第32話 大空の海 とっても、とっても、遠い場所。
大空の海
とっても、とっても、遠い場所。(そこは、あなたが帰りたいって、いつも思ってる場所だよ)
大空の中はまるで透明な海のようだった。
青色と白い雲と明るい太陽だけが存在している、不思議な浮遊感のある(実際に私の体はぷかぷかと空気の中に、風船やシャボン玉のように浮かんでいるのだけど……)そんな不思議な空の海の中で、私はいつものように寝っ転がって気持ちよく居眠りをしていた。
そんな風にしていると私は遠くの空の中に一人の人の人影を見つけた。
……あれは誰だろう? あんなところでいったいなにをしているんだろう? そう思って興味を惹かれた私は(なにしろ空の中はなんにもなくてすっごく暇なのだ)その人影のあるところまで空の中を泳いで行ってみることにした。
今のように空の中ではなくて、しっかりと自分の両足をつけて、大きな大地の上にいる間、私は全然泳げなかったのだっけど、空の中で暮らすようになってから、毎日毎日、ほかにすることもないので、空の中で泳ぎの練習をしていたので、私はすごく泳ぎが上手くなった。
すいすいとまるで海の中を泳ぐようにして、空の中を泳いで進んで、私はすぐにその人影のところまでたどり着いた。
するとそこにいたのは私と同い年くらいか少し年下に見える一人の幼い顔立ちをした(女の子みたいに綺麗な顔をした)男の子だった。
男の子は目をつぶっていて、まるで海の上で漂流してこの場所に流されついた人のような格好をして、空の中で眠りについていた。
私は驚いて、(空の中で漂流している人を見つけたのは初めてだった)その男の子の胸に(失礼だとは思ったのだけど緊急事態なのだから仕方ないと思った)耳を当ててみると、男の子の心臓の音が聞こえた。
ほっとした私が今度はその耳を男の子の口元の近くに移動させると、今度は確かに男の子の呼吸をする音がかすかに聞こえてきた。
……よかった。どうやらこの男の子は『まだ、ちゃんと生きている』みたいだ。
「あの、もしもし、すみません。私の声、聞こえてますか?」と私は男の子に声をかけた。
「……うん」すると、男の子は少しして、そう言って、かすかにその目を、まるで深い眠りから目覚める朝のようにして、私の前でうっすらと開き始めた。
男の子はとても透明で綺麗な、ビー玉のような、あるいは人形のような、そんな作りものみたいに本当にとても澄んだ黒色の瞳をしていた。
その男の子のあまりにも透明で綺麗な瞳を見て、私は思わずどきっとした。(この男の子は、自分より年下っぽいのに。私はどちらかというと頼り甲斐のある、年上の男の子が好みなのに……。どきどきしてしまった)
大空の海 終わり