第24話 花と紙ヒコーキ 私の思いをのせて。
花と紙ヒコーキ
私の思いをのせて。
あなたのところまで、飛んでいけ。
春。
高野花は恋をしていた。
花の恋のお相手は同じ教室にいる、クラスメートの一人のさえない男子学生だった。
その人の名前は、上野文くん。
文くんはいつものように花の前の前の席に座って、そこからじっと、窓の外に広がる青色の空を眺めていた。(花の席は、窓際の一番後ろの席だった)
窓は空いていて、そこから春の暖かな風が教室の中に吹き込んでいる。
白いカーテンがその風にゆっくりと揺れている。
そこに文くんのぼんやりとした表情がある。花の一番好きな文くんのいつも見ている、横顔の表情だった。
花はそんな文くんの猫背の後ろ姿を見て、やっぱり私は文くんのことが大好きだ、と頬を赤くしながら、改めて思った。
花は、文くんに自分の気持ちを伝えたかった。
でも、どうやって自分の(文くんを世界で一番好きだという)正直な気持ちを文くんに伝えればいいのか、それが中学二年生の花には、まだよくわからなかった。
なので、あれこれと考えた末に、花は文くんに自分の気持ちを詰め込んだ手紙を書くことにした。
それは、恋の手紙。
つまり、恋文だった。
中学生の恋の告白にしては、ちょっと古風すぎるかな、とは思ったのだけど、花は文くんに自分の気持ちを伝えるのなら、最終的に、この方法が一番だと思った。悩んだ末に、そう結論を出したのだった。
それが決まると、花は早速、文くんに自分の気持ちを伝えるために、手紙を書いた。
花の恋の手紙はすぐに書きあがった。(花の中には文くんへの大好きな思いがいっぱいに詰まっていたから、手紙を書くのは本当に簡単だった。花の気持ちは次から次えと溢れて、ペンが止まることは一度もなかった)
手紙は書いた。
問題はどうやって、この手紙を文くんに届けるかだった。
その方法をうーん、と、唸りながら、考えているときに、花はふと、文くんの真似をして教室の窓の外に広がっている青色の空を見つめた。そういうこと(好きな人の真似をする)をするのは、花の癖のようなものだった。
するとそこには一機の白い飛行機が、飛行機雲を作りながら、春風の吹く、青色の空を飛んでいる風景が見えた。
開いている窓から気持ちのいい春の風が吹き込んでくる。
あまりの気持ちよさに花はちょっとだけ(授業中居眠りをしたのに)眠気を感じた。
「高野さん。話があるんだけど、少しだけ時間ある?」
放課後の時間。文くんが花の席の隣までやってきてそう言った。
(やってきた文くんを見てきたきたと花は思った)
「うん。いいよ」と花は言った。
文くんは開いている窓のところまで移動をすると花を見て「あの紙ヒコーキのことなんだけどさ」と言った。
「うん」と花は言う。
「あれはなに?」と文くんは言う。
「紙ヒコーキ」
花はすぐにそう言った。
「それはもちろんわかるんだけど、どうして紙ヒコーキを僕のところに投げてるの?」
「上手に折れてるでしょ? だんだん上手くなったんだよ。紙ヒコーキ折るの」
と嬉しそうな顔をして花は言う。
確かに花の紙ヒコーキはとても上手だった。最初にもらった? 紙ヒコーキに比べると最近の紙ヒコーキはとても上手に折れている。(今、文は花の紙ヒコーキを全部で十個持っていた)
折りかただけだはなくて花の紙ヒコーキを飛ばすやりかたもどんどん上手くなっていた。(最近だと後ろから飛んできた紙ヒコーキが文の机の上にきれいに落ちたこともあった)
それだけではなくて紙もいろんな模様のある紙に変化したりもした。(最初の紙は切り取ったノートの紙だったのだけど、最近の紙は紙ヒコーキを折るために事前に文房具屋さんで買った紙のようだった)
「高野さん。紙ヒコーキ折るの、好きなの?」と文くんは言った。
「別に好きじゃないけど、なんだか最近はだんだんと好きになってきた」と花は言った。
そう言ってから、花は自分の机のなか空紙ヒコーキを折るための紙を取り出した。
それはとてもきれいな紙で、いろいろな種類の模様の紙が揃っていた。
(その紙を見て確かに紙ヒコーキを折りたくなるような、わくわくした気持ちになると文くんは思った)
「あのね、上野くん。私、今度引っ越しをするんだ」と紙ヒコーキを折り終わったところで花は言った。(文くんは花の紙ヒコーキを折る仕草をじっと見ていた)
「知ってる?」
「うん。知ってる」と文くんは言った。
「ずっとずっと遠いところに引っ越しをするの」と二枚目の紙を取りながら花は言った。
「会いにきてくれる?」
花は言った。
「もちろん。会いにいくよ」と文くんは言った。
「ありがとう」と花は言った。
花と文くんは花が二つ目の紙ヒコーキを折り終えると二人で一緒に学校から帰ることにした。(それ以来、花は紙ヒコーキを文くんのところに向かって飛ばすことをやめてしまった)
花は結局、恋文を文くんに渡すことができなかった。
花の恋文は今も紙ヒコーキになることはなくてきちんと封筒の中には仕舞われていて、花の鞄の中に大切に入れられていた。
春が終わるころになって、花は引っ越しをした。
新しい町にやってくると、友達もすぐにできたし、町も気に入ったのだけど、好きな人は変わらなかった。
ずっと、ずっと。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
その音を聞いて、花はキッチンから玄関まで移動をする。
ドアを開くとそこには上野文くんがいた。
文くんの顔を見て、花は自分の動きを止める。
「久しぶり、高野さん」
と文くんは言った。
花はなにも言わずにそのまま文くんの胸の中に飛び込んだ。(あとで知ったことだけど、電話に出た花のお母さんが花をびっくりさせるために花に内緒で文くんを高野家に招待をしたのだった。そのことで花はお母さんとちょっとした喧嘩になった)
文くんは花の紙ヒコーキを全部大切に今も持ってくれていた。(そのことを聞いて、花はすごく嬉しくなった)
花が自分の書いた恋文を紙ヒコーキにして上野文くんの頭の後ろに向けて飛ばしたのは、二人がお付き合いをしてから、二ヶ月後のことだった。
ある日、私はあなたに恋をした。
花と紙ヒコーキ 終わり