4.女神様のお願い
「ワ、ワールドゲートってあれですよね?その世界に入るための扉」
「そうよ」
「それを、開ける?私が?」
「ええ」
焦る私とは違ってニコニコと微笑んでいる女神様は頷くばかりで否定してくれない。否定してほしいんだけど!?
「む、無理に決まってるじゃないですか!!」
「あら、どうして?」
「どうしてってそりゃあ……」
魔法使えませんからね!?たとえ死なないんだとしても攻撃手段とか防衛手段とか強いとは言えない剣だけだし、移動だって歩いてってことでしょう!?魔力がある人たちは箒とか絨毯とかに乗るんでしょう!?本で読みましたよ!?
「ゲートを開くのに、魔法は別に必要ないわよ」
「……え?」
ぱちぱち、と瞬きをする。
魔法が必要ない……?じゃあどうやって扉を開けるんだ……?
「各ワールドゲートを開けるには、鍵がいるの」
「鍵……?」
「もともとこの世界には、鍵が九つ存在していたの。そのうちの六つは、夜光界と幻想界のワールドゲートに使われているわ。世界が分断された時、先人たちが二つの世界を開けてくれたからね。そして、残るゲートは一つ」
「神星界……ですね」
先人たち……二つのワールドゲートを開けてくれたのは嬉しいんだけど、どうせなら神星界のゲートも開けてくれると助かったな……。
「話はわかりましたけど、なぜそれを私に?何回も言ってますけど、魔法が使えないわけですから鍵を探すのも難しいと思いますよ?多分見つかりませんし。私以外に適任な人っていっぱいいると思うんですけど」
どう考えても私より成功率が高い人っていっぱいいると思う。なのに何故私に頼むのか……。
「ああそれは」
「それは?」
「この森って人こないもの。今ここにいるのはあなただけでしょ?」
つまり……。
「頼む人が私しかいないってことですね……」
「その通りよ!!」
たしかに……たしかにここに人はこないけれども!!嘘でも私にしかできないとかあなたが頼りだとか言って欲しかったなぁ!?
「それで……引き受けてくれるかしら?」
「う……まあ、この森にはお世話になってますし、ずっとここにいるわけには行かないと思ってましたからね。わかりました、引き受けます」
「本当!?」
ぱっ、と顔を明るくした女神様が私の両手を握って上下に振る。け、結構な勢いでふるな!?腕が痛い!
「嬉しいわ……私、世界が分断される前は、今の神星界の区域にいたのよ。けど分断された時、世界に広がっていた力がおかしくなってしまって。私がいた湖は、二つに分かれて片方が幻想界の区域に飛ばされてしまった。そしてそれを戻そうと追いかけて幻想界区域の湖に飛んだ時に、ゲートが閉まって閉め出されてしまったのよ」
「女神様ってもともとは神星界区域にいたんですね……」
「ええ、あそこはとても素晴らしい世界よ。美しくて、儚くて、清らかで。ほら、私は水だから、とても居心地が良かったのよね」
くるりとターンしてから照れくさそうに女神様は笑った。きっと彼女は、その場所が大好きだったのだろう。
「ゲートが開けば、あっちの湖に私はワープすることが出来るわ。だからワールドゲートを開けてほしいの」
「……わかりました。自信はありませんが、お世話になった女神様のために、頑張りますよ。私も、その美しい世界を、見てみたいですし」
女神様に向かって微笑みながら私はそう告げる。女神様は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう。お願いするわ」
「期待しないで待っててくださいね!?」
「うふふ、でも期待しちゃうわよ。そうだ、私のお願いを聞いてくれるのだから、何かお礼が必要よね」
「え!?いやいいですよ!!私相当この森にお世話になってますからね!?それでチャラになりません!?」
これでお礼ができるかな、と思ったのに、何かをもらってしまったらお礼どころかもらってばっかりになっちゃうよ!!
