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とある騎士の独白①

注意 : 残酷な描写あり

剣がぶつかり合い火花が散る。

血飛沫が雨のように降り、国を守る騎士達、冒険者達は虚な目でただ戦いの終わりを願う。


人の手には負えない高位の魔物に魔族。常に忍び寄る死の影。

 


「大丈夫。希望はまだある」


絶望に包まれる戦場にその声は輝かしく響き、その完璧な笑顔でその勇者は救いの手を差し伸べる。



「エイリーク。氷魔法で足止めを頼む」


「オッケー、勇者様。足止めついでに何匹か仕留めても構わないよな?」


「アリア。全戦闘員の回復を」


「言われなくても分かってるわよ。馬鹿ニル」


魔法使いのブリザードが襲い来る魔物達を凍らせ、神官のヒールが光の雨となり降り注ぎ、負傷者の傷を癒す。


虚だった瞳に光が宿り、騎士達、冒険者達は羨望の眼差しを勇者パーティに向ける。


私達には神に選ばれし彼がいる。

まだ成長期に入ったばかりの小さい背中に大きな期待を乗せ、勇者はこちらに振り返った。


「フラム。背中は預ける」


「ああ」


フラムは勇者の小さな背中を追い、戦場を駆けながら見るに耐えないと落胆の溜息を溢した。






フラムがニルと出会ったのはニルが十歳でフラムが十八歳の時。

王家の使者と神官に連れられて幼いニルは勇者に育てあげる目的で生まれ育った田舎の農村から王城に召し上げられた。その際、勇者の剣の師としての栄誉をフラムは賜り、騎士団の鍛錬場で出会いを果たした。


ニルが十二になった頃には戦況は悪化し、たった二年でニルは勇者として勇者パーティを率いて戦場へと駆り出される事となる。




馬車の中。馬車が揺れる音と回復薬の蓋を開ける音だけが響く。

無言で揺れる馬車の壁に背を預け、回復薬をがぶ飲みする姿は戦場で見る勇者パーティの威光はなく、深い疲労が見える。


休みもない連戦。回復薬で騙し騙し体力を回復し、次へと備える。深い隈が刻まれた魔法使いの顔も回復薬を飲めば、たちまち血色のいい肌に戻る。普段負けん気が強い神官もただ目を瞑り、次の戦いに備えて眠る。


いつ、この戦いに終わりが来るのだろう?

口には出さないが人類最強の勇者パーティの中でもこの言葉はいつだって付いて回った。



「あれ、勇者様は?」


やっと、疲労感から疑似的に解放されて、魔法使いは馬車内に居ない勇者の姿を探す。その疑問にフラムは親指でスッと馬車の後方を指した。


「ニルなら何時ものように見張りだろう」


「うわぁ。流石(さっすが)、神に選ばれし勇者様。俺達とは格が違うわ」


魔法使いは鼻で笑い、肩をすくめる。

ねぇ?と、同意を求めてくる魔法使いを無視してフラムは立ち上がると天幕を持ち上げ、外へと出た。

しかし、後方を見張っていた勇者の姿はなく、フラムは「全く」と溜息をつき、屋根によじ登った。


急ぐ馬車は風を切り、フラムの金の髪が勢いよく靡く。少し肌寒い風の中、一人の少年が剣を抱き込むように屋根の上で座っていた。


育ち盛りの十四歳にしては細く小さな身体に十四歳にしては達観した焦茶の瞳。


「ニル」


しかし、その名を呼べば、その少年は何処かへと消え失せ、勇者の顔がフラムを見やる。


「何か用? 公爵子息の救出の段取りについてかな?」


広角を上げて、目の前の勇者は完璧に微笑みを浮かべてみせる。

その微笑みにフラムは言い掛けた言葉を喉の奥へと飲み込み、ただ勇者を見つめた。勇者はそのいつも通りのフラムの無愛想な態度に苦笑を浮かべて、今にも降り出しそうな曇天な空を見つめる。


「間に合えば良いんだけど」



今回の仕事は王家直々の依頼。

魔王軍幹部デュラハンが作り出したダンジョンに公爵家の私兵を引き連れて乗り込んだ王の甥である公爵子息の救出。


(死体の一部さえ、持って帰れれば充分だろう)


