33.茜の青年
突然目の前に現れた赤髪の男。彼は面白いおもちゃを見つけたような楽しそうな表情をしている。デニムのパーカーに、黒いロングパンツを履いている見た目と子供っぽい表情からして、おそらく青年。私と同い年か少し上ではないだろうか。彼はこちらを見つめたまま動かない。
髪や目に目がいっていたが、青年の背中には剣を背負っている。少しでも敵対すれば、おそらくこちらを敵とみなし、問答無用で攻撃してくるだろう。そんな気がする。
「今彼、’お前ら’って言ったわね。いつからこちらを見ていたのかしら」
アエスタースの姿は、見ることが出来ない。私の眼にいるからだ。外から見れば、この場にいたのは私一人。それなのに青年は’お前ら’と言った。それはつまり、私以外に誰かいるのを知っているということ。隠れてこちらを観察していたのだろう。
「何をしたって、赤鬼さんに追いかけられたから和解するために食べ物を用意しただけだよ」
「そうじゃねえよ」
はあ、と大げさにため息をつくその様に、私はむっとする。質問に答えてあげたのになんだその態度は。
「供物で落ち着かせてたとこは見てたからな。俺が聞きたいのはそこじゃない。なんで追いかけられてた?それにお前、生きた人間だろ。なんでここにいる」
「歩いてたらいきなり追いかけられたんだよ。なんでここにいるのかは私が聞きたい」
「俺が知るかよ」
そう言った後、青年は赤鬼に話しかけた。おそらく事実確認でもしているのだろう。嘘なんてついてないのに。
しばらく話した後、赤鬼はこの場を去っていった。かなり走ってしまったから、元の場所に戻るのに少し時間がかかるだろう。なんか申し訳なくなってくる。悪い鬼ではないみたいだったし。
「嘘はついてないみたいだが、ここは地獄だ。お前みたいな生きた人間がくるとこじゃない。とっとと帰るんだな、お姫様」
ハッ、と鼻で笑いながら青年は言った。いちいち腹立つなこいつ……!
腹が立って何かやり返さないと私の気が収まらない。苛立ちを表に出さないよう意識して、私も青年を嘲笑した。
「姫だなんて思ってもないことを口にするんじゃないよ、少年。君だってこんなところにいないでお家に帰ったらどうだい?」
「あ?」
言い返してきたその様をみて、私はお、と思う。ギロ、とこちらを睨むその様子から、自分が煽られることにはあまり耐性がないようだ。
続けて何か言ってやろうと口を開いた瞬間。
「カナ、言い返したいのはわかるけど、落ち着きなさい」
アエスタースに止められた。青年の目が細められる。
「へえ。お前の目、変なのがいるな」
「!」
楽しそうな声。光ったりはしていないはずなのに、アエスタースが目にいることを当てられた。かなり感覚が鋭い。
「人じゃないな。新種の化け物か?」
「……」
自分が化け物だとは、ツイルから種族を聞いたときに思った。だが、姿形はほかの人間と変わらず、アエスタースも、アルファも、普通に接してくれていたため、あまり実感が湧いていなかった。しかし、感覚が鋭い者からしたら、やはり私は化け物なのか。胸の奥が、少し痛い。
「何も言わないのか?事実だと認めるんだな?」
「……っ」
「ちょっと、アナタ」
黙り込む私に、青年はニヤニヤしていた顔をしまい、真顔で詰めてくる。怖い。けどそれよりも腹が立つ。
言い返せないのが悔しくて、強く手を握る。同じく悔しく思ったのか、アエスタースが口を挟もうとしたその時。
「コウヤ、いじわるするのはそこまでにしたらどうだ」
また別の声が、辺りに響いた。