「魔法が使えないのに行ってもらうのよ?加護があるから死なないとはいえ、それは止めが刺されないというだけ。傷は負うし、痛みだってある。それなのに何もなしで行ってもらうなんて嫌よ。私、あなたには傷ついてほしくないもの」
「女神様……」
「と、いうわけで!あなたに私から、精霊の眼を授けます」
「え?」
女神様はそう言うと、両手で器を作った。そこに湖の水や森の草木、風の精霊たちが集まる。そしてそれは一つの光となった。その光を、女神様は私に向かって差し出した。光が私の周りを舞う。
「『……我が愛子に、最上の祝福がありますように』」
最初は何を言ってるかわからなかったが、光が私の左眼に吸い込まれ、徐々に何を言っているかわかるようになった。最後の方しか聞き取ることは出来なかったが、女神様が私に祝福を授けてくれたことがわかる。
すでに精霊の加護が私にあるんですよね??それに加えて祝福までもらってしまったということか。
(……ん?余計人間をやめてしまったのでは……?)
そう思ったが、既に人間やめてるんだからその上からいくつ人間をやめる要素が積み重なっても人間やめてる事実は変わらないんだから別にいいか、と開き直る。
「え、っと……女神様、今のは……?」
「あなたの左眼に、精霊を宿したのよ」
「精霊を!?」
驚く私を放って、女神様はぐいっ、と私の顔に覗き込んだ。
ち、近い……!?
「金色の左眼……『知恵』の精霊の眼ね。あなたが知識を大切にしているから、『知恵』の眼なのかもしれないわね」
「金色?知恵?私の眼、何か変わったんですか?」
「ふふ、湖を覗いてみなさい?」
女神様に言われて、私は湖を覗き込んだ。そこに映った私は、右目はいつものキャラメル色だが、左眼は金色に輝いている、見慣れない姿だった。
「え!?なになにどういうことですか!?」
「あ、光ってるのは今だけよ、馴染んだら収まるわ」
「そ、そうですか……」
左手で左目のあたりを触る。自分じゃ見えないから、目が輝いているなんて気づかなかった。存在がなんかおかしいのにプラスし、目までおかしくなってしまったということだな。いや祝福をおかしいっていうのはちょっと失礼か。
「精霊の眼には色が色々あってね。色によって司っているものが変わるのよ、金色は『知恵』。いつもカナがやっていた精霊に指示して力を使ってもらう以外に、左眼が見たものは忘れることがないのよ」
「わ、私より優秀ですね……左眼……」
「宿った精霊が優秀ってことよ。自然の精霊たちを集めた、大精霊ですからね!」
「そんなすごい精霊を私なんかに宿しちゃっていいんですかね……?」
なんだろう、宿った大精霊に悪いな……魔法も使えないような人外に宿ることになるなんて。精霊って人間が好きな存在だから、大精霊も人間に宿りたかっただろうに。
「ちゃんと馴染めば、大精霊と話すこともできると思うから、いつか話してみるといいわ」
「はい……そうします……」
話したら私、すごい嫌われてたらどうしよ。ものすごく申し訳ない気持ちになりそうだよ。
「精霊の眼は、精霊に指示して、自然の力を魔法ではない力で扱えることが出来る特別な眼よ。特徴はそうね、指示する精霊の種類によって眼の色がその都度変わるわ」
「眼の色が?」
「ええ。たとえば、水の精霊に指示したら眼は水色に、火の精霊に指示したら赤色に、って感じね」
「なるほど……戦闘でその特徴がバレたら、属性の対応をされそうですね……気をつけないと」
精霊たちが力を貸してくれるとはいえ、なるべく戦闘はしたくないな。戦闘慣れはしてないし。
「なかなかというか、ほとんどいないと思うけれど、もし精霊の眼を持つ人物に出会ったら、気をつけてね」
「はい」
絶対強そう、会いたくない。うん、眼持ちってわかったらそっと距離とって退散だな。逃げるんじゃなくて、戦略的撤退ね!!