7.故郷の外側
女神様から教えてもらった情報によれば、ハーフエルフの家は北町を抜けて、草原を跨いだその先の小さな村。村を越えればそこには月下の国という幻想界の中でも大きめの国が存在する。
ハーフエルフは活動しやすそうな月下の国ではなく、その近くの小さな村に家を建てたのは何故だろうか。貴重な薬草があるとか魔法の練習がしやすそうだからとかだろうか。
図書館で本を無事返し終え、私は町を出ようと橋を向かう。この先には行ったことがない。私の世界はこの町とあの森で構成されていた。目の前に広がる大きな世界に踏み出すのが、少し怖くはあれどワクワクする。
タン、という軽快な靴の音を響かせて、私は故郷を出た。
草原は、町のざわめきなど忘れてのどかでゆったりとした雰囲気を漂わせている。至る所に花が咲いているのは勿論、蝶や鳥が空を舞っていて、優しい風がそよぐ。とても気持ちのいい空間だ。
この世界の人々は、魔法で体温を調節している。そのため暑さや寒さを感じることはない。だが時々その魔法を解除し、自然の温度を感じるのもまた楽しいのだ。私は精霊だよりだけど。
「うーん、気持ちいい!……しっかし、私の眼にいる精霊とは、一体いつ話せるやら……」
湖の女神様は馴染めば話せると言っていたが、力も借りてるし加えてファミリーネームも借りている。早急に会話が出来たらいいのだが。眼に意識を集中させてみれば違和感はないから馴染めていると思うんだけど。全然わからない。この調子じゃあ大精霊と話せるのは随分先になるだろう。
「このことも女神様と交流のあるハーフエルフに聞いてみようか」
もしかしたら、精霊顕現なんかの魔法を使えるかもしれない。そしたら話せるかも。大精霊だから、顕現出来るかわからないけど。
なだらかな草原を、一歩一歩踏みしめて村へと進む。月下の国まではかなりの距離があるが、国のシンボルであるお城が薄らと見えてきた。他にも、純粋に草原に遊びに来た子供達や、食料を狩る狩人、また薬草を集めている人など、進むにつれて人が増えてきた。この人たちはきっと村の人たちだろう。目的地が近いのだ。空はまだ明るいが、もうじき日が傾き始めるだろう。村に着いたらなるべく早くハーフエルフを見つけたい。
「あ、あれかな?」
視界に月下の国の城が目に入ってから少し。ポツポツと家が建っているのが見えた。きっとこの村だ。
嬉しさを抑えきれず、駆け足で村へと向かう。村の近くには川があり、水車がガラガラと回っている。また牛や豚などの家畜もいる。この辺りは資源が豊富で土地もなだらかだから、家畜が育てやすいのだろう。近くには森もあるみたいだし、薬草もかなり見つかりそうだ。
「すみません」
私はハーフエルフの所在を聞くために、散歩をしていたのだろう、犬を三匹引き連れて歩く女性に声をかけた。
「はーい!あ、村の子じゃないわね!水影の村へようこそ!南から来たってことは、星泉の町の子?」
「はい!ちょっと人探しに」
「そうなのね!誰を探してるの?この村は小さいから、みんな知り合いなの、なんでも聞いて!」
笑顔で答えてくれた村の女性に、私は優しい人だ、とほっとしながら女神様から聞いた名前を出す。
「ありがとうございます!アルファさん、っていうハーフエルフを探してるんですけど……」
「ああ!アルファ先生ね!」
パチン!と手を鳴らした彼女はな〜んだ、と呟いた。
「アルファ先生に用があるってことは、先生の魔法薬をもらいにきたのね!この村には先生ほど魔法が上手な人がいないから、先生の薬にはいつも助けてもらってるもの!星泉の町に薬がないから来たのよね?あの町にも先生を超える魔法使いはいないのね〜」
「え、えっと〜、そうではなく」
「いいのいいの気にしないで!!南で一番の魔法使いは星泉の町じゃなくて水影の村にいるのは、旅商人たちには黙っておくから!!」
パチン!と今度はウインクをした女性は先生の家はこっちよ!と私を手招きする。色々と誤解をしているが、結果的にハーフエルフのところに案内してもらえるならそれでいいか、時間があったら弁解しよう、と考え直して、私は女性の後を追った。