勇者に息子を助けてくれと縋る公爵を思い起こし、フラムは心の中でそう吐き捨てた。いかに自身の息子が勇敢であるか語るその姿に嫌悪感すら抱きながら。





デュラハンの作り出したダンジョンは人里離れた森の中にあった。

外見はひっそりと森の中に立つ古城だが、門を潜ればそこには砂漠が広がっていた。


階層ごとに墓地や廃墟などのフィールドが配置され、アンデット系の魔物がフラム達の行く手を阻んだ。

倒しても沸き続けるアンデット達を斬り伏せ、進んでいくが一向に公爵子息の姿を捉える事は出来なかった。


最上階層に足を踏み入れた瞬間、勇者の歩みが止まった。何事かと勇者の後ろから顔を出した神官が真っ青な顔で後退る。



石造りの城内に甲冑を着た首無し騎士達が道を作るように並んでいる。その甲冑には公爵家の紋章が刻印されていた。


「助け…、助けて!!」


首無し騎士の道の奥。

真新しい甲冑を着込んだ若者がデュラハンを前に腰を抜かし、助けを求めてこちらに手を伸ばす。


その若者が公爵子息と視認したのも束の間。

首無し騎士達が抜いた剣がシャンデリアの光を反射して輝いた。


「同情するぞ、勇者よ。うつけ者が為にその命運尽きる事になろうとは」


デュラハンは魔力で赤黒く光る剣の矛先を勇者に向け、無い首をやれやれと横に振った。


「哀れな勇者よ。お前が助けに来たこのうつけ者は自身の力量も知らず、悪戯に兵を死地へと率いた。この者達はこのうつけ者に殺されたのだ」


その言葉に魔法使いの瞳が揺らぐ。

そんな事は言われなくてもこの場にいる全員分かっている。

彼等は本来死ぬ必要などなかった。ひとりの慢心の為に命を落とした犠牲者達。そして、その張本人はこの瞬間ものうのうと息をしている。


(命を懸けて助ける価値もない)


自然と上を向いていた剣先が下がり、助けを求める公爵子息から目を逸らした。



「だからなんだ?」


怒気を孕んだ声が鼓膜を揺らす。

勇者はその剣で首無し兵を斬り伏せ、射抜くような眼差しでデュラハンを睨んだ。


「責任転嫁か?」


「責任転嫁? ハハッ。事実だろう? その哀れな兵はこのうつけ者の采配で無駄に命を落としたのだ」


「その哀れな兵の命に手を掛けたのはお前だろう。今も尚、彼等の身体を弄ぶ言い訳になるとでも思っているのか」


勇者に斬られた首無し兵は倒れ、ただの屍へと変わる。勇者は剣の汚れを払うと一切の躊躇なく、トンッと床を蹴り、走り出した。


「…弔い合戦だ」


勇者の言葉を皮切りに首無し兵が襲い掛かる。デュラハンの元へ走る勇者に続き、覚悟を決めて、彼等を永久の眠りへとその手で誘う。

しかし、兵の数は減らず、次から次へと襲い掛かる。


果たして何百人の兵が犠牲になったのか。

デュラハンの姿は先程よりも遠くに見え、前を行く勇者の後ろ姿も遠い。



「最後の慈悲だ。貴様に贖罪の機会をくれてやろう」


「あ…。あ、あ」


「罪人の最後は斬首。その首を命尽きた部下達に捧げるがよい」


腰を抜かし、逃げる事すら出来ない公爵子息を嘲笑い、デュラハンはついにその剣を振り下ろした。


(自業自得だ)


ハナから生き残る見込みなどなかった命が今、尽きるだけだ。そう切り捨てられれば、どれ程良かったか。


不意にふわりっとフラムの頰を風が撫でる。

その風の感触に全てを悟り、サッと血の気が引いていく。敵を交わして、その手を勇者に伸ばすが、身体強化魔法と風魔法を複合して掛けた勇者の俊足を捉える事は叶わなかった。


突風のように勇者は駆け抜ける。

人類一のスピードを誇る勇者の足でももう既に振り下ろされたその剣に、間に合わない事は分かっている。そして、それでも勇者が諦められない事も。


風を切る音と共に勇者が持っていた筈の剣が公爵子息とデュラハンの間に刺さる。剣から溢れる守護の光が公爵子息を包み、デュラハンの剣を弾いた。 


「愚か者めが!」


激昂したデュラハンの刃が追い付いた勇者に向く。

防ごうと氷魔法で作り出した剣は無情にも砕け、勇者の左目から赤い涙が伝う。


勇者の残った右目が後ろに庇う公爵子息を映す。

瞳の中の公爵子息は落ちてしまった自身の片腕を抑え、錯乱状態に陥っていた。


残った目に映る光景に勇者は逃げろと言いかけた口を強く結ぶ。

床に刺さっていた自身の剣を抜き、デュラハンに向き直った。



剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

勇者の周りを風が渦巻き、粉雪が舞降る。

風の魔法を纏わせた剣がデュラハンの剣戟を防ぎ、作り出した氷の刃がデュラハンを襲う。


「アリアっ!」


「うっさい。分かってるッ」


熾烈な攻防の中、勇者が叫ぶ。

その呼び掛けに神官はフラム達が作った道を駆け抜け、公爵子息に向けて治癒魔法を展開した。


片目を失い、追い詰められた勇者はそれでも強かった。鬼気迫って、研ぎ澄まされた勇者の剣先は遂にデュラハンの心の臓を捉えた。



勇者に敗け、デュラハンは灰となり、崩れ去っていく。

術者が倒された首無し兵達も灰となり、雪のように降り積もっていく。

灰の降り積もった床に勇者の手から離れた剣が落ちた。


「ニルっ! ニルッ!!」


ぐらりっと傾いた勇者の身体はフラムの目の前で吸い込まれるように灰の中へと沈んでいった。

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