第33話 浮遊 ふゆう
浮遊 ふゆう
きらきらと光る透き通った白色のワンピースを着ている空に浮かんでいる女の子がいる。この女の子は誰だろう? わたしの知っている女の子なのだろうか?
最近になってよく考えることがある。それはどうして自分が作品を描こうと思ったのか、ということだった。もちろん、私はたくさんの(素敵な先輩たちの)素敵な作品を見て、憧れて、自分でも作品を描きたいと思うようになって、作品を実際に描き始めた。それは、もちろんわかっている。でも、それだけじゃないような気がするのだ。あのときの私には(とっても若かったから)『気がつくことのできなかったなにか』が、あのときの私の中には、あったような気がするのだ。
「作品にはね、物語があるの」
「物語?」
「そうよ。それを読み解くための文脈がちゃんとあるの。どんな作品にも、言葉があり、文章がある」
「言葉、文章?」
「うん。言葉。文章。そうね。魂と言ってもいいよ」とふふっと優しく笑って艶は言う。
艶のお話を聞いている(料理の邪魔をしながら)娘の色(五歳)はなんだかよくお母さんのお話が理解できない、といったような不思議そうな顔をして、艶の腰に後ろからぎゅっと抱き着いて(片時も)離れないでいる。
色の(怪獣みたいな)食事が終わって、お昼寝をしたところで、艶は絵の続きを描き始めようとした。
日の光の差し込む、美しい、ものの少ない、小さなアトリエの中。そこには一枚の四角いキャンパスの中に描かれている途中の絵がある。絵の題名は『浮遊ふゆう』 。この絵を描くことで、(きちんと完成させることで)私はきっと、その答えを知ることができる、とそう艶は(芸術家の直感として)感じ取っていた。(艶の顔はお母さんの顔から芸術家の顔に変わっている)
艶の見ているキャンパスの中には、一人の小さな(白い服をきている)女の子がいる。
大人になったあなたの中にも、こどものあなたがちゃんといるよ。(まるで、木の年輪みたいにね。ふだんは気がつかないだけなんだ)
浮遊 ふゆう 終わり