしばらくすると、(一度、笑えたというきっかけがあったからかもしれないけど)ルナはちゃんと笑えるようになった。

「見てください。お坊ちゃん。ルナはちゃんと笑えるようになりました」

 そう言って、ルナはにっこりと子供みたいな顔で笑った。(そんな美しいルナの笑った顔を見て、お坊ちゃんはびっくりして、それからその小さな顔を耳まで真っ赤に染めた)

「笑顔って素敵ですね。お坊ちゃん。ロボットの私にこんなに素敵なことを教えてくれて、どうもありがとうございます」

 と言って、ルナはまるで本物の人間のような笑顔で、にっこりと嬉しそうに笑った。

 それからお坊ちゃんとルナはよく一緒に笑いながらお屋敷の中でご主人様とメイドロボットとして暮らしていた。

 お坊ちゃんが小さな男の子のときも。

 大人になってからも。

 お坊ちゃんがお美しい奥様とご結婚をされてからも。

 とっても可愛らしいお子様がお生まれになったあとも。(ルナは初めて赤ちゃんを見て、目を丸くして驚いていた)

 ずっと、ずっと、一緒に仲良く、笑っていた。

 幸せそうに。

 ……、いつまでも。いつまでも。

 それから長い年月が経って、年老いたお坊ちゃんが病気で亡くなったとき、久しぶりにルナはとっても、とっても、たくさん、泣いた。

 お坊ちゃんのおかげで、ずっと楽しくて、ずっと幸せで、ずっと泣いていなくて、そのせいで大きな青色の瞳の奥にいつの間にかに溜まっていたルナの涙が、一気に全部、その大きな青色の瞳から溢れたみたいな、そんな大粒の涙だった。

 ルナは出会ったころからのお坊ちゃんのことを思い出しながら、ずっと、ずっと、小さな女の子みたいに泣いていた。

 それからようやく泣き止んだころ、ルナはお坊ちゃんのお孫さんである、小さな女の子のところにロボットメイドとしてお仕えすることになった。

 お坊ちゃんといっぱい練習した、自慢の笑顔と一緒に。

 泣いてばかりいるという、その小さな女の子を笑顔にするために。

「初めまして。お嬢様。私はルナと言います。これからよろしくお願いします」

 まるで太陽のような笑顔で笑いながら、初めて(どことなくお坊ちゃんに似ているところがある)お嬢様に会ったときに、ルナは優しい声でそう言った。


 君と一緒に。(……、大好きな、あなたとずっと一緒に)